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夜叉九郎な俺(不定期更新)  作者: FIN
第1章 夜叉九郎、再逢
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第11話 鎮守府将軍





 ――――1579年1月






 大曲の戦から数ヶ月後。


 俺が家督を継承した年が終わり、新たな年となった。


 家督を継承してからの約1年間の間で大きく変わった事と言えば――――。



「盛安殿。矢島満安、新年の挨拶のため参上した」



 矢島の悪竜こと、矢島満安が陣営に加わった事だろう。


 史実においては明確な接点がなかった俺と満安だが、昨年の大曲の戦いにおいてその結果は大きく変わっている。


 因縁の敵である赤尾津、羽川の両氏との決着をつけるために引き起こした戦いは本来ならば、起こらなかった可能性もある戦い。


 例え、起こったとしてもある程度の被害は覚悟しなくてはならない戦だった。


 しかし、大曲の戦は初期の段階から意図していた戦であったため、概ね予定通りであったといっても良い。


 尤も、俺が満安と一騎討ちを演じるなどの綱渡りもあったのだが。


 これは一度目の人生を既に終えていたからこそ出来たものである。


 常に最前戦で戦い、多数の武将との一騎討ちを経験していた盛安の記憶と身体。


 そして、遠い先の時代から得た矢島満安の逸話という前情報。


 満安と戦う上ではある程度のアドバンテージがあったといっても良い。


 それでも、一騎討ちは俺の方が劣勢だった事を踏まえれば、満安の武勇のほどは並のものではない。


 何しろ、得意とする得物が解っていながら一度も優位には立てなかったのだ。


 相手の事がある程度解っている上で一度目の人生を終えた分の経験を足しても敵わなかった。


 それも、俺の方が有利に立ち回れる状態でありながらにも関わらずだ。


 史実においても満安と一騎討ちをして勝ち得た武将がいない事を踏まえると五体満足でいられる事で良しとした方が良いのかもしれない。


 何れにせよ、満安が戸沢家の陣営に加わってくれた事は僥倖だ。


 昨年における幾つかの成果の中では群を抜いている。


 史実ではあり得なかった事の一つを実現出来たといっても良いのだから。


 更に満安が加わった事で由利十二頭の一部の所領を得る事も出来たので、勢力拡大の手始めとしては良好であるともいえる。


 後は此処から如何動くかで大きく変わってくるだろう。


 何はともあれ、昨年は新たな歴史を歩み始める第一歩となる年であった。
















「皆の者、良く集まってくれた。新たな年が始まるにあたり、申し渡したい儀がある」



 満安が角館に登城したのを最後に俺は改めて家臣達を集める。


 この場に集めるまでに家臣達とはそれぞれ新年の挨拶を終えているため、全員を集めたのは別の目的である。



「矢島満安が陣営に加わり、由利十二頭の赤尾津、羽川の両氏を降し、勢力を拡大する事に成功した。


 これより、戸沢家は出羽北部を統一するために動き出す。その目的にあたり、俺は鎮守府将軍を称しようと思う」


「何と……鎮守府将軍でございますか!?」



 俺が鎮守府将軍を称すると言った事に家臣達の間に大きな響めきがもれる。


 これは無理もないだろう。


 鎮守府将軍とは既に遠い昔に失われた官職であり、今では名乗る者もいなくなった官職だ。


 嘗ては征夷大将軍と並ぶ将軍職の一つであったが、その名は建武の新政の時代の人物である北畠顕家を最後にその名は歴史の陰から消えている。


 戦国時代となった今では存在はしているが、誰も就任する事も名乗る事もなかった官職である。


 今になって俺が誰も名乗る事がなかった官職である鎮守府将軍を称すると言った事で驚くのは当然の事だ。


 鎮守府将軍は出羽国、陸奥国に駐屯する軍を指揮し、平時における唯一無二の将軍として蝦夷に対する防衛を統括する役目を持っている官職。


 蝦夷を討つ軍を統括する将軍である征夷大将軍と名分に大差はないが、最初から東北の経営を前提としている点が大きな違いである。


 また、征夷大将軍があくまで臨時の官職であるのに対して、鎮守府将軍は常置化している形態で存在している。


 要するに征夷大将軍とは違い、正式な出羽国と陸奥国の統括権を持つ官職なのだ。


 ある意味、自称するには余りにも大きな官職である。


 だが、鎮守府将軍の官職における官位は従五位下相当。


 俺が家督を継承するにあたって称した官位である治部大輔は正五位下である。


 官位としてならば、鎮守府将軍の方が下の官位であるため、称するにはそれほど位の高い官職ではない。


 しかし、鎮守府将軍の持つ名の意味合いは位の高さに反して大きい。


 その名の意味合いの大きさは伊達家の奥州探題や最上家の羽州探題にも匹敵するほどだ。


 しかも、幕府の与えた役職とは違い、朝廷が与える官職であるため、幕府の頭領である征夷大将軍にも対抗出来る。


 そもそも、鎮守府将軍は征夷大将軍と同じ蝦夷を討つ軍を統括する官職であるため、兼任する事は可能でも同時に存在する事は出来ないのだ。


 そのため、征夷大将軍が存在する限り、鎮守府将軍は存在せず、鎮守府将軍が存在する限り、征夷大将軍は存在しない。


 両方の官職が同時に存在していた唯一の例外は南朝と北朝とに別れていた頃だけだ。


 鎮守府将軍は位の高さに反して、それほどまでに名の意味合いが強く、称するならば征夷大将軍が無実化している今しかない。


 一応、足利義昭が征夷大将軍の座にはあるのだが、既にその役割を果たす事は出来ず、存在の意義を失っている。


 南北朝以来、鎮守府将軍が同時に存在していたという前例はないが……今なら決して不可能ではない。


 だからこそ、俺は鎮守府将軍を称しようとしているのだ。


 また、鎮守府将軍は陸奥国と出羽国を統括する官職でもあるので、出羽国の大名である戸沢家が称してもそれほど無理はない。


 寧ろ、奥州を本気で切り取るつもりならば、この官職ほど称するのに相応しい官職は存在しないだろう。


 征夷大将軍に対抗し、奥州探題、羽州探題の双方にも引けを取らない。


 伊達家、最上家に対抗するという意味合いでも鎮守府将軍ほど相応しいものはない。



「左様。我が戸沢家の宿敵である安東家から出羽国の覇権を奪い取り、陸奥国を治める南部に対抗するにはこの官職しかない。


 俺が鎮守府将軍を称するのは奥州を切り取る覚悟の意味もあると思ってくれ」


「畏まりました。盛安様がそこまで考えているのならば、我ら家臣一同、反対は致しませぬ」



 鎮守府将軍を称する事を宣言する俺に頭を下げる家臣達。


 安東、南部といった宿敵や将来的には伊達や最上といった強敵に対抗する事を表明したと察したのだろう。


 驚きはすれど、反対する者は誰一人としていなかった。


 

「ならば、これより俺は戸沢九郎治部大輔盛安改め、戸沢九郎鎮守府将軍盛安と称する。名に恥じぬよう精進する故、皆も宜しく頼む」


「ははっ!」



 こうして、俺は史実とは違う官職である鎮守府将軍を称する事となった。


 あくまでも自称に過ぎないが、朝廷に献金を行うなりして実際に官職を受ける事になれば鎮守府将軍の名は非常に大きなものとなる。


 室町幕府が無実化した今となっては唯一、幕府に関係のない朝廷が認めた奥州の官職であるからだ。


 また、鎮守府将軍を称する事は足利義昭が官職を辞した後に征夷大将軍を狙おうとしているであろう人物に対抗する事にも繋がる。


 今はこの官職の名も些細な程度でしかないが、今後の立ち回り次第では後に影響する可能性を充分に秘めている。


 正に俺が狙ったのは後の事を見越しての事だったのである。
















「盛安殿」


「む……満安か」



 家臣一同に鎮守府将軍を称する事を宣言し、解散した後、満安が一人俺の下へと訪れる。


 大曲の戦において新たに陣営に加わった満安は家臣ではあるが、若干特殊な立場だ。


 例えるならば、佐竹義重と真壁氏幹の関係に近いと言ったところだろうか。


 氏幹は元々は常陸国で独立した豪族であったが、家督を継承した早期の頃から義重に味方する事を表明し、その陣営へと参加していた。


 形式上は盟友という形ではあるが、義重の参加した戦には常に従い、秀吉の天下統一後も義重に従っている。


 最終的には関ヶ原の戦いの後に出羽国に移封となった義重とは別れ、常陸国で隠居したが、戦国時代の終焉の最後まで佐竹に従っている。


 こういった意味で踏まえれば、氏幹は義重の家臣とも取れるし、独立した所領を持つ盟友とも取れる。


 戸沢家の陣営に参加する事になった満安も由利郡に所領を持つ豪族であるため、立場的には氏幹と似通っていると思っても差し支えない。


 違いがあるとすれば、実際に戦において陣営に加わったという点で満安の方が氏幹よりも立場が正式な家臣に近いという事か。


 そのため、満安は戸沢家中において若干特殊な立場にあるのである。



「まさか、俺を降して早々に鎮守府将軍を称するとは思わなかったぞ」


「悪いか?」


「いや、寧ろ……面白いと思っている。盛安殿は俺が見込んだ人物なのだ。こうでなくてはな」



 俺の表明に対して面白いという満安。


 予想もしなかった鎮守府将軍を称する事には流石の満安も予想はしていなかったらしい。



「そう言って貰えると有り難い。しかし、此処からが忙しくなるぞ。鎮守府将軍を称する以上、相応の力は持たなくてはならないからな」



 だが、鎮守府将軍を称したからこそ、此処から先は一層の勢力拡大に励まなくてはならない。


 その名に相応しいだけの力を持たなくては鎮守府将軍を称した意味もなくなるからだ。



「確かにそうかもしれないが……盛安殿に立ち塞がる者があるならば、この矢島満安が道を切り開くまでだ。


 盛安殿の征く先はこの俺がいる限り、必ずや辿り着かせてみせる。例え、安東だろうが小野寺だろうが叩き伏せてみせよう」



 満安の言葉に俺は思わず笑みを浮かべる。


 実際に満安が道を切り開くと言うとすっかりその気にさせられてしまう。


 史実においては無類の強さを誇った満安だ。


 その言葉には言い表せないような凄味がある。



「ああ、頼りにしている」



 だからこそ、俺は満安の言葉に頷く。


 満安ならば本当に俺の征く先までの道を切り開く大きな力となるからだ。


 奥州でも武勇の士として知られる事になる夜叉九郎と悪竜が戸沢家に揃っているという事はこの上ない僥倖なのかもしれない。


 現状でも由利十二頭の一部を降している今、鎮守府将軍の名に恥じないだけの力を持つのも決して夢ではないだろう。


 大曲の戦いより矢島満安が加わった事から始まった史実とは違う歴史――――。


 鎮守府将軍という失われた官職を再び称した事によって更なる分岐の可能性を秘める事になっていくのであった。
















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