friend54:決意。
新たな魔球、ナックルカーブを持つ虔沼。 それに立ち向かう芹沢ナイン。 だが、高萩すらまともに当てられない状況である。
ウグイス嬢:
「5番。 キャッチャー、高萩君。」
俺は、バッターサークルからアイツの球を見ていたが、藤浦を空振りさせた変化球が解らなかった。
主審:
「プレー!」
(ビュッ!)
(スパンッ!)
主審:
「ストライーク!」
アウトコース高めの、ストレート。
(ビュッ!)
高萩:
「…くっ!」
(カンッ!)
主審:
「ファール!」
インコース低めに食い込んでくる、スクリューボール。
虔沼:
「…よくバットに当てたな。 誉めてやるよ。」
高萩:
「ハハッ…これでも精一杯なんだけどな。」
虔沼:
「なら、俺の抑え球は打てないな。」
高萩:
「抑え球…だと?」
虔沼:
「行くぜ?」
(ビュッ!)
高萩:
「っ?!」
虔沼が投げた球は、無回転でゆっくりとベース付近で曲がりながら落ちた。
(パシッ!)
主審:
「ボール!」
虔沼:
「チッ! …ボール一個分外れたか。」
高萩の心の声:
「こっ、これが…なっ、ナックルなのか?!」
(芹沢勢ベンチ)
岩原:
「ふぅ…これまた厄介なボールを投げてくるな。」
藤浦:
「あれは…ナックルですよね?!」
岩原:
「…あぁ。 だが、奴のナックルは、ただのナックルじゃない。 おそらく、奴が投げてるのは…ナックルカーブ。」
藤浦:
「ナックルカーブって…取得するのに苦労するが、ナックルより不規則に落ちる変化、更に孤を描くように曲がる高精度魔球。」
潮見:
「ふ…藤浦君?」
藤浦:
「何だ、潮見?」
潮見:
「な、ナックルって…高萩君も投げてる、無回転ボールの事だよね?」
藤浦:
「あぁ。 だが…高萩の投げてるナックルと比べて、奴のナックルは精密で、厄介な変化球だ。 打ち崩すのは、大層難しいだろうな。 バットに当たるかどうか…。」
潮見の心の声:
「た…高萩君、頑張って!」
(バッターボックス)
高萩の心の声:
「カウント、ツーワン。 しかも、アイツが投げるのは、食い込むスクリューと、魔球…新型ナックル。 藤浦が空振りするのも、無理ない。」
(ビュッ!)
高萩の心の声:
「だが、確実にあの魔球に当てる方法がある…それは。」
(芹沢勢ベンチ)
藤浦:
「バント?!」
(カーンッ!)
高萩:
「あぁっ?!」
(パシッ!)
主審:
「アウトッ!」
虔沼:
「…打ち上げたか。」
茉山:
「バカだな。 バントで、その場しのぎしたのかよ。 やはり、俺の見込み違いだったか。」
ウグイス嬢:
「6番。 ファースト、落合君。」
(芹沢勢ベンチ)
高萩:
「済まない…。 バントで、何とか相手の守備陣をかき回そうとしたが…無理だった。」
犀潟:
「しょうがねぇよ。 当てただけでも、凄いさ。」
藤浦:
「高萩。 あの変化球…。」
高萩:
「あぁ、新型ナックルの事か?」
岩原:
「あれは、ナックルカーブだ。 ったく…厄介なピッチャーを敵に回しちまったな。 前のガキのフォークは、出来損ないだったからジャストミート出来たが…あれは、俺でも打てるか解らん。」
高萩:
「無理に打ちに行くと、俺達自身のバッティングフォームを崩してしまいますからね…。」
藤浦:
「逆に、打ちに行かなければ、フォアボールやデッドボール(死球)が無い限り…三振。」
零園:
「俺は…。」
屋代:
「…零園?」
零園:
「俺は、勝ちたいです! あんな変化球でも、バットに当てさえすれば良いんですよね?!」
潮見:
「あ…あたしも、頑張るから!」
高萩:
「二人共、確率とか頑張りとかであの魔球を打てるか? 打てるなら、とっくに打ち崩してるよ…。」
(三塁)
三塁審:
「フェア!」
(芹沢勢ベンチ)
岩原:
「う、嘘だろ?」
俺がフィールドの方を見ると、落合が一塁で立っていた。
藤浦:
「た、タイムっ!!」
藤浦が、落合の元に走っていった。
高萩:
「うっ、打ったのか?! あの魔球を?」
(一塁)
藤浦:
「どうやって打った、あの球を?」
落合:
「いや…ただ適当に振ったら当たっただけで。」
藤浦:
「適当に…?」
ウグイス嬢:
「7番。 ショート、零園君。」
(本塁)
主審:
「プレー!」
零園の心の声:
「俺だって…、打てるんだ!」
(ビュッ!)
(ブンッ!)
(パシッ!)
主審:
「ストライク!」
(ビュッ!)
零園の心の声:
「クソッ! 何で当たんねぇんだよ!」
(ブンッ!)
(パシッ!)
主審:
「ストライク!」
虔沼:
「…ただ振っても、当たんない。」
(ビュッ!)
零園の心の声:
「何だよ…結局、俺は三振で皆に迷惑掛けちまうのかよ。 嫌だ、俺だって…。」
(零園の目が開く。)
零園の心の声:
「勝ちてぇんだ!」
(カキーン!)
虔沼:
「っ?!」
(芹沢勢ベンチ)
潮見:
「当たった!?」
藤浦:
「走れぇー、零園!!」
零園の打球は、二遊間を抜けた。
高萩:
「ストップ!!」
これでツーアウト、ランナーは一、二塁になった。
高萩の心の声:
「ランナーが得点圏に入った! 次のバッターは…。」
俺は、電光掲示板を見た。
高萩の心の声:
「ま…麻衣かよ。」
(芹沢勢ベンチ)
岩原:
「せっかくのチャンス、逃したな。」
藤浦:
「…当たってくれれば、良いんですけどね。」
ウグイス嬢:
「8番。 ライト、潮見さん。」
(本塁)
潮見:
「よ…よっしゃ〜、こっ来い〜。」
虔沼:
「…お手柔らかに。」
主審:
「プレー!」
(ビュッ!)
潮見:
「えいっ!」
(ブンッ!)
(パシッ!)
主審:
「ストライク!」
(一塁)
高萩:
「…ダメだこりゃ。」
(ブンッ!)
(パシッ!)
主審:
「ストライク!」
さすがに、ラッキーが続く事が無いと思い、俺は諦めていた。
(芹沢勢ベンチ)
美作:
「次の回の守備の用意をしておきます。」
藤浦:
「そうだな、頼む。 …おいっ! 千駄木、どこ行くんだよ! そっちは…って、おいっ! 無視するなよ!」
(本塁)
潮見の心の声:
「何で…何で打てないのよ! あたしだって、皆の役に立ちたいのに…。 また、あたしは足手まといになるの?」
???:
「主審、タイムをお願いします。」
主審:
「たっ、タイム! …何だね、君?」
(一塁)
高萩の心の声:
「せ…千駄木?! 何やってんだ、アイツは?」
(本塁)
潮見:
「せっ、千駄木さん?!」
虔沼:
「…萌?」
千駄木:
「芹沢高校、10番。 私、千駄木が潮見さんの代打になります。」
潮見:
「えっ?!」
芹沢勢:
「えーっ?!」
虔沼:
「正気か…お前?」
千駄木:
「私、亮也と一度勝負してみたかった。 それに…。」
潮見:
「せ…千駄木さん?」
千駄木:
「これは私自身、亮也への区切りをつけるモノになるの。 だから…潮見さん、身勝手で申し訳ないけど…私と変わってくれないかな?」
虔沼:
「………。」
潮見:
「…解った。」
潮見と千駄木が話を終え、主審が球場スタッフからウグイス嬢へ伝えに行った。
ウグイス嬢:
「ここで、バッター交代のお知らせを致します。 バッター、潮見さんに変わりまして、千駄木 萌さん。 背番号、10番。」
主審:
「ツーアウト。 カウント、ツー、ナッシング。 続行! プレー!」
(一塁)
高萩の心の声:
「千駄木…、打ってくれ!」
(本塁)
千駄木の心の声:
「アイツと別れてから…、今まで思い詰めてた。 あの時、伝えなければならなかった事が沢山あったのに…とか。」
(ビュッ!)
(パシッ!)
主審:
「ボール!」
虔沼の心の声:
「クソッ! アイツがあそこに立っていると、雑念が入って…。」
霜尻の心の声:
「どうしたんだ!? 虔沼の今のナックル、精度が落ちてる…。」
(ビュッ!)
千駄木の心の声:
「だけど…今、この場でハッキリさせる! 私は…私は…。」
霜尻の心の声:
「っ?! へ、変化しない!?」
虔沼:
「しっ、しまった!!」
千駄木の心の声:
「亮也。 本当に…。」
(ブンッ!)
千駄木の心の声:
「ありがとう!」
高萩:
「当たれぇー!!」
千駄木:
「えーいっ!!」
(カキーン!!)
虔沼:
「………くっ!」
(ヒュンッ!)
芹沢勢:
「…あっ!?」
この球場に、一瞬だけ静けさが漂った。
(トンッ…トンッ…。)
高萩:
「走れぇー、千駄木!!」
茉山:
「クソッ!」
千駄木の渾身の打球は、右中間の深い所に落ちた。
(本塁)
(ドシッ!)
落合:
「4点目っ!!」
(芹沢勢ベンチ)
藤浦:
「よっしゃー!! 続け、続けぇ!!」
岩原:
「回れー、一年!!」
(本塁)
(ドシッ!)
零園:
「5点目っ!!」
(一塁)
高萩:
「千駄木ぃー、サードに突っ込めぇ!!」
(外野)
茉山:
「そうは…させるかーよぉ!!」
(ビュンッ!)
(三塁付近)
千駄木:
「届けぇー!!」
(ビュンッ!)
(ザザーッ!!)
上条:
「フンッ!」
(パシッ!)
三塁周辺は、砂埃や粉塵が舞い上がって外からよく見えなかったので、アウトかセーフかどうか、解らなかった。 果たして…。
三塁審:
「…っ!? あっ、アウト!! スリーアウト、チェンジ!!」
(一塁)
高萩:
「あー、惜しい…。」
(芹沢勢ベンチ)
岩原:
「やはり…。 あの茉山の前じゃ、奇跡も消えるのか。」
藤浦:
「…あっ、お帰り。 千駄木。」
千駄木:
「走りには、自信があったのにな…。 しかも…あーっ!! 服がドロドロ…。」
藤浦:
「せ、千駄木…。」
千駄木:
「ほらっ、そんな顔してないで! チェンジだってよ! 点を追加したんだから、しっかり守ろうね!」
藤浦:
「あ、あぁ…。」
(フィールド)
ウグイス嬢:
「5回表。 龍泉高校の攻撃は、6番。 ファースト、石橋君。」
こうして俺達は、代打の千駄木に追加点を貰い、守備についた。
果たして、このまま俺達は茉山のチームを破る事が出きるのか…。