friends49:先制…空虚な試合。
3回の表。龍泉高校1アウトの場面で到頭、あの虔沼がバッターボックスに現れた。
「3回表。龍泉高校の攻撃は7番。セカンド、日向 太一君。」
「プレイッ!」
未だに攻撃を仕掛けてこない龍泉勢。
俺は、次の打席の虔沼の事を考えていた。
(ビュッ!)
(カキーン!)
「オーライ、オーライ…えいっ!」
「アウッ!」
「ナイス、ライトッ!」
日向の打球は、ライトの潮見に捕られた。
そして、到頭…アイツの打席が回ってきた。
「8番…レフト、虔沼 亮也君。」
異様な雰囲気をかもし出しながら到頭、虔沼がバッターボックスに入ってきた。
「…前か。」
「えっ?」
虔沼が何か言ったが、俺は聞き取れなかった。
「萌をたぶらかしてるのは、お前か。」
「えっ?!な、何言ってんだ!」
俺は、虔沼の言葉にかなり驚いた。
「フッ…まぁいい。過去の男が、何を言っても別に意味がないからな。」
「べ、別に俺は千駄木と付き合ってねぇよ!」
「黙れ。」
「えっ?」
「黙れと言った。」
「うっ…。」
虔沼は、既にバッティングの準備をしてピッチャーの藤浦を見据えていた。
(くっ…こんな奴が相手なんて。)
俺は、内角にえぐり込むフォーシームジャイロを要求した。
(ビュッ!)
球は、螺旋回転をしながらスピードを上げてミットに入った。
「ットライーク!」
(やはり天才野球青年でも、これは打てねぇだろ。)
俺はニンマリして、次に外角に逸れるスライダーを要求した。
(ビュッ!)
(バシッ!)
「ボールッ!」
しかし、虔沼には見きられてボールになった。それを見ていた虔沼が、ボソッと言った。
「…す。」
「えっ?」
「カス。逃げずに勝負しろ、チビ。」
「くっ!」
俺は挑発に乗ってしまい、フライにされやすい外角低めのフォーシームジャイロを要求した。
(ビュッ!)
「…空虚だ。」
「…え?」
(カキーンっ!)
一瞬だった。
「あっ…あっ…センターっ!」
「チビ、捕れねぇよ。」
「えっ?」
(ガシャリ…)
打球はセンターのフェンスに当たり見失った。ホームランにはならなかったが、虔沼は二塁まで進んだ。
「ボールデッド!エンタイトルツーベース!」
「…嘘だろ?」
俺は、呆然としながらキャッチャーマスクを被り直した。
既に、虔沼は二塁から少し三塁側に出ていた。
(まさか…三盗を試みる気じゃ?)
俺は、注意深く彼の様子を見る事になった。
「9番…セカンド、野尻 智之君。」
藤浦が振り被った時に、やはり虔沼が走り出した。
(ビュッ!)
(バシッ!)
「させるかっ!」
(ビュッ!)
俺は藤浦の投球を受け取って、直ぐに三塁に投げた。
しかし…思わぬ事が起きてしまった。
「あぁっ!」
「…えっ?」
サードの屋代が捕球し損ねて、グラブで球を弾いてしまったのだ。
「そ、そんな…。」
「…よいしょっと。」
(ペタッ)
「ホームイン!」
「っ?!」
俺が唖然と立っている内に、虔沼がホームベースに到達して、手でホームベースに触ってかざしていた。
「やはりこんな試合をやる事自体、空虚だ。」
「っ?!」
「帰るぞ、リル。」
(キュー。)
虔沼は、そう言葉を佩き捨てると、バットを持ってゆっくりとベンチに帰って行った。虔沼が語り掛けたのは、ポケットから出てきたプレーリードッグのようだった。
しかし、俺はそんな事を気にする余裕が無かった。
「…う、嘘だ。嘘だ…こんなの。」
電光得点板の龍泉高校の三回の所に、1の文字がゆっくりと光って映った。