friends37:別れの際(きわ)…
その日は、生憎の大雨だった。
高萩は、駅前で成増を見掛けて声を掛けたが、無視されてしまった…
その日の朝は、生憎の大雨だった。
俺は学校の最寄り駅、西駒宮駅からバス停へと歩いていた。
「あれっ、あれは成だ。」
俺の前に、成が歩いていた。
「おーい、成。お早う!」
俺の挨拶が成には、激しい雨音で聴こえなかったのかスタスタとバス停に行ってしまった。
今日の成は、いつもと違っていた。全くといって、話し掛けて来ない。ずっと窓際の席に座って外の景色を眺めていた。こっちから話し掛けても、全く振り向きもしない。
「おい高萩。アイツ、何かあったのか?」
福本も、どうやら心配のようだ。
「さぁ…俺にも解らない。」
成の元気が無い理由が解ったのは、その日の帰りのホームルーム(HR)だった。
担任が一息置いて、こう言った。
「えぇ…突然ですが、うちのクラスの成増が明後日、宮城の方へ転校する事になった。」
担任の言葉に教室中がざわめいた。
「そ、そんな…」
俺は、がっくりと肩を落とした。
成は教壇に上がって、ゆっくりと話し始めた。
「皆、急な話で本当にゴメン。皆と過ごせた約1年半、本当に楽しかった。…ありがとう。皆の事、絶対に忘れないから。」
成は、少し涙を流しながら自分の机へ戻っていった。
「あと、千駄木からも話がある。千駄木、ちょっと前に。」
担任の一言に皆が、またしても驚いた。
前に出た千駄木は、声を整えて喋り出した。
「私はこの夏から3年間、イギリスに留学する事になりました。」
涙を流しながら話した彼女の言葉に皆、動揺を隠せない。
「…皆と別れるのは辛いけど、帰ってきていつかまた逢えたら挨拶してね。」
…それを聴いたクラスの大半の女子は、泣き崩れてしまった。男子もうつ向いていた。
帰り道、俺は駄菓子屋に居た。ここは成が俺を殴った場所である。
ただボンヤリと椅子に座って、鉄板付きのテーブルを見つめていた。
(いきなりかよ…何なんだよ…ふざけるな…)
俺の心の中では、やるせない気持ちで溢れていた。
「いらっしゃい。」
この駄菓子屋を切り盛りしてる婆さんの、か弱い声が聴こえた。
「…高萩、やっぱここに居たか。」
その声に驚き、俺は振り返った。立っていたのは成だった。
「…座っても良いか。」
「…あ、あぁ。」
成は、俺の対面の椅子に腰掛けた。
しばらく二人の間には、沈黙が流れていた。
そして、駄菓子屋の営業時間が終わりに近付いた時、成の方から喋りだした。
「高萩。」
「…何だよ。」
「色々…ゴメンな。」
「何が。」
「色々。」
「別に謝んなくたって…」
「…ゴメン。」
また沈黙に陥った。
「…あんた達、もう終わりだよ。」
婆さんの声に、俺は慌てて待ったを掛けた。
「す、済みません…チーズもんじゃ焼きを用意してくれませんか?」
「…あいよ。ちょっと待っててな。」
「ホント済みません、ありがとうございます。」
お礼を言うと婆さんはニッコリと笑い、奥の方へ材料を用意しに行ってくれた。
「お、おい…」
「良いよ、最期は奢らせてくれよ。」
「…済まない。」
成の頬に、ツーッと涙が流れた。
その時、店の外で自転車のブレーキ音が響いた。
「あれっ?二人揃ってどうしたの?」
店に入ってきたのは、新川と一人の女子だった。
「あ…新川か。その娘は誰?」
「私の妹で、亜華梨。」
「こ…こんにちは。」
新川の妹は、か細い声で喋り、ペコリと頭を下げた。
「で、どうしたの二人供。」
「いや…俺は何か気が付いたら駄菓子屋に居たんだ。」
「俺も…」
成が呟いた時、婆さんがもんじゃの素を持って来てくれた。
「…さぁ焼いて頂戴。おや…可愛い娘達も食べるかい?」
「えっ…」
「…大丈夫、金は俺が出すよ。」
「でも…」
「これが、成と最期の交わしだと思うだから、良かったら一緒に話そうよ。」
「…うん!御言葉に甘えて、私達も混ぜて下さいなっ!」
もんじゃ焼きを食べ終えて新川姉妹と別れたあと、俺と成は西駒宮駅の方へ歩いていた。
「成。」
「何だよ。」
「あっちに行っても、テニスするんだよな。」
「あぁ。」
「頑張れよ。」
「あぁ。」
「しょうがねぇよ、今は親に従うしか無いんだから。」
「…高萩。」
「何だよ、改まって。」
「……木…。」
「えっ?何て言った?」
「…千駄木さん、イギリス行くんだよな。」
「………。」
そうだ、千駄木も…この夏から居なくなるんだと思うと、心が辛くなった。
「もう二度と逢えないのかな。」
「………。」
三度、沈黙する二人。
「成。」
「…何だよ。」
「…最期は成らしく、堂々と千駄木に告白してから行けよな。」
「…それじゃ、俺こっちだから。」
気が付くと、既に駅の前まで着いていた。
「…あぁ、また明日。」
「………。」
成は一度も振り返らず、歩いて行った。彼の後ろ姿は、とても哀しげな雰囲気を醸し出していた…。