friends31:一眼…
藤浦との約束を果たす為、俺達は守備についた。
榎故の好投のお陰で、俺らは順調に2アウトを捕った。
しかし、俺らは一つ忘れている事があった…。
(1回裏、3組Aチームの攻撃)
(榎故…頼むぞ。)
2組チームの誰もが、榎故の配球を注目していた。そして、榎故が振り被った。
(ヒュンっ)
(バシっ!)
「ストライーク!」
一球目は、見事なカーブでストライク。そして、第二球目。
(ビュンっ!)
(ボンっ!!)
「ストライーク!」
榎故の得意な変化球、カットボールにより2ストライク。
(おい…榎故、初回から飛ばすのは良いが、約束を忘れるなよ。)
俺は、そう思いながら第三球目を見据えた。
(ヒュンっ)
絶妙なカーブ…それを相手のバッターは、捉えた。
(カキーンっ!)
打球は、ややライナー気味に真っ直ぐ飛んだ。しかし、それを易々と取り逃す内野守備陣では無かった。
「フンっ!!」
川端が見事なダイビングキャッチで、1アウト。
「ナイス、川端っ!」
「ヘヘっ、どんどん行こうぜぇ!!」
「「おー!!!」」
川端の気合いに、皆が木霊した。
(カキーンっ!)
「魚谷っ、ファースト!」
(ヒュンっ)
(バシっ)
「アウトっ!」
「ヨッシャー!!あと1アウト、打たせて行こうぜ!」
「ウォー!!」
皆のやる気は最高潮だった。しかし、そこまでだった…。俺達は、一つ忘れていた事があったのだ…。
「3番、サード…永山君。」
エセウグイス嬢の声を聴いた榎故の顔が急にこわばった。
「タイムっ!」
福本が主審にタイムを頼み、全員マウンドに集合した。
「どうした、榎故。急に落ち着かなくなってるぜ。」
「………。」
榎故は福本の問いに、終始無口だった。すると、榎故と一緒に野球部に所属してるファーストの瀬戸が口を開いた。
「榎故が緊張するのも無理もねぇよ。」
「どういう事だよ、瀬戸。」
と、俺は尋ねた。
「相手の3番、永山は野球部の主砲。 ここまで高校通算で打率4割をマークしてる。 ホームラン数も部内で1、2を争う強打者。榎故の球でも、甘くなれば簡単に芯で捉えて軽々と柵越えされるだろうよ。」
「と、いうことは…。」
「本気で三振を取りに行くか、あるいは四球で歩かせるか、だな。」
「じゃあ、結果的に藤浦との約束は…。」
「はっきり言って、無理だな。」
「そんな…。」
「悔しいが多分、アイツはその事を前々から知っていたからこそ、こんな不条理な事を強いらせたんだ。」
「くっ…。」
「こうなってしまった以上、藤浦との約束は守らない。 皆、それで良いな?」
瀬戸の言葉に、他のメンバーは否応なく賛同した。ただ、1人を除いて…。
「なっさけない奴らだなぁ!」
「福本?」
「俺は、納得してないぞ。 易々と、あの生意気な転校生に屈服してたまるか!」
「気持ちはわかるが、どうしたよいきなり。」
「まぁまぁ、話を聞いてくれよ瀬戸。それに皆も。 つまりだな…。」
皆、福本の次の言葉に耳を疑った。
「ピッチャーを、いっそのこと交代しようと思う。」
「は? 交代だと?!」
福本の言葉に、榎故も顔を上げて福本を見た。
「ピッチャー交代って、榎故以外にあの永山っていう奴を抑えられる様なピッチャーはうちのチームには居ねぇよ!」
「バッカだな、瀬戸は。」
「何だと?」
「居るじゃねぇか、ほら。」
福本が指を差した方向は…ベンチだった。ベンチには、先生ともう1人。
「ふ、藤浦…?」
「あったりー! アイツ、どっかで見たことあんなぁって思ってて、ずっと考えてたら、やっと思い出した。アイツ、去年の夏の甲子園に出場していた神奈川県代表、栗桜高校の1年生エースなんだよ。」
「「な、何ぃー?!」」
「君達、もうそろそろ…。」
審判役の教師の声など、今の俺達の耳には届かなかった。
「って事は…、アイツなら永山を抑える事なんて。」
「簡単だって事さ。」
「さっすが、我がチームの司令塔。」
「どーんなもんだいっ!」
福本が得意気になっているなか、俺は一つ引っ掛かる事があった。
「なぁ、皆。」
「「何だ、高萩?」」
「藤浦…、簡単に了承して試合に出て貰えるのかな?」
俺の問いに、メンバーは一気に黙り込んだ。
「確かに…。 俺らに挑発した奴が、易々と了承して試合に出てくれるなんて無理だよなぁ。」
「やっぱ、俺らで何とかするしかねぇのか。」
皆が意気消沈としてる中、成は考え事をしていた。
「成、何考えてんだ?」
「いや…永山は榎故の球ばかり見てたんだよな?」
「多分。」
「だったら、俺らの球で何とか出来るんじゃねぇか?」
「確かにその考えは、一理あるな。」
「じゃあ、誰がピッチャーやるんだ?」
ライトの葎塔の発言に、皆が困ってしまった。俺は、その姿に堪らず言い放った。
「俺が、榎故の代わりに投げる。」
「「そんな無茶な!」」
瀬戸と魚谷が、同時に言った。
「無茶とか、そんな事言ってる場合じゃねぇんだ! 誰かが投げないと、試合は終わらねぇんだ!」
「うん、確かに。よし、ピッチャー交代だ!」
「ま、マジかよ…」
「俺は、本気だよ。」
「榎故、お前はいいのか?」
「俺は、今まで高萩の集中力の高さを見てきたんだ。高萩なら、俺の代わりに永山を抑えてくれるさ。」
「ありがとう、榎故。」
「高萩?」
「何だ?」
「永山の苦手なコースはな、ゴニョゴニョ…。」
「ん、了解。なるべくそこを狙ってみる。」
「頼んだぜ!」
そして福本は、主審にポジションチェンジを伝え、俺と榎故以外のメンバーは元のポジションに戻った。
「ここで、ポジション変更をお知らせ致します。2組チーム、ピッチャーの榎故君がセカンドに、セカンドの高萩君がピッチャーに入ります。」
「プレイっ!」
試合再開。俺は、福本のミットを睨みながら振り被った。
(ビュンっ!)
(カンっ!)
「ファール!」
(さすが、次期野球部キャプテン。そう一筋縄にはいかないか…。)
第二球目、福本は直球のサインを出してきた。
(また直球かよ、絶対に打たれるぜ。)
俺は、即座に首を振った。すると、福本は或る変化球のサインを出してきた。
(これなら…)
俺は、親指と小指でボールを挟み、後の三本の指で鷲掴みした。そして、そのまま押し出すように投げた。
(ヒュンっ!)
ボールは、無回転でゆっくりと左右に揺れながらミットを向かっていった。
「くっ!」
(ブンっ)
「ストライーク!」
永山は思いっきりフルスイングしたが、球はバットの下を通った為、見事に空振りを奪った。
「スゲェ! 高萩、お前…ナックル投げられるのか?」
「まぁ、使えるようになるまでには、福本の協力が必要だったけどな。」
「おい、お前ふざけんなよ!」
「っ?!」
永山は、俺を睨みつけながら言った。
「なんだ、今のヘナチョコなボールは! 次は、完璧に校外まで飛ばしてやる!」
「やれるものなら、やってみろよ!」
「高萩、気をつけろ! 」
「榎故。」
「腕振って、全力でねじ伏せろ! じゃないと、打たれるぞ!」
「了解。」
俺は精神を集中させ、福本のミットを凝視し、ナックルの握りをした。
「フンッ!!」
(ヒュンっ!)
全力で投げた球は、大きく左斜め下にゆっくり落ちた。しかし…永山は球筋をしっかり捉えていた。そして、バットにクリーンヒットした。
(カキーンっ!!)
打球は、右中間方向へ勢いよく飛翔し、俺を含む2組メンバー全員がホームランかと思い、肩を落とした。ただ、一人を除いて。
「オリャーッ!!」
と、外野から大きな声が聞こえた。そして次の瞬間…、
(バシっ!)
(ドサっ!!)
と、鈍音が立て続けに聞こえた。
「うっ、うぅ…。」
「き、君…大丈夫かい?」
「くっ、大丈夫です。 それより、捕りましたよ…、ほら。」
「あ、アウトッ! 3アウトチェンジっ!」
「何ぃ?!」
「成っ!」
必死にホームランボールをダイビングキャッチしたのは、センターを守っていた成だった。しかし、キャッチした瞬間に左肩を地面にぶつけてしまった。
「大丈夫か?! 立てるか?」
「だ、大丈夫だ…。 これくらい、平気。」
そう言いながら、成は額に汗を滲ませながら左肩を痛々しく押さえていた。
「嘘つけ、我慢すんな。 成、大人しく保健室に行こう。」
「くっ、済まない…。」
「謝るな…良く頑張った、ありがとな。」
成は、先生達に付き添われて校庭から出ていった。
「さて、こうなった以上、試合は続けられないよな。」
「あぁ…、万事休すだな。」
皆が落ち込んでいると、1人の男がゆっくりとやってきた。
「よくやったな、出来損ないなりに。 素直に褒めてやるよ。」
「藤浦っ、テメェ!」
「止めろっ、魚谷!」
「だが高萩、コイツは有り得ねぇだろ!」
「今は何にせよ、試合を続けるかこのまま降参かの問題だ。なぁ、藤浦?」
「何だ?」
「お前、外野出来るか?」
「バーカ、俺を舐めるな。 お前は、俺がピッチャーしか出来ないと思ってんの?」
「舐めてねぇし、そんな事は一切思ってないよ。だからお前に、外野を守れるかって聞いてんだ。」
「守れるに決まってんだろ。俺は、ピッチャーの他に、持ち前の強肩を活かして外野を守る事があんだよ。」
「なら、やってくれるよな?」
「やんねぇよ。こんな相手じゃ、役不足だ。」
「ふーん...やっぱ、藤浦って本職以外である外野守備は下手なんだ。」
「何ぃ?!テメェ、もう一度言ってみろ!」
「藤浦は、ピッチャーしか出来ないんだ。」
「冗談じゃない! いいよ、やってやるよ! お前らに、俺の守備が超絶巧いって事を認識させてやるっ!」
「よし、これでメンバーは揃った。これからどんどん点を採って、守備ではしっかりと1アウトずつ取っていこう!」
「「オー!!!」」
この瞬間、漸くチームが一眼となった。