friends26:親友…それぞれの思い。
3月のある日。
高萩が、福本にホワイトデーについて話し掛けられた。
この会話が発端となり、やがて彼の周りにいる人達の関係が徐々に歪ませてゆく事となる。
もう少しで高1の年が終わる、3月初旬の事。
クラス内では、バレンタインデーに男達へ義理(あるいは本命)チョコをあげた女子達が所々で集まってホワイトデーの話をしている。
福本:
「高萩ぃ、お前は返す宛てはあるのかよ?」
福本が、席に座って窓の外をぼんやりと眺めていた俺へ話しかけてきた。
高萩:
「何を?」
福本:
「“何を?”…って、おいおい。 この時期と言ったら、普通に考えてホワイトデーの話だろ! お前、どうせ貰ったんだろ?」
「バカ言うな、俺が貰えるわけねぇだろ。そうだなぁ...、榎故なら貰ってるかもな。」
⁇?:
「俺を呼んだか、高萩。」
後ろから俺に声を掛けたのは、クラス内一のイケメン男子と賞されている、榎故 草太だった。
身長は180cm代後半と高く、野球部に所属している彼の身体には無駄な肉が付いていない超人。
それに加え、誰に対しても平等に接し、決して人を見下したりしない硬派な性格。
よって、女子達から人気があるのだ。
福本:
「お前や成とかなら、バレンタインデーに女子からチョコをわんさか貰えただろうから、返すのが大変だろうなって話してたのさ。」
頬杖をつきながら、福本は言った。
榎故:
「そんな事かよ、くだらない。元々、俺には関係ないし。」
福本:
「榎故よぉ、下手な嘘をつくなよ。お前には、当たり前に関係あるだろ?」
福本は、にやけながら榎故の右肩に手を置いた。
榎故:
「だから、俺には関係無いって。てか、福本。 すまないが、右肩に手を置かないでくれないか? 一応、俺ピッチャー(投手)だし。」
高萩:
「肉っ!(福本の蔑称。彼は少し太っていた。)」
俺は、福本をキッと睨み付けた。
福本:
「あっ、すまんな。」
榎故
「怒らなくて良いから、高萩。別にそんな気にしてないから。」
福本:
「榎故、優しすぎだろ。」
気まずい雰囲気にしてしまったので、俺はとっさに話題を変えた。
高萩:
「あっ、そういやこの間、携帯の動画で観たぞ。榎故の初登板の試合。」
「ありがとうな、高萩。でも後半グダグダだったろ、相手にかなり打ち込まれたし。」
「しゃあないだろ、初登板だし。 けど、ストレートは異様に伸びがあって良かったぜ。 あれってまさか、ジャイロ回転かい?」
「なぁ、高萩?」
「何だよ?」
「ジャイロって何だよ?」
「おいおい。 お前は中学の時、野球部だったのに解らないのか?」
「いや、俺はライト(右翼手)だし。」
「ったく。 あのな、ジャイロ…正確にはジャイロボールっていう直球の一種でな。まぁ、ストレート(直球)とあまり変わりは無いんだけど、球の軌道としてはストレートと比べると打者の手元で少しだけ落ちるんだ。だけど、球速が速いから打者にはホームベース付近で球が浮き上がるように見えるんだ。また、ストレートはバックスピン(縦回転)だろ?だけどジャイロは、ドリルのような回転をするから周りからの空気抵抗を受けにくく、投げてからキャッチャー(捕手)に届くまでの時間が少しだけストレートより短いんだ。」
「へぇ…。」
知らなかったというような顔をしていた福本の隣で榎故が、感心したように言った。
「よく知ってんな、高萩。」
「下手なんだけど、地元で草野球やってたんだよ。 一応、ピッチャーだった。」
「成程な。だから知ってるのか。」
「ジャイロリリース(ジャイロボールの放り方)を取得すんのは難しいから、結構練習…」
「榎故くーん、ちょっと来てぇ。」
向こうにいた女子のグループが榎故を呼んでいた。
「ワリィ、ちょっと行ってくるよ。」
「おう。」
「このモテ野郎がっ!」
「それは言わない方が良いぞ、福本。」
「うるせぇ…。」
榎故は、女子達の所へ行ってしまった。
「まぁ、アイツは女子から需要があんだな。」
「そうだな。」
「おい。」
「…ん?」
不意に、後ろから声を掛けられた。俺は、振り返った。
そこには、仁王立ちした成が立っていた。
「…何だよ、成。」
「お前さぁ、千駄木さんから貰ったのか?」
「何を?」
俺がそう言うと、成はいきなり声を荒げた。
「とぼけんなっ! お前、バレンタインデーに千駄木さんからチョコ貰ったんだろ?」
「貰うわけねぇだろ。」
「本当か?」
「あぁ。」
「なら、いい。」
「あれぇ、高萩クン達どうしたの?」
いきなり、俺達の前に千駄木が現れた。
「せ、千駄木さん…」
「成ちゃん、ホワイトデー忘れないでネ!」
「も、も、もちろんっ!」
「フフっ…高萩クンも…ネっ。」
「えっ?」
千駄木は、何故か顔を赤らめてうつ向いていた。
「っ!! テメェ、嘘ついたな!実は貰ってたんだな! 許さん…。」
「えっ? 何、どうしたの?」
当の千駄木は、ボケッとしていた。
「ちょっと、待てって! 千駄木、俺は何も貰ってないけど。」
「あれっ?…もしかして高萩クン、私のあげたモノ…ロッカーから取り出してないの?」
「えっ?千駄木…俺のロッカーの中に何か入れてたのか?」
「えっ…、ヒドイ。」
「おい、千駄木?」
(ダッ!)
千駄木は、走って行ってしまった。
「おっ、おい、千駄木! えぇ...。」
「おい、高萩ぃ。千駄木さん、少し涙目だったぞ。」
「テメェ!!」
(ビュンっ!)
唸る成の右拳を、ギリギリで何とかかわせた。
「止めろ、成!何故、お前は高萩を殴るんだ?最近、お前変だぜ?」
「黙れ。お前には、関係無いだろ。」
「ふざけんなっ!」
「福本!」
俺は、福本を制した。
「何だよ、高萩?お前も、何か言ってやれよ!」
「解るだろ?もう俺達は、無垢な人間じゃねぇんだから。」
「………。」
「………。」
3人の間に暫く沈黙の時が流れた。
突如、窓の隙間から春風が吹いた。すると、成が何かを振っ斬ったような顔をして俺に話しかけた。
「…高萩。」
「何だ、成。」
「俺、決めた。」
「何を?」
「千駄木さんに…」
「告白すんのか?」
「いや…、まずは友達関係から始めてみようと思う。」
「そうか。」
「…出来るかな、こんな俺に。」
「解らない。だけど…一生懸命に何かをした人は何かを得られるってよく聞くけどな。」
「高萩…」
成の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「あんま気にすんなよ。お前のやりたいようにすれば良いからよ。」
「ごめんな…」
「えっ?」
「あの時…本気で殴っちまってさ…」
「いや、あれは…」
「ごめん…すまなかった…」
「成…」
目の前で泣き崩れた成。
俺の所為で深く傷つき泣いてしまった千駄木。
人間関係…それは、難しい壁を越えなければならない時がある事。
俺は、徐々に知っていくのだ…。