friends25:旧友の眠る場所-我が子を想うあまりに流した母親の麗(うるわ)しき涙…-
高萩と佐伯は、榮波が眠る墓地へと到着した。榮波の墓石に水をあげようと高萩が近くの寺院まで杓と手提げ桶を借りてこようとするが、それを佐伯が“私が行ってくる”と言って、走っていってしまう。
彼女がそうしたのも、ある訳があった…
(この話で、中学時代編は終わります。次の話から高校編です。)
(深山墓地-みやまぼち-)
「榮波君がここで眠ってるの…」
「………。」
俺と佐伯は、ゆっくりと榮波家の墓石に歩み寄る。
蔵瀬の墓石の前に立つと既に、一輪の花が花瓶に手向けられていた。
「線香…上げようか。」
「…あぁ。でも先に、墓石に水をあげよう。杓と手提げ桶…近くの寺の住職に借りてこよう。」
「あ…じゃあ私が。」
「だ…だけど…」
「いいの。」
「えっ…」
「じゃ、行ってくるね。」
「お、おい佐伯…行ってしまったか。」
俺は一人、蔵瀬の墓の前で佇んでいた…。
(ゴメン、高萩君…。やっぱ、榮波君と正直に向き合えないよ…)
私は、うつ向きながら近くの寺院まで歩いていた。すると…
「あら、那奈ちゃん?」
不意に聴き覚えがある声に、私は振り返った。
「あ、あなたは…」
私に声を掛けた女性は少し微笑んだ…
寺院に到着し、杓と桶を借りた私とその女性は高萩君が待つ墓地へ向かった。
「高萩君?…あれ?」
高萩君は、榮波君の墓石に向かって何か語り掛けていた。話す彼の顔は時々、暗くなっていた。
「萩やん?」
女性は、彼の側に寄って話し掛けた。
「…はい?っ?!」
「久しぶりね、萩やん。」
「蔵瀬の母さん…お久しぶりです。」
「は…萩やん?」
私は、目を瞬いた。
「あぁ…蔵瀬の母さんにこう呼ばれてたんだ。」
「それにしても…二人とも蔵瀬の墓参りに来てくれてありがとね。」
「いえ…」
「…蔵瀬も天国で喜んでいると思うわ。」
「母さん…」
榮波君のお母さんは、少しうつ向いていた。
「と…とにかく水をあげませんか?」
「そ、そうね…萩やん?」
「はい…じゃあ佐伯、それ貸して。」
「うん。」
私は、高萩君に杓と水の入った桶を渡した。
(ザバー…)
墓石は滴り、光り輝いていた。
「…これで蔵瀬も潤っただろう…。」
「うっ…うっ…」
「母さん…」
榮波君のお母さんはしゃがんで、ハンカチで目を抑えて震えていた…。
「萩やん…那奈ちゃん…本当にありがとうね…」
「母さん…泣かないで下さい。多分…母さんに泣かれたら蔵瀬が哀しくなると思います。」
「うっ…そ、そうよね。…さ、二人とも拝んで帰りましょ。」
「はい。」
「そうですね。」
…こうして、榮波君へのお墓参りは終わった。
蔵瀬の母親と墓地の入口で別れて、俺と佐伯は駅の方へと歩いていた。
「母さん…やはり辛そうだったな…。」
「…そうだね。」
そして二人の間に、暫く沈黙の状態が続いた。
駅に近付いた頃、ようやく佐伯が口を開いた。
「あのね…あなた宛てに榮波君が遺した文書があるの。」
「えっ…」
「これ…」
佐伯は、一つの文書を懐から取り出した。
「読むよ…。」
と言って、佐伯はゆっくりと読み始めた…。
『萩ちゃん…ゴメン。俺、またクラスメートからいじめられているんだ。中学の時のイジメレベルと遥かに違い過ぎる…。
…もう耐えきれないよ…ダメだ。俺、死にたくなったよ…。逃げたいよ、この現実から。
でも…最後に一目だけ、萩ちゃんに逢いたかったよ…。逢って、色々話したかった…。
萩ちゃん…お前がこの手紙を読んでる時はもう…俺はこの世にいないだろう。だから、萩ちゃんに一つだけ俺から頼みがあるんだ。
それは…、俺の宝物の翡翠を萩ちゃんに受け取って欲しいんだ。
翡翠の場所は、俺の祖母の家に飾ってある。ここからかなり遠いけれど、長野県大町市に祖母がいる。地元では祖母の家は有名な方だから、駅員に聞けば解ると思う。祖母には、萩ちゃんが来る事は了解を得ている。
それは、俺の形見なんだから絶対に貰ってくれよ。
萩ちゃん、これで最後になっちまったけど…、中学時代、ずっと友達でいてくれて本当にありがとう…ありがとう…
それじゃあ、バイバイ…
蔵瀬』
「くっ…くそ…身勝手な奴だよ…蔵瀬。」
「高萩君…」
俺は、片手で両目を覆ってしゃがみながらまた泣いてしまった…
「高萩君…榮波君の頼み、受けようよ。」
「…くっ…あぁ、そうだな。」
二人で相談した結果、俺と佐伯で春休みを利用して蔵瀬の形見、翡翠を貰いに行く事にした。
(蔵瀬…安心して天国で見守っててくれよな。)
俺は空を見上げながら、天国の蔵瀬へ思いをはせた…。