過干渉な親に捨てられた「ゴミ」は、国宝級でして
「メルティ嬢、なんて可憐なんだ。一度でいいからお話ししてみたい…っ!」
「お前なんて歯牙にもかけないさ。侯爵家のクライトン様ですら、ろくに相手にされなかったんだぜ」
ロゼ=ヴァニラ伯爵家の令嬢メルティは、その名の通り「両親からとろけるように愛されて育てられた、薔薇のように美しい令嬢」として有名である。
淡いピンクの髪、潤んだ緑の瞳。そしていつも最新流行のドレスを可愛らしく着こなしている。
女性からは「モテるのを鼻にかけてツンとした、見た目だけの女」と陰口を叩かれ、男性からは「とにかく可愛いからお近づきになりたいけど、全然喋ってくれない」と甘い視線を送られる令嬢であった。
しかして、その実態は…
「よっ…これでどうだ?私の愛しい合金ちゃん、今回はにっこり笑ってくれまちゅか?」
古代の遺物をこよなく愛し、深く広い古代魔法の知識と魔法式作成能力により、誰にも真似できないような材料や魔道具を生み出す天才である。
彼女は母好みの可愛らしいドレスの上に煤で汚れたエプロンをかけ、生成したばかりの黒い塊をつまみ上げる。
見た目は燃え残りの炭だが、古代遺跡から掘り出した鉱物と鉄をオリジナルの魔法式でブレンドした、「超高純度魔導合金」である。
「ああっ!とっても軽くて可愛いでちゅね。しゅぐに魔力伝導率を計測してあげまちゅからね♡」
彼女にとっては、本音など何ひとつ聞こえてこない社交界での会話よりも、返事すらしないこの黒い塊との対話のほうが、数万倍は有意義だった。
しかし両親にとって、メルティの情熱はただの「病気」。
食卓を囲みながら、母は娘の顔を見てため息をつく。
「メルティったら、可愛いお顔にこんなクマが…!また魔道具だとか遺物だとか、くだらないことで夜更かししたんじゃないでしょうね!?」
「いいえ、お母様」
「本当でしょうね?あなたはロゼ=ヴァニラ伯爵家の最高傑作なのよ?あなたの幸せは優秀で美しい高位貴族の男性…いわゆるスパダリに嫁いで、愛されに愛されて贅沢で優雅な生活を送ること!そのためには遺物も魔道具も必要ないわ」
「はい、わかっております」
「現国王が王太子だった時代、婚約者候補の最終選考まで残ったこと」が自慢の伯爵夫人は、自分が手にできなかった「スパダリとの結婚」を、この可愛らしい娘に与えようと必死だった。
「本当に本当かしら?」
「私のお部屋を見ていただければわかるでしょう、お母様。もう魔道具など作っておりません。昨日はお母様にいただいた詩集がおもしろくて、つい夜更かしをしてしまったのです」
「そうよね」
メルティは自室のドアに、センサーを仕込んでいる。
メルティがドアを開ければ、実験道具や魔導書や彼女が開発した魔道具でごった返す「現実の自室」に入れる。
しかし彼女以外の人間がドアを開ければ亜空間につながり、そこはフリル&ピンク満載のラブリー部屋となっているのだ。
歪みを極限まで抑えてあるから、母もメイドも、自分が亜空間に足を踏み入れていることには気づいていない。
そしてドアノブが他人に触られると同時にメルティ自身も現実空間から亜空間に移動して、母やメイドに対応する。
――どうしてそんな手間をかけているのかって?
これまで幾度も、「魔道具の研究何て、貴族令嬢がすることではない」「片付けもできないようではお嫁に行けない」などという理由で、メルティの部屋は荒らされてきた。
彼女が生みだした独創的な魔道具も、歴史を変えるような新しい材料も、「汚らしいゴミ」と見なされて伯爵邸の焼却炉で断末魔をあげてきたのだ。
いくら「研究をしているときが一番楽しい」「生きがいだと感じている」と説明しても、「貴族令嬢にそんなものは必要ないわ、メルティ」「お前はどこかおかしい」という言葉しか返ってこなかった。
「魔法省に入って一人暮らしをしたい」と言えば、「だめよ!お母様が寂しくて死んじゃうわ!」「そもそも貴族令嬢が働くなんて恥だ」と返され、家を出ることも叶わない。
魔法を使えば勝手に家を出られないこともないが、「寂しい寂しい」と毎日のように下宿先に押しかけられるのが目に見えているので、彼女は諦めていた。それにまかり間違って本当に母が寂しさで死んでしまったら、さすがに夢見が悪い。
「命を人質に取るなんて、卑怯だよ」
家にいながら研究を続け、さらに我が子のような魔道具や新材料を守るためにも、メルティは母を部屋に入れないようにした。
――つまりこれは、過干渉な母や無理解な家族と共存するために、彼女が考え付いた苦肉の策だったのだ。
「メルティ、今日は仕立て屋が来ますからね。建国祭ではあなたの可愛らしさを最大限に引き立てるドレスを着る必要があるわ。大丈夫、お母様が全部選んであげますからね。メルティは何も心配しなくていいわ」
「…ありがとうございます」
◆
建国祭当日、メルティは母が選んだ「メルティのパブリックイメージにピッタリ」な、薔薇とフリルが満載のドレスを纏って王宮にいた。
「俺、話しかけようかな」
「やめとけって、撃沈するだけだぞ」
「今日も今日とて、なんてぶりぶりしたドレスなのかしら」
「あんな少女趣味なドレスが、男心を刺激するとでも…?」
周囲の雑音などなんのその、メルティは「ふむ…もし悪意を感知できるセンサーを開発できれば、護衛騎士や護衛魔導士たちの負担を減らせるのではないか」「しかしもし誤作動したときには、疑われた人の社会的ダメージが…」などと考えている。
「メルティ、何をぼーっとしているの!建国祭はスパダリとお知り合いになる最大のチャンスなのよ?お母様も建国祭で当時の王太子殿下とダンスをしたことがきっかけで、婚約者候補になったの」
と、母がはっとメルティの腕を掴んだ。その目は「スパダリ」を捉えている。
そのスパダリは、メルティに話しかけた。
「会うのは久しぶりだな」
「エリ…第三王子殿下」
危ない、つい癖で「エリオット」と呼んでしまうところだった。
第三王子、ブライド公爵エリオット。
若くして魔法研究の第一人者であり、剣術や馬術にも優れ、物腰は優雅で、ときにはお茶目なユーモアで場を和ます社交術ももつ。女性たちの憧れの的…そして母の標的になるしかない、いわゆる「スパダリ王子様」である。
「ご無沙汰いたしております」
「なんだ?他人行儀だな、寂しいよ」
「…母の目が光っておりますので」とメルティは小さく低い声で答えて、「察せよ」とエリオットを睨んだ。
「現時点での独身スパダリ最高峰であるエリオットと親しい」などと母にバレれば、婚約だ結婚だなどと騒ぎ出すに決まっている。
魔導通信機で交わされる二人の会話といえば「鉱物熔解と不純物除去の最大効率」や「亜空間の安定的な保持」といったマニアックなもので、メルティはエリオットに「研究仲間」「オタク仲間」くらいの感情しかもっていない。
だから母にフィーバーされるのは、まっぴらごめんだった。
「ああ、すまない」
メルティはエリオットに一言挨拶しただけで離れ、母が「あんなのスパダリじゃないわ」と一刀両断するだろう男性と適当に踊り、引き揚げた。
しかし…
母の目は確実に光っていた。
「あなた、聞いてくださいな!第三王子殿下がメルティに話しかけてくださって、しかもメルティが他の男性と踊るのを睨みつけておられたの。あれは嫉妬よ…!!」
「お前、それは本当かい!?」
「ええ、まったくもって本当ですとも!絶対に睨んでおられたわ!それに殿下からメルティに話しかけておられたし、きっと殿下はメルティに恋しているんだわ…!さすが私のメルティ…!娘が公爵夫人になれば、伯爵家の格も爆上がりだわ!」
母はぎゅっと扇子を握る。
「こうしちゃいられないわ。メルティが完璧な結婚を迎えられるように、完璧な準備をしなくちゃね」
◆
伯爵夫人の脳内では、「素晴らしい計画」が暴発していた。
「メルティのお部屋はあの子らしくてとっても可愛らしいけれど、第三王子殿下が我が家にいらしたときに、手狭な印象を与えかねないわ。だから隣の客間と繋げて、豪華なスイートルームにするべきね。きっとメルティも喜ぶわ」
そこで母は「お友達と最新のカフェでお茶」という嘘をついて、実際には遺跡の発掘に出かけたメルティの留守中に、命令を下した。
「メルティの部屋と隣の部屋の間にある壁を、壊してちょうだい」
作業員は隣の客間側から、壁を壊していく。
壁がすべて取り払われて母の目に飛び込んできたのは、彼女が見慣れた「ピンク色に満たされた亜空間の令嬢部屋」では、もちろんない。
煤の臭いが充満し、床と壁が魔法式がびっしりと書き込まれ、母にとっては得体の知れない「ゴミ」がゴロゴロと転がった、現実空間のメルティの部屋であった。
「…何よ、これ」
母は絶叫した。
娘は、ずっと自分を騙していた。「幸せになるためには忘れろ」とあれだけ言ってやったのに、研究をやめていなかったのだ。
怒りが彼女の身体の中で渦巻く。
これらはすべて、捨て去られるべきものだ。メルティが貴族女性としての幸せを手に入れるためには、邪魔になってしまうのだから。
母は、机の上の紙クズを握り潰し、棚に鎮座していた燃え残りの炭を窓から放り投げ、壁と床の魔法式を水と雑巾で完璧に拭きとらせた。
「ど…っ、いうこと…!?」
帰宅したメルティは、ドアを開けて立ち尽くした。
向かって左の壁がぶち抜かれている。
いや、それだけならまだいい。
壁と床の魔法式が消え、机の上には何もなく、棚に置いていた魔道具や新材料たちもごっそりなくなっている。
「盗難…!?」
メルティがそう考えるのも無理はない。
あの「紙クズ」は、彼女が五年の歳月をかけて魔法式を作り上げ、ようやく形となった「空間折り畳み式倉庫」のプロトタイプ。紙のように薄く折りたたまれたそれは、広大な亜空間そのものであり、小国の国家予算に匹敵する価値がある。
そして「炭」は、ようやく完璧に生成できた魔導合金だった。魔導士の攻撃力や治癒力を飛躍的に向上させる効果がある。
開発途中だった壁や床の魔法式も含めて、すべて売ったとしたら、あるいは使いこなせたとしたら、莫大な富を生む。
我が子たちにかけていた追跡魔法を発動させようとしたときに、「盗難じゃないわ」と声がして、メルティは振り返った。
「お母様が、やったのですか?」
「そうよ。あなたのお部屋を素敵に改装してあげようと思ったら、なんてことかしら」
「改装…!?なんで私の許可もなく改装…」
「許可!?いいことなんだから許可なんていらないわ!あなたはただ『お母様ありがとう』って言ってくれればいいだけだったのに…!」
「そんなわけないでしょう…勝手に壁をぶち抜いて改装だなんて…!こんな…あまりに非常識です…」
「非常識なのはメルティだわ!親の言いつけも守らず貴族令嬢なのに魔法の研究を続けて、部屋もこんなに汚くして…!」
黙り込んでしまったメルティを見て、「ようやく娘も反省した」と思ったのだろう。伯爵夫人は無理やりに笑顔を浮かべ、幼い子どもを諭すような声を出した。
「ゴミが散らかった部屋なんて、第三王子殿下には見せられないでしょう?家具はすべて入れ替えましょうね。テディベアも置いてあげる。大丈夫、お母様の言うとおりにしていれば、きっと素敵になるわ」
「エリオットと、何の関係が…」
母やすっかり機嫌を直したように、パンと手を合わせる。
「あら、もう名前で呼び合う仲なの!?素敵!じゃあやっぱり改装は急いで正解だったわ」
「お母様が期待しているような仲じゃありません」
「照れないで!第三王子殿下との結婚なんて、これ以上ない幸せだわ。あんなゴミのこともこんな研究のことも、すぐに忘れられるから大丈夫よ」
嬉々とした母を顔とは対照的に、メルティの顔からは色が失われていく。
何とかこの過干渉な母と、家族と、共存しようと努力してきたのに。
――無駄だった。
この人の干渉は、とどまるところを知らない。
どこまでも自分の価値観と善意を信じ、押し付け、踏み込み、こちらのことは一切理解しようとしない。
いつまでも子どもを子ども扱いして、「善意だから」と無遠慮に壁をぶち抜いて、土足でテリトリーに入ってくるような人なのだから。
身体の内部から自分が喰い破られていくような感覚に襲われて、メルティは身体を震わせた。
理解できない。本当に理解できない。
「限界だ」
◆
二週間後。
第三王子エリオットが、「婚約の打診」を名目にロゼ=ヴァニラ伯爵家を訪れた。
先触れがあったときから伯爵夫妻は狂喜して、最高級の茶と菓子を用意し、メルティにフリルまみれのピンクのドレスを着せて出迎える。
壁ぶち抜き事件以来すっかり大人しくなったメルティに、内々とはいえ王子からの打診。
「やっぱり、ゴミを捨てたから幸せが舞い込んだんだわ!お片付けって心が洗われるし、運気も良くしてくれるのよね!」
伯爵夫妻にとっては、幸せの絶頂だった。
「第三王子殿下…公爵閣下。メルティへの婚約の打診、身に余る光栄でございます」
エリオットは黙ったままのメルティをいたわるように目をやり、伯爵夫人に視線を戻して冷たい笑みを浮かべる。
「まずは持参金についての確認をさせていただきたいのですが」
「もちろんですとも!金貨でも領地でも、可能な限り用意いたします」
「金も領地もいりません。ブライド公爵家が求めるのは、メルティ嬢が独自に開発した『超高純度魔導合金』および『空間収納倉庫のプロトタイプ』です」
エリオットが「こういう物です」と見せた絵に、伯爵夫人は言葉を失った。それはまさしく、自分がメルティの部屋で握り潰し、窓から投げ捨てたものだったからだ。
「この二点があれば、私は彼女を正妻として迎えます。反対に言いますと、これらを用意できないのであれば、話はなかったことに」
「そ、それは…!お金では?領地ではだめなのですか!?」
エリオットは首を振る。
「金も領地も、この二つには敵いません。これは世界を変える発明品であり、彼女の才能そのものですから」
夫人の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「渡していただけますね?」
「それが…も、もう…ないのです…」
「ないですって!なぜ!?」
エリオットがすごむ。
「す、捨ててしまって…」
「捨てた?あれを、捨てたと言うのですか?あれがあれば小さな国がひとつ買えると言うのに!誰が捨てたのです!まさかメルティ嬢が捨てるはずはありませんよね!?」
両親が助けを求めるようにメルティを見るが、彼女は何も答えない。
「ひ、ひぃぃっ…!お許しを!ま、まさか、あんなものが、そんな価値のあるものだとは…っ!」
伯爵は夫人の肩を掴んでゆする。
「なんてことをしたんだ、ポポナ!」
「だって、あなた…!あなただってメルティの研究はやめさせなきゃと言っていたじゃない!私は…私は良かれと思って…っ」
エリオットは息を吐いた。
「…用意できないなら、縁談は白紙です」
「そ、そんな…!お待ちください…!他のものなら…何でも、何でも用意しますから…!」
「いいえ、あの二つがないと無理です。私は有能で価値ある伴侶が欲しいのであって、『普通の可愛らしい令嬢』と結婚する気はありませんから」
伯爵夫人はメルティを振り返った。
彼女自身によって、「普通の可愛らしい令嬢」に擬態させられている娘を。
「メルティ…!今すぐまたあれを…何とかっていうものを作りなさい…!」
「…無理です。必要な機材や材料は、全部お母様が捨ててしまったじゃないですか。幸せには必要のないものだと…こんなものがあるから幸せになれないのだと言って」
「全部また揃えるから…!」
見事な手のひら返しに、メルティは笑いをこらえるので精いっぱいだった。
「機材は戻っても、燃やされたノートや消された壁や床の魔法式は戻ってきません」
「そ、そんな…っ!そんなぁ…っ!!メルティ、あなたの幸せがかかってるのよ…っ!?」
メルティは立ち上がり、両親を冷ややかに見下ろした。
両親の主張する「メルティの幸せ」など、どうでもいい。
それは彼女自身の幸せでは決してなく、「娘を、自分たちの理想の形に押し込めてやった」という両親の自己満足に過ぎないのだから。
しかし「そんなことを言っても彼らには通じない」と、もうメルティはわかっている。
だから彼らには、代わりにこう言ってやるのだ。
「チャンスを潰したのが誰か…スパダリとの結婚の切符を捨てたのが誰か、わかりますよね?」
才能に溢れた美しい娘が幸せになれないのは、価値観を押し付けて干渉してくる、親のせいに他ならない。
「私の夢と苦しみを理解してくれ」とは、メルティは言わない。きっと彼らにはできないだろうから。
ただ、これだけは伝えたい。
――「お前たちが悪いのだ」と。「お前たちは間違っている」と。
それを、彼らにとって最悪の形で、わからせてやりたかった。
「私がこれ以上ない幸せな結婚を逃したのは、お父様とお母様のせいよ?」
「あ…ああ…っ!!メルティ…!!ごめんなさい、メルティ…っ」
両親の顔に絶望が浮かんだ。
◆
「それで、うまく行ったのか?」と、魔導通信機の向こうからエリオットの声がする。
「まあね」
メルティは両親に「もう私に幸せな結婚は無理よね。二人のせいで」と毎日言い続けた。
「ねえお母様。あのときお母様があれを捨てなければ、私は今ごろどうなっていたかしら?公爵夫人よね?」
「ごめんなさい、ごめんなさいメルティ…お母様が間違っていたわ…」
「わかったなら…ね?」
そうやって「娘の幸せを壊してしまった親の罪悪感」につけ込んで、魔法省入りと一人暮らしの約束をとりつけたのだ。
もちろん「許可なくメルティの下宿先には訪問しない」「彼女の仕事や人間関係には一切干渉しない」という誓約つきで。
「両親から見たら、エリオットとの結婚を逃して仕事に打ち込む私は、不幸でしかないだろうね」
「ああ。実際の君はこの上なく幸せなのにな」
「そういうこと。協力ありがとね。名演技だったよ」
エリオットがメルティに婚約の打診をして、持参金に新材料と魔道具を望んだのは、メルティに頼まれての演技だった。
「自分たちがメルティの才能を潰そうとしたことで、自分たちが望んでいた『メルティの幸せ』も潰えてしまった」と思い知らせるための。
「親への復讐に王族を利用するなんて非常識にもほどがあるが、まあいいさ」
エリオットは通信機の向こうで、黒い塊とシワのついた紙を大事そうに撫でた。
「謝礼が大きすぎるからな」
空間折り畳み式倉庫のプロトタイプと、新しい魔導合金。
メルティは過去の教訓を生かして、重要な魔道具や新材料には追跡と保護の魔法をかけていた。だからこの二つは伯爵夫人に捨てられたあと、無事にメルティの元に戻り、今はエリオットの所有物となっている。
「二つとも譲ってくれるなんて」
「私は作り出したものをどう展開するかにはあんまり興味がないの。出来上がったあとの扱いは、あなたのほうがうまいわ。そのあたりはさすが王族ならではのセンスというべきか」
「光栄だよ。その信頼を裏切らないよう、この子たちを役立てよう」
「あ、生成釜が届いたからちょっと待って」
メルティは下宿先に生成釜を運び込む。伯爵家の予算で、前のものより性能のいい最新型を購入させた。
「ねえ、ケーブルが多すぎてどれがどれかわからないんだけど」
「はは、君はそういうところは本当にだめだな。赤を一番右、青を右から二番目だよ」
「こう?あれ?なんでこんなに絡まる?」
「だからそれはさ…」
そして煤の匂いと、複雑な計算式と、自分が自分でいられて干渉されない自由に浸る。
「さあ…にっこり笑ってくれまちゅか、美人さん?」
メルティは新しい合金に向かって、薔薇のように美しい笑顔を浮かべた。




