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2年と3ヶ月前私は幸せだった

掲載日:2026/04/14

あれは私がまだ、十八歳だった頃の物語。

1. 卒業式

二年前の卒業式当日。私はいつものように、窓側一列目の一番後ろに座っていた。

視界の端で春の風がカーテンを揺らし、遠くで鳥の声がする。ここなら誰にも邪魔されず、教室全体を眺めていられる。私の、静かな特等席。

このままずっと、時間が止まればいいのに。

私はまだ知らなかった。この日の出来事がきっかけで、本当に自分の時間を止めてしまうことになるなんて。

「明日卒業式だからって、みんなはしゃぎすぎじゃない?」

浮き足立った教室の空気に馴染めず、私は心の中で毒を吐く。

「真由美、おはよー! ついに明日だね、卒業式」

不意に前を向いた親友の、吉祥沙也加きっしょう さやかに声をかけられた。彼女はクラスの中心人物で、私とは真逆の、光の中にいるような人間だ。

「……おはよ」

あえて寝起きのふりをして、低めの声で返す。

「真由美、また寝不足? 夜更かしはお肌に悪いんだよ。油断大敵なんだから」

「……沙也加。お母さんじゃないんだから、学校に来てまで説教しないでよ」

突き放すような言葉が出る。本当は、真っ先に私を見つけて話しかけてくれたことが嬉しいのに、素直になれない。私はいつものように、可愛くない「強がり」を発動させてしまう。

「だっておばさんが言ってたよ。真由美、最近帰るの遅いって。あんまり心配させちゃダメだよ?」

「……いつも通り帰ってるよ。沙也加が元気すぎるだけ」

嘘だ。私は、あの冷え切った家に帰りたくなくて、放課後はいつも一人で時間を潰している。

「私はいつだって元気だよ! 元気を分けるのが生き甲斐なんだから。ほら、アンパンマンマーチだって踊れちゃうよ?」

沙也加はそう言って、冗談めかして肩を揺らした。そんな彼女に、私は強い憧れと、それと同じくらいの泥臭い劣等感を抱いている。

「はぁ……。就職決まったのはいいけど、卒業したくない。ねえ沙也加、助けてよ」

助けてなんて、本当は思っていない。ただ、彼女に甘えて、縋るような言葉を吐き出す自分が心底嫌いだった。

「私は進学だからなぁ。でも、就職したら年上の彼氏とかできて、仕事行くの楽しくなるよ。真由美、可愛いんだから」

「……沙也加はいつも、そうやって適当なこと言うよね」

「だって私ら、親友じゃん」

沙也加は無邪気に笑う。その笑顔を見るたび、私の心はこの三年間で、より黒く、より深く沈んでいくのを感じていた。

「あ、そうだ! 前に言ってた『良い感じの人』とはどうなったの? 進展あった?」

聞かないでほしいことを、彼女はいつもピンポイントで突いてくる。

「……良い感じだよ。何回か会って、ご飯も食べたし。……このバッグも、その人に買ってもらったんだ」

机の上に置いた使い古したバッグを指して、私はまた嘘を重ねた。

ご飯を食べたのは本当だ。けれど、バッグなんて買ってもらえるはずがない。私は彼女のように、大切に扱われるような人間ではないのだから。

「えーっ、羨ましい! 私も真由美みたいな顔に生まれたら、買ってもらえたのかなぁ」

――はぁ、出た。いつもの。

無意識に、言葉が口から漏れた。

「……『いつもの』って、何?」

空気が凍りついた。沙也加の甲高い声が、静まり返った教室に響く。

「えっ、何? 急にどうしたの」

私は慌てて顔を上げる。沙也加の瞳が、これまでに見たことがない色で私を射抜いていた。

背中には、冷や汗とは違う、もっとどろりとした何かが確実に滴り落ちるのを感じていた。

第1章 終

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