第1話 水泡に帰する
朝の道場は、いつもより静かだった。畳に落ちる足音も、竹刀が風を切る音も、まだない。
そんな静寂に包まれた道場の中央に一人で立っていた。
剣は腰に差しているが、抜いてはいない。
構えようとしただけで、肩の奥が軋んだ。
音はしない。ただ、骨の内側に何かが引っかかるような、嫌な感覚だけが残る。
「そろそろ行くか...」
そう言ってゆっくりと立ち上がり、ミシミシ鳴る床を歩いてある所に向かう。
───5年前、武藤骸は、武藤家の道場で刀の稽古をしていた。
幼い頃から、彼は剣が好きだった。
いや、好きだった、というより――剣しかなかったと言うべきかな?
骸は剣の血を継ぐ者として生まれた。それ故にその道しか示されなかった。
この町では、18歳になると、二人一組のペアを組んで、旅に出る。
それ故に、町最強だった骸は色んな同い年の子から
「一緒に旅に出ようね!!」
などと誘いを受けていた。
「へっ!くだらねぇ」
一方でそう妬む者もいた。
「私の誇りです!」
剣の先生にはそう褒められ、
「なぜ、こんな小僧に...!!」
大人には不思議がられ、
剣を振ることが、生きることだった。だが、いつからか身体に違和感を覚え始めた。
最初は些細な違和感だった。
骸は努力が足りないのだと思っていた。
だから、誰にも言わず、さらに剣を振った。
結果は──逆だった。
「あなたの身体は少しずつ骨化しています。」
「激しい戦闘を行えば行うほど、骨化は進み......やがては──」
そこで医師の言葉は詰まる。
骸は信じたくなかった。そんな骸の思いとは反対のことを医師はゆっくりと告げる。
「”死に直結します”」
その直後風が舞う。
「これから、闘うことを禁止します。」
その言葉は努力家でまだ幼かった骸の心を壊すには十分すぎた。
すぐに噂は広がり、同い年の子達からは、
「もう最強じゃないね〜」や「旅に出る人変えようかな?」などといった言葉が飛び交っていた。
その言葉はさらに骸を傷つけた。
骸は町を少し歩き、広場まで来た。そして、昔からあるとされている石像を眺める。
「動かぬもの」
石像の近くにそう書かれていた。
全てを失った。これまでの努力。力。好きなこと。人望。何もかも────
しばらく石像を眺めていると、後ろから肩を掴まれる。
(!?)
骸の肩を掴んだのは、同い年の幼なじみの菊地芽衣だった。
「...骸」
芽衣は暗い顔をしている。既に噂が耳に入ったのだろう。
「病気のこと、聞いたのか?」
「うん」
静かに頷く。そしてすぐにこう伝える。
「私は旅に出ないで平和に暮らすのがいいと思う。」
骸は目を見開く。なぜなら、その言葉を言われて自分の気持ちに気づいてしまったから。
”旅に出たい”
という気持ちに。
けれどすぐに自分の気持ちを抑え込む。
(無理だ、俺は戦うことができない。いわば無能...)
なんて、骸は思っているんだろうな。”心配”や”やめときな”は彼にはかける必要はない。
そう考えた上で私は────────
「5年後、私と旅に出よう」
突如そんなことを芽衣は言い出す。
「え?」
驚きのあまり、骸は声に出す。
「剣を使わなくても人は助けられる!!」
「それに、骸は私が守るから。」
そう、私が骸を守れるぐらい強くなれば───
絶望していた骸の心は起き上がる。希望の無い俺をそんな風に言っていくれたことが、嬉しかった。
(まだ俺が旅に出ることを許してくれるのか?)
それなら俺は──────
「......ありがとう!」
骸は隠しきれてない大粒の涙を見せながら無邪気に笑う。
「じゃあ、改めてよろしくね!」
実際に旅に出てはいないが、俺たちの旅は確かに─確かにここから始まった。
自宅に帰宅した骸はすぐに両親から距離を詰められる。
「旅になんか出なくていいからな!?」と父親「戦わなくて良くなったのなら、平和に過ごしましょう?」と母親は言う。
「いや、旅には出るよ」
静かに骸は答える。
「剣士は目指せないだろ!?俺は愛する子が骨化するなんて許さないからな!!」
両親の優しさが骸を一瞬引き留めようとした。だが─────
「大丈夫...」
と骸は両親の優しさから抜け出す。
「俺は...”闘わない剣士になる”」
(芽衣があそこまで言ってくれたんだからな...俺だって、覚悟を決めなきゃ!)
先程まで剣を諦めきれないでいた骸の気持ちは打って変わり、完全にやる気を取り戻した。
そして現在に至る──────
骸は町の出口となる門に向かい、旅に出る多くの人が集まる端の方で”ある人”を待っていた。そんな、骸のそばに二人組の男達が近づいてくる?
「...あいつ一人で旅に出るのか?」
「そんなわけないでしょ、ね?落ちこぼれた最強くん」
二人組の男達のうち一人が、骸の顔を覗き込む。
「君と組んでくれる人も落ちこぼれかな笑?」
「........」
骸はその男のことをシカトしようとしていたが思わず思っていることを口に出す。
「誰よりも努力家な秀才だよ。」
「あ?そんな人がお前のペアになる分けないだろ!?」
男のうちの一人が骸の顔に向けて剣を向ける。
「おい!こんな時に問題は起こすなよ!?」
もう一人の男が止めにかかると、周りがざわめき出す。
(バレたのか!?)
急に焦り出した男だったが、そのざわめきは別のものだとすぐに気づく。
「菊地芽衣?」
剣を突きつけていた方の男は訝しむ。
「菊地芽衣といえば、ペアの人が決まってないから旅には出なんじゃないかって噂がたってたぜ?」
「ここに居るってことは旅には出るってことか...」
男達がそんな会話をしていたが、男達の会話が急に止まる。
(な、なんでこっちに向かって...?)
骸と男達二人の前まで歩いて止まった芽衣は一言発する。
「私のペアを虐めないでくれる?」
そんな周りの人達からしたら驚きの発言をするのだった。
「...なんであの剣で有名な芽衣さんがあの人と?」
「どんな方法で?賄賂でも積んだのか?」
「バカッ!あの人がそんなものに釣られるわけないだろ?」
「じゃあ...なんで......」
周囲でそんな言葉が飛び交う。
「な、なんでこんな雑魚と...」
そこまで男が言いかけた時───
「旅に出る者たちよ!!」
と町の長の声が響き渡る。
「なにか壁にぶつかり、挫折する者もいるかもしれない。あるいは宿敵に出会い、高め合う存在になるかもしれない。とにかく皆の前には様々な出来事が立ちはだかるだろう!!」
「皆よ...自由に、けれど正しく生きよ!!」
その宣言で、旅に出る人達は自由になった鳥のように門を出ていく。
骸をいじめていた男達も
「ちっ」
と舌打ちをしてから門に向かう。
そして芽衣は骸の方を見てニコッと微笑む。
「じゃあ...行こっか!」
「ああ」
骸は立ち上がり、芽衣と共に門に向かう。
そしてそのまま門をくぐった─────




