40代女性の性に関する深い悩み
男の人の好きって、”やりたい”っていうフィジカルな面が女性より多いみたいです。まだ若かった頃は、そういうことがわからなくて、あからさまに求められると、遊ばれるんじゃないかと怖く感じていました。大人になった今もやっぱり自分は女性なので、同じように感じます。女の人は、自分を大切に扱ってくれる人を選ぶものだと思います。
その晩、わたしは自宅のパソコンデスクに座るとセックスレスについて、誰かがヤフー知恵袋で質問をしていないかと思って探してみた。驚くことに、たくさんのセックスレスに関する質問があった。面白い回答でこんなのがあった。満たされない貴女の性欲を満たすために、いろんな妄想をして、知恵袋のコメント欄に書き込んでみるといいと思います。たとえば、スーパーの魚コーナーで働く冴えないおじさんをネタに、いろんなシュチュエーションで、想像したとおりに物語を書いてほしいのですという回答に、クスリと笑った。そしてわたしは言われた通り、ここに書いてみる。-ここ何十年も、夫にしてもらえなくてさみしいわたしは、いつも通りにスーパーの鮮魚コーナーでアジを買おうとしていた。獲れたての活きのよさそうなアジを見つけて、魚売り場のスタッフを探すのだが、なかなか見つからず、待ちきれないわたしは呼び鈴を鳴らした。自宅に一人で留守番している小学生男子がいるのよ。こんなところで1分1秒無駄にするわけにはいかないのよ。若干イラつきながらも、待つこと数分。店のバックヤードから、白髪交じりで中年太りした40代くらいのさえないおじさんが出てきた。ああ、ここからエロにつなげるのすごく話に無理がありすぎるなー。このままおじさんをトイレに連れ込んで、「わたしさみしいの!」と言ってみたら、強引にキスされて、彼の手がわたしのブラウスの中に・・・。って、ついノリで書いてしまって申し訳ないが、これだと逆に想像したくないなあ(笑)。そもそも鮮魚コーナーからトイレに行く設定にあまりにも無理がありすぎるだろ。しかし、スーパーでやるって、いったいどこで?? トイレしかないけど、衛生的にどうなんだろう、それにそれって、店から出禁喰らわされるやつだろ。現実の世界でも、妄想の世界でも満たされない、わたし。なんてかわいそうなわたしなんだろう。はあ。なんだか余計に空しくなってきた。逆に、こんな興味深い質問もあった。奥さんの性欲が強すぎて、ご主人が非常に困っているのだそうな。あれれ? 奥さんが求めてくるのって、男の人は喜ぶんじゃないの? と思っていたが、そうではないらしい。ご主人のほうも年齢とともに体力が落ちてきて、毎晩求められても体がもたないのだそうだ。そしてその質問の回答が面白く、世の中にはセックスレスで悩んでいる夫婦がたくさんいるのだから、ご主人が求められること自体うらやましいとか、求められるのであればご主人頑張れ(笑)とか、もう、自分だけでは体がもたないのであれば、奥さんに男を紹介して、その紹介料ももらったらいいんじゃないかとか、そういう回答があった。
秋が深くなってきてから、わたしは毎日、夕方まで仕事をするようになった。子どもも中学生活に慣れてきて、先に一人で家に帰っても、自分一人で落ち着いて過ごせるようになった。大学生の彼とは、毎日、駅まで一緒に歩いて帰るようになっていた。わたしは彼よりも少なくとも20歳は年上だ。彼のほうは、こんなおばさんと一緒に歩くのは嫌ではないのだろうか。どう思われているのか気になって、たまに不安にもなった。しかし、彼は、毎日毎日嫌がらずに駅まで一緒にわたしと歩いた。彼の通う大学の女の子が、わたしたちが一緒に歩く光景を見てしまったら、どう思うのだろうか。あんなおばさんと一緒に歩くなんて、彼がかわいそう! だとか、彼は、熟女が好みの気持ち悪い男だと噂したりするのだろうか。それに、わたしの友達が見かけたらどう思うのだろうか。夫から相手にされないかわいそうなおばさんが、大学生の男に遊ばれて、本当に頭が悪いのねとか、思われたりするのだろうか。でも、わたしは、自分の気持ちに正直でありたかった。周りがどう思うかとかではなく、わたしたちがどう思うかのほうが、本当は大切なのだ。わたしは彼と一緒に過ごしたかった。彼のやさしい性格が好きだった。わたしは一緒に歩く彼が恥をかかないように、少しづつ、ゆとりがでてきた自分の財布の中身を洋服代にあてがうようになった。あまりかわいらしすぎない程度にかわいらしいワンピースにジーパンを合わせたり、古着屋で買ったブラウスを着てみたり、いろんなコーディーネートを楽しむようになった。それと同時に化粧もうっすらとするようになった。わたしは、大学生にとって、どういう存在だったんだろう。それについては彼に直接聞いてみないとわからない。
ある日、わたしは大学生に、自分が若かった頃の話をした。自分にも大学生だった時代があった。当時はバンド活動をしていて、同じバンド仲間のうちの一人に恋をしていた。恋っていっても、そんな上っ面なものではなく、少なくとも当時の私にとっては、その彼が自分のそばから離れていなくなることは、死を意味するんじゃないかというほど、自分にとっていなくてはならなかったかけがえのない存在だったということ。男女間の友情なんて、絶対にないと、ある男の子が言ったのを思い出した。そんなの実際にあるわけないよねって。絶対にどっちかがどっちかに恋してるよねって。わたしの場合は、わたしが彼に恋をしていて、でも、気持ちが絶対に相手にばれないように押し殺して我慢して、そして好きだっていう気持ちなんてはじめからなかった風にして、それでさらに一緒にいて、自分たち友達だよねって言って、笑いあって、更に一緒にいた。わたしの生まれ育った家庭はうまくいっていなかった。母は父から暴力や暴言を受けていて、わたしが中学生だったころには精神に異常をきたしていた。そんな状態の親の元で育ったため、自分の情緒の基盤ははじめからグラグラだった。会う人あう人に暴言を吐き、けんかを売り、それでも怒らずに自分を受け入れてくれる人を安全な人と認識して、親密になった。バンド仲間の彼はまさにそういう相手だった。ある日彼の友達に「あいつの事好きなんだろ」と言われ、彼を含めた数名に取り囲まれた。「君は待ってるだけだよね」って彼本人に言われた。待ってるだけなのは当たり前だよね。せっかくこんなわたしでも受け入れてくれる安全な存在を見つけたのに、好きだなんて伝えて断られたら、わたしはその居場所を失ってしまう。だから、わたしに自分から告白するなんて本当に無理なんだ。彼氏になってくれなくてもいい。ただ、そばにいさせてさえもらえたら。それがわたしの願いだった。しかし、彼は男だ。好きな女の子とはセックスがしたい。それは男の本能なんだから仕方ない。そして、彼はわたしのことをどうおもっているかは最後までわからなかったが「させてほしい」と言った。彼がわたしに求めていたのは心のつながりではなく、体のつながりだった。そしてわたしは、それを拒んだ。咄嗟にわたしは泣き始めたのだ。「なんでそんなにひどいことを言えちゃったりするわけ?」と。彼の友達は言う。「君だってこいつの事を好きだってことは、したいってことなんだろう」わたしに答えるすべはなかった。彼もきっとわたしのことを好きだという気持ちはほんの少しだけならもしかしたらあったんだろう。ただ、わたしが求めているそれとは違っていたのだ。当時のわたしは弱っていて、自分の心を守るための安全基地を求めていたのだ。そして、それは、わたしが愛していた彼自身の欲望によって見事に崩されてしまったのだ。「わたしは今日まであなたのことを本当に好きだった。でもたったの今からそれを辞めるわ。もう、あなたとは会わないことに決めた。さようなら」と告げて、その場から走り去った。彼は走って追いかけてきたが、わたしは振り払った。わたしが男を知らない子どもだったのだろうか。わたしが悪かったのだろうか。彼の求めに応じて体を彼にささげていたらよかったのだろうか。答えは今でもわからない。そもそもそんなものに答えなんてないのだ。長い沈黙を挟み、「非常に文学的な話ですね」と大学生の彼はこう言った。「自分は男なので、その彼の気持ちしかわかりませんが、女性の気持ちは本当に謎です」ふうん、と思いながら、なんで彼にこんな話をしたのかしらと疑問にも思った。大学時代に置いてきた自分のなかの心残りを彼と過ごすことによって取り返そうとでもしていたのだろうか。「あの時の彼は、わたしのことを愛していたのだろうか」彼にそう問うてみた。しかし、大学生の彼は何も答えなかった。そりゃわかんないよな、ひとの心なんてと、思った。
男には男の習性、女には女の習性というものがあります。お互いに習性をよく知ったうえでかかわったほうが、恋愛はうまくいきます。このあたりのところがわからなくて、すれ違っちゃうことって結構ないですか?




