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大学生の男の子との恋

40代女性と、大学生の男の子の恋って、結構むかしから聞きますが。正直、うらやましくて仕方ありません。でも、大学生くらいの年頃の男の子って、ホルモンの影響か、セックスにがつがつしすぎてちょっと怖いと思うこともあります。

勤務先のコーヒーショップに、20代の大学生がいる。若いからか、仕事を覚えるのがやたらと早くて、そしておそらく彼の性格上の問題だと思うが、年齢不相応に周囲への配慮ができる大人びたところがあった。「村田さんは、毎日ご飯を自分で作っていてえらいですね」とか、「仕事がんばっていますね」とか、彼にとっては取り立てて意味のない言葉だったのかもしれないけれど、それを言われると既に乾ききっていた承認欲求が満たされる。長年育児を理由に冷たくしていた結果わたしの夫は、もうわたしのことを振り向きさえしない。毎朝、出社する時だって、「行ってきます」もなければ、温かいキスやハグもない。わかっている、ぜんぶわたしがまいた種だ。いまさら夫から満たしてもらおうなんて思うほうが間違っている。なのに、大学生の彼といると、夫といるとき以上にやさしい気持ちになれる。若い彼からしたら、いまのわたしはどんなだろう。肌に弾力のないただのおばさんだろうか。育児につかれてぼろぼろになった、女性としてもう終わってしまったおばさんなのだろうか。若い女性からしたら、いまのわたしは馬鹿にする対象にしかならないんだろうな。お金を節約するために、平気で100円均一で買ってきた保湿クリームを顔や手に塗り、メークだって100円均一のものでそろえている。わたし、年をとっても絶対こんな風にだけはなりたくないよねって、冷たく笑われる光景がありありと想像できる。ちょっと機嫌悪くしようものなら更年期障害のおばさんと笑われるだろうし、こんなことを言っているわたしだって若いころには同じように思っていた。しかし、同じように若くても男の子はどう思うんだろう。女だと思われたい。おばさんだなんて思われたくない。しかし、それはかなわぬ夢なのだろうか。


 コーヒーショップでの仕事中に、フロアからお客様が誰もいなくなる時間ができる。こういう時に、20代の大学生は、愛想よくわたしに話しかけてくれる。「すっかり秋めいてきましたね」彼に声をかけられて、店の外を窓ごしに眺める。商店街の通り沿いに、銀杏の木が美しく色づいているのがわかる。野原に咲く可愛い花が若い子の美しさであるならば、年を重ねたわたしたちの美しさは紅葉したモミジや銀杏みたいなものだろうか。わたしは少し疲れてしまっている自分の目で、必死に銀杏の木を見つめた。「あら、ほんとうにきれいね」これだけの会話だった。だけど、これだけの会話を、夫とすることがこの5年だか10年だかの間に、いったい何回あったのだろう。さみしさに、涙がこぼれそうになった。わたしも一応女だ。男の人から、かわいいとかきれいだとか言われてみたい。女であると認めてもらいたい。そしてできればハグされたりキスされたりしたい。わたしはこれから死ぬまでの間、男の人に求められないまま朽ちていくのだろうか。さみしいな、と思った。結婚するまでは女として生き、そして出産後は母として生きた。育児中のわたしは母として生きることと女性として生きることの両立ということができなかった。このせいで、夫はひどく悲しい思いをしたに違いない。しつこくセックスを求められたときは、「よそで女でも買いなさい」と言い放ってしまったこともあった。さみしさも、なにもかも、全部自分自身のせいだ。毎日子どもの事ばかりだった。朝は子どもを起こして学校に行かせ、帰ってきてからは晩御飯の支度や宿題のチェック、ふろを沸かして家族全員の服を選択し、干してから眠る。毎日の生活を支えているのは紛れもなく夫だとはわかっているのに、なぜか優しくできない自分がいる。


 ある日、バイト先から帰るときに、いつもより帰りが遅くなった。もう季節は秋から冬にはいる時期で、5時過ぎには空は暗くなっていた。店から出る直前に、毛糸で編んだコートを羽織っていると、若い彼が、「家はどこですか? 途中までで良ければ送りますよ」と声をかけてきた。へえ、こんなおばさんと一緒でもいいんだ。それとも、わたしが逆に若くてかわいい女子大生だったら、彼のほうが恥ずかしがって声もかけてくれなかったんだろうか。途中まで送るよと言った彼の言葉には、親切心しかなかった。もしわたしが頼りない老女だったら、きっと彼はもっとわたしに親切にしただろう。わたしはこれ以上、悪いように考えないように思考を停止し、黙って彼の横を歩いた。無言でしばらく歩くと、気まずさからだろうか、彼が話しかけてきた。「僕、アマチュアのブラスバンド部に所属しているんです。大学時代から楽器をやっているんですが、楽しいですよ」だそうだ。わたしはその話さに懐かしさを覚えた。そういえば、わたしにも大学時代というものがあり、あまりうまくなかったとはいえ、お店でジャズピアノを弾いていた。恋がうまくいかない寂しさも、ピアノの旋律にのせて紛らわしていた。ああ、わたしはこの人と、きっと同じものを見て同じものを感じて、同じものを美しいと思えるのだろう。彼が担当しているのはチューバという低音だそうだ。ジャズで言えば、コントラバスが奏でるメロディラインを担当する。所謂、ベースラインというやつだ。いいなあ、彼のチューバに合わせて、わたしはジャズのバッキングでもしようかしら。コード進行は何にしよう。丁度、秋が深まる季節だから、『枯れ葉』でも演ってみようか。そんな風に考えながら、しばらく彼と歩いた。私と一緒にいるところを見られて、彼は恥ずかしいとかそういうことは思わないのかもしれない。きっとわたしのことを女として見ているわけではない。バイト先の仲間だと思っている。そして、今日は、長いこと店で働いたから、何か話しながら駅まで一緒に歩こうと思っていた。本当にただそれだけだったんだろう。彼にとってはただそれだけだったんだろう。なのになぜか、それをうれしいと感じている自分が不思議だった。なぜだろう。大学時代、男友達が同じように夜、家まで一緒に歩いて送ってくれた時は、逆に送ってくれた相手の事を警戒したりもしていたのに。


恋って、思うほど難しくないかもしれない。なんかこの人好きだなあとか、触ってみたいとか、そう思うことから始めてみるのもいいのかもしれない。

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