異世界仕様
ラブコメが書いてみたかったの!
書いてみたかったの!はいいけれど
ラブって何だっけ
ドラゴンの姿に戻ったクォーツの背中に乗って移動すること30分。
高みに上ってまず驚いたのは、森の広さだった。どこまでいっても緑の森しかない。東西南北地平線まで広がっている森にただただ唖然とするばかりだった。
日本のスケールがいかに小さいか良く分かる。地平線なんて海でしか見たことがなかったから、地平線まで森というのはかなりの圧巻だ。
それから、もう一つ驚いたこと。
乗り心地が凄まじい・・・。よく漫画とかでドラゴンにのって気持ちよく飛翔するシーンがあるけれど、あんな涼しい顔して乗れないと思う。
とにかく揺れる。左右に揺れるならまだしも上下の揺れだけはほんとに勘弁してほしい。
って、そんなこと乗せてもらっている身で言えるわけもなく。
襲いくる吐き気を抑えて、ひたすら早く着いてくれと願っているしかない。
森の木々があまりの速さに絨毯のように見えてきて、ここから飛び降りたら案外うまく着地できるんじゃないかなんて意識がさらにトリップしそうになったころ。
「着きましたよー!」
「やったー!」
ドラゴンの背が後ろに反らされ、足から着地する体勢をとった。あわてて首に腕を巻きつけて落ちないように固定する。
体重の割りに軽い着地の衝撃で澄んだことに、胸をなでおろした。猛烈に羽ばたく翼の風に目を瞑って耐えると、ドラゴンからぶわっと霧が噴出した。
直にドラゴンが小さくなる奇妙な感覚を感じて、思わずぞわっと背筋が寒くなる。
太い首は細く、鱗の感触が消えてやわらかい布に、鬣が白銀の髪に、そして背が縮んで宙に浮いていた私のつま先がそっと地面についた。
絡めていた腕に、クォーツの手が触れた。
「あ・・・あのさ、レイ。ちょっと・・・離して・・・」
困ったようなクォーツの声に、慌てて絡めていた腕を開いた。
おそるおそる見上げると少しだけ大きな背中が震えていた。うわ!もしかして首絞めてたかも。
慌ててクォーツの様子を伺うと、真っ赤な顔をして口に手を当てていた。
「うわあ!ごめん、ごめんね!降りるタイミングがわかんなくって・・・首絞まった!?大丈夫!?」
「いや、その・・・うん、首は大丈夫だから・・・」
そそくさと歩き始める後ろ姿に首を傾げるしかなかった。
なんだ、なんだ?首が絞まったんじゃないのか。
とりあえず見失っては困るからと、クォーツのすぐ横について歩く。
相変わらず顔は真っ赤で、口を引き結んだまま少し早足で歩いている。
「おーい。」
「はっ!え、何!?」
「いや、どうしたの?真っ赤な顔して」
クォーツの顔がさらに紅葉のように真っ赤に染まる。それだけでは耐え切れずに、右手で顔を抑えてさらに歩くスピードを速めた。
な、なんでそんなに早く歩くのよ!
あまりの速さに早歩きじゃ間に合わなくなって、小走りで後をついていかなくちゃならなくなった。
「ちょ、ちょっと待って!」
ひらひらと遊んでいる腰布をしっかりと掴む。
後ろに引かれた反動で立ち止まったクォーツを見つめた。
「待って。ちょっと待ってよ!どうしたの、なんか変だ。」
「う・・・いや・・・その・・・。」
真っ赤な顔をして俯いた顔を両手で掴んでこちらに引き寄せる。
クォーツが懸命に視線を逸らそうとしているけど、そんなことさせないからねー!
これからうまくやっていこうと思っているのに今みたいに誤魔化されたら信じるものも信じられなくなる。信じられない人間関係ほど希薄なものはないって、向こうの世界で嫌というほど思い知ったから。
ここで同じ間違いをしたくない、たとえ相手が年上だろうとなんだろうと。
「あなたが何を考えているのか知りたい。ただそれだけよ、わかってくれる?」
「ご、ごめん・・・変なこと考えてごめん!女の子って柔らかいんだな・・・って、あの、女の子に触るなんて初めてで・・・」
紅葉を通り越してゆでだこみたいになった顔で、何を言うかと思えば。
吹き出しそうになるのをこらえたけど、やっぱり耐え切れずに口を押さえて横を向いた。
あーなんていうかすっごい清純派な男の子なのね、クォーツって。
せめて声が出ないようにと一生懸命腹筋に力を入れてたけど、もー駄目だ。
「あははははは、あーもう可愛い可愛い!クォーツ可愛いぃ!」
「な、なんでだ・・・」
「ふふふふ、いいよいいよ、おねーさんがどこでも触らせてあげよう!」
クォーツの両手を握って、ぶんぶんと振り回す。
今時日本の小学生だってこんな可愛らしいこと言わないよー、もうホント面白い人なんだから。
腕を伸ばしてそのきれいな白銀の頭をぐちゃぐちゃとかき乱した。
「やめー!レイやめてー!」
「うへへへへ、よいではないかーよいではないかー」
頭を抑えて逃げる背中を、ふざけた声を上げながら追いかける。
ああ、そういえば小学校のころ橘や石井たちとこんな風にして遊んだっけ。
早く日本に帰って、二人にここの事を話しよう。きっと笑って嘘だと言ってくれるだろうから。
軽い足取りで木の根に躓かないように走る後姿を、追いかけて笑う。
と、その足取りが遅くなった。目の前に広がっている風化して少し黒くなっている岸壁を前にして、思わず足が止まる。
地面が崩れ、大きな断層が岸のようになってしまっている壮大な光景だった。地表は土が露出しているばかりで不純物が極端に少ない。こういった大きな岸壁には、土の層やそれに埋もれた化石や廃物が混じっているものだけれど、ここにはそんなものなどないまっさらな土が重なったような姿をしていた。
歩くたびに近づいてくるその岸壁を見上げて、あまりの壮大さにため息をつく。高さは優に6メートルほどだが、驚くのはその横幅。森に隠れてどこまでも続いている用に見えた。端が見えないってどれだけでかいんだろう。
「壁?」
「そうだよ、ここに入るんだ」
クォーツが壁に近寄り、目線の位置にある壁の表面を用心深く撫でる。それから何かを見つけたのか、壁の表面に指先でさらさらと文字を描いた。
クォーツの手元で光の文字が踊り、波紋を描いて壁へと溶け込んでいく。
目の前で踊っている光の欠片に、本当に魔法の世界なんだって事を実感させられた。
日本ではイメージやCGの中でしか見られなかったものがこんなに間近で、しかも現実として私の前に否応もなく存在している。
これからのことを考えると気が重くなるけれど、とにかくお師匠様とやらにお会いしなければなんとも言えない・・・。
「ここをこうして、こうなって、ああなって・・・それ!」
クォーツが腕を振り上げるのと同時にぴんっと錠が外れるような不思議な音がして、舞い踊っていた光が音をたてて収縮した。
何かの鍵だったのだろうか、うまくはいえないけれどその場にあった強い力がその錠の外れる音でぷっつりと途切れたように消えてしまった。
あーもしかして結界とか斥力なんたらとかそういう話になるのかな。
でも見た目全然かわらないんだけれど。
満足げなクォーツの背中から壁に触れようと手を伸ばした。
冷たい土の感触が指先をすり抜け、さらに右手首まで土の壁に埋まる。
「うわあ!」
あああ!!埋まった!土が溶けたあああ!!
ひどい悲鳴をあげた私に驚いたのか、クォーツが目を見張る。けど、それどころじゃない。
急いで手首を引き抜きさすってみるけれどどこにも異常はない。
水のような土・・・それで滝のように流れている土壁。これはもしかして・・・。
「こ、このなかに入る?」
「そうだよ、行こう。」
さすっていた右手をクォーツが握り、土壁の中へ入っていく。左手の先から手首、肘、肩、顔・・・。
その今まで見たことのない異常な光景に、思わずたたらを踏む。この中に入ったら体が溶けてしまいそうな気がする。でも、さっき手首を入れても何ともなかったし、入っても大丈夫か・・・?いや、でもちょっと怖い。
行きたくないけれど、クォーツがぐいぐい引っ張ってるし。
入りたくないー・・・でもここに入らないとお師匠様とやらに会えないー・・・。
うんうん唸っていると土壁からクォーツの不思議そうな頭が出てきた。
「どうしたの?」
「ちょっと・・・入りにくい・・・こんなの初めて見たから・・・」
きょとんとしたクォーツの顔。少しだけ思案した顔をしてから、ぱっと人懐こい笑顔に戻った。
おお、これはおもしろい百面相。
クォーツがずるりと壁から体を離して、私へと手を伸ばした。
「そこ以外に道ってないよね?」
「そうだね・・・、ここお師匠様の家のドアなんだよ。」
「ノックはしなくていいのね」
「ノック?」
「気にしないで。分かった、がんばる」
両手でで鼻と口をふさぎ、かたく目を閉じておもいっきり息をつめる。おそるおそる一歩を踏み出すと、背中に温かい手が沿えられた。
目を開けるとクォーツが右手で流れ落ちる壁を遮ってくれていた。
肩や頭に飛沫が飛ぶけれど、濡れて衣服に染み込むこともなくすべらかに下へと流れていく。
薄い壁かと思っていたら中は結構長い。両手を離してクォーツを見上げると、少し照れたように赤くなった顔でまっすぐに前を見つめていた。
思い切って右手を前に突き出してみると、指の間を抜けてさらさらと土が流れていく。埃や砂は一切見当たらない、ずっと土だと思っていたけれどこれは土の形をした違うものなんじゃないかな。
そうこうしているうちに指先にすっと空気が触れた。
やった!出口だ!