カワイイパーティメイト
私の何倍も高かったドラゴンの背が急に揺らめきはじめた。白銀の鱗がゆらゆらと霧のように薄れ始め、やがてその霧が少しずつ私の目の前へ収縮していく。
あっけにとられるってまさにこのことかもしれない。
小さくなった霧のなかから男の人が出てきた・・・んですけど・・・。
今の瞬間ほど自分の目が信じられない瞬間ってないかもしれない。
「・・・夢?」
「では、ありません。」
霧の中から出てきたのは、私の頭ひとつ分高い銀髪をした男の人だった。黒い瞳にドラゴンの面影が見えるけれどそれ以外は全く共通点がない。
でも、きっとドラゴンとこの男の人は一緒なんだよねー・・・。
この際、魔法使いみたいな房飾りのついた白銀のローブには目をつぶろう。そう、いろんな趣味の人がいるのは事実だ。コスプレだって女だけの文化じゃない、広い眼で見なければ。
霧から出てきた人は、少しだけ困惑したような顔をしてすっとその場に膝をついた。
あ、話をするのかな。それに合わせて私も膝をつくと青年の顔が一層困惑したものにかわる。
一度ついた膝を上げたり下げたり、おろおろと上半身を彷徨わせたりしてどことなく挙動不審な人だ。
「どーかしたんですか?」
「あ、あのですね・・・」
青年がすっと手と足を揃えて、上品に頭を下げて動かなくなった。
白銀の髪がさらりと地面におりて、汚しそうな勢いでつけられているのを見て思わずこちらも体勢を整えて正座に座りなおした。
いまどき珍しい、なんという礼儀正しい人だ・・・!
「こ、これはこれはご丁寧に・・・」
頭を下げようと首を傾けると、すっと白い手が視界を遮った。
何かなと首をあげるとまたもや申し訳なさそうな顔をした青年が手を差し出していた。
黙って顔を上げると、向こうも黙ってこちらを見返してきた。
確かに物静かそうな人ではあるけれど、黙ったまんまじゃ何が何やらさっぱりわかんない。一体何がしたいのかなー・・・。
覗き込むようにして表情を伺うと、青年の顔がぼっと赤みを増した。
「ようこそいらっしゃいました、ラサ神様。」
ラサシン・・・?
後ろを見ても誰も立っていない。私?と自分を指差すと青年がこくこくと頷いた。
ラサシンって誰?少なくとも自分のことでないのは確かだけど。
「あのですね。申し訳ないのですけど、私は神月礼です。人違いじゃないかなー・・・。」
きょとんとした青年の顔。
もう一度同じ言葉をゆっくり繰り返すと、青年の綺麗な表情ががくんと崩れた。
おお、見事な崩れっぷり。
「ええ!だってここにラサ様がいらっしゃるから」
「それは、私とは限らないのでは・・・。この森広いし。」
「え・・・困ったなあ・・・」
あわわと慌てている様子に思わず笑みがこぼれた。やっばい、この人めちゃめちゃ可愛いんですけど・・・!
身長は私より大きくても、実は精神年齢は私より幼いかもしれない。
困ってうろうろと辺りを彷徨っている姿に、ねずみが食べ物を探してちょろちょろしている姿が重なった。
でかいのに小動物のイメージってすごいな。
「あの、すみません。」
彷徨いながら森の奥へ消えていきそうだった青年を追いかけて、その白銀の裾をつかむ。
危ない危ない、せっかくの現地人を逃すところだった。
ん?と首を傾げた青年ににっこりと笑顔を向けて、少しだけ優しい声を出した。
「迷子なんです。森の出口ってご存知ないですか?」
「残念ですが、僕には分かりません。お師匠様ならご存知かも・・・そこまで送りましょうか。」
「ありがとうございます。ご迷惑おかけします」
なるべく丁寧に頭を下げると、青年がにっこりと人の良さそうに笑った。
前言撤回。笑うと犬みたい。
大型のゴールデンレトリバーみたいに人を安心させてくれるような温かい笑顔だった。
なにはともあれ、優しそうな人でよかった。竜の姿で出てきたときは本当にびっくりしたけれど。
「あ、そうだ。礼さん、敬語やめませんか?どうやら歳も近いみたいだし、僕も気楽になって助かります。」
「じゃあ、遠慮なく。それとね、さっきからずっと気になってたんだけどさ。」
青年に近づいて可愛らしい黒い瞳を下から上目遣いで見上げた。
青年の困ったような笑顔に、にやりと不敵に微笑んで見せる。
「あなたのお名前は?」
「く、クォーツです。クォーツ・セレナード」
「クォーツね。レイでいいから」
紅葉より真っ赤になったクォーツの頬に、そろりと指を這わせる。
空気の抜けるような変な音がして、その場に尻餅をついた好青年。
やー、初々しくっていいねえ!久しぶりにこんなに可愛らしい男の子見た気がするわー。
腰に手を当てて快活にけらけらと笑った。なんかずっと強張っていたのが嘘みたいにすごく楽しい。
向こうでいたときは確かに独り身だったけれど、ここまで何にもわかんない訳じゃなかったから、それなりにうまくやれていた。
でも、これからはそうはいかない。たぶん、ここは地球ですらないんだから。
とりあえずそのお師匠様とやらに会って、帰り方を教えてもらわないと本気で帰れなくなる。
そう、前向きに考えよう。今は友達もできたことだし。
私は転んだまま固まっているクォーツに手を差し伸べた。
「これからもよろしく」
クォーツがにっこりと笑って、その手をそっと大事そうに握った。