とりあえず着きましたけれど。
背後から低く唸るような音。あ、あれだ。近所の田中さんちのシベリアンハスキーみたいな唸り声だったなー・・・あはは。
嫌な予感を振り払いつつ、ゆーっくり後ろを振り向いた。
まず目に付いたのは大きく太い二本の足。白銀の鱗に包まれた大きな足についている鋭い爪が土に食い込んでいる。体も同じく白銀に輝いていて、後ろ足よりは少しだけ短くて細い前足が前に差し出されている。長い首に小さな頭。真っ黒い小さな瞳。背中にはご丁寧に大きなこうもりの翼まで生えている。どっからどうみてもこれはドラゴン・・・。
で、でかい。ざっと見ても四メートル弱はありそうだ。
とりあえず木の棒をかまえてみるけど、無理!絶対無理!
そりゃ人生ゲームみたいにはいかないけどさ!これはない!いきなりラスボス級はやーめーてー!!
「えーっと・・・」
じーっと見つめてくるドラゴンに、観念して木の棒を捨てる。
たぶんここで逃げたら後ろから火とか吐かれそうな気がする、あくまで気がするだけだけどそんな不確かな賭けなんかしたくない。
どうにかしないと・・・。
刺激しないようにじわじわと後退する。
もうこの際死ななきゃなんでもいい。
けれど、それに合わせてドラゴンがその長い首をぐぐっとこちらへ伸ばしてきた。とっさに腕で顔をかばったけれど、覚悟した衝撃は来なくて。
おそるおそる腕を下ろすと、ドラゴンが前足をついて体勢を低くした。
これはもしかして飛び掛ってのしかかりする準備・・・!?ちょっと本気で後ろ向いて逃げたくなってきた。
ドラゴンとの距離は約2メートルほど。どう見たって逃げ切れる距離じゃない。
あ・・・もしかして、もうだめなのかなあ・・・。
背中に幹が当たった感触がして、思わずその幹にもたれたままでずるずると座り込んでしまった。
胸が痛くて、視界が滲んで、嗚咽を抑えるために両手で口を押さえる。
思いっきり泣きたいけど、怖い。泣き声に刺激されてドラゴンが襲い掛かってきたらどうしよう。
じりじりと近寄ってくる白銀の光にぐらりと視界が傾いだ。
「お願いだから・・・食べないで・・・・。」
ドラゴンがなおも首を伸ばしてくるのをただぼうっと見つめるしかなかった。
首をすくめると、ドラゴンの顔がすっと右頬に触れた。そのまま甘えるように頬をそのざりざりとした感触で触れ続けられる。
これは何だろう・・・?どうしたの・・・?
痛くないけれど、少しだけ冷たい鱗。ぐるぐると唸りながらも、触れてほしそうに顔を摺り寄せてくる。
かたく握り締めていた両手を解いてドラゴンのあごと頭にそっと触れてみる。
そのまま犬を撫でるようにゆっくり撫でてやると、気持ちよさそうに目を閉じてされるがままになっていた。
可愛い、ここのドラゴンって人懐っこいのかなあ。
「よしよし、良い子だねー・・・」
首に手を伸ばして、ぎゅっとその小さな頭を抱きしめた。
温かくないけれど、やっぱり自分以外の存在があるって本当に嬉しいことだ。
だって、こんなに挫けそうだった気分が今はもうどこにもない。
きっとまだがんばれるよ。
「ありがとう」
座っていた姿勢から、スカートをはたいて落ちていた木の棒を拾い上げた。
涙の後を制服の袖でぬぐって、なおも顔を摺り寄せてくるドラゴンに目線を合わせて頭を撫でた。
気持ちよさそうなドラゴンの様子に、思わず笑顔がこぼれた。
「怖がったりしてごめんね・・・本当に怖かったの。じゃあ、もう行くね」
ぽんぽんとドラゴンの頭を叩いてやって、その場をはなれようと歩き出した。けれど、背後に引っ張られて足が止まる。
振り向くとドラゴンが名残惜しそうに、スカートの裾をくわえてその場に引きとめようと引っ張っていた。
「あら、なあに?」
首をもたげたドラゴンの瞳が少し戸惑うように揺れて、それから黒い瞳をそっと閉じた。
その瞬間、私は思わず自分の目を擦った。