異変は突然に
「神月さん、入るときはノックをしなさい」
現れたハゲ・・・もとい、校長先生が困ったように微笑んでいた。
うちの校長先生はいつもこんな顔をしてるような気がする。いつもどおりの校長先生と私。
ただ回りがおかしいだけ。
「あ、先生・・・あの・・・なんと言えばいいんでしょうか・・・そのですね・・・」
な、なんて説明しよう。
とりあえず喋り始めたのはいいけれど、何を説明すればいいんだー!
「いいですよ。わかっています。」
なんだろう、私分かんないけど先生は分かってくれた。
そこまで考えて既視感を感じて、顔を上げた。さっきのおじいさん先生とは違うどことなく人のいい笑顔に、ふっと体の力が抜ける。
力を入れすぎてガチガチになっていた肩の力を抜いて、校長先生を見つめた。
「お話しても構いませんか?」
「ええ、どうぞ。」
高く結い上げていた髪をといて、背中に流す。
楽にいこう、校長先生ならちゃんと話を聞いてくれるはずだから。
校長先生に招かれるままに、来客用のソファに腰掛けた。
「どこから話しましょうかね。そうだ、先に大事なことを言いましょう。」
校長先生に渡されたのは白いマグカップに入れられた半透明のジュース。コーヒーかと思ったらポカリだったのね。
子ども扱いされたことに内心ぐったりしながらもそれに口をつけた。
「ぅえ!?」
予想外の甘さが口の中に広がって思わず悲鳴を上げた。
ポカリじゃない、これはあめ湯かな・・・。
音を立てないようにすすりながら、校長先生を上目遣いで見上げた。
「いいですね。先生も実はよくわかっていません。わかっているのはみんながあと一時間で目を覚ますことと、あなたの誘導をすることだけです。」
「ゆうどう?」
そうですよ、と校長先生がいつも座っている革張りの椅子に腰掛ける。
「全く・・・どうしてうちの生徒なんでしょうね・・・」
「?」
首をかしげると校長先生が頬杖をついて、どこか遠いところを見るように私を見つめた。
「でも、神月君ならなんとかやっていけそうな気もしますねえ。君はとても優秀な良い子ですから。」
【選択に他意はない】
「ああ!あの声!」
教室でも聞こえた男の人の声が校長室にこだまする。
校長先生はあいかわらず頬杖をついたままで、ため息をついた。
「よく喋る人だ。全く・・・。」
「はぃ!?」
「学校は卒業扱いにしておきますね。特例中の特例ですよ、これは。」
【世話になった】
「この世界からはもう二度と送りません。彼女で最後です。そして、彼女が帰りたいといったなら必ずこちらに戻すようにしてください。」
校長先生が空をを睨み付けて、これまで一度も聞いたことがないような低い声でつぶやく。
そして革張りの椅子から立ち上がると、私を手招きして呼んだ。
「何ですか?」
「いいですか。辛くなったら彼に頼んでこちらに返してもらってください。あなたには何の責任もありません。」
ん?んん?
話が全く見えない・・・。
「元気で。」
ぽんぽんと二回肩を叩かれて、少し寂しそうな笑顔で微笑みかけられたって何がなんだかわからない。
肩にかけた鞄のひもを握り締めて、何を言ってるのか問いただそうとしたときだった。
バン!と何かを叩きつけるようなすごい音が校長室に響き渡った。
そして足元から、地面が消えた。
「ちょ・・・えええええええええええ!!!?」
足元からぞわぞわと浮遊感が襲ってくる。あの下り坂を降りるときの気持ち悪い感覚。
いままで17年生きてきてここまで命の危険を感じたのは初めてだけど、これは嫌だー!
死ぬときは老衰か心臓麻痺でって思ってたのに!
轟音にも聞こえる風切音を聞きながら、すうっと意識が暗闇に閉ざされていくのがわかった。
私死ぬのかな・・・しにたくない・・・。