襲撃
「・・・帰りたまえー・・・。」
自分の寝言で目が覚めた。
はっとして目を開けるとそこには怪訝な顔をしたクォーツの顔が。
頭の下にはごつごつとした男特有の筋肉の感触がしている・・・ということは私は今クォーツに膝枕をされている。
オーケー、把握した。
頭を起こすと高さが合っていなかったのか首筋が少し痛んだ。そして何故か両腕も筋肉痛のようにじんわりと痛い。
「あ、起きた。・・・ねえ、色々大丈夫?」
本気で心配そうな顔をしたクォーツがこちらを眺めている。
もしやさっきの会話を聞かれて・・・?
「忘れて。私が寝ていたときに喋っていたことは全て忘れて。」
「貴方には期待していないとか、お喋りしてくれるだけで十分だとか」
「それは別の人のことであってクォーツのことじゃないからね。」
「とどめが邪神よ、闇に帰りたまえー・・・って」
「予行演習よ。これから起こるであろう沢山のことに対してね。」
「はあ・・・うん・・・。」
分かったような分からないような曖昧な返事をして、クォーツが頷いた。
たいした会話の内容でもなかったから話す必要もないか・・・。
それにあの二人と話すと時間が恐ろしく過ぎるからちゃんと気をつけないと。
窓の外から下を覗くと、そこには一面に夜景が広がっていた。
オレンジ色の光や青い光、ネオンのように煌びやかな輝きの街並み。
市街地には人が住んでいる家の明かりたちが優しく彩を添えている。
目がくらむほどの強い光から、弱弱しく灯っている蝋燭のような光まで、様々な明かりが集まっている。
「もうすぐ王宮だよ。丁度いいときに起きたね。」
「そうなの?じゃあ、ここはもう首都・・・。」
綺麗な景色で浮ついていた心がきゅっと引き締まる。
寝転んでいたため少し乱れてしまった髪を整え、薄絹を被りなおす。
ついでにクォーツの少し乱れてしまっていた白銀の髪を撫でつけて治し、私が寝転んでしまっていたローブをはたいてきちんとのばした。
よし、これでオッケー。槍でも盾でも持って来いってんだー!
ガッデム!と気合を入れて両手を振り上げた。・・・その瞬間。
馬車全体に酷い衝撃が起こった。まるで入れ物自体がシェイクされているような縦揺れとも横揺れともつかない。
修学旅行の乱気流に巻き込まれた飛行機だってこんなことにはならなかったわよー!
あわててクォーツに摑まると、その体から霧が噴出して一気に馬車から空中に投げ出された。
ぎゃあ!と悲鳴を上げる間もなく大きな鱗に包まれた手に救い上げられる。
一体何が起こったのよ!?
あわてて馬車のほうへ目を向けると、何か黒いものがぎゃあぎゃあと濁った声を上げながら密集しているのが見えた。
灯を!
凛と一つの旋律をその闇へと走らせて、光を作った。
淡い光の基に照らし出されたのは黒い翼をぐしゃぐしゃと羽ばたかせている数羽の鴉・・・じゃない!
光に照らされて緑色のアーモンド型をした瞳がこちらを向いた。闇夜に反射する瞳はまるで猫やふくろうの様。
クォーツが怯えた空気を発し、反対方向へと身を翻した。
落ちないようにしっかりと握ってくれるのは構わないけれど、これ以上締められると正直きつい;ッ・・・!
必死で後ろを伺おうとしても、全力で逃げているのか凄まじいスピードと振動で振り返ることができない。
あの黒いのはなんだったの!?
いくつかの厳しい目をした緑の目を思い出して、背筋が寒くなる。
あのお付の人はどうなったの、てか安全に輸送してくれんじゃなかったのー!?
と、急にクォーツの体が急ブレーキをかけた。体全てが持っていかれそうになるほどの慣性に歯を食いしばり、指にしがみ付いた。
「クォーツ!」
怯えたように黒い瞳が揺らいでいる。
クォーツの眼前にはさっきの黒い鴉のような影。鳥にしては大きすぎる、丁度人間くらいの大きさか。
光を飛ばそうと旋律を紡ぎかけるが、それをかき消すようにクォーツの甲高い悲鳴が響き渡った。
吹き出す霧に、小さくなっていく体。慌ててクォーツの手にしがみ付いて空気を固める旋律を紡ぐ。もう、曲なんて適当にうちの高校の校歌でいいや!
空気を固めて完全な球体を作り出してそこに座り込んだ。
ぐったりとしているクォーツの体をあちこち確かめてみるけれど、外傷らしきものはない。けれど、完全に気を失っている。
両頬をぺちぺち叩いても、揺すっても叩いても起きる気配はない。
「ちょっと・・・どうしちゃったのよ・・・。クォーツ、起きて!起きろ!今すぐ立つんだあああ!!」
なんて熱血漫画風に言ったところで起きるはずも無く。
走行している間にも球体の周りにはばさばさと黒い塊が集まりだしている。
やばいやばい、こんな展開ならちゃんと動きやすい服を着てくるんだった!こんな裾長ぴっちりスカートじゃ走ることもできない。
クォーツを起こそうにも何で眠らされたのか、それとも気絶させられたのかわからないのに強制的に起こすのは怖い。体に影響が出ないとも限らないし。
とりあえずあの外のわっさわっさしているやつをなんとかしないと。
空気で固めて落としてやろうか、それとも大気を凍らせて固めてやろうか。固める以外の選択肢は思いつかないのかと突っ込みが飛んできそうだけれど、思いつかないっ!
とりあえず目の前を飛び交っている一匹に狙いを定めて、指差した。
旋律を歌おうと口を開いたとき、その鴉の体を遮って大きな影が上から割り込んだ。
「ご機嫌麗しゅう、ラサ神様。王宮への旅路をお邪魔して申し訳ねえな、ちょいとこちらに付き合っちゃもらえませんかね」
物々しい影から発せられたのはえらく軽い男の人の声。
と、言うことはこの人は獣人・・・ってそんなこと考えてる場合じゃない!
「ご機嫌麗しゅうじゃないわ!何ナマ言ってんのよ、人の友達にこんなことしてくれちゃって、礼儀もクソもあったもんじゃない。」
「そちらの坊が逃げ出そうとしやがったんで、ついつい焦って昏倒させちまった。すまねえ。手当ても兼ねて俺のところに来てくれねえか?」
申し訳なさそうな声だけど、言ってる内容は全然申し訳なさそうじゃないわ!
ついついで気絶させられたらクォーツだって困るわよ!実際困るとか以前の問題だけど。
「お断りします。今から王宮に行かなくちゃ沢山の人に迷惑かかっちゃうの、分かる!?おじいちゃんだって運送途中でいきなり失踪しましたなんて連絡が行ったらどんなに心配することか・・・。」
「ああ、それなら俺の方から連絡入れといてやるよ。」
「このお手軽な手口から見て貴方たち紙切れ一枚で過ごす気でしょ。違うわよ、こちらの都合で時間を遅らせてすみませんって土下座するくらいの勢いでなきゃ人生渡っていけないのよ!?生半可な態度でこんな犯罪やらかすんじゃないわよ。」
そうよ人生厳しいのよ!人の予定を遅らせたり、増やすだけでどれだけ迷惑をかけることか。
全く高校生の小娘が大の大人相手に人生について説教しなきゃいけないのよ、呆れてため息が出るわ。、
そこまで大声でまくし立てて、一旦その影から目を離した。さっき転がしておいたクォーツの頭を膝に乗せてもう一度強く呼びかけてみるけれど、やっぱり起きる気配はしない。
「おま・・・なんか辛いことでもあったのか?」
「なんで盗賊風情相手に人生相談しなきゃいけないのよー!もう、あっち行ってよー!」
どこかへ行こうにも周りを囲まれているし、クォーツもこんな調子だからどうしようもない。
てか、礼儀知らずに同情されるような事言ってない、はず。
そこまで考えて、はたと気が付いた。この人は誰だ。
「あー・・・ちょっと、つかぬ事を伺いますけれど。どちら様ですか。」
一瞬の沈黙の後。黒い影がクスクスと小さな声で笑い出した。
どうせ私は抜けてますよ。それに笑うなら大声で笑えばいいのに、余計恥ずかしい。
「俺たちはそうだな、砂の鷹とでも名乗っておこうか。ところで俺たちについてきてくれる話はどうなった?」
「よろしく、砂の鷹さん。その話はお断りします、ほんとーにお断りしますけど、ついでだから目的とか聞かせてください。」
「お前を神殿に収納したくない・・・と言うのか本音だ。よし、納得したな!?」
してねえっつの。
全力で否定しようと口を開いた瞬間、球体がふわりと風を含んで上昇した。
やばい、この精霊の流れは!
対向しようと旋律を流すが、それも魔法を構成するまでいかず。
妙に安定した浮遊感の中で私はぐだぐだといらない話をしたことを全力で後悔した。