揺らり揺られて
少し森の中を歩いただけで、すぐに森のはずれが見え始めた。
この森は小高い丘になっているようで、向こうの景色がよく見える。
その景色の中に数頭の馬に引かせた馬車のようなものがあった。
白塗りの木でできたようなメリーゴーランドにあるすこし豪華な馬車だったけれど、その豪華さもこの森には合わなくて少し滑稽だ。
私たちが近づくと、その馬車から白いローブを着た若い男が降りて来た。
頭には白い布を被り、木をモチーフにした刺繍を施した繊細なつくりのローブは見ただけで高級品だとわかる。
その男の人はその場に跪くと、深く頭を垂れた。
「いと深き愛と慈悲の女神、ラサ様。我がウォールズの申し出をお受けしていただき、恐悦至極にございます。」
私も膝をつきたいけれど、今は礼服を着ているからそういうわけにもいかない。
頭を上げてくださいと告げても、その人は頑なに頭を下げたままだった。
なんという頑固。
「ウォールズへお招き下さりありがとうございます。道中、よろしくお願いします。」
頭を下げると向こうが動揺している空気が伝わってきた。
膝をついた体制から体を上げて、こちらへとあくまで私の顔を見ないように馬車へと案内してくれる。
そりゃ貴方たちにとったら空の上の人かもしれませんけどね、顔も見ないで話をするってどうなの。
終始おびえた様子の男の人に多少苛々・・・しかけて、思い出した。
そういえば私って軍隊を皆殺しにした凶悪犯みたいだって噂になってるんだっけ。
ぐったりと倦怠感を感じてクォーツの体によりかかると、驚いたようにクォーツが私の背中を支えた。
「ど、どうしたの!?」
「噂の力ってでかいのねー・・・。」
そりゃ目もそらされるはずだわ。私だって嫌だよ、そんな人と話するのは。
その噂は誤解ですという間もなく、馬車に押し込まれてばたんと扉を閉められた。
ため息をつくと同時に馬車の前からするどい掛け声があがり、馬車がふわりと浮き上がった。
ああ、現代で言う飛行機の馬車型みたいなもんね。
馬車の周りを風精霊が取り囲んでいる。
「移動魔法の方が早くていいのに。」
「それは難しいよ。人間三人と馬四頭、それにこの馬車を運ぶとなるとどれだけの式が必要になることか・・・。うわ、想像しただけで嫌になってきた。」
頭を抱えて唸るクォーツ。
きっと頭の中で数式が構成されているんだろう、律儀な人だ。
「あはは、それはご愁傷様。・・・ねえ、そういえば聞いていなかったけれど、これから会うウォールズの王様ってどんな人?」
「ヴィルヘルム様といって燃えるような赤い色をした竜なんだ。もうかれこれ何百年生きてるかなあ・・・すごい人だよ。」
おお、かっこいいかも。王様が竜ってすごく風格があっていいなあ。
ドラゴンって・・・風格があって・・・あって・・・?
目の前でほわほわと微笑んでいるこの青年も確か同じだったはず・・・。
年齢か?それとも性格のせい?
「ちなみにクォーツは何歳?」
「僕?13歳」
え?
待て待て待て、よしいろいろ整理しよう。
落ち着け、落ち着け自分。
13?13年?
「13ぁぁぁん!?どうみても20代なんですが!?」
「そ、そんなこと言われても!この人間の姿はイメージなんだよ、本当の姿は竜の時だから僕はかなり小型の部類に入るかな。」
あの巨大な姿が小型・・・。
あまりのスケールのでかさに頭がくらくらしてきた。おまけに頭の中で元神様二人が驚きの声をあげているのが聞こえてさらに頭が痛くなる。
神様さえも把握できていない事態ってこれいかに。
てか、イメージだったんかい!このかっこいいお兄さんの姿はクォーツのイメージだったんかい!
あああ、なんかどおりでぽわぽわしていると思った。
13歳といえば中学校に入ってくらいの頃よね、ここまで話についてこれている方がすごいわ。
あああ、そうだそう考えれば色々説明がつく。
女性に対しての免疫のなさやあの自信の無さ具合とか!
よく考えたら見ためイコール年齢じゃないのよ、ここは異世界だから!
「油断していたわ・・・。」
「そんなにびっくりすることかなあ。レイの世界にだって竜くらいいるでしょ?」
「いやいやいやいやいやいや、いませんから!絵や文章の中でならあるけれど、現実には見たこともない!」
全身全霊をかけて否定する私の姿に、クォーツが驚いたように目を見張る。
こっちも驚きだわ、ずっと同い年だと思い込んでいた相手がまだ13だったなんて。
「へー・・・大きい生物はいないの?」
「鯨や象はいるけれど、そんなに多くはいないと思う。私は人間の枠の中で生きていたから動物たちに触れる機会もそんなに無かったから。」
「ああ、そっか。そっちの世界でも人間と獣は一緒に暮らしていないんだね。やっぱり二つの種族じゃうまくいかないのかな・・・。」
少し俯いて寂しそうにつぶやくクォーツ。
「そうでもないよ。人によっては動物と一緒に自然の中で生きている人たちもいるし、うまく共存してく術を知っている人達もいる。それに、私がクォーツと過ごした二週間は何だったのよ。」
説明が難しいけれど、動物と人間は完全分断していた訳じゃないと思う。生活していく
あちらの世界でも完璧にうまくいっていたわけではないけれど、こちらの世界ならもしかしたら話し合えば獣と人間がうまくいくかもしれない。
もともと三つの種族が力を出し合って世界を良くしていくのが、創世神の目的だったはず。
顔を上げたクォーツの両頬を両手で挟んでむにむにと横に引っ張った。
「私も悩む性質だけどさ、まあ実際うじうじ考えててもいいことってあんまり無いよ。話も進まないしさあ。ほら、元気出せー!元気出せぃ!」
「いひゃー!いひゃいいひゃいい!!」
うむ、よろしい反応だ。ぺっと両手を離してあげると涙目でこちらを見上げた。
その弱弱しい目にはたと思い出した、そうだこの子まだ13歳だっけ!
忘れてた、優しくしてあげなきゃ。
あー・・・ごめんね、と頭を撫でようと手を伸ばすと、ひぃと小さな悲鳴があがってクォーツの端麗な顔から血の気がひいた。
「レイが!僕にごめんね!だって!」
「な、失礼な!私はいつだって優しいわよー!」
いひゃーと奇怪な悲鳴を上げて本気でうろたえているクォーツ、もといガキんちょ。
白銀の髪をわしゃわしゃしたいけれどせっかく整えてあるものを崩すのも悪いから、その引きつった顔を両手で掴んでぐいとこちらに引き寄せた。
うきゃーっとまるで猿のような叫び声をあげて、クォーツの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
おお、とっても反応がよろしいです。が、とりあえず言っておくことを言っておかなくちゃ。
ここを出るまではまさか13だなんて思いもしなかったものだから、こんなこと言う必要なんてないとおもっていたけれど。
「おねーさんからのお願いよ。向こうへ行ったら絶対に私から離れないで。部屋も一緒、どこへ行くのも一緒よ。向こうが何を言っても私に付くと言って。」
クォーツの黒い瞳孔がきゅっと締まる。
赤い顔が元の顔色を取り戻し、真剣な顔をして小さく頷いた。
皆まで言わずともわかってくれたかな。
私には貴方を絶対的に信頼するってこと。貴方も私を裏切らないで欲しいって事も。
クォーツに至って私を裏切ることは無いと思いたいけれど、あちらでは本当に何があるかわからないから。
「大丈夫、そのために付いてきたんだから。」
ほろりと溶けるようなささやき声が私の耳を振るわせる。
初めて会ったときから、ずっと私を見つめていたこの優しい声を信じていよう。
誰かに縋るためじゃなく、私が前を向いて歩いていけるように。
「レイの思うままに、行動して。僕はずっと見守ってるよ。」
「クォーツもやりたいことやりなさいよ。今時自己犠牲なんて流行らないんだから」
やりたいこと・・・と、言葉を反芻して首を傾げる姿に思わずため息をつく。
しっかりしているんだか、していないんだか。
まあ、、いいや。
白銀の髪を乱さないように優しく撫でて、クォーツの隣に腰を下ろした。
少しだけ高い肩に頭をもたせ掛けて目を閉じる。
なんだかどっと疲れてしまった。驚きすぎで疲れたのかもしれないわ、ほんとに。
隣で少し緊張している空気を感じながら、意識を闇の中へ溶け込ませた。
あの二人にもちゃんと聞いておかないと・・・。