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異邦人  作者: 月水
20/27

事件

殺した。人が殺された。

私の考え方は偽善?それとも自分の力量をわからない馬鹿のすること?

もう、偽善だろうと無茶だろうと関係ない。人を踏みにじって許されるのならこの世界が間違っている。


「ごめん。もうダメだわ、私。」


囁くように歌うのは、苛立った時に思いっきりカラオケで歌っていたデスメタル。

死ねだの殺すだのいう単語は入っていないけれど、意味合い的には私に従わなければ無理にでも従わせます的な意味合いの曲。


あの女の前に行きたい!


クォーツが肩を掴む感覚がしたけれど、時すでに遅し。

体が店の壁をすり抜け、店先においてあるワゴンをすり抜け、男の人の血溜まりの上で止まった。

横には頭を射抜かれて驚いたように目を見開いて事切れているランジェさん。

紺色の瞳が力なく青い空を眺めているのを見て、傍らに屈んでそっと瞼を下ろした。

立ち上がった視界の先に広がるのは、深紅の甲冑に身を包んだ目つきの悪い女将軍とその後ろに通り一杯に並んだ黒い甲冑に身を包んだ歩兵の群れ。

ところどころに旗が立ち、皆一様に槍や剣や盾を構えている。

その場にいた全員の視線がこちらに集まるが、私の用事は馬の上に乗って目を丸くしているあの女だけだ。


「レイ!」


ガチャンと店のドアが開いてクォーツが顔を出すのと同時に体全体で息を吸った。

ここには手出しできないようにしてやる。


力をこめて初めの音をたたき出す。曲はさっきと同じ、そして私の心も同じだ。

全体を見渡すために地面を蹴って、空に飛び上がった。

耳元で荒れ狂う風に乱れる髪がうっとうしいけれど、それもすぐ終わる。

どよめいてこちらを見ている兵士達はそれほど多くない。数にして100いるかいないかくらい。

指先で木でベンチを作ったように形を作った。

この狭い通りで密集させた隊長様とやらを呪いなさい!

地面を編み上げて一隊全てを包み込めるほどの網を作って、空中に引き上げる。

クレーンに釣り上げられるマグロのように四角く配置されていた兵士達を端から転がすようにして持ち上げていく。

叫び声と悲鳴、そして怒号と罵声。地面でできた網を切ろうと刀できりつける男もいたけれど、そんな人工物に負けるほどやわじゃない。

こちらに向けた矢や火の玉も私には届かない。

網と一緒に組んであった空気の壁に阻まれて、あちらの攻撃は無様に地面に落ちた。

全てを纏めて空中に釣り上げると、さらに網全体を固めた空気の壁で覆った。


「貴様・・・ッ!」


網を握り締めて悪態をつき、剣を振り回して無駄なあがきをみせている女隊長。

空気を蹴って彼女の前に立って、その目を睨みつける。


「武器を捨てるようにいいなさい。」


「お前に指図される筋合いはない!」


もう一度デスメタルを歌いながら、空気の壁に武器を取り上げて下に落とすように命令する。

私一人で何もかもするのは無理だから、空気の壁に意識を持たせて独自の判断で武器を取り上げさせる。

槍、旗、腰につけた剣、とがった兜など武器になりそうなものは全部空気の壁を通してすり抜けるように設定する。

ここまで細かく言うことを聞いてくれるとは思わなかったけれど、これならなんとか大丈夫そう。

最後まで抵抗していた隊長殿には少し手間がかかったが何とか全員の武器を回収した。

怒りで白い顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけている隊長に張り手してやりたい気持ちをぐっとこらえる。


「他には?別働隊とかいないの。」


「・・・。」


口をつむぐ隊長に、ふと頭の中にカクテルを作っているバーテンダーの姿が浮かんだ。

密閉された空気の壁の中にいる大量の人間たち。人を殺した悪いやつら。

人間シェイク・・・。

口元に悪い笑みが浮かぶ。

多分今の私に役を振るなら、悪の化身や大魔王の役を振られるに違いない。

その場で足を揃え、背筋を正して上品に一礼してそこにいた全員ににっこりと笑顔を向けた。


「えー、皆様。この度は私作の飛行物体にご乗車、真にありがとうございます。当機は機長の悪意により激しく揺れますので、死にたくない方は体を丸めて揺れが収まるのをお待ちくださいませー。」


悲鳴と、空気を飲み込む引きつった声。


人の命を奪った重さを体で感じろ!

歌は軽快に線路は続くよどこまでもをチョイス。

のどかな音楽に合わせて、両手で空気の壁を掴むようにイメージ。そして、それを思いっきり上下に振った。

空気は弾力があるから首が折れたりすることはないだろうけれど、二回目以降は少しだけ緩めに振る。

マーチのリズムに合わせてぐっちゃぐっちゃとはねる人間。

おお、なんか思ったよりエグイ。

心のどこかでトランポリンみたいにはねる姿を想像していたから、壁に叩きつけられる姿を見て敵ながら少しかわいそうになってきた。

15秒くらい振っただけで、一回お休みを入れる。

全員が全員倒れたまま、土気色の顔をして倒れている。ぐったりして青い顔をしている人もいるけれど、怪我をしている人はいないみたいだった。


「で、別働隊は。」


「・・・。」


苦悶の表情を浮かべている隊長の前に立ち、にこやかに問いかける。

唇をかんでこちらを睨みつけている姿を見て、もう一度腕をふりあげようとしたとき。


「待て!・・・他にはいない。」


「わかったわ。・・・そっちにはそっちの事情があると思うけど、私は理解できない、理解したくない。人の命を絶つことを簡単に考えないで。」


「貴様人間だろう!?何故獣人に味方する!この裏切りものが!」


「緑峰に住んでないんだから裏切りもクソもないわ。またここを狙うんなら次はこんなもんじゃすまさないから・・・!」


FUCK YOU!だ。

中指を立てて女隊長に舌を出してみせる。

さて、これをどうしよう。このまま太陽の下に放りっぱなしっていうのも無責任すぎる。

やっぱり緑峰に送り返すのがセオリーかな。となると、場所がわからないから困ったもんだ。

下で心配そうにこちらを見つめているクォーツを見つけてこいこいと手招きをする。

少し困ったようにクォーツが周りを見渡すと、ため息をついて背中を伸ばした。その背中から白銀に輝くドラゴンの翼が突き出した。

おお、かっこいいな。

翼で空気を叩いて、こちらに飛んできたクォーツに手を伸ばしてしっかりと腕を掴む。ついでに音階をささやいてクォーツの足元の空気を固めて足場を作った。


「緑峰ってどっち?」


「え?それなら、東だから・・・あっちかな。」


おどおどと振り向いて後ろを指す。鮮やかな色彩の街から整備された街道が、地平線の彼方まで弧を描いて白く走っている。

太陽に照らされて生き生きとした緑豊かな丘陵と草原、そして若木たちが芽吹く美しい世界。

女隊長の方を振り向いて、景色が見えるように体を避ける。


「綺麗でしょう。ずっと地面にいたら見えないことだってんだからね。じゃあバイバイ、お家帰ったら戦争やめるように言って。」


なおもこちらを睨みつけてくる女隊長さんににっこりと笑って、右腕を上げた。

さっと血の気の引く顔に、兵士達から聞こえるおびえた声。

選曲はさようならspeedmixでお送りいたします。

空気の壁をさらに厚くしてから、右手に力をこめて思いっきり右方向へと振る。

引きずられるように空気の壁が腕を振った方向に吹っ飛び、地平線の彼方へ消えていく。

悲鳴がこだましている東の草原に向かってひらひらと手をふった。

これで更生してくれたらいいな・・。

やっている最中は無心だったけれど、終わった途端にずっしりと心に鬱々とした気分が舞い戻る。

どうしたらランジェさんは死ななかったんだろう。

あそこで私がランジェさんよりも早くあの女の前に・・・いや・・・それをしたら、きっと・・・こんな形での奇襲はなりたたなかった。

業も無い、力もない、知恵も無い、うまく遣り繰りもできない。

どうすれば良かったんだろう。どうすれば誰も死なずに動けたの。

かすれる声で母音だけの旋律を紡ぐ。

クォーツの手を引いて螺旋階段を下るように空気の足場を形作り、一歩一歩降りていく。

地面についた私はランジェさんが横たわる傍へ、そっと膝をついた。


「・・・ごめんなさい・・・。」


両手を合わせて、そっと頭を下げる。

私の国のやり方でごめんなさい、でもどうしても謝りたくて。

勇気ある人へ、ご冥福を祈ります。

肩に羽織っていた薄絹を、ランジェさんの体にかけた。本当は白い布がいいんだけれど、

立ち上がって周りを見渡すと、何人もの人が出てきてこちらを見つめていた。

探るような疑わしい物を見るような目に背中を向けて、クォーツの傍へと寄った。

相変わらずの心配顔に涙腺が緩みそうになるのをぐっとこらえた。

泣いたら余計に心配させてしまいそうだから。


「クォーツ、帰ろう。おじいちゃんのところに帰ろう、帰りたい。」


笑ったつもりだったけれど、口の端が少し持ち上がっただけで歪な笑顔になってしまった。

慌てて口元を押さえたけれど、クォーツには見えてしまったみたいで泣きそうな顔をして手元で数式を組みだした。

ああ、またうまくいかなかった・・・笑うだけなのに。

クォーツの右腕に摑まってため息をついたとき、おじさんの店のドアが勢いよく開いた。

びっしょりと汗をかいているおじさんに、軽く会釈して向こうが何か言う前にこちらから話を切り出す。


「おじさん、ごめんね。買った服はクォーツに頼んで送ってもらってね。今日は本当にごめんなさい。」


「待ッ・・・!!」


クォーツの数式が組みあがり、辺りが光に満ちる。

おじさんが何か言いかけたみたいだけど、また今度聞こう。今日は本当に疲れちゃったから。


移動中の浮遊感が心地いい。

今日のことだけじゃなく、もう全部何もかもが夢だったらいいのに。

手のひらで顔を覆って、強く目を閉じた。

体が横抱きに流されていく感覚が続いて、それがそっと止まると足元に地面の感覚が戻ってきた。

静かな空気と風の香りとでわかる。ちゃんと帰ってこれたみたいね。

そばでおろおろと困ったような空気が漂ってきて、そっと顔から手をはずして俯いた。


「ご、ごめんね!クォーツが一生懸命止めてくれていたのに、言うこと聞かなくってさ。ほら、私って気が強いからああいう挑戦的な言葉に弱くって・・・」


頬に温かいものが流れた。

言葉もそれ以上続けられなくなって、慌てて口元を手で覆った。

違うの、違うんだからと否定しようとしても出てくるのは嗚咽ばかり。

クォーツが同じように黒い瞳からぼろぼろと涙をこぼしながら、腕を伸ばしてそっと抱きしめてくれた。

さっきとは違う、少しいたわるような優しい腕にさらに涙がこぼれる。


「・・・あの人・・・死んでしまった・・・!どうして・・・!」


「ランジェさんは立派だったよ・・・皆を守ったじゃないか・・・レイもよくがんばったよ・・・。」


違う、褒め言葉が欲しいんじゃない。

人一人を見殺しにして、それでも神様かと叱って・・・。


「レイのおかげで、アマービレの街が助かった。・・・沢山の命が助かったよ・・・。」


クォーツの体を強く抱きしめて、ほろほろと涙をこぼした。

そうなのかな。そう考えてもいいのかな・・・。

背中に回した腕に力をこめて、少しだけ高いクォーツの肩にそっと顔を寄せた。


「・・・人があんなふうに死ぬのをはじめてみた・・・。がんばって生きてたじゃない、どうしてあんなに残酷なことができるの・・・同じ生き物のはずなのに。」


クォーツが私の頭を撫でながらため息をつく。わからないよ、と何度も何度も呟きながら私の髪を梳く。

あの隊長ともっと話をしておけばよかった。あちらに返す前にもっとよく話をして、どうしてこんなことをしたのか、どうしてこんなことになったのかよく聞けばよかった。

今更どうこう言っても変わらないことだけれど、思わずにはいられない。

そうだ、泣いてばかりいないでちゃんと考えよう。

今度はうまくやれるように、一人で怒りにまかせて暴走したりしないようにちゃんと考えないといけない。

まだぐすぐす涙をこぼしているクォーツの頭をよしよしと撫でて、にっこりと笑う。

私が泣き止まないときっとこの人泣き止まないよね。

クォーツがずっとだしっぱなしだったドラゴンの翼を背中に仕舞いこみ、私とおなじようにその長い袖でごしごしと目元を擦った。

少しだけ引きつった曖昧な笑顔。

さっきの私と同じだ。


「ごめんね。迷惑かけて。」


頭を下げると、クォーツが小さく頭を振った。

少し俯いて、未だ乾かない涙をごしごしと擦っている。


「レイは好きに動いていいんだよ。至らなかったのは僕の方・・・。守るって言ったのに、僕は下で呑気に見学してただけだ。・・・レイより強くなりたいよ。」


私と同じ黒い瞳からまた涙がぼろぼろと零れ落ちた。

ぐすんぐすんと子供のようにすすり泣くクォーツの背中に腕を回してあやすように撫でる。


「考えることは一緒だねえ、じゃあまずは泣き止んで。」


ぐしぐしと袖で顔を擦る姿はごねてぐずっている子供みたい。

思わずこぼれた笑顔にクォーツが首をかしげた。


「私も強くなるよ。クォーツが何か手伝わせろって言ってくるくらい。神月礼として誰も死なない平和な世界になることを願ってる。でも、願うだけじゃなく力も持っていなければ意味が無い。」


「・・・うん。」


クォーツが殊勝な顔をして頷いた。


「これからだよ。私ももっとこの世界をよく知らなくちゃいけない。大切な判断を迷うことがないように。」


逃がせばよかったのか、それとも捕まえたままでいるべきだったのか。

傭兵たちの判断がどんなものだったのか。

人間が嫌われているのはわかるけれど、どうしてそこまで嫌うようになったのかはきっと歴史が教えてくれる。


「暢気なだけじゃ神様なんて務まらなさそうね。」


「レイは暢気に笑ってここの生活を楽しんでいて欲しいんだけどね。」


ため息交じりの言葉はやっぱり少し落ち込んでいて、なかなか気分は晴れないみたい。

私も完璧に立ち直っているわけじゃないからどうともいえないけれど。

もういちどクォーツの背中をぽんぽんと叩いてから、そっと体を離した。


「帰ろっか。おじいちゃんに今日のことを話して、色々教えてもらおうね。」


「怒られそうだけどね」


おじいちゃんの笑ってない笑顔を思い出して、思わず背筋に寒気が走る。

あの時はテーブルマナーだったけれど、今回はあれより厳しいんだろうなあ。

回れ右したいけれど、そういうわけにもいくまい。

げんなりとしているクォーツをなだめすかして、なんとか入り口の鍵を開けてもらった。

おじいちゃんならきっとだれも死なないで解決する方法を知っていると思う。

怒られるのは怖いけれど、ちゃんと聞かなくちゃいけない。

よっしゃ!と気合をこめて両手を握り締めた。



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