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異邦人  作者: 月水
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異変は突然に

ねむい・・・。


五時間目に数学なんて、いじめか精神修行にしか感じない。女子高の授業なんて退屈なものだ。

白髪が素敵なおじいさん先生の言葉を右から左へ押し流しながら、ばれないようにふにゃふにゃと小さな欠伸をする。

周りは静かなもので、真剣に授業を聞いているものが三割、寝ているものが五割、あとの二割はなにやら下を向いてよそ事に興じている。

おじいさん先生はこういうところだけ変に寛容だったりする。けれど、テスト内容がノートから丸ごと出るもんだから嫌でも聞かなきゃ後が怖い。

これは寛容というもんなんかな。シャープペンシルを走らせつつ、前で寝ている友人を見て苦い笑いがこぼれる。

そういう私も真面目なわけじゃなく、よそごと二割のほうで、とりあえず黒板に書かれているものを書き写しながらノートのすみっこにちらちらと小さな落書きを書いていた。

はっきり言って、あまりうまくない。友人なんかは時々この落書き頂戴!なんて無茶な嬉しいことを言ってくれるけれど、自分の絵を見られるのは好きじゃないからそのたびに誤魔化して適当にかわしていた。

油絵が描けるわけじゃないし、デッサンはくるっているし、好きなキャラクターをかいてもあまり似ていないときた。

そんなのうまいなんていえないじゃない。そんなことを考えつつ某テレビ会社の茶色い怪獣がウサギ親父とたわむれている落書きに小さな花マークを散らしてやる。

これいいわぁ、すごく幸せそうな感じ。アハハ、ウフフなんて幻聴が聞こえてきそう、いや怪獣はもがもがとしか喋れないんだけど。


「じゃあ次、神月 礼」


衝撃でシャーペンの芯がぼきんと折れてどこかへ飛んでいった。

え、私?私か?

ざーっと顔から血の気がひいて、あわてて教科書にかじりつく。


さっきから なにひとつ 聞いていない わけですよ !


「あーそのーえー・・・っと」


「よし、わかった。次、橘 美貴」


わかってくれた・・・なにが分かったのか私は分からないがどうやら分かってもらえたみたいだ。

下がっていた血の気が今度は一気に顔に上ってきて思いっきり赤面した。

なんつう恥ずかしさ。周りを見渡しても気にしている生徒はいないけれど恥ずかしいことに変わりはない。

どこを当てられたのか聞こうと、後ろの席に座っている友達の橘を振り返った。


だめだこりゃ、見事に寝てる。



教科書すら出していないその姿に、おじいさん先生はあきらめたのか、その催眠術にしか聞こえない声で教科書をぼそぼそと読んだ。

御免、先生。先生が今どこを読んでいるのかも分からないよ。

少し寂しそうに見える立ち姿に心の中だけで謝っておく。でもやっぱり数学は苦手。

黒板上にかけられている時計を確かめるともう後10分で終業のベルが鳴るところだった。

よし、今日は掃除当番じゃないから早く帰れる。

帰り道にあるアイスクリーム屋で練乳イチゴを買って帰ろう。

思わずふにゃけそうになる口元をしっかりとしめて、ノートの隅っこに練乳イチゴのアイスクリームを書こうとシャーペンの芯を出した。

そのときだった。


【いた】


「はぇ!?」


口から出た奇声を誤魔化すためにごほごほと咳き込むふりをする。

なんか聞こえた!なんか聞こえたよ、しかも変なところから。

後ろの橘は寝ているはずだし、前の石井も寝ている、右の鈴木も熟睡中・・・ってみんな寝すぎだろ。

はたと周りを見渡すと全員が机に伏せている。


え。


慌てて前を見ると先生が黒板を背に座り込んでいるのが見えた。

やばい、あれって先生倒れてない!?

がちゃんと音を立てて立ち上がり、後ろの橘を揺さぶる。

この際、礼儀がどうのこうの言ってる場合じゃない!


「起きて!先生が!やばいって!」


たたいてもゆすっても寝息がもれるだけで起きる気配が一向にない。

おかしい、橘は天然だけれど鈍いわけじゃないのに。

同じく右と前にも声をかけてみるけれど、橘と同じように全く起きる気配がない。

おいおいおいおい!先生の一大事だぞぉぉぉ!?

とりあえず橘の頭に一発げんこつを食らわせておいて、今度は前に走る。

えーとえーと心臓マッサージってどうだったっけ!?

楽な体勢にして、まずは呼吸をたしかめるだったかな。

黒板にもたれていた先生の体を横にずらして寝かせると、口元に手を持っていった。

あれ?息がある・・・。

顔も苦痛を感じてる顔じゃなくて、どっちかっていうと。


無防備でかわいい。


いやごめん、嘘です先生。

初老の男性をかわいいとか言っちゃってごめんなさい。

その場で手を合わせかけてあまりにも不謹慎だったのでやめた。

とりあえずこれはやばい。何でこんなことになったのかわからないけれど、全員が寝ているこの状況が普通だなんて思えない。

時計を見るととっくに終業時間はすぎていた、それなの廊下には誰一人として出てこない。

とりあえず何かあったら困るから、鞄と携帯は持って行こう。

机の上においてあった教科書とノートを鞄にしまい、携帯を入れてしっかりと鞄のファスナーを閉めた。

あまり音をたてないように注意しながら、廊下に出てみるとやはり誰もいる気配がない。

窓から赤い夕陽が差して、少しだけ気味が悪い。

いつか本で読んだ、今がちょうどその逢魔ヶ時の時間。実際ありえないことが起こっている、こんな状況でそんな不気味なことを考えてしまった自分に苛々する。

考えなければよかったなあ。

走ると後ろから何か追いかけてきそうで、あえて大またで廊下を渡り職員室に歩いていく。スカートだけどかまいやしない、ちゃんと下に半ズボンもはいているし。

現在地は西棟一階、職員室があるのは東棟一階。

そこに行くまでに中庭を通らなければならない。いつもの夕方だったら生徒たちで結構騒がしいはずなのに今は人っ子一人いない。

東棟に入ってすぐ左側、いまどき古い引戸のドアを勢いよく開ける。


「すいません!誰か先生いらっ・・・」


しゃいませんでした。

なんで誰もいないのー!?

そりゃ授業は終わってるけど先生方は幾らなんでも帰るには早すぎる!採点とか成績の記録とかあるでしょ!?

思い切って中に入ってみるといるわいるわそこらじゅうに寝転んだ先生の山。まるで海岸に打ち捨てられた魚みたい・・・ってそんなこと言ってる場合じゃない。

どの先生もちゃんと胸が上下しているから、病気なんかじゃないのは分かるんだけれど。

なんでこんなことに。

本気でどうしたらいいのかわからなくてとりあえず職員室を出た。

残るは隣の校長室・・・嫌だな・・・。

一般の生徒が校長室に入るなんて恐れ多いけれど、今は仕方ない緊急事態だ。

ドアの前に掲げられた金文字の校長室プレートが目に痛い。

校長室に入ったらいきなりどっきりでしたーなんてないよね。

むしろそうであってほしいと思いながら、控えめに引戸を開ける。


「どうぞ。」


びっくりして思わずドアを思いっきり閉めてしまった。

ドアの音で左耳がきんきんしているくらい、それはそれは全力で閉めてしまった。

なんかいた。いやなんかじゃなくて校長先生だと思うんだけど。

心のどこかで校長先生も寝てると思い込んでいた。だってこんな状況でなんで校長先生だけ起きてるの!?

さすがに頭が痛くなってきて、両手で頭をごんごんと殴ってみる。夢なら覚めてー!夢だったらいいのにー!

でもこんなんで目が覚めたら、目覚まし時計なんかいらないよね。

ため息をついた瞬間、目の前のドアが音を立てて開けられた。



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