買い物中
遠くの丘から聞いただけでも結構騒がしかった・・・そりゃ現地はもっと煩かったってことよね。
騒がしいを通り越して怒鳴りあっているような商店街の入り口に立って、私はその気合の入った雰囲気に圧倒されていた。
確かに広い道の真ん中はショッピングを楽しみに来ている人たちだけれど、両側の店は違う。
お互いうちの商品が一番だと精一杯主張するために、ほとんど絶叫に近い形で呼び込みをしている。
元気があっていいけれど、鬼気迫っててちょっと怖いかもしれない・・・。
「どしたの、元気なくなったね。」
不思議そうなクォーツに、苦笑いで返す。
こんな殺伐としてるとは思わなかったもんで。
道を歩き出すクォーツの服の裾を掴んで、きょろきょろと辺りを見回した。
布を深く被っているから呼び込みの店員さんと目が合うことはないけれど、周りの人とぶつかるってのも困る。
果物屋に金物屋、武器屋、大工、雑貨屋、魚屋、八百屋、装具店・・・。
世界中のありとあらゆる店がそろっているみたい。店の様子も、売っている人も様々だ。
歩いている人にしたって、頭から猫耳が生えている人や鹿の角が生えている人、下半身が蛇のようになっている人もいれば全身が鱗に包まれている人もいる。
さ、さすが獣の国だ・・・。
あまりじろじろと見ないように俯いたまま視線だけ動かす。
クォーツみたいに完全な人間の姿をしている人はほとんどいなくて、大体の人がどこか獣の部分を持った人達ばかりだ。
すごいな。これだけ沢山の種類がいると飽きなくっていいかも。
「ほら、レイ。あんまりきょろきょろしないで。」
クォーツがしょうがないなあという風に笑顔で右手を差し出してくる。
ずっと握っていた上着の裾を離して、そっと右手で手を握った。
少しだけ早かったクォーツの速度が私に合わせてゆっくりになる。
「見たいものがあったら言ってね。」
「う、うん。」
な、なんか恋人同士みたいよね、なんて口が裂けても言えないわ・・・。
いつもクォーツが照れるところなのに、なんでこっちが真っ赤になってるんだろう。
すっごい恥ずかし・・・。周りから見られているような気がして、上着の裾で顔をそろそろと隠した。
会話も無く、ただ売り子さんの呼び声と軽快な音楽だけが聞こえている。
あああ、こんなんで真っ赤になるような初心じゃないってのに!
自分が手をつなぐってシチュエーションに弱いと思わなかったわ、なんたる罠!
もうなんかこの体勢よりも自分のときめき具合が恥ずかしくなって、あいている左手でごんごんと自分の頭を殴った。
しっかりしろ、神月 礼。今日は戦場だ・・・乙女の戦だ・・・!
自分の目を磨き、感性を信じて自分に似合う最高の服を選ばなければならない。
もし今日の任務に失敗してみろ。昨日は黒のせくすぃネグリジェで済んだが、今日こそあのすけすけネグリジェを着させられるかもしれないのだぞ!
勝たねばなるまい。勝たねば今日の平穏な睡眠は無いと思え!
「サーイエッサー・・・」
左手で軽く敬礼。
よし、トキメキモードから買い物モードへ移行完了。
脳内大佐、ただ今より物色作業に入る。
意識を握った手から浮上させて、店先へと戻した。
ターゲットは女性用の服。できればスタイリッシュ系かさわやか系、もしくはエスニック系を目標として・・・。
「・・・ねえ、さっきから何やってんの?」
はたと前を向くと心底不思議そうな顔をしたクォーツが歩きながらこちらを向いていた。
誤魔化そうと開いた口は何を思ったのか、なんでもございませんわよおほほという破天荒な返事をした。
・・・なんか色々ダメだわ、今の私。
だらだらと背中に流れ出した冷や汗と、恥ずかしさのあまり真っ赤になった顔にそんなことを思う。
「え、遠慮しなくっていいんだよ。」
「いや、その、店自体がわかんないっていうか・・・。あ!そうだ、クォーツが選んでよ、この店いいよとかさ!」
「ああそっか。いきなりじゃわかんないよね・・・じゃあ僕がいつも行ってるお店でいい?」
こくこくと頷くと、クォーツがぐんと歩くスピードを上げた。
始めからそうしてくれたらよかったのにとか思ってませんよ。ええ、断じて。
人の間をすり抜けぶつかりそうになりながらも、なんとか一軒の店の前に着いた。
レンガを積んだ小さな四角い家で、入り口にはフルートと手作り感溢れる看板が出されている。店先にも派手な文字で彩られた服が山盛りの木でできたワゴンが置いてあり、中にもずらりと色とりどりの服が並んでいる。が、総じてひらひらしているのは気のせいだろうか。
クォーツと一緒にお店の紫色した麻のようなのれんをくぐると、ふっとハイビスカスのような香りが掠めた。お香を炊いているのかな。
壁に一面にかけられた中国風の服やエスニック風の服と室内中央に並べられた幾つかのワゴン。観葉植物を飾ってある机は温かみのある木造のどっしりとしている。机に沿うように並べられた椅子は使い古されて木の色素が深い色になって沈着している。でもそれがまたいい味を出していてちょっとお洒落だ。
きょろきょろと周りを見渡していると、店の置くからのっそりとドレッドヘアで黒人のラテン系なおじさんが顔を出した。
目をバンダナでかくしていて、無精ひげにくわえたキセルがとってもクール。ただ、ちょっと固い印象を受けるのはクォーツをみてもにこりともしない無表情のせいだろうか。
「こんにちは、ジェーン。相変わらずだねー。」
「よう。お前が彼女連れとは珍しい・・・女性恐怖症もどき治ったのか。」
ハスキーでぶっきらぼうな声だけれど、怖い感じはしない。
おじさんはあははと笑いで誤魔化しているクォーツを無視して、こちらをじっと眺めた。
ジェーンって女の人の名前みたいだけれど、目の前に立っているのは体格の良いサンバが似合う兄ちゃんだ。
「こんにちは、神月 礼です。クォーツの所でお世話になっています。」
頭を下げると向こうも軽く会釈を返してくれた。案外いい人?
じーっとこちらを眺めているおじさんに、クォーツが適当に2・3着見繕ってくださいと声をかけて店の椅子に腰掛ける。
あれ、クォーツ丸投げ。一緒に衣装をみてくれるのだと思っていたけれど、これは当てが外れたわ。
「とりあえずその頭のやつ取ってくれ。顔が見えないと話にならん。」
あ、忘れてた。
頷いて頭に巻いた布をするすると解いてクォーツに渡す。と、おじさんが隣ではっと息を呑んだのがわかった。
背中に流れる黒髪と私の目を凝視し、クォーツを振り返って左手で頭を押さえた。
「おい、クォーツ。」
「綺麗な人でしょー?そうだ礼服も一つお願いするね。」
「・・・なぜ早く知らせない。何を戸惑っている?」
困惑と苛立ちが半分半分。
ドレッドヘアをがしがしとかき回しているおじさんに、椅子に座ったままにこにこと笑顔で対応しているクォーツ。
なおも言い募ろうとした言葉は、クォーツの手によって制止された。
いつもと同じ笑顔、人懐こい笑顔を浮かべているはずなのにどこか違う。
相手の発言を許さないといわんばかりの黒いオーラがじわじわとその細い背中から立ち上っている。
あんなに強気な姿初めて見た。
言いたいことが言えず、おじさんは少し不機嫌そうにむっつりと押し黙ってこちらを向いた。
「・・・あの。」
不機嫌ですといわんばかりに眉間に皺を寄せているおじさんが、その場にすっと膝をついた。
片膝を立てて頭を下げるその姿に思わず反射的に膝をつきそうになる。
神様として、それとも人として。
少しだけ迷って、私はおじさんの前で頭を下げずに正座した。
「ラサ神様、恐れ多いことでございます・・・。」
「・・・本当は私も頭を下げたいです。私をラサと呼ぶということは、私が異世界から来たことをご存知ですね?」
はい、と静かな声で頷いたおじさんの手をそっと両手で包んだ。
椅子に座ったまま、クォーツが黙って私を見つめている。
「私の国では位というものはありません。職業上謝ったり敬ったりすることはあっても、人は本当に信じるものや敬えるものにしか頭をさげません。人は生まれながらにして平等だから。偉い、偉くないというのは人が勝手に決めたこと、個人の考えまで縛ってしまうのはおかしいと思います。・・・おじさん、ぶっちゃけこんな生意気な小娘に頭下げるの嫌でしょ。」
え。と面食らったようにおじさんが顔を上げた。
二枚目顔が崩れるのは面白い。ふふふと笑ってクォーツを見ると、優しい笑顔で頷いてくれた。
「神様だから、なんて膝をつかなくていいんだよ。こんにちはーって笑ってくれたらそれだけで私は嬉しいんだから。・・・わかってくれる?」
触れた手をぽんぽんと軽く叩いて笑いかけると、おじさんがじーっとこちらを眺め、それからにっと口の端をあげて笑みを浮かべた。
差し出された手に摑まって立ち上がり、さらにズボンの埃までその大きな手でぽんぽんと払ってくれた。
「嫌というよりは不安だった、どんな奴がラサ神なんだろうってな。見たところ生粋の人間だろ、緑峰の奴みたいなろくでなしならやばいなと思っていたんだがその心配はなさそうだ。」
「あははー、私って結構ろくでなしだよ。クォーツいじめるの好きだしね。」
「そのろくでなしとはまた少し意味がちがうけどな。あー、でもいじめたいってのはわかる。おろおろしてる姿がおもしろいんだろ。」
「そうそう。ねえ、クォーツ?」
二人で後ろを振り返ると、焦ったようにクォーツが手を振った。
ほらほら、クォーツってばもう困ってる。
「ほ、ほどほどでお願いします。それよりさ、服はどうなの服は!」
そういえばそうだった。
お願いしますとおじさんに頭を下げると、こちらへどうぞと部屋の奥へ通された。
壁伝いに作られた試着室に通されて、鏡の前で回るようにと告げられた。
ひらりと広がる上着の裾を捕まえて、それでいいですよと告げるとおじさんは店先へととってかえした。
今ので3サイズわかったんだったらすごいわー・・・。
なにやら店の壁から幾つも服を取り出してクォーツに預けるとと、今度は店の奥に引っ込んで一抱えほどある箱を持ち出してきた。
今度は荷物持ちも伴って、おじさんが机に服を並べだした。
紫のひらひらとうす青の飾りがついたワンピース、フリルのついた真っ白で金色の唐草刺繍が入った上品なローブと絹のズボン、そして厚手の黒いズボンと布を幾つも重ねた薄緑の上着。
光にあたるとキラキラと光を反射しそうなくらい上等な布を使っているのがわかるけれど・・・。
「これ普段着?」
「そーですよ。あの箱が礼服。」
クォーツの手からどさどさと服を下ろして、無造作に広げていくけれど量がちょっと半端ない。
山のように積まれていく服を、なんだかやりきれない気持ちで眺めているとおじさんに気に入ったのから腕を通してくれといわれた。
好きなのからって・・・好きなのしか袖と押さなくていいのね?
幾つかめぼしいものを持ち込んで、試着室の扉を閉めた。
しかしまあ、見事にキンキラキンばっかり・・・。
王宮に行く話しが立っている今、普段着ばかりじゃいけないのはわかるけれどこんなキラッキラしてるものばかり着てたら身動きできなくなりそう。
それにあまり高いものを買ってもらうのも悪いなあ・・・。
「クォーツ、3着くらいでいい?」
『気に入ったのがないんだったらそれでいいよー!』
なんという返答!
そんなこと言われたら三着だけって訳にいかなくなる・・・。あいつめ、考えたな。
目の前にした白いローブと修道服のような黒いワンピース、そして裾が詰まった肩が大きく開けているアラビアンな絹の服を見下ろした。
とりあえずこの三着は決定。みんな肩に合わせてみたけれど、ほんの少し大きいくらいでばっちり合う。
あーとーはー・・・。
適当に持ってきた服の山をかき分けて動きやすそうな深い青色の合わせ襟の上着とジャージみたいな黒いズボンを選んだ。
これで四着。あの箱に入っている礼服を合わせて五着。もういいよね。
選んだ服を抱き、扉を開けて出ると入り口でおじさんが箱を抱いて待っていた。
「これがいいわ。全部で四着あるよ、あんまり買いすぎるのも問題でしょう?」
「そうかな。遠慮しなくってもいいんだよ。」
「してない、してない。向こうの世界だってそんなに服持ってなかったから。」
中学校、高校と制服があったから普段着は5着くらいしか持っていなかった。あとは小学校の時の体操服をパジャマ代わりにしたりしてすごしていた。
こちらも制服を着てはいけないということでもなさそうだし、洗濯に出している時や街に出るとき意外は制服で過ごしてやろうと思っている。
そんな私の思惑を知ってか知らずか、クォーツがそっかあと少し残念そうな声を出して私が持っていた服を大事に受け取った。
「よし、礼服を合わせよう。」
ほら入って入ってと背中を押されて試着室に入ると、おじさんが箱から丁寧な手つきで一枚の真っ白なドレスを取り出した。
マーメイドドレスに似ているけどもっとデザインが複雑だ。
胸を強調するようなセクシーさのあるドレスだけれど、ちょっとこれは豪華すぎない?人間が服に負けているような・・・。
「じゃ、脱げ。」
「・・・ここで?」
「そうだ。胸周りと腰周りを合わせておかないとこの服は布が余って垂れるぞ。それに俺は女の裸見て喜ぶ趣味はないからな。」
「へー。男の人ってみんなそうかと思ってた。」
「んな訳あるか。」
呆れたように溜め息をついて、後ろを向くと服に合わせる薄絹を選び始めた。
類は友を呼ぶというか、なんというか。扉の向こうで服を持ったまま待ちぼうけしているクォーツのことを考えてなんとも言えず苦笑いがこぼれる。
女性が苦手な男の子に仕事が恋人の男の人かあ・・・。
向こうの世界でも良く似た人がいた。本当はあちらもこちらも大して差はないのかもしれない。
そうだとしたら、なんだか訳がわからないって固まっていた自分はかなり滑稽だ。違うのは環境だけ、きっと大丈夫。
よっしゃ!と気合を入れて、勢いよく上下を脱いだ。
おじさんが用意してくれたドレスを上から被り、おじさんに言われたとおり胸周りと腰周りをきちんとあわせる。
「胸が少しきついくらいかな。腰もコレでいいと思う。いい感じ。」
「ああ、胸がきついのはそのままでいい。胸を持ち上げて形良く見せるためだ。・・・よし、アクセサリーに入ろう。」
上から下まで確認すると、今度は薄桃色の薄絹を渡された。
本当になんでもありだね、ここの服屋。
爪を引っ掛けただけで破れそうなつくりの薄絹を肩にふわりと羽織り、両腕に幾つも重なった細いブレスレットをつける。しゃらしゃらと音のするブレスレットはやっぱり綺麗に磨かれていてつけるのが勿体無いくらい。
私がブレスレットに見とれている間におじさんは青い宝石をあしらったアクセサリーを腰に巻いた。
首にはレザーチョーカーにシルバーで作られた風切羽。
シンプルだけど職人技が光る一級品ばかりだ。
「着心地の良い礼服なんて初めてー・・・。いつもきっちりしたスーツとか着てたからそんなのかと思ってた。」
腰周りの布を整えながら苦笑い気味に喋る私の言葉に、何故かおじさんが目を輝かせた。
いや、目は見えないから輝かせたとか分からないんだけれど、なんというかきびきびした雰囲気が全力で楽しいものを見つけたように華やいだ。
「ああ、そうだ!落ち着いてからでいい、向こうの世界の服を教えてくれないか!?」
手を握らんばかりに詰め寄ってくるおじさんに、一生懸命こくこくと頷くと腰元で軽くガッツポーズをして天を仰いだ。
そこまで喜ぶのか・・・本当に服が好きなんだなあ・・・。
涙まで流しそうになって喜んでいる後姿に、仕事の神様がついているような気がする。
今はなんか閑古鳥が鳴きそうなくらいお客さんが来ていないけれど、きっと今に大繁盛する服屋になるよ。
「口で説明するの難しいから、絵でいい?ついでだから着てきた服も見せてあげるね。」
「ああ、感謝する!異世界の服を見られるとはなあ・・・!」
感慨深くため息をついて感動で震えているおじさん。
確か鞄の中にノートと文房具が入ってからそれでできるだけ沢山書いてあげよう。
とりあえず今はそのまま自分の世界にはいりそうになっているおじさんの背中をつついて、現実に戻しておく。
そうだ、クォーツにも見せてあげよう。
「クォーツ、どう?。」
更衣室のドアを開けて、クォーツの前に歩み寄った。
ぽかんとしてこちらを眺めている黒い瞳。目の前でひらひらと手を振ると、クォーツが小さく何かをつぶやいた。
「え、何?」
「・・・すごい!見違えたよ!」
宝石みたいなキラッキラした笑顔でクォーツが私の手を握ってぶんぶんと振った。
見違えたって言っても服変えただけじゃない、大げさだなー。
すごいすごいと上機嫌で上から下まで眺めて悦に入っているクォーツの頭を、苦笑いしてよしよしと撫でた。
「またそんな大げさなー。でも、ありがとうね。」
クォーツの顔が目に見えて赤くなっていく。なにやらぼそぼそとああ、とかうん、とかはっきりしない言葉を呟いているけれどなにがしたいのやら。
ダメだこりゃとそのうにゃうにゃしている白銀の頭をかき回してやろうと両手を挙げた。
そのときだった。往来の喧騒が一瞬にしてどよめきに変わったのは。
中途半端でごめんなさい