買い物へ
次の日。
いつもどおり朝の七時に起きて、ルーミィが作ってくれた朝ごはんを食べた。
今日はパンとサラダと梨のような果物が何個か。サラダなのに甘かったのはちょっと気になったけれど美味しかったから聞かないことにしよう。
パンも果物も日本のものと似ていて、とっても美味しかった。
昨日泣いたせいか少し腫れぼったい目になっていたけれど、体調も万全、気分も昨日よりは悪くない。
食事の後は整容して、用意してくれた裾広がりのふわふわした手触りの青いズボンと合わせ襟の着物みたいな袖の緑色した上着を来た。昨日の白いワンピースよりも民族衣装チックだ。
二人は食事を済ませたあと、用事があるといって午前中はずっと部屋から出てこなかった。
その間、私は何をしていたかというと森へ出て昨日できた光で遊んでいた。
森は昼間でも背の高い木のせいでいつでも薄暗いから、白い光が良く見えた。
そして遊んでいるうちに分かったことが幾つかある。
歌はどんな歌でもいいってことだった。
蛍の歌や某RPGのテーマソング、童謡、合唱曲、いろいろ試してみたけれどずっと効果は同じ。
じゃあ何で魔法の違いが出るのかというと、私が念じることによって効果が変わるらしかった。
クォーツいわく力が強いらしいから、攻撃的なものじゃなくてもっと平和活用できるようなのを色々試してみた。
ここだと決めた場所に手を触れないで穴を掘って、触れないでその穴を元通り埋めなおすとか。
木を一本音をたてずに宙に浮かせて切り倒し、その木を切って公園にあるようなベンチを作ってみたりした。
大きなことをしようとすれば必然的に大きなエネルギーが必要なのと一緒で、大きなことをするには長く歌を歌わなければいけないみたいだった。
どんな歌でもいいってかなり節操無しな魔法だなあ。
自分で作ったベンチに腰掛けて腕を組んだ。
ゲームのRPGだって魔法を使うときに決まった呪文があった。あれは呪文を固定することで効果を覚える意味もあったんだ。
呪文がなんでもいいとか言われたらいざと言うとき困るような気がする。
いざ現実になると不都合って色々でてくるもんだね、現実じゃMPもHPも表示してくれないんだから。
まあHPが低そうっていうのは見なくてもわかるけど。
昨日の滝登りで疲れてしまうくらいだから、本気でレベル1のスライム程度の体力しかないかもしれない。
「・・・走りこみしようかな。」
でもめんどいよなー・・・どうしよっかなー・・・なんて後ろ向きな考えをしている時だった。
ざら、と壁が溶けてルーミィが顔を出した。
「ご主人様ー!ご主人様がご主人様をお呼びですー!」
「・・・それってクォーツがお師匠様を呼んでるんじゃないよね?」
ルーミィ・・・いつになったらご主人様に違いがつくんだろう。
とりあえずどっこいしょと花の高校生にあるまじき掛け声をかけて壁の中へと入った。
リビングにはクォーツの姿。ああ、そっちのご主人様ね。
朝に来ていた白いズボンと長袖ではなく、私と同じように薄緑のズボンと藤色をした合わせ襟の上着、腰には透明な薄絹を巻いて皮のポーチをつけている。
「準備できたよ。今から買い物行こー。」
「買い物!やったー!」
「おー、元気だね。今日は昨日話したウォールズの繁華街に行こうね。と言うわけでこれを着て。」
はしゃいでいた私の頭にさらりとした手触りの藍色をした布が被せられる。一枚の布みたいだから、これはサリーみたいにするのかな?
クォーツにも手伝ってもらって目元と髪が隠れるようにうまく巻きつけた。
ますます民族衣装っぽくなったけれど、通気性が良くて結構着心地はいい。
「どう?こんなもんかな。」
くるりと回って見せるとクォーツは満足げによかよかと頷いた。うん、こっちもよかよかな着心地。
ズボンのポケットの携帯を確認。持っていく物は無し。準備おっけー。
繁華街ってどんなところなんだろう、まさかデパートが立ち並んでこんにちはーしてるわけじゃないよね。
あ、屋台が一杯ならんでいるのかもしれない!市場みたいに皆が店前に立って呼び込みしているのかも。
壁の流れる砂も全然気にならないくらい、すっごく楽しみ。ぴしっとしようとしても自然に頬がふにゃふにゃと緩んでしまう。
そんな調子だったから、今更になって森に出おじいちゃんに行ってきますって言うの忘れたことを思い出した。
もう一回リビングに帰ろうと後ろを振り返ると、もう元に戻ってしまったのか土壁になっていた。
昨日みたいに魔方陣書くのも面倒くさいし、おじいちゃんも行くの知ってる・・・はず。
開けた場所でこちらを向いて棒立ちしている坊ちゃんにも悪いし、まあいっか。
手元で移動魔法の数式を展開しているクォーツにできるだけ近寄って、数字が猛烈な勢いで組みあがっているのを見学する。
「じゃ、行くよー」
クォーツの数式から閃光が走った。
この世界に来てから四回目の浮遊感が足元から走り、ぶわっと視界を真っ白に染める。
帰りのときみたいな変な浮遊感も放りだされたような感覚も無い、ただ体の回りで風が荒れ狂っているのはわかるけれど直接体に風があたることはない。
ああ、やっぱりこの間のやつは失敗だったんだ。
滝へ行ったときとほぼ同じくらいの時間で、地面に足がついた。
靴のそこに固く乾いた土の感じかする。
目を開けるとそこには異世界にきて、初めての光景が広がっていた。
街を眺めることができる小高い丘の上。少し離れているにも関わらず耳には騒がしい人の喧騒とにぎやかな音楽が聞こえる。色とりどりの服や髪の色、肌の色、翻る旗や織物が街を彩り、生き生きとした雰囲気を持っている。
一見人間に見える人もいるけれど、大半が獣やそれに近い形をしていて慣れるのには時間がかかりそうだった。
人でぎっしりというわけではないけれど、結構繁盛している。
「すごいね・・・!」
「ああ、うん・・・やっぱり傭兵が増えたな・・・。」
私の感動をよそに、どこか寂しそうな目をしてクォーツが街を眺めている。
人ごみに目を凝らしてみると確かに商人や一般市民に混じって甲冑姿の人や腰に剣をさした人が多く見られる。
これも戦争が始まる予兆とみて間違いなさそうだけれど。
道行く人が楽しそうに品物を見て回ったり、恋人と思われる傭兵の男の人と腕を組んで幸せそうに歩いている女の人がいたりして普通に見えるけどなあ。
あくまで私が感じたことだけれど。
「そういや、傭兵って何?」
「うーん・・・簡単に言うなら国の奉仕者って感じ。」
な、なにやら難しい単語が出てきたぞ・・・。
なんのこっちゃと首をかしげると、ちょっと難しい話になるかもとクォーツが苦笑いして頭をかいた。
「ええとね、国に自分自身の情報を登録して、要請があったときに動く人たちのこと。仕事の幅は結構広くて害獣退治に公共事業、人によっては剣術指南や魔法の先生も受け持っているよ。普段は傭兵たちが個人で持っている伝書霊に国から仕事の依頼を渡すんだ。だから普通はこんなに首都に集まったりしないんだけれど・・・。」
視線を落として、クォーツがため息をついた。
どことなく気落ちした姿に、背中をそっと撫でる。
「本当はさ、ここはもっと賑やかで親子連れも多いんだ。でも、今度戦争が始まりそうだって国民はだんだん郊外に避難してるらしい。ここにいる人たちはもうほとんどの人が傭兵の仕事についている人なんだ。」
「なんでわかるの?」
クォーツが両手の親指と人差し指を合わせて四角い窓を作る。覗いてごらんと促されてそこから街を覗いてみる。が、見た瞬間に不用意に見てしまったことに後悔する。
うわああああ、気色悪いいいいい!!!
いるわいるわ、人に寄り添っている白いものがうじゃうじゃと街を埋め尽くしている。しかもぞわぞわと人波にそって蠢いて、例えて言うなら芋虫が・・・いや、やめよう、自分で想像して気分悪くなってきた。
あまりの気持ち悪さに悲鳴もでない。
覗き込んだまま固まっていると、横でクォーツが大爆笑を始めた。
「見せる前に言ってー!!」
「あははは!気持ち悪かったー!?」
二の腕にできた鳥肌を擦っている私に、クォーツが心底楽しそうに笑っている。
くそう!こいつ確信犯か!
ぎっと睨みつけてやるけど、まだ腹を抱えて笑っている。優しいのだとばかり思っていたけれど、なかなかやるなこの野郎め・・・!
「虫はやめー!なんか小さいのがいっぱい動いてるのはダメなんだから!」
「虫じゃないって、伝書霊だってば。」
笑いすぎでこぼれた涙を拭きながら、未だクスクスと笑っているクォーツの頬をむにっと抓る。
へえええじゃないわよ!気持ち悪かったんだからね!
いひゃいいひゃいと涙目になって離すように主張してくる視線に、抓っていた場所をぺんぺんと二回叩いてから手を離した。
「ひどいなーちょっとからかっただけじゃないか。それに伝書霊も見えたよね?」
「見えたわよ、きっもちわるいのがうじゃうじゃと・・・うわあああ思い出したらまた鳥肌立ってきた!」
ぞわぞわと二の腕を走る怖気に、ふるふると体を振るわせた。
横でによによと楽しそうに笑っているクォーツの顔をもう一回軽く捻って、街に向かって歩き出した。
もうこんなところでいつまでも話してたって埒があかないじゃない!
「行くわよっ!次笑ったら本気でぎゅーってするからね!」
「ううう・・・そんなに怒らなくっても・・・。」
「私はね!ちっちゃくて群れてる虫がだいっきらいなのよ!分かってくれる!?」
「そんなに嫌かなあ。」
「嫌よ!悪夢だわ!」
それにアレも嫌い!口に出すのもおぞましい黒光りするアレもだいっきらい!
こっちの世界にいたらどうしよう、まだ見たこと無いけれど、環境が違うから巨大化してたりして・・・。
自分の妄想で悲鳴をあげそうになって、頭を抱えた。
いやそれはない、根拠なんて無いけどそれはないと信じたい。
だって認めたら本当に出てきそう!この世界本当になんでもありなんだから!
坂を下りる間、私はずっとあの気持ち悪い光景を思い出して身悶えし、クォーツはずっと後ろでその様子を見て笑っていた。
もっとも街に下りたらそんなことなんてすっとんでしまったんだけれど。
伝書霊について補足をば。
傭兵たちが持っている小型の通信機のようなもの
オーディオ的な機能も一通り備えており、録音再生音データ保存もできる
顔はなく、見た目はゆらめいて浮いているただの白い塊である
着信時にお知らせ音が鳴り、勝手に再生が始まる
新着3件まで録音保存される
操作は念じるだけでOKというよくわからない理論で動いている。
分類としては人工精霊であり、寿命も存在する。
文章内で詳しい描写や説明をすることは無いでしょう、多分。
用は通信機だとおもっていただければよろしいかと。