世界情勢
凛とした声で無感情に読んでいくクォーツ。
朝と夕方に聞こえたあの不思議な声の意味が分かったような気がした。
あの声たちは私に世界を助けて欲しいと言っていたんだ、何を言っているのかわからなくて聞くこともせず怒鳴りつけてしまった。
あんなに必死だったのに、ひどい事をしてしまった。
今日また夢で会えたらちゃんと謝らなきゃいけないな、訳わかんないとか言って悪かったって。
おじいちゃんが、クォーツが、黙ったまま私を見つめている。
「もし私が神様だと仮定して、その神様の生まれ変わりが呼ばれたってことは世界滅亡の危機が迫っているってこと?」
「世界滅亡とまでは行きませんが、大地を染めるほどの血が流されるのは間違いないでしょう。」
「それって、政治のセの字も知らない素人の小娘一人が介入してどうにかなるものなの?」
自虐的な私の答えに、おじいちゃんがゆっくりと頷いた。
クォーツにもなだめるように背中をぽんぽんと叩かれた。
「レイの住んでいた所に宗教はありましたか?」
「一応あったけれど、熱心ではなかったわね。」
「そうですか・・・。宗教とは力です。人の心を掴んで離さない、生きがいや信念のようなもの。それを信仰するものには平穏にも狂気にもなりうるものです。」
諭すようなおじいちゃんの言葉にはっとする。
そうだ、日本でいたときだって沢山あった。あくまで外国の話だったけれど、それによって沢山の戦争が起こって、数え切れない人が祖国を奪われた。
私には到底理解できないようなめちゃくちゃな理由だったような気がするけれど、それすらも覚えていない。
なんでもっと知ろうとしていなかったんだろう、他人事なんかじゃなかったのに。
「神とは絶対的な信仰の対象です。ここでは私たちが貴方が望んだように対等にお話をしていますが、外ではこうもいきません。貴方は絶対なる存在であり、手元に置くことによって絶大なる効果を発揮します。人心の掌握と言う、政治にとって鉄壁の切り札となるのです。」
「政治に介入しないように私自身が動くことはできないの・・・?」
「レイがやりたいことをやれるようにお師匠様と僕がいるんだよ。でも、遅かれ早かれ両国に気付かれることにはなりそうだけどね。エルフたちはもう把握してるみたいだしなあ。」
「そうね、三種族を無視するわけにはいかないと思う。・・・具体的に何をすればいいんだろう?」
「まずはエルフと獣たちと状況を確認するところからはじめなければなりませんね。」
「うん・・・。もう、なんか申し訳ないな・・・。人間って本当にどうしようもない・・・。」
日本でいたときだって、人間同士争いが絶えなくて沢山のものが失われた。
人の命、人が住んでいた場所、動物たちや地球の環境までたくさんのものを失くしたのに全然懲りていない。
きっとこの話に出てくるような邪気や偶像化した悪いもののせいじゃない。人間の性質そのものが争い合うようにできているような気がしてならない。
私は戦争を知らないから、残った記録でしか判断することしかできないけれど・・・。
広げられた本の一番したの文をなぞって、こぼれそうになっていた涙をぐっとこらえる。
戦争はいけない。私にはそんなに大層なことなんてできないかもしれないけれど、何か力になれれば本望だ。
世界が平和になるためだったらどんなことにだって利用してもらっていい。
「導師様、クォーツ。私、できるだけがんばる。でもきっとうまくいかないかもしれない、神様でいることに嫌気がさすかもしれない。迷惑かけるかもしれないけれど、二人ともずっと私と一緒にいて欲しい・・・って思うのは・・・我侭かな・・・。」
二人にも事情があるだろうし、無茶を言ってるのはわかってるんだけど。
こんな広い世界で一人きりで政治家相手に渡りきる自身なんてどこを探しても無い。
不安になってぎゅっと握った両手を、クォーツの温かい手が撫でた。
「僕はずっとレイと一緒にいるよ。そのために生きてるんだ、レイと一緒に生きていくために僕は生まれたんだよ。」
「そんな大げさな。でもそういってもらえて、本当に嬉しい・・・。」
クォーツの屈託の無い笑顔にどこか安心している自分がいる。
握った手を解いて、クォーツの手をしっかりと握った。この温かさを覚えておこう、私を守ってくれる手だから。
もう一人、おじいちゃんの方を見ると腕を組んでじっと考え込んでいた。
「レイ、私はこの土地を離れてついていくことはできません。この森が遥か彼方まで続いているのを知っていますか?」
「うん。とても大きな森なんでしょう?」
「実はこの森には森を広大に見せて侵入者を惑わせる結界がはってありまして、私自身がこの森に滞在することで結界を維持しています。ですからここを離れることはできません。ですが、どこでも通じる伝達ラインを作っておきましょう。」
おじいちゃんが私のポケットを指差した。指差されたポケットを探り、時間を確かめることにしか使っていなかった携帯電話を机の上に置いた。
おじいちゃんがその携帯電話にそっと触れて、もう一度携帯を私に手渡した。
アドレスを確認してみるとア行の一番上に謎の数字が。おじいちゃん℡番持ってたんだ、なんか最先端な人だなあ。
携帯を手にとってその番号に連絡してみると確かに呼び出し音がする。
「悪戯電話はいけませんよ、今は必要ないでしょう?」
おじいちゃんの苦笑いに笑って携帯をポケットに仕舞った。
次にクォーツがひらりと一枚の大きなポスターを机の上に広げた。
北から南まで一つの大きな大陸で統一された立体感のある地図だった。最北端と最南端は白く塗ってあり、私から見て西側にあたる大国に一つの国、東側に幾度も修正された国境線を持つもう一つの国があった。そしてその左側の国の周りに幾つも区切られた小さな国や村のようなものが集まって描かれていた。一つの国が独立して幾つもの国に分かれたのか、それとももともと沢山の国だったのが一つの国にまとまったのか。
それによくみると西側の国の国境は東と区切るためにしか引かれていなかった。
西側はとんでもない大国だけど、東はそんなに気にするくらいの大きさでもなさそうな気がするけど・・・。
「西が獣たちが作った国でウォールズ、そして東が人間たちが作った国で緑峰。周りの小さな国はいちいち説明してられないから省くよ。」
クォーツが指していく場所を眺めて、なんとなく納得できた。
人間は一つにまとまって国を作るなんて、たとえ異世界でもできないってこと。
「で、こっちの小さい方が危ないのね?」
「小さいからこそより豊かな土地を求めて、争うことを選んだのでしょう。いまでは独裁国家と呼ばれています。」
「あああ、最悪なパターン・・・。一人の人間が権力を持ってるなんて、ろくな事にならないんだから。」
「そうだよ。何を考えての行動かは知らないけれど、緑峰は世界の統一を望んでいる。人間が繁栄するための土台を作りたいんだって。」
ああ、馬鹿だ。筋金いりの阿呆だ。
机に肘を突いてため息をついた。人間だけ繁栄したって何もならないのに、一体何を言っているんだか。
こんな素人の女子高校生だって分かるのに、偉い大人が分からない。・・・いや、偉い大人だからそんなことを言うのかもしれない。私には諮りかねるけれど。
「この緑峰の周りの修正した国境の跡は?」
「緑峰が周りの小さな国を吸収して大きくなっている。緑峰だって元は周りの国より少しだけ裕福なだけの国だったんだ。それが何をとち狂ったのか全世界の神となるって宣言をしてからあちらこちらに喧嘩売ってる。ウォールズとの話し合いも受け入れようとしないんだ。だから僕たちはここにでてくる邪神も絡んでいるんじゃないかと思ってる。」
こんなときに邪神とか言う名前がでてくるあたり、私にはちょっと信じられないんだけどな・・・。
未だ神話の話が信じられているって、いいのか悪いのか。実は神話の話ってそんなに昔の話じゃないのかもしれない、神話というよりは伝記のような存在でここの人たちにとっては真実そのものなんだろうか。
私自身、神話を物語として捕らえている節があるからそんな違和感を感じるのだろうけれど。
「・・・邪神どうのこうのは置いといて、これからどうしよう?明日ウォールズに行く?」
「明日は無理だよ・・・。」
げんなりとしてクォーツが机に伏せる。あら、早い方がいいのに。
おじいちゃんを見ると、少し困った顔をして首をふった。
「まだその段階ではありません。クォーツは移動魔法をマスターすること、そしてレイは魔法を安定させるまでここを出てはいけませんよ。」
二人で頷くと、おじいちゃんが満足そうに頷いた。
そうだ、とりあえずどんな魔法が使えるのか知っておかないと本当に使いたい時に使えないかもしれない。それはそれでちょっとした恐怖だ。
それにあの火力・・・。空の彼方に飛んでいった青い光のことを考えて頭が痛くなった。
とりあえず目的らしきものが見えたから、今はそれに向かって歩いていこう。
クォーツも一緒にがんばってくれるらしいし、おじいちゃんも手伝ってくれるって言ってくれている。
やることが大きすぎてちょっとめげそうな気もするけれど、きっと大丈夫だと思う。
ああ、でもこんなことになるなら歴史や公民の授業をちゃんと受けておくんだった・・・。それに数学の授業もちゃんと聞いておけば、少しはクォーツの手伝いにもなったのにな。
今更そんなことを考えてもしょうがないけどさー。
「レイ、大丈夫?」
ぐたーっと机に伸びた私の頭の上からクォーツの心配そうな声が降ってくる。
手をひらひらさせて返事をするけれど、普段使っていない頭をフル活動させたからちょっと疲れた。
それに、覚えておくことや考えることも沢山できた。
ウォールズ、緑峰、神話のこと、魔法の使い方、これからのこと。
ぐったりと伸ばしていた体を起こして、机の上でそっと手を揃えて、深く頭を下げた。
「やらなきゃいけないことは大体わかった。頼りない神様かもしれないけれど、二人ともこれからよろしくお願いします。」
「頭を下げなければいけないのはこちらです。貴方に断りもなくこちらの世界に呼び出し、危険なことに巻き込もうとしている。・・・今なら断ることもできますよ。」
おじいちゃんとクォーツがそろって頭を深く下げ、申し訳なさそうに告げる。
じゃあそうしまーすって言えたらきっと楽なんだろうな。
椅子から立ち上がって、テーブルに両手をついて不安そうな二人の顔を見つめた。
「できるところまでするって決めたわ。だからこの話はもうおしまいにしよう。・・・と言うわけで、ルーミィ!」
急に話題を振られてぎょっとしたルーミィがこちらを向く。
テーブルから立って、ルーミィの細い腕をとってぎゅーっと握り締めた。
「お風呂ー!お風呂に入りたーい!」
「わかりましたですー!ルーミィがはりきってお背中を流しますですよー!」
「やったー!ルーミィも一緒に入ろうね!私も背中流してあげる!」
「ご主人様がルーミィの背中を流してくださいますですか!?嬉しいですっ!全身全霊をこめてお世話させていただきますですっ!」
楽しそうなルーミィの肩に抱きついて、私も一緒になって笑う。
難しい話も大事だけれど、ちゃんとストレス解消もしなくっちゃ!
「あ、ルーミィ。レイの着替えは僕のを使って。明日買ってくるから。」
「買い物行くのー!?やったー!私も行くー!」
「う、うん、わかった。・・・なんかいきなり弾けたね。」
困惑したような表情をしてうろたえだしたクォーツににやりと笑ってみせる。
「真剣なときは真剣に、楽しいときは楽しくやるのがセオリーよ。それに買い物もお風呂も大好き。」
もちろん人に迷惑をかけない程度にだけど。
心の中だけで訂正して上機嫌なルーミィの腕に自分の腕を絡めて、二人にひらひらと手を振った。異世界のお風呂を心行くまで堪能して、今日はゆっくり休もう。