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異邦人  作者: 月水
12/27

魔法

【望まれていたのではなかったのか。】


【愛されていたのではなかったのか。】


【何故このようなことになった】


【未だあの醜いものが巣食っているのか】


【気配もせぬというのに】


【いや、気配はある】


【拡散しているようだが】


【いずれ体勢を整えてくる】


【聞いているのか】


【聞こえないようにしているのか】


【聞いてくれ】


【どうか聞いてくれないか】


【聞いてくれ!】




「嫌でも聞こえてるよ!毎回毎回耳元でぎゃーぎゃー叫ぶな!」


寝させろ!起こすな!うるさい!

夢の中で会話している誰かと誰かを叩きのめそうと腕をぶんぶんと振り上げたけれど、手には何も当たらなかった。

そりゃそうだ、夢の中だもんね・・・。

もう少し寝ていたかったけど、自分の怒声ですっかり目が覚めてしまった。昨日から夢の中でごっちゃごっちゃと誰かが会話しているけれど、今日は何だか私に訴えてたような気がする。

夢に話しかけられたのは17年生きてきた中で初めてかもしれない。ついでにこんなに面白みの欠片もない味気ない夢も初めてだ。

真っ暗な中で声だけしている夢なんて頼まれたって見たくないわ。

起き上がって寝ぼけ眼を擦ると、どことなく意識がはっきりしてきた。

確か机にもたれて眠っていたはずなのに。周りを見渡すと、自室のベットの上だった。

クォーツが運んでくれたのかな、重たかっただろうに申し訳ない。

携帯を見ると時刻は夜のくじを指していた。あああ、昼ご飯も夜ご飯も食べ損ねている・・・。

おまけに今日の昼から神話も教えてもらおうと思っていたのにそれもご破算だ。

二人がいつぐらいに寝るのか知らないけれど、こんな時間に部屋を訪ねるのは礼儀がなってない。

ああでもそんな事言ったってお腹は空くんだよね・・・人間ってものすごく面倒だなあ。

もしかしたらリビングに誰かいるかもしれない、誰か起きてたらいいな。

椅子にかけてあった綿みたいな手触りの真っ白な下着とワンピースに着替えて、音をたてないように扉を開けた。

案の定リビングには誰もいなくて、いつも周りを煌々と照らしている橙色の明かりも今は暗所避けに一つぽつんとついているだけだった。

まあ、しょうがないよね。

今からベットに入って寝ることもできないし、少し気分転換に外に出てこようかな。

そろそろと足音を立てないようにすり足で壁に向かうと、そっと壁にてを差し入れた。

どうやら入るときには鍵がいるけれど出るときには普通に出られるみたい、魔法って本当に不思議ね。

肩や頭を流れていく砂の感触にもそろそろ慣れそう。

手を伸ばして開けた先には、昼とは違う闇に包まれた森の中。昼よりも冷気に包まれていて虫の声も生き物の声もしない、暗闇の中。

蛍とかいないのかなあ、後ろに壁があるのはわかるけれど前に何があるのかさっぱりわからない。手探りで歩くのも嫌だし、入り口が分からなくなるのも嫌だったから、三歩横に動いたところで膝を抱えて座った。


こうやって膝を抱えて座り込んでいたのはいつだっただろう、昔のことを思い出す。

小学生のころ叔母さんの家に帰りたくなくって、学校の近くや公園のブランコでよく一人遊んでた。

五時くらいまでなら友達と一緒に遊んだり、友達の家に遊びに行けたりしたけれどそれ以降はどうにもならなくて。

小学生の頃っていろいろ強制されることも多くて、しがらみも沢山あった。

大変だったけど、友達もいて、子供だったから体裁とか全然無くて毎日が楽しかった。

毎日アホみたいに勉強して、たまにずる休みして発散して、心のままに遊んでいればよかったんだから。


「何で、大人になるんだろう。どうして、大人になるんだろう。」  


無邪気な子供のままでいられたらと高校生になってから何度思ったことやら。

でもずっと小学生だったらずっと伯母と暮らしていかなければならないっていうのも忘れてはいけない。どっちもプラスでどっちもマイナスだ。

昔のアニメの歌を思い出して、ふうとため息をついた。

あの歌は今の私とは全く反対だなあ、夕陽を眺めて涙することもできない、景色に散っている美しいものを探して歩くこともできなくなった。

時間はあるはずなのに、見えないものばかり探してしまって。

小さな頃は早く大人になりたい、一人で生きたい、伯母よりも強く偉くなってやる!なんて意気込んでいたのにね。

無くした物は戻らない、失敗したことも、選択ミスも、考え違いも、時間も、全て。

いつごろ大人になるんだろう、いつから大人になるんだろう。


「―――――♪―――――♪」


嗚咽をかみしめて、たどたどしく旋律をたどる。

小さな頃のキラキラとした思い出が、愛しくて切なくて胸が痛かった。

ホームシックかしら、昨日の今日だって言うのに。家に待ってくれる人もいないのに。

ぽろぽろと頬に流れる涙をぬぐったときだった。

ふわっと視界の端に白い光が舞った。滲む視界を袖で拭いてそちらを向くと、五センチくらいの光がふわりと彷徨うように飛んでいる。

捕まえようと手を伸ばすとその手をするりとぬけて、草むらに沈むと二つに増えて戻ってきた。

一つ、また一つと舞い上がる光に蛍を思い出していた。

そうか、こっちにもいたんだ。闇夜を照らしてくれる幻想的な蛍火。

手を伸ばして蛍たちが避ける様子を楽しんでいると、隣の壁がザザザと音をたてて流れ始めた。


「レイ?」


壁から溶け出すようにクォーツが出てきた。

歌いながらよう!と片手をあげてみたけれど、クォーツは手に何か持ったまま光の群れをみて硬直している。


「これ、どうしたの・・・?すごい灯火・・・。」


涙のたまった目をもう一度袖でぬぐって、ふふと笑った。


「こっちでは灯火っていうの?こっちでは蛍って言うのよ。」


「ほたるって言うんだ・・・こんなにたくさん・・・!」


「そうなの?じゃ、今日は運が良かったのね。」


そう言って笑った途端に、クォーツがぎゅんと音がするぐらい思いっきりこちらを向いて首を振った。

そ、そんなに力一杯否定しなくてもさ・・・。

クォーツが隣に腰掛け、手に持った袋をどうぞと手渡してくれた。中にはりんごみたいな赤い色の果物が二つ入っている。

やった!お夜食だ!ナイフもはいっていないからこのままでいいんだろうと、その赤く薄い皮ごと少しだけ齧ってみた。

ふわりと桜のような甘い香りが広がって、口の中一杯に梨のような瑞々しさが溢れる。この果物も美味しい!

うまうまと果物に齧りついていると、クォーツがちょいちょいと肩とつついてきた。


「クォーツ!これ美味しい!お腹空いてたんだ、ありがとう!」


「それは良かった・・・ってそうじゃなくってさ!これ、レイがやったの?」


未だふわふわとその辺りを彷徨っている光を指して、クォーツが青い顔で答える。

だから蛍っていう虫でしょ?と首をかしげると、クォーツはまたもぶんぶんと大きく手を振った。

暗いからどんな表情をしているかわからないけれど、まあいつもみたいにすっごく困った顔をしているんだろうなあ。

そのとき、ふわりと一つの光が目の前にきて空中で止まった。手のひらを差し出すとそこにさらに三つの光が集まった。おお、人懐っこい蛍だ。

光を手のひらに浮かべたまま、クォーツを照らすと案の定真っ青を通り越して土気色になった顔でおろおろと頭を抱えていた。


「みてみて、可愛いよ。」


「あ、あのさ!それは、魔法でしか出ないよ!」


「はぃ?」


コレが魔法?だって知らないところから急に沸いて出てきたよ。

手のひらの光をよく観察してみるけれど、暗がりに乳白色の光を見続けるのは目に悪すぎる。すぐにしぱしぱし始めた目を離して、目を擦った。


「じゃあ、よく見てて?」


クォーツが手元でぱらっと数式を展開した。でもそれは一瞬のことで、弾けた式の中から青い光のする三センチくらいの光が現れた。

手のひらにのせた光と見比べてみても、違いはそんなにない。色が青色で大きさが小さいのと、動きが少し遅いだけ。

あーなんか遅いって言うよりも、動きがひょろひょろしてるんだ。千鳥足で歩いてるオジサンみたい。


「レイが作ったものよりは小さくて弱いけれど、術は一緒だよ。」


「ねえ、なんでこの子酔っ払ってんの?」


つつくとうにゃんうにゃんと光の筋が曲がる。だめだこりゃ、本気で酔っ払ってるわ、しっかりしなさいよ。

クォーツが真っ赤な顔で式が適当だったからとか、そんなに魔力こめてないからなんて言い訳をしていたけれどそんなの聞いたって私にはよくわからなくってよ。

ふらふらと彷徨っている青い光を右手のひらに乗せて、さらに左手でそっと覆いを作った。


「元気になーれ♪」


ほら!と両手を高く差し上げて、青い光を開放する。と、その瞬間。

手のひらから流星の勢いでぎゅん!と音をたて、青い光が西の空を目指して弾丸スタートを切った。

暗闇を切り裂くように走った光は森の隙間を走って、森を突き抜けて夜空へと失踪。

・・・げ、げんきになってよかった・・・。

なによあれ、とクォーツに聞いてみるも、彼は彼で呆然と光が飛んでいった彼方を見つめて放心している。


「驚愕!クォーツの本気!」


「ち、ちがっ!ちがう!アレは僕じゃない、レイの魔法だ!」


「うーん・・・私、魔法は使えないはずなんだけれど」


腕を組んで首を傾げると、クォーツがゆっくりと首を振った。


「レイ、魔法は誰でも皆が平等に持っているものなんだ。ただ魔法の使い方が人それぞれ違うから、発動の仕方を見つけられなくて使えない人がいるだけだよ。」


いやに真剣な表情で熱弁を奮うクォーツ。魔法が使えるなんていわれても、今いちピンとこない。歌なんて暇になったらいつでも歌っているし、そんなに特別なことじゃないと思う。

手のひらの光をつついて、ふわりと空へ逃がした。蛍だと思っていたのは、自分の魔法で。魔法を使うには歌を歌わなきゃならないみたい。

・・・なんかよくわかんないなあ。


「レイ、すごいんだよ。これだけ多くの灯火を作れるなんてさ!僕は一個作るのが精一杯だ。」


「そうなの?昔のことを考えててさ、蛍のこと思い出したの。そしたらぶわって草むらから沸いたのよ。」


「すごいな、レイはきっと力が強いんだね。その気になれば空だって飛べるかもしれない!」


「あー・・・うん、なんか一人盛り上がってるね」


「何言ってるの!こんな綺麗な光景初めて見たよ、そうだ、お師匠様呼んで来よう!」


「あ、ちょ、クォーツ!?」


夜遅いからやめなさいと言う間もなく、クォーツは壁の中に駆け込んでいった。話を聞けよ・・・私もあんまり聞いてなかったけどさ。

一人大興奮して走っていってしまった彼に大きくため息をついた。いや、彼だけのことだけでため息をついたわけじゃないけれど。

ここに来て体質が変わってしまったのか、それともその噂のラサ神がどうのこうのいうのが関係しているのか。

どちらにしろ関係ないと思っていたことが真っ直ぐに突進してきたんだから、どう扱っていいものか悩む。

私もそろそろクォーツみたいに、歌を歌うのにうんうん唸らなきゃいけなくなるのかなあ。それはちょっと嫌かもしれない。

光が操れることがわかったから、手のひらの光をつなげて電車ゲームをしていると後ろの壁からクォーツに手を引かれておじいちゃんが顔を出した。

昼間と同じ服を着ていたから、就寝中じゃなくって良かったとおもうけれど、それでも急に呼び出したりして申し訳ない気持ちになった。


「おじいちゃん、ごめんね。なんか色々あってさ。」


「何を謝ることがあるというのですか。レイ、おめでとう、見事です。」


感慨深く、そして嬉しそうにおじいちゃんが私の頭を撫でてくれた。じわじわと胸に嬉しさが溢れてくる。そっか、魔法が使えるって実は嬉しいことだったんだ。

初めてテストで100点をとったとき、先生がこうやって頭を撫でて褒めてくれたのを思い出した。

恥ずかしくなって繋げて遊んでいた光を放そうと下を向いたとき、おじいちゃんがその光の筋をひょいとつまみ上げた。


「これは・・・ずいぶん興味深い灯火ですね。これもレイが?」


「そ、そう。暇だったから繋げて遊んでた。ね、クォーツ。」


「そう!レイ、あれも見せて!」


クォーツが楽しそうにさっきと同じ式をつくり、青い光を作り出した。相変わらずひょろひょろと彷徨っている青い光をそっと捕まえて手のひらで覆う。

元気になれ!酔っ払い元気になれ!と念をこめて、蛍の歌を口ずさんだ。

見ててね、とおじいちゃんの隣に移動して東の空に向かって両手を高く掲げた。

手を放した瞬簡、やっぱり青い光はぎゅん!と音をたてて空の彼方へ流星のように滑空していった。


「とりあえず驚愕!クォーツの本気!って名前を付けたよ。」


「え、技名だったのそれ。」


信じられないものを見るような目つきで、クォーツがこちらを見つめる。

いや、だってかっこいいじゃない。ぼそっとネーミングセンス悪いとか聞こえたのはこの際無視しておく。

おじいちゃんはほうと一声あげたまま、光が飛んでいった先を見つめて楽しそうに笑った。


「レイ、お見事です。強化、基本、応用、構成、全てが整っていますね。ただ、少しだけ力が強すぎるようですが・・・。」


「私もそう思う。ほいほい使えるようなものじゃないね。」


「あ、あはは・・・」


ものすごい勢いで飛んでいった光を思い出して、三人で苦笑いをする。

あの青い光、飛んでった後どうなるんだろうね?

ずっとあのままって言われるの怖いから聞かないけれど、もしそうだったらあのまま星になったりするのかなー、なんだか可哀想。

飛んでいった先を眺めて、そっと手を合わせて合掌する。ごめんね、驚愕!クォーツの本気!part2さん。


「初めての魔法を使って疲れたでしょう。中でお茶でも飲みますか?」


「はーい!」


「はい。」


二人が壁に入り、私も入ろうとしたとき。

後ろを振り向くと、光がしゅうと音を立てて闇夜に散っていくのが見えた。

ああ、そっか。もう、私、生きている蛍を見ることができないんだ。この世界にいても、あっちの世界にいても、もう蛍を見ることはないんだと思ったら、急に寂寥感で胸が一杯になった。

いつから大人になるんだろう、どうして大人になるんだろう。そう思ったときから、人は大人になっているのかもしれない。たとえどんな子供でも、大人になるために生きることを知るのだと思う。

最後の最後まで光が消えてしまうまで、私はずっと壁を背にして草むらを眺めていた。



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