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異邦人  作者: 月水
11/27

外に出て

すっかり冷えてしまった体を日の光が暖めてくれるから、あえておじいちゃんのそばには座らないで日のあたる地面に腰を下ろした。

クォーツも同じように隣に腰掛けるとおじいちゃんからバスケットを受け取った。

隣で開いているバスケットを覗くと中から何ともいえないくらい良い香りが漂ってきた。

中にはフランスパンのような形の白いパンに色とりどりの食材がはさんである。これはサンドイッチってことでいいのかな?

クォーツが渡してくれたパンをつぶさに観察する。昨日の食事は日本料理と見た目に差が無かったから全然構わなかったんだけど、今回はそうもいかないみたい。

見た目はサンドイッチだけれど、中にはさまっているのは見たこともない植物だった。

緑色だけれど、レタスみたいにひらひらしているのじゃなくてアボガドみたいな感じ、でもぷよぷよして果物っていうよりは固めのゼリーみたい。

とりあえず警戒しつつも少しだけかじってみる。


「わ、美味しい!」


ふわりと口内に広がる桃のような甘さとパンの香ばしい香り。パンも丁度良い固さで食べやすくて美味しい。

ルーミィはパン職人なのか!

中にはさんである物体が気になるけれど、これだけおいしいならなんだっていいや。

うまうまと上機嫌でサンドイッチを頬張っていると隣からさらにコップを手渡された。

クォーツがビンに入った液体を注いでくれるけれど、どろりとした青色の液体が流れ出すのを見て背中に怖気が走った。

き、気色悪い・・・青って自然な食べ物の色じゃないよ。

しかもなんだか粘液っぽい、よく言えばシェイクみたいな感じだけれど青色はちょっと・・・。

注がれたコップの中をよくよく観察してから、少しコップを傾ける。

りんごのような甘酸っぱい香りが掠めたけれど、りんごの味とは限らないね。

おそるおそる舐めてみると、舌先にほんのりと甘い味が広がった。りんごの香りはしているけれど、中身はどうもサクランボみたいな甘酸っぱさだ。

見た目はすっごいけど、なかなかおいしい。

上機嫌でドリンクを飲んでいると、コップごしにおじいちゃんがこっちを見つめているのが見えた。


「あ、これ使う?」


「いえいえ、私はもういただきましたよ。」


ほっほと軽快に笑うおじいちゃんに、首を傾げてみせる。

じゃあ、なんだろう?

クォーツが食器を片付けるのを手伝っている間も、おじいちゃんはなんだか上機嫌のようでにこにことしてクォーツと私を眺めていた。


「終わったよ。」


「はい、二人ともご苦労様です。では、滝の景色も楽しんだことですし、一旦家に帰りますか。」


はーい、と二人で両手を挙げて返事をする。

まだ滝の中腹までしか登ってないけれど、今度またクォーツに頼んで連れてきてもらおう!

朝と同じようにクォーツが手の中に数式を浮かべ、またうんうんと唸り始める。あ、やっぱり時間はかかるのね。

バスケットを持っておじいちゃんと一緒にクォーツのそばに腰を降ろした。

また朝と一緒で・・・。


「レイ、暇ですか?」


頭の上から声が降ってきた。

そう面と向かって言われると気拙い・・・近くでクォーツも唸ってることだし。


「うーん、ちょっと暇だけど。そうも言ってられないよね、ゆっくり待ってるからおじいちゃんも頑張って!」


「私は見ているだけですよ。そういえば朝は歌を歌っていましたね?」


おじいちゃんが私の視線に合わせて膝をついた。

確かに歌を歌っていたけれど、それがどうしたんだろう。

黙って頷くと、そうですかと相変わらずの笑顔で答えた。


「その歌を私に聞かせていただいてもいいですか?少し興味がありまして」


「歌って言ってもルルルって歌ってるだけだったんだけど、それでもいいの?」


「是非ともお願いします。ついでだからクォーツにも聞こえるように歌ってあげてくださいね。」


「あはは、聞こえるといいけどね。」


座ったままだけれど、まあいいや。バスケットを抱きしめて朝歌っていた合唱のソプラノ部分を歌う。

唸っているクォーツの邪魔をしないように、少しだけ控えめの声で。

人に凝視されて歌うってすごく歌いにくいんだけどね・・・それに、いつも優しそうに微笑んでいるおじいちゃんがものすごい真剣な顔をしてこちらを見つめている。

上からも視線を感じて見上げると、クォーツがびっくりしたような目をしてこちらを見つめている。

途中で歌を止めると二人ともはっとしたように視線を逸らした。


「見られてると歌いにくいんだけど・・・。」


「あ、ご、ごめんね。」


「すみません。あまりにも上手なので。」


慌てて前を向くクォーツに、しれっとしてとんでもないことを言うおじいちゃん。

クォーツの手元の数式はさっきから全く進んでいないみたいで、数字が空中で静止している。

歌に集中して、魔法に集中できないなら歌わない方がいいかもしれない。


「・・・クォーツの邪魔になってるみたいだし、大人しくしてるよ。」


「え。そんなことなっ・・・!」


クォーツが叫んだ瞬間に手の中で浮遊していた光がぶわっと膨張して光を増した。

これは朝と同じ光ー!

足元から地面が消え、ぽぉんと放り出されたように上下が分からなくなった。

朝とは全然違う感覚に、バスケットを握って目をぎゅっと瞑った。

ああああ、なんかシェイカーの中に入れられてシェイクされているような気がする!しかも朝より飛んでる間隔が長いし、乱暴だ!

ぶわっと下の方から風のようなものが吹いて、体が浮き上がったかと思うと体に地面の感覚が戻ってきた。

どうやらくるくるしている間に左が地面になっていたみたいで、左の脇腹をしたたかに打った。


「ぐえっ!!」


・・・肋骨折れるかと思った・・・。

じくじくと痛むわき腹を押さえてうううと呻いていると、視界に影がさした。


「だ、大丈夫?」


おろおろと手を伸ばすクォーツにほんのりと殺意を覚えたけれど、その手に摑まって何とか体を起こした。

ひんやりと湿った芝生に、高く大きく長く続く少しだけ黒い土壁の岸壁。

あ、帰ってきたんだ。腰と体は痛むけれど、無事帰ってこれてよかった。


「クォーツ・・・。」


ひぃと引きつった悲鳴を上げたクォーツ。そちらを見やるとおじいちゃんが凄みのある笑顔でこっちを見て微笑んでいた?多分微笑んでいた・・・。

おじいちゃんの背後に鬼とか悪魔とか見えたような気がするけど、多分気のせい。気のせいだ、うん。


「今の術はなんですか・・・?いくら心乱れたからといって、そのような拙い制御で済ませるように教えた覚えはありませんよ。」


「は、はい・・・。」


「レイに怪我までさせて、どういうつもりですか。精進が足りません。」


「え、いや、怪我はしてないです・・・。」


体が痛むだけで切り傷擦り傷はどこにもない。悪くて打撲だけだからそこまで大げさに言わなくても・・・。

話をさえぎった私に、おじいちゃんはそれは良かったと笑ってない笑顔で頷いた。どうやら黙っていた方がよさそうだ・・・。

そこから数式の構成について長々とお達しがあったけれど、私が聞いたって分かるはずもない。

結局クォーツと一緒に正座したまま、訳のわからない数学の時間をすごしてしまった。

眠いけれど横でがんばっているクォーツを無視して寝るわけにはいかない。

目を瞬かせて前のめりになって懸命に聞いている私に、おじいちゃんがはっとして説教の手を止めた。


「レイは聞かなくていいのですよ。そのバスケットはルーミィに渡して下さい。」


「う、うん。わかった。」


立ち上がる私をクォーツがすがるような目で見てきたけれどこの際無視。

心の中でがんばれ!と声援を送って、家がある辺りの土壁の前に立った。

そっと壁に手を伸ばすと、がりっと爪先に当たった砂が崩れ落ちた。あれ、至極普通の土の壁みたいになってる。

指でさらさらと表面をこすっても砂が零れ落ちるだけで中に溶け込むような感覚はない。そういえば入る前にクォーツは何かやってたなあ。

こうやってこうしてこうしてこう!って指を振り上げてたような気がする。

後ろから見ていただけだからよくわからないけれど、この壁になんか書いていた。

さっきみたいに説教に加わるのは本当に御免だから、とりあえず壁に何でも書いて入れるか試してみようか。

足元に落ちていた手ごろな石を拾って、入り口の辺りだと思われる場所に昔アニメで見た鍵開けの魔方陣を書いてみた。

コレで開いたらちょっとすごいかも。

開けー開けーと手のひらで念を送ってみてから、そっと手のひらを土壁に差し入れてみた。ざり、と手のひらに土の感触、やっぱり開くわけないか。


「開けゴマー!なんちゃって。」


冗談交じりに指を振り上げてみた、そのときだった。

きゅん、と魔方陣が土の中に滑り込んでいった。


「え。」


その魔方陣を避けるようにして壁がまるでモーゼの十戒の時のように、左右に分かれて洞窟のような道ができた。

道の先にはオレンジの明かりが揺らめいているリビングが見える。どうなってんのこれ。

おそるおそる後ろを振り向いてみても、おじいちゃんとクォーツは相変わらず魔法のことに夢中になっていてこちらの様子には気づかない。

これいいの?入っちゃっていいのか?

そっと足を踏み入れて歩き出すとそれに合わせて背後の砂がざらざらと落ちて、入り口を塞いでいく。

まさか開けゴマが鍵だったなんて・・・!あまりのギャグちっくな呪文にがっくりと肩を落としたけれど、もう何でもいいや、入れたんだから。

リビングに入りきると、後ろの入り口は閉じてすっかり分からなくなってしまった。

とりあえず机の上にバスケットを置くと、朝食事したところの椅子に腰をかけた。

体は相変わらず痛いし、頭も痛い、おまけに滝登りなんて慣れないことをしたせいか机にもたれていると急激に眠たくなってきた。

さっきの数学談義がきつかったのかもしれないな、なんてとぼけた事を考えながらそのまま落ちるような心地よい睡魔に身を委ねた。




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