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異邦人  作者: 月水
10/27

外に出て

手の先から土の感触が抜けて、視界が明るく開けた。

昨日と同じ少しだけ暗く深い森の中、後ろには岸壁が広がっている。森の朝露を含んだ清浄な空気が、清清しくて気持ちいい。

その綺麗な空気の中で、難しい顔をしてうんうん唸っているクォーツとそのクォーツをじっと見つめているおじいちゃん。

二人で向かいあって何をしているんだろうと近寄ってクォーツの手元を覗き込んだら、そこには宙に浮かんだ数字が飛び交っていた。

思わず叫び声をあげそうになったけれど、クォーツの邪魔をしてはいけないと喉まで出掛かっていた声を何とか飲み込んだ。

そのかわりに、おじいちゃんの服の裾をつついた。


「おじいちゃん、あ、あれ何?数字?」


「ああ、レイはあれを見るのは初めてでしたね。あれは移動魔法を使うときに必要な式ですよ、クォーツは式を組み上げないと移動魔法が使えないので。」


「へえ~・・・」


なんだか急にここが異世界だって実感した。心のどこかでここは地球の端っこかテレビの企画なんじゃないかって思いがあったけれど、これで本当に日本じゃないって証明された感じがする。

アニメやゲームのなかでしかこんなの見たことない。本当に魔法とかあるんだよなあ。

みんなあんなふうに難しいやり方で魔法使ってるのかな。


「そんなに難しく考えることはありませんよ。魔法を使う方法は個人によって違います。魔力の多さ、精霊の守護を受けているかによっても変わります。分かりますか?」


「うん、なんとなくだけど・・・魔法には個性が出るってこと?」


「そう!そうです。なかなか飲み込みが早くて結構ですよ。」


「魔法かあ・・・私は魔力ないから使えないなあ。」


がっくりと肩を落としたら、おじいちゃんがそれはありませんとやけに強い口調でさえぎった。

そんなことないって言われても日本人には魔力なんてないよ、百歩譲って霊感とかそういうのはあるかもしれないけど。

どっちにしろ幽霊も金縛りにもあったことがない私にはそんな力にさえ縁がない。

時々テレビの特番に出てくる霊能力者の兄ちゃんとかばあちゃんなら魔法とか使えても不思議じゃないけど、そこらへんの平凡な女子高生がそんな大層なもの使えるはずがないってば。


「まあ、それは追々説明していきましょう。今はクォーツが式を組み上げるまで、見守っていてあげて下さい。」


それもそうだなと、もう一度クォーツの手元を覗き込んで・・・すぐに目を逸らした。

いかん、数字拒否症が・・・目が見ることすら拒否してるよ・・・。

クォーツの手元に組みあがっていたのは、それこそどこかの化学式か数学者が好むような異常な長さの数式だった。

どうする?この方法でしか魔法使えませんとか言われたら。

あんな見るのも嫌になるようなの勉強しなきゃいけないなら、もう一生魔法なんて使えなくていい。

クォーツを応援したい気持ちのは山々だけど、数式を解くのは手伝ってあげられないなあ。おじいちゃんもクォーツを見てなきゃいけないだろうし。

現におじいちゃんは難しい顔をしながら時々クォーツが組み上げた式を指差して間違いを指摘している。

手伝えることもないし、やることもない。あまり二人から離れないように近くにあった切株を見つけて、そこに腰かけた。

クォーツ大変そう・・・さっきからずーっと唸ってるよ。頭を抱える体勢から今度は腕を組んで、じっとりと数列を見つめている。

クォーツには悪いけれど、すっごい暇だ。

携帯で時間を確かめるとまだ朝の八時。ほんとうなら朝ごはん作って支度して、制服に着替えて今頃は自転車に乗って登校している頃だ。まあ、学校に行って勉強しなくて良くなったっていうのはプラスポイントだけどね。

頭の中に今日の時間割を思い浮かべる。一時間目は確か音楽だった。朝っぱら歌が歌えるかいと皆文句を言ってたな、私は音楽好きだったからそれほど苦でもなかったんだけど。

今日は先週の続きで合唱をするはずだった。教科書の最後あたりにのってるパッヘルベルのカノンに歌をつけた曲で、メロディラインが歌いやすい。

アルトのメロディも良かったけど、どうせ歌うなら歌いやすい方を!と思ってあえてソプラノの方を歌うことにした。

頭の中にメロディが流れ、それに合わせて小さな声でソプラノのメロディを歌った。なんていってもサビしか出てこないから歌詞はルだけ。

みんなと合わせて歌いたかったな、男性声と一緒だったらもっと深みが出るんだよね。

クォーツの方を見てこの歌を教えたら歌ってくれるかなと思った、そのときだった。


白い光が一瞬で視界を埋め尽くした。

思わず目を閉じると、足元から地面の感覚が消えた。うわ、思い出したくないけど懐かしい感覚。あれって移動魔法だったんだ!

右手に持ったバスケットを抱きしめて浮遊感に息を詰めたけれど浮遊感は一瞬で終わり、靴底に地面の硬さが戻ってきた。

光がおさまっていく間に感じたのは、肌に感じる霧のような水の冷たさと水面を叩く壮大な水の音。おそるおそる目を開けると、そこには今まで見たこともない巨大な滝が轟々と音をたてていた。

高さも相当あって、滝から随分と離れているのに飛沫が飛んできそうだ。

雄大だなあ・・・太陽が当たって水がキラキラしてなんて綺麗なんだろう。月並みな感想しか浮かばないのは癪だけど、広がるような開放感が体を包んでとても心地がいい。

そうだ、クォーツにお礼を言わないと・・・。周りを見渡すと、滝より少し離れた木の根元に二人が立っているのが見えた。

それにしても魔法が成功したにしては様子がおかしい・・・なんか二人してすごい深刻そうな顔してるんだけど、どうしたんだろう。


「あ、あのクォーツ?」


「レ、レイ・・・君、なにかした?」


手元の式から目を離して、クォーツが真っ青な顔をしてこちらを向く。何じゃいなとおじいちゃんの方を向くと、いつも笑顔の顔が珍しく眉間に皺を寄せて深く考え込んでいる。

何かしたって、言われても・・・私が何かしたからって何かあるの?ってなんか意味わかんなくなってきた。


「どうしたの、成功したよね?おめでとう。」


「成功したっていうより、強制的に成功させられたって感じかな・・・ねえ、お師匠さま。」


「外からの干渉によって式に変化があったのか、それとも内面的な作用によって式が急展開したとも考えられるがクォーツの様子を見る限りでは・・・」


「難しそうな事言ってるね。」


「あああ、お師匠様がぶっ飛んでる・・・。あのさ、レイ。さっき僕が一生懸命数式を解いていたやつがあるでしょ。あれが何もしないうちに急に組みあがって術が発動したんだよ。」


「クォーツが答えを閃いたんじゃないの、ピカーンって。」


「そうだったら僕は手放しで喜んでるよ。自分でやってないんだ、本当だよ。レイなんかやってない?木の棒振り回したりとか、魔方陣書いたりとか」


「え、そんなことやってないよ。すごく暇だった」


「暇だったじゃなくて、応援くらいしてくれてもいいのに。そうか、レイじゃないのかー・・・」


「なんにしろ成功したんだからいいじゃない、難しくかんがえなくってもさあ。ね、おじいちゃん。」


「・・・。」


「考え込み始めたから、当分の間動かないと思うよ。よし、僕がこの辺をいろいろ案内してあげよう!」


「やったー!」


考え込んだまま固まっているおじいちゃんの腕をとって、その辺の石に座らせた。そのついでに隣にバスケットを置く。

相変わらず眉間に皺を寄せてフリーズしているおじいちゃんに、いってきますと手を振った。

さー冒険だー!アドベンチャーだー!探索だー!


「宝物とかあるかしら!」


「いやそんな大層なもの期待されても困るよ。そうだね、どっちかっていうと見学かな。」


「対象物には手を触れないで下さいってやつだ」


「そんなことないよ、どこでも触っていいって。よし、お師匠さまが再起動しないうちにさっさと行くぞー!」


「よっしゃー!行こうー!」


二人で拳をつき合わせて、気合一発!

まずは滝の左側の岩場から。耳をふさぎたくなるくらい滝の音がすごいけど、ここはガマンのしどころ。岩場に張り付いた湿った苔で滑らないように時々クォーツに手を貸してもらいながらよいよいと順調に上っていく。なんとなく小さい頃に良く遊んだアスレチックのことを思い出した。あの頃は軽々と上れていたのに、今じゃよいしょこらしょと掛け声をかけなければ上れないだなんて・・・。

岩の間から生えている鮮やかな花に、時々水色と黒で彩られた蝶が舞い降りて食事に勤しんでいる。こういうところは地球とかわらないんだな、なんて微笑ましく思う。

花を摘んで帰りたい気持ちになるけど、せっかくここに咲いているものをもって帰るのもかわいそうだな。

岩場をなんとか上りきり、少し高いところに出た。あれほどうるさかった滝の音はかなり下の方で響いていて、さっきよりはうるさくない。

今いるのは滝の真ん中辺りになる。上まではまだあるけれど、下を見下ろしても結構高い。


「すごいね、壮観。」


「滝っていいよね、涼しいから過ごしやすいってのもあるけどさ。」


「クォーツは水好き?」


「うん、好きだよ。僕たちは滝とか海とか水のある場所で長い間生きてきたから、こういうところにくると懐かしい。」


「そうなんだ、ドラゴンって水の近くにいるんだね・・・。そういえば火竜とか雷竜はいるの?水苦手そうだけど。」


「ヒリュウ?・・・何?」


不思議そうな顔のクォーツにはたとおじいちゃんの言葉を思い出す。そうだ、体の色と魔法と生態はそれぞれ関係してないんだった。

火山に住んで火を噴くから火竜とかじゃなくて、ドラゴンが火の魔法を使うから火竜になるんだっけ。

そうなると火の魔法だけのドラゴンだって水の近くに住んでる可能性もあるんだ。ちょっとうっかりしてた。


「あ、いや、それはまたこっちの話。」


「そう?まあ、いいや。水はね、神様の血なんだよ。全てを慈しんで、癒して下さるんだ。」


滝からの飛沫を体に受けて、クォーツが気持ちよさそうに伸びをする。水が神様の血ならワインは誰の血なのかしら。

そんなに宗教には詳しくないけれど、土地そのものが神様として考えられているというのはとても興味深い話だ。


「それは神話に基づいた話なの?」


「そうだよ、創世記にのってる。家にあるから家帰ってから僕が読んであげるねー。」


「ありがとう。神話とかすっごく好きだな、いろいろ読んでみたい」


「そっかあ!レイがこの世界に興味持ってくれて嬉しいな」


ぱあっと花咲くようにクォーツが満面の笑顔を向ける。

そうよ、私だってこの世界を嫌いなわけじゃない。頭が大混乱しているときに神様だのなんだの言われたって信じられるわけがないでしょう。

でも、こうやって少しずつこの世界になじんでいけたらきっとうまくやっていけると思う。


「興味は、あるのよ・・・多分だけど。正直な話、まだ来たばっかりで何がなんだかわからないのよ。どうしたらいいのか検討もつかない感じなの。」


「そうなんだ・・・そうだよね、昨日はいきなり色々言ってごめん。僕らの感情だけで動かずにちゃんとレイの事も考えてあげればよかった・・・。」


俯いて声のトーンを下げたクォーツの姿に、私も申し訳なかった。

わがままを言って困らせているのはこっちの方で、二人にはこれ以上ないくらいとても良くしてもらっている。文句なんていったら罰があたるわ、感謝してもしたりないくらいなのに。

微笑んで首を振った私に、クォーツが憂いを帯びた黒い瞳でそっと微笑んだ。少しだけ気落ちしているクォーツの左手を握って、それからあいた右手でクォーツの右頬を軽くつねってやった。

少しだけ赤くなった頬を撫でて、黒い目が湿り気を帯びる。

ええい、男が簡単に泣くんじゃないー!


「しけた顔すんなっ!私は幸せものよ、本当に。この世界に落ちて二人に会えたこと、そのラサって神様に感謝しないとね。」


「うー・・・んとね。言いたいことは山ほどあるけど、まあそれは追々喋るよ。

とりあえず一つだけ言うね、ラサ神は君なんだよ」


困ったような笑顔に私も苦笑いでかえす。

どうあってもそれはクォーツにとって変えられない話みたいだった。そのことに関して、私はどうやって対処すればいいのか分からない。でも、昨日よりは随分落ち着いて考えられる。受け入れるかどうかは別として・・・って、もしその話が本当だったら私が何を言おうが受け入れざるを得なくなる。どうしようもない話だけど。

もう何も聞こえないように耳を押さえるのはやめよう、逃げてばかりいたって何一つわからないままで終わってしまうんだから。

私は何も知らないし、知ろうとしていなかった。二人が差し伸べてくれた手を自分の心地よいものだけ選択して知識を得たにすぎない。

でも、これからはそうやって済ませようなんて甘いことは考えない、たとえ自分には受け入れがたいことであったとしても。

日本でいたときでさえ神様なんて知識程度にしか考えていなかったし、ましてや人間が神様なんてそれなんて電波?といわんばかりだった。

でもこちらではそういう事情なのだとしたら、おかしいのは私の方。この世界で生きていくのなら、最低限の知識は必要だ。

そう、せめて一番知りたいことくらいは今のうちにきちんと聞いておこう。

顔をあげて、クォーツに真っ直ぐ視線を送る。


「聞いてもいい?」


「どしたの、急に改まって」


気持ちよさそうに滝の空気を楽しんでいたクォーツが、笑ってこちらを向いた。あ、やっぱり安心するなあ、クォーツの笑顔って。

思わずふにゃけそうになる顔に、きゅっと力を入れる。


「私は本当にそのラサという神様なの?人違いの可能性はないのね?」


「人間違いなんてありえないって、お師匠様に怒られた」


うんうんと神妙な顔つきで腕を組んだクォーツ。その姿勢は一体何なんだ。

推測になるんだけど昨日のおじいちゃんの怒りはそこに向いていたのだと思う。クォーツに言っていた「迷子って何を言ってるんだこいつは」的なあの理不尽極まりない怒りのことじゃないかな。まあ、あいまいに誤魔化そうとしたクォーツも悪いと思ったのは内緒ということで。

あのあと私は疲れてすぐ用意された寝床で眠ってしまったのだけれど、クォーツはそうもいかずに私が眠った後でこっぴどく叱られたらしい。


「ラサ神は異邦人の神様。黒髪、黒目の妙なる美しい姿をしていらっしゃると教えたはずだって、延々延々小言ばっかり・・・」


「なんか曖昧すぎない?それで分かるのかなあ・・・」


前半三つはぴったり合うけれど最後の美しいってのは当てはまらないなあ。

生まれてこの方綺麗とか言われたことないし、アジア系なら皆総じて黒髪黒目だとおもう。

てかクォーツが綺麗だっていうのは分かるけれど、美しいとかないわー・・・。

うむむ、と頭を傾げると、クォーツが不思議そうな顔をして尋ねた。


「そうかなあ、異邦人なんてレイが初めてだよ。異世界から来た人って文献に残っていないくらい珍しいんだ。もしかしたらレイが初めてかもねっ!」


ねっ、じゃないですよー・・・なにそのあなたが一番乗りよ♪みたいなノリはー・・・クォーツの無邪気な笑顔が痛いよー・・・。

やっぱりそうか。迷子だなんて言って、見た目に反応しなかったってことは黒髪と黒目はこの世界では珍しくないってこと。判断できる材料は異世界からきたって事だけか・・・。


「どこから聞けばいいのかよくわからないわ、事が大きすぎる。ああもう!昨日のうちに聞いておくんだった。」


「うーん、お師匠様にきいてみようか、僕もねえそんなには詳しくないんだ。」


二人して腕を組み、大きなため息をついた。

ここでこんなことをしていてもしょうがない、それにさっきから滝の飛沫が服に浸透してそろそろ涼しいから冷たくて寒いになりつつある。マイナスイオンに当たるのはいいけれど、ずっとこのままだと風邪をひいてしまいそうだった。とりあえずクォーツに降りようと促して、またもと来た道をたどる。

帰ったらおじいちゃんに色々聞かなくては。この世界のことをもっと知らないとうまく動けない。


「そういえば、おじいちゃんをそのまま放置してきちゃったけど大丈夫なのかな。」


「大丈夫だよ、いつものことだからさ」


軽やかに岩場を降りていくクォーツ。口調も軽やかだ。しかしいいのかそれで、お師匠さまと仰いでいる人物なのに。

いぶかしげな私の視線をみたのか、クォーツがぴんと人差し指をたてる、


「お師匠様は何かを考え出すと、周りが全然見えなくなるんだ。食事中だってなんだって全然関係ないみたいだよ。」


「学者っぽい。」


「あ、わかる?お師匠様は導師って呼ばれているんだ。研究者とか先生のようなものなんだ。」


「偉い人なんだね。でも、どうしてこんな森の中深くに住んでいるの?」


「うん・・・それもきっとお師匠様が教えてくれるよ。僕の口からは言えない事だから。」


俯いて視線を逸らすクォーツに聞いてはいけないことだったのかと口を噤んだ。おじいちゃんはちょっと変わっているみたいだから、好きでここに住んでいるのだと思っていたけれどそうじゃないみたい。

知りたいと思う気持ちはあるけれど、そう簡単に聞けることではなさそうだった。


「そっか・・・っと。」


苔がぬるついている岩に滑りそうになって、握っていたクォーツの手をさらに強くつかんだ。それでも手だけでは支えきれなくなって、クォーツの左手ががっちりと肩を押さえてくれた。


「うわあああ、あっぶねえええええ!」


「ええええ、それは女の子のあげる悲鳴じゃないー!」


む。

今の発言はちょっと気になる。


「クォーツ?」


「な、なんですか。」


上目遣いでにじりにじりと近寄っていく。足場の悪い岩場を、ひきつった笑顔のクォーツが器用に一歩一歩下がっていく。

うひひ、なかなかやりおるわー。

少しずつ右に歩くように誘導して、クォーツを右の岩壁に押し付ける。

逃げる場所を探してきょろきょろと周りを見渡しているクォーツの顔を両手でがっしりと固定して、ぎゅっと体を密着させて顔を近づける。

角度オッケー、潤み目オッケー、密着度オッケー。


「私に女らしさを求めてんの・・・?何なら今やってあげようか?」


クォーツの顔が見る間に真っ赤になっていく。うふふー、人畜無害な青少年をいじめるのっておもしろーい。

蛇に睨まれたかえる状態のクォーツに、にっこりといつもの笑顔を見せる。

体を離し、クォーツが崩れ落ちたりしないように両手をしっかりと握る。


「女の子らしい、神様らしい生き方よりも、私は私らしくぱーっとやりたいわ。」


「私らしく?」


「そう、男らしい所、女らしい所、全部ひっくるめて私らしさ。誰がなんと言おうとね。」


クォーツの胸を人差し指でとんと軽くつついた。

誰も持っていないはずの自分らしさ、世界にたった一人しかいない私だから誰かに認めて欲しい。男、女なんて大きな括りでまとめないで。


クォーツが私から視線を逸らせて、遠くを見るような目をした。


「僕らしさって言うのも・・・あるのかな。」


悲しそうな目をして何を言うのかと思えば。

少しだけ背伸びをして、クォーツの綺麗な白銀の髪をそっと撫でた。


「何を言ってんの。まだ会ったばかりだけど、女に弱いところも、優しいところも、馬鹿正直さも今まで会ったどんな人も当てはまらないよ。クォーツらしさって言うのかな。」


少しだけ湿った白銀の髪をそっと撫でると、クォーツがふふふと照れくさそうに笑った。

それは今まで見てきたどんな笑顔よりも無邪気で、楽しそうな笑顔だった。


「そうよ、そうやって笑ってなさい。おろおろしているよりずっと楽しいでしょ?」


笑顔なのに少しだけ潤んだ目をして、クォーツが頷いた。

もしかしたら昔何かあったのかもしれない、辛いことがあったのかもしれないけれど、クォーツにとって今が辛いときだとは思わない。

厳しいけれど物分りのいいお師匠様がいて、ご飯も寝る所も修行もできる整った生活をしているのだから、今度はもう一歩を踏み出してもっと自分を出してもいい。

一人でいることで得られることもあるし、人と話さなければいけないことだってあるんだから。

両手で軽く二回はたいて、体を離した。

これ以上私が言うのも野暮なことだろうし、言われたからって急に変わるものでもない。


「偉そうなこと言ってごめんね。でも、一応知ってて欲しいと思った。」


「・・・うん、うん。僕ねえ、レイは絶対に神様だと思うよ。」


「まーたそんな事言ってー。異世界から来たって事しか確証ないんでしょ?間違ってたら赤っ恥よー。」


「恥かいたっていいよ、僕はずっと信じてるから。」


握った右手に力がこもる。


「神様扱いされるのは御免よ、私はクォーツの友達なんだからね。」


「そうやって言ってくれたのもレイだけだよ。・・・よし、降りよう!」


質問する暇も無く、クォーツの右腕が腰に回って軽々と抱き上げられる。

思わずうわあと声を上げたけれど、抱き上げた本人はどこ吹く風というように涼しげな顔をしている。

以外と力あったんだな、なんて悠長なことを考えていたらクォーツはそのままのかっこうで、軽やかに岩場を跳んだ。

カモシカがごつごつとした岩場を軽やかにわたっていくように、二人分の体重なんかものともしないしっかりとした足取り。

高い、本気で怖い。小さい頃によく遊園地にあったトランポリンで遊んでいたけれど、そんなの比じゃない。

慌てて落ちないようにクォーツの首に腕を絡めて、落ちないようにしがみつく。

衝撃は少ないけど、やっぱり足が地面についてないのは変に浮遊感があって気持ち悪い!


「うわあぁああぁああぁあ、降ろせぇぇぇえぇええ!!!」


「まあ、まあ。もう着くよー」


あははと暢気に笑う声に、何気なく下を向いた。そして途方もなく後悔した。

眼下に流れる湿った岩場とその横で壮大に流れている滝、その滝に沿って放物線を描きながら地面に着地しようとしているところだった。

その先の開けた場所で、おじいちゃんがにこにこと手を振っているのが見える。

耳に痛いくらいの風切音。下を向かないように、クォーツを見上げると心底楽しそうな顔をしておじいちゃんに手を振り返していた。


「うあああーーーー落ちるーーーー!!」


「落ちなきゃ下につかないよー。はい、着いた。」


体に軽い衝撃があって、足に地面の感覚が戻ってきた。

ああ、意外と人体に優しい着地だった・・・けどさ。


「し、しぬかと思った・・・。」


「ちゃっと抱っこしてたでしょ?早く帰って来れた!」


褒めて褒めてと言わんばかりに満面の笑顔を浮かべているクォーツの頭をげんなりと撫でた。

たしかに登ったときの半分以下の時間で降りれたのだから感謝はしなくちゃいけないけれども。


「釈然としない・・・。」


「二人ともおかえりなさい。ああ、見事にびしょ濡れですね。」


「ただいまー。日差しがあるからすぐ乾くよ、大丈夫。」


「お師匠様、ただいま。」


「堪能したようでなによりです。そろそろ良い時間ですから、ルーミィのごはんをいただきましょう。」


もうそんな時間なのかと携帯を見ると、八時に出たのに今はもう十時半くらいをさしていた。中休みには丁度いい。

クォーツが隣で携帯に興味津々な様子だったけれど、そんなの後!




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