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シェインのお宅で2人暮らしをすることを決めてからも、結局しっかりと体調が回復するまで安静にするように言われて、デイジーは何もできず一日ずっとベッドの上で過ごすことが殆どだった。
それでも少しずつだが、シェインと話すことも増えてきて、明日は仕事に関係するご近所さんを紹介してもらうことになっている。
「あら~かわいい女の子だね!・・・シェイン・・・あんたまさか人攫いなんてしてないでしょうね?」
にかっと大きな口を開けて豪快に笑う美人はチェイリッシュでこじんまりと花屋を営む未亡人の女性エリー。
この街では誰もが彼女の人柄に惹かれて毎日人が集まってくるのだという。
シェインもその一人だったらしく、放浪していた彼も幾度となくエリーに助けてもらったことを教えてくれた。
「おいおい・・人聞きの悪いことはやめてくれよ!
これでも俺は人助けをしたんだ!」
「――そうなのかい?・・・ふぅ~ん?・・・お嬢さんお名前は?」
「私はデイジーです。はじめまして」
「デイジー!素敵な名前だね!花屋にぴったりだ!私はエリーだよ!シェインより5歳も年上の姉さんだけど、仲良くしてね♪」
にこにこと微笑みながら話しかけてくれるエリーはデイジーの小さな声でもちゃんと聞き取ってくれる。
花屋の他にもシェインの同僚のオーレンとも対面を果たした。
「私はシェイン様と共に働くオーレン・エンダスだ。オーレンで構わない」
淡々と話すオーレンは、シェインと共に放浪の旅をしてチェイリッシュにやってきたのだという。
体躯はシェインよりも逞しく、背丈も少し大きい。こげ茶色の短髪は清潔感があり、紫色の切れ長の瞳は睨まれたらい殺されてしまいそうなほどにするどい眼光を放つ。しかし言葉の端々に相手を慮る姿勢を感じる為、真面目な人柄なのだろうと思えた。
街の人々はデイジーの髪色を見て最初は戸惑っていた様子ではあったが、シェインの人柄のおかげかすぐにデイジーも受け入れてもらうことができた。
話をしているシェインを見ているだけでも、彼がどれだけ街の人々に好かれているのかよくわかる。
「――シェインさんは街の方々にとても好意をもってもらえているのですね」
街を歩きながらデイジーは、薄くほほえみながら口にする。
「そうか?俺はいっつも皆に助けてもらっているからな!可愛がってはもらえているのかもしれないな?」
「――素敵なことだとおもいます。」
――私は人に嫌われることが当たり前だから・・
「でもデイジーもずいぶん街の奴らに気に入られていただろう?」
歩きながらデイジーの頭をポンポンと優しく撫でて言葉にするシェインの瞳はとてもやさしい。
「――私は嫌われ者なので・・今日よくしてもらえたのはシェインさんが一緒にいてくれたからです・・」
「そうか?それならこれから1か月見ててやるよ!本当に嫌われているのかをな!」
シェインを見上げると彼の瞳はまっすぐにデイジーを見つめていた。あまりにも澄んだ眼差しに何故か見ていられなくて視線をそらしてしまう。
――私は見守ってもらえるような人間じゃないのに・・ごめんなさい・・
心の中の謝罪は口にすることはなかった。
家までのかえり道、シェインと並んで街並みをぼーっと眺めながら歩みをすすめる。
***
「あの・・私はこれから何をしtあら良いんでしょうか?」
デイジーはやっと本題を口にすることができた。
朝から目まぐるしく人々と挨拶を交わした為とても自分の考えをくちにする余裕がなかったから。
「そうだな。・・・俺は何でも屋をやっているんだよ。」
「――何でも屋?」
「あぁ、放浪してた俺には決まった仕事につくだけのコネも何もなかったからな!エリーの紹介で出来る仕事は何でもオーレンとやって、家を借りられるようになったんだ。今はそれが定着して街の人たちから頼まれたことは基本何でも引き受けてしごとにしている。」
「――すごい・・ですね。」
思わず本心が零れた。
デイジーもいままで自分の仕事には自信をもってやってきた。しかし、決められた仕事を全うすることが当たり前で何でもやるなんてことはしてこなかった。
人々の期待にこたえることの大変さをデイジーは理解していたからこそ、シェインの飄々と告げる【何でも屋】の仕事が素晴らしいと心から思えたのだ。
「ははは・・そうか?デイジーにも明日から手伝ってもらうつもりだから頼むな?」
「え??・・・私に・・・出来るでしょうか・・・」
豪快にわらいながらシェインの告げる言葉にデイジーは不安しか感じられない。
「心配するな。最初から何でもできる奴なんていないし、勿論デイジーに出来る事からやってもらうつもりだから安心していい。今まで女性の得意な仕事はなかなか引き受けられなかったから、その穴埋めをデイジーが引き受けてくれるならすごく助かるんだよ。」
「――女性らしい・・・仕事ですか?」
「そうだ、たとえば、刺繍とか、裁縫とか、料理とか・・どうだ?」
「・・・簡単な者であれば・・・恐らく?」
今まで決まった仕事しかしてこなかったデイジーではあったが、家族と暮らしていたころは、料理も裁縫も刺繍も少しではあったが経験はしていた。
自分でも役にたてるかもしれない。淡い期待がデイジーの心に温かく広がる。
「少しずつで大丈夫だ!さっき教えたお茶の入れ方もすぐ出来るようになったし、気に病むことなんてないから安心しろ。困っても俺がおしえてやる」
「ありがとうございます」
シェインの言葉一つ一つは、デイジーを安心させる為の言葉に感じられた。
まだ出会って数日なのに、こんなに優しく他人に接してもらったことがないデイジーにとっては全てが信じられない事の連続だったが、ゆっくりと進めてくれるシェインの優しさが間違いなくデイジーの気持ちを温かく包み込んでいた。