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第6話 シューピン誕生──配管工、魔道具を創る






砂嵐が去り、砂トカゲの群れを退けた二人は、岩陰の薄明かりの中、改めて戦場を見渡した。


 ──静寂。


 風の唸りも、咆哮も、すべては今や幻のように遠ざかっている。


「……ふぅ、なんとか落ち着いたな」


 修平が深く息を吐き、革手袋の掌を見つめる。返り血と砂が混じり、まだ微かに温もりが残っていた。


「修平さん、お疲れさまです……」


 レナが鞭剣を手に、傍らに立つ。その瞳には、疲労と、ほんの少しの誇らしさ。


 そして──


「……この子たち、使えるところはちゃんと使わないと」


 そう言って、トカゲの亡骸の一体に近づいた。


 他の個体は、そのまま無限腰袋の中へ入れる予定。

 だが、目の前の一体だけは、現地で解体する必要があると判断したらしい。


「修平さん、ここに水場って作れますか?」


「ああ、ちょっと待ってな」


 修平は地面に膝をつき、軽く手をかざす。


「……生成」


 ズズズ……ッ!


 地面の下から、何かが軋むような音が響いた。


 カチリ、と何かが噛み合う音。乾いた大地を割って、一本の鉄パイプがぬるりと顔を覗かせた。


 修平はすぐさま配管作業に取り掛かり、水の流れを確保する。


「よし、出たな」


 岩陰の足元に、小さな水流が生まれる。


「ありがとうございますっ♪」


 レナは目を輝かせ、水を手のひらにすくって飲み込む。


 あんなに焦がれていた水が、いとも簡単に用意される現実。

 彼女の顔に、心からの安堵が浮かんでいた。


「助かります……ほんとに……」


 修平はそのままパイプを追加で生成し始めた。


 手慣れた様子でそれを引き抜くと、近くの岩を支えに、三方向から支柱を立てていく。


「何してるんですか?」


「作業台だよ。即席だけどな。岩とパイプ、うまく組めば解体には十分」


 修平は腰袋から木材を取り出し、鉄管に組み合わせて平台を作り上げた。素早く、無駄のない動き。パイプが道具として息を吹き込まれていく。


「これなら、やりやすいだろ?」


「す、すごい……! 作業台あっという間に……」


「まあな。配管工だからな。加工場ってのは大事だし」


 どこか得意げに笑う修平。その顔に、レナも釣られて笑みをこぼす。


「じゃあ、始めますね」


 レナは腰の革袋から解体ナイフを取り出し、砂トカゲの喉元に刃を入れる。だが──


「うーん……硬い……」


 すぐに眉をしかめた。


「ちょっとこれじゃ……。修平さん、村で使ってたナイフみたいなのって貸してもらえます?」


「カッターね……あるある。これ──」


 彼は腰袋から、刃を格納できるカッターを取り出す。だが、刃が短すぎた。


「これじゃ皮くらいしか無理だな。……あ、ならこれも!」


 次に取り出したのは、コンパクトな折り畳みノコギリ。


 そして──


「ニッパーも、もしかしたら使えるかも」


「ありがとう、修平さんっ!」


 レナは目を輝かせ、道具をひとつひとつ確かめながら、再び解体に挑む。


 ──喉元を切開し、筋肉層を裂き、内臓の膜を剥がしていく。


 鼻をつく生臭さと、血と脂のぬめり。

 それでもレナは手を止めなかった。


「……筋肉の付き方が独特ですよね。あ、骨の内側にあるこれ、多分臓毒袋……破ると臭いから、こっちから回して──」


 修平は、その手さばきにただ感心するばかりだった。


「なあ……レナって、昔からこんなこと慣れてたのか?」


「え? あ、はい……鍛冶屋の村だったから、素材集めも全部自分たちでやってたんですよ〜。野獣とか、鳥とか。でも、一人でやるのは久々で……」


 そう話しながらも、手際よく骨と筋を分け、肉を削ぎ落とすレナ。


 やがて──


「あっ……見つけました」


 彼女の指が、心臓部の奥で何かをつまみ出す。


 それは──金属とも石ともつかない、拳大の不思議な塊。


「……これが、魔石ですね」


 淡く鈍い光を帯びた、濡れた鉱石のような物体。

 表面には血や臓液がこびりついている。


「ちょっと水に浸けて、汚れを浮かせましょう」


 そう言って、レナは修平の腰袋から小さな木樽を借り、水を注いでその中に魔石をそっと沈めた。


「このまま少し置けば、表面がきれいになりますから」


「ほぉ……」


 修平はそれを興味深げに見つめる。

 魔石がゆっくりと泡を立てながら沈んでいく。


「……それにしても、この肉の量……」


 山のような肉の山を見て、修平が唸る。


「これだけあれば、しばらく食料には困らねぇな」


「そうですねっ! 血も取っておきましょうか!」


「えぇ……血ぃ?」


「もちろん! 調味料にもなるし、薬にも使えますし!」


「いや、でも……血って、なんかイヤだな……。腰袋にいれるの……」


「わがまま言わないでくださいっ! 直接注ぎ込むわけじゃないんですから!」


 そう言って、木樽に血液を詰め込み、それを腰袋にスッと収めるレナ。


「……入ったーっ! よしっ!」


「いや、ほんとに入るんだな……。レナ、俺より腰袋、使いこなしてねーか?」


「ふふっ。それ、褒めてます?」


「……たぶんな」


 そんな軽口を交わしながら、肉、革、骨、牙、爪──部位ごとに選別し、どんどん腰袋に収めていく。


「あと、この爪……強度あるな。武器素材にできそうだ」


「はい、村だと槍の穂先や小刀に加工することもありましたよ!」


 最後に、残る四体の亡骸をまとめて腰袋へ。


 レナが声をかける。


「修平さん、お願いしてもいいですか?」


「おうよ。……じゃ、いくぞ」


 修平が手をかざすと、砂の上の亡骸たちが、次々に吸い込まれるように腰袋へと収まっていく。


 ──どこにどう入っているのか、相変わらず謎。


「はあ……これで、一段落ですね……」


 レナがふぅと息を吐き、座り込んだ。


 修平も、鉄パイプを肩に担ぎながら、空を見上げる。


 青く澄んだ空には、いつの間にか雲が流れていた。

 あの嵐が幻だったかのように──空は静かだった。


────


 小さな木樽のなかで、魔石が微かに揺れていた。


 水に沈められたそれは、砂や血をわずかに泡立たせながら、ほんのりと鈍い光を放っている。金属にも見え、石にも見える──どこかこの世界の“理”とは違う存在。


「そろそろ、いいかな……」


 レナがそっと指を伸ばし、濡れた魔石をすくい上げる。


 革の布でやさしく表面をぬぐい、ほんの一瞬ためらうように見つめたあと──にこっと笑いながら、修平に差し出した。


「はいっ! 修平さん! これが砂トカゲの魔石ですっ!」


「……これが」


 修平はそれを受け取った。


 その瞬間──


 掌にじんわりとした温もりが伝わった。皮膚の下が、微かにうずくような感覚。ごくわずかに、肌の表面が光を帯びる。


「おっ……!?」


「え……ええっ!? 光りましたよね、今!? 修平さん、今……!」


「な、なんだこれ……? なんか、痺れるっていうか……熱いような、そうでもないような……」


「それ、多分“魔力”ですっ!」


 レナが勢いよく言った。目をぱちくりとさせ、声を弾ませる。


「魔力? ……?」


「そうですそうですっ! “マナ”とも呼ばれてますけど、人や魔獣、それに魔道具なんかにも宿る力で──たぶん修平さんが反応してるのは、この魔石に残ってたマナです!」


「へぇ……マナか……」


修平は魔石をじっと見つめた。拳より少し小さく、指先にずしりと重みがある。鉄のような硬質感に、微かなぬめりと脈動。


「おれに、そんなもんがあるとはな……。なんか、不思議な感じだ」


「でも、魔石や魔道具って、誰にでも反応するわけじゃなくて……。だから修平さん、やっぱりすごいと思います!」


「へぇ……じゃあ、この腰袋も?」


「うん。修平さんの“無限腰袋”、たぶんめっちゃ高性能な魔道具ですよ!」


 修平は感心しながら魔石をそっと置き、空を見上げた。


 砂嵐はもう完全に過ぎ去り、空は澄んで、昼の太陽が柔らかく降り注いでいた。


「……この世界のエネルギー、って感じか」


「ですねっ。マナがあるから、魔獣も動けるし、魔道具も動く。人間も──それに、修平さんも」


 レナの視線が、魔石と修平を交互に行き来する。


 その瞳には、尊敬と好奇心、そして──ほんの少しの憧れが混じっていた。





 夕暮れ時、赤みがかった陽光が砂地を染める頃。


「……さて、次はこいつの出番だな」


 腰袋から取り出したのは、円筒形の装置だった。

かつて日本で使っていた人感センサー付きの簡易警報装置。

筒の先端には小さなスピーカーと、反応センサーが付いている。


「コイツは俺が日本で使ってた、人感警報装置ってやつだ。スイッチ入れると、誰かが通ったときに音と警報が鳴る仕組みでな」


 説明しながら、手頃なパイプを砂地に突き立て、装置をくくりつける。


「へぇ……そんなのまで持ってきてたんですね」


「腰袋の中身、最近どんどんカオスになってるからな。お、よし。電源、入れてみるか──」


 パチッ。


 《ピンッ♪》


 軽やかな高音と共に、小さな赤いランプがチカチカと点滅を始める。


「よしよし、生きてるな……。なあ、レナ。ちょっとこいつの前、歩いてみてくれない?」


 そう言って振り返ると、レナが眉をひそめて一歩後退した。


「え、えぇっ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ!? その装置、爆発とかしないですよねっ!?」


「おいおい、俺がレナにそんなことするわけねーだろ。ちゃんと安全確認はしてある。大丈夫だから、ちょっとでいいからさ」


「……うー。そ、そんなこと言われても……」


 レナはふくれっ面でこちらを見つめ、しばし逡巡してから――


「わ、わかりましたよーっ! 通りますからね!? なにかあったら、修平さんに飛びついちゃいますからね!?」


 そう叫びつつも、肩をすぼめながら、そろりそろりと装置へと歩き出す。


 そして、ちょうど装置から一メートルほどの距離まで近づいた、そのときだった。


《ビーッ!ビーッ!! この周辺はただいま監視中です。警報後自動通報を行います。》


「きゃああああああっ!?!?」


 案の定というか、期待通りというか。

レナは思い切り飛び上がり、そのまま弾かれるように修平へ飛びついてきた。


「うわっと! ほら、ちゃんと鳴っただろ?」


「も、も〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」


 修平の胸のあたりをぎゅうっと掴み、レナは真っ赤な顔でぶんぶんと頭を振る。


「わ、わかってたんですよね!? あんな音が出るって、わかっててわたしに近づかせたんですよね!? ばかばかばかぁっ!!」


 ペチペチペチペチッ!


 レナの小さな拳が、リズムよく胸元を叩いてくる。

けれどその力は弱くて、まるで子犬がじゃれているようだった。


「へへっ、悪りぃ悪りぃ。つい、な?」


「もうっ……ほんとにっ……!」


 レナはぷいっと顔をそむけるが、その頬はしっかりとゆるんでいた。


「……とまあ、こんな感じに、人間には反応する装置なんだよ」


 修平は手元の装置を示しながら続ける。


「でもよ、さっきのトカゲみたいなヤツら、ああいう体温の低い魔獣には、たぶんコイツは反応しねぇんだよな」


「た、たしかにそーかも……」


「けど、ちょっと考えがあってな──」


 そう言って、修平は腰袋の中から、あの砂トカゲの魔石を取り出した。


 これが、次の鍵になる。

修平は、にやりと口元を歪めた。


(──よし、ここからが“魔改造”の本番だ)


────


レナは、赤く染まりはじめた砂地のなかで、修平の動きを見つめていた。

彼は膝をつき、腰袋の中から何かを探っている。


「ちょっと考えがあるから、魔石を加工するけどいいよな?」


 そう声をかけると、レナはまだほんのり怒り顔のまま、腕を組んでむくれるようにうなずいた。


「そういうことなら……構いませんけどっ!?」


 ぷいっと顔をそらすが、目だけはしっかりこちらを見ている。


「じゃあちょっと見ててくれ」


 修平は腰袋から安全ゴーグルを取り出し、そっとレナに手渡した。


「あ……ありがとうございます……」


 先ほどまで騒いでいたのが嘘のように、レナはおとなしくゴーグルを受け取り、顔に当てる。

目元がすこし赤い。

照れてるのか、反省してるのか──

その両方かもしれない。


 修平は一呼吸置き、警報装置の電池カバーを開いた。

中に収まっていたのは、一般的な単三電池。

彼はそれを取り出し、魔石の側面に当てがう。


「……このサイズだな」


 そう呟いて、赤鉛筆を取り出すと、魔石に電池の外角をなぞって写し取った。


 次に取り出したのは、三脚式の小型バイス台。

砂地に安定させ、魔石を万力に固定する。

サンダーの刃は、研磨用から切断用へと交換済み。


「この魔石、触った感じは金属に近いからさ。コイツで加工できると思うんだ」


 修平はサンダーの電源を入れた。


 ギュイィィィィィンッ!


 夕焼けのなか、鋭い金属音と火花が弾ける。


 レナがぴくりと肩を揺らしながらも、目を見開いてその作業に見入っていた。


「すごい……」


 小さく漏れたその声に、修平は微かに口元を緩めた。


 角度を微調整し、切断した魔石を慎重に削っていく。

形は単三電池そっくり。太さ・長さ・端子の形状まで、可能な限り近づけていった。


 やがて──


「……よし。一本完成」


 修平は魔石の欠片をそっと持ち上げ、元の電池と見比べた。

重ねてみると、ピタリと寸法が揃っている。


「あと二本、同じように作るぞ」


 火花が再び弾け、作業は続く。


 レナはそのすべてを黙って見つめていた。

あの“ふざけてた配管工”とは思えない、真剣な眼差しと正確な手つき。


 魔石が、ひとつ、またひとつと電池の姿に変わっていく。


 夕暮れの空の下、静かに“魔道具”の誕生が近づいていた──。





「うし、入れるぞ──」


 カチッ、と魔石の欠片をソケット部分にはめ込む。

 次の瞬間──


 ピンッ♪

 軽やかな高音が、どこか愛らしく鳴り響いた。


「……今、鳴りましたよね!?」


「ああ、どうやら通電したみたいだ」


 筐体の小さなインジケーターが、淡い紫に点滅している。

 これまでにはなかった挙動だった。


「すごい……魔石が、動力になってる……!修平さんの世界の道具なのに!!!」


レナの目がまん丸になる。


「試しに、こうやって……っと」

 修平は装置の前に手をかざす。すると──


 《ビーッ!ビーッ!! この周辺はただいま監視中です。警報後自動通報を行います。》


 ふたたび、警報音が鳴る。


「なるほど、人が動いたときは反応する……っと、じゃあこれは?」


 今度は、魔石の欠片をちょんと投げて、センサーの前を通過させてみる。


 《ビーッ!ビーッ!! この周辺はただいま監視中です。警報後自動通報を行います。》


「魔石でも反応しましたっ!!」


「……ってことは、“マナ”の接近も感知するってことか。魔獣の接近にも反応するかもな……」


 レナがパチパチと手を打って目を輝かせた。


「修平さんっ、これってもう“魔道具”ですよ! すごいですっ!」


「へっ……そいつはどうかな」

 修平が照れくさそうに鼻をかく。


 けれど、機械いじりの手は止めない。


 配線を少し調整し、外装を軽く補強する。

魔石から安定した電力が供給されていることを確認し、試験は完了。


「うん、これなら使えそうだな」


「それにしても……ピンッ、って音、かわいいですよね♪」


 レナが口元をほころばせる。


「ねえ修平さん、“ピンッ”と“修平”で、『シューピン』って名前にしませんかっ!?」


「……は?」


「魔道具の名前ですっ! ほら、ほらっ!」

 レナがぐいぐい身を乗り出してくる。


「そういう命名センス、俺にはねぇよ……。けど、まあ──」


 修平はアラームを手に取り、じっと見つめた。

 たしかに、“魔道具”と呼ばれてもおかしくない出来映えだった。


「……《シューピン》。悪くねぇな」


「やったーっ♪」


「けど、俺はあくまで配管工だからな。水出してなんぼってな」

 どやっと笑って、指で軽くパイプの側面を弾く。


 カツンッ


 その音が、夕暮れの風に静かに響いた。


────


 装置のインジケーターが、再び──小さく、淡い紫に瞬いた。


 夕暮れの空は、すでに茜から群青へと色を変えつつある。

 風はやや冷たく、砂をさらりと巻き上げて、ふたりの足元を撫でていった。


「ふう……これでよし、と」


 修平は腰を伸ばし、魔石を組み込んだ《シューピン》をそっと地面に設置する。

 センサーの角度、音量調整、配線の緩み……すべて確認を終えたあと、最後にひとつ息をつく。


「こんなもんで十分だな。うるさすぎたら、いつか近隣村から怒鳴り込まれそうだし」


「ふふっ、でもこれで、夜も安心ですね♪」

 レナが笑って頷く。

装置を見つめる目には、ほんの少し誇らしげな光があった。


「……すごいな、修平さんって」


「ん?」


「なんでもないです」

 慌てて視線を逸らすレナに、修平が苦笑する。


 その仕草がどこかくすぐったくて、レナの胸の奥がぽかぽかと熱を帯びた。


 ──“魔道具”なんて、普通の人が簡単に作れるものじゃない。

 それを、どこか楽しそうに「配管工だ」と笑いながら成し遂げてしまう修平。


 あの背中に、どこまでもついていきたくなるのは──きっと、憧れだけじゃない。


 彼の手にかかれば、道具は武器になり、防具になり、そして仲間を守る術にもなる。

 それが、どれだけ尊くて、かっこよくて、……ずるいくらい素敵なことか。


「じゃ、そろそろ飯にすっか」


 修平が軽く伸びをして、腰袋をガサゴソとあさる。

 出てきたのは、先ほど解体したトカゲ肉とトーチランプ、そしてレナが昨日剥いてくれた乾燥果物だった。


「それ、着火用の道具なんだ。ガス缶が中に仕込んであってな。ハンドルを開けてから、ボタンをこう──カチッて押すだけで、すぐに火が出る」


 修平は器用な手つきでトーチランプの小さなハンドルを回し、火口から「シュボッ」と短く炎を上げてみせた。


 レナの目がぱぁっと輝く。


「わあっ……! えっ、今のだけで火が出るんですか!? すごい……ほんとに、すぐでした!」


「な? 焚き火用の火起こしとかより、ずっと早いだろ」


「はいっ、これがあれば、火種がなくても料理できますね! これ、もっと早く知ってたら……!」


 レナはトーチを受け取ると、慎重にハンドルを開き──おそるおそる、ボタンを押す。


 カチッ。


 シュボッと、再び炎が灯る。


「……できたっ! すごい、わたしでも簡単に火がつけられた!」


「じゃあ火の当番、今日はわたしがやりますねっ!」


 レナが満面の笑みで言い切るその姿に、修平も思わず笑みを返した。


 風の向きに気を配りながら、器用に火口を組んでいくその手元に、修平がひと声。


「んじゃ、俺はその辺の地形、ちょっとだけ見てくるわ。野営場所、まだ選びきれてねぇし」


「はいっ、気をつけて……。って、夜になっても歩き回るつもりなんですかぁ?」


「おう、けど《シューピン》があるからな。これで魔物が近づいたら──」

 そこでニヤリと笑って、

 「またレナが俺に飛びつくチャンスだぜ?」と、悪戯っぽく付け加える。


「ばっ……かじゃないですかぁ!? 」

 レナの頬がぽっと染まる。だが、どこか嬉しそうでもあった。


 ふたりの笑い声が、風に乗って夜の帳へと溶けていく。


 ──しばらくして、焚き火が灯った。

 夕食を終えたふたりは、互いに背中を預けるように、簡易シートの上に並んで座る。


 誰もいない、誰もいない、この砂原で。

 明滅する紫の灯りが、夜の闇のなか、小さく、小さく息づいていた。


 それはまるで──ふたりの旅路に寄り添う、小さな心音のように。







読んでくださりありがとうございます。楽しんでいただけたら嬉しいです。

ブクマ・★・感想が本当に励みになります。

誤字や読みにくい箇所があれば教えてください。

次回もコツコツ更新していきます。

引き続きよろしくお願いします。

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