第4話 道具と異世界補正
小さな村の朝は、いつだって静かだった。
でも、今日のこの静けさは──ちょっとだけ、特別に思える。
私と修平さんは、ラサリナの村をあとにして、南東へと歩き始めていた。
見慣れた風景に背を向けるのは、ほんの少しだけ寂しい。
でも、心のどこかでは、もう次の出会いに向かって動き出してる気がしていた。
それに──隣にいるのが、修平さんだから。
じっと足元を見ながら歩いていたら、不意に彼がふっと口を開いた。
「レナ。この先の村って、どんなとこなんだ?」
「あ、はい。──このタルザ街道沿いにある、ベルキア村っていう、小さな村なんですけど……」
「タルザ街道?」
「はい。ラサリナから南に伸びてる、古い街道です。
もともとは交易のために整備された道なんですけど、今はもうあんまり人通りもなくて……」
「へぇ……砂漠に、道なんてあんのか。てっきり全部、ただの砂地ばっかかと思ってた」
「あっ、いえ、街道っていっても……ちゃんとした舗装があるわけじゃないんです。
地面を踏み固めて、ところどころに目印の杭があるくらいで──でも、昔は馬車も通れたって聞きました。
いまはほとんど、近くの村同士が行き来するくらいですね」
「なるほど……それで、そのベルキアって村は……?」
思い出すように、そっと言葉を継ぐ。
「半年前に、一度だけ行ったことがあって。あのときは、水がまだ豊富で、果実水がすごくおいしかったんですよ」
「果実水?……それは意外だな。今は水が少ないんだろ?」
「ええ……。数ヶ月前から、急に水の出が悪くなったって話を聞いていて。井戸を掘り直す計画もあるみたいですけど、うまくいってないみたいで……」
「なるほどな」
修平さんは、頷きながら空を見上げた。
太陽はすでに高く、乾いた風が頬を撫でていく。
「……でも、いい村ですよ。農業も牧畜もやってて、ラサリナよりは少し大きいくらいの村で。井戸の水もきれいで……ふふっ」
「なに笑ってんだ?」
「いえ……昔、お祭りの日に立ち寄ったことがあって。その時の賑やかさを、ふと思い出したんです」
私は少し目を細めて、遠い景色を思い浮かべるように言った。
「そうか。じゃあ、その村がまた賑やかになるような水を、しっかり届けてやらないとな」
「……はいっ」
私はその言葉に、自然と笑顔になっていた。
この人となら、どこに行ったって大丈夫。──心から、そう思えた。
* * *
「──あっ、そうだ!」
道端の石につまずきそうになった瞬間、ふと思い出したように声を上げる。
「どうした?」
「修平さん、腰袋から“あれ”取ってもらってもいいですか?」
「“あれ”ってなんだよ」
「えっと……あの、小瓶に入ったオレンジの塗り薬です! 砂漠用の日焼け止めで、ちょっと塗っておきたくて……♪」
「日焼け止め? そんなのまで入ってたっけか……まあいいや、ちょっと待ってろよ」
修平さんが腰袋に手を突っ込む。
──そのときだった。
「……あれ?」
「どうかしました?」
「なんか……これ、袋の中の感じが……変だな。奥行きが、妙に深いっていうか……」
彼が少し眉をひそめながら、ごそごそと袋の中を探っている。
「ん……っと。あった、たぶんこれだろ」
小さな丸い瓶を取り出して、私に手渡してくれた。
「わぁ、ありがとうございます♪ 助かりました!」
ふと見れば、瓶の表面にはしっかりと“スキンプロテクト No.3”と書かれている。ラサリナで私が作った自家製薬。
──その直後、修平さんの顔が、再び不思議そうな表情に変わった。
「……いや、マジでおかしいな、これ……。なんかさ──懐かしい感触がしたんだよな。手に吸い付くっていうか、まるで……」
もう一度、腰袋に手を突っ込む。
今度はゆっくりと、慎重に──まるでそこに“何か”があると確信しているかのように。
「……うわ、まさか。おいおいおい、マジかよ……!」
「し、修平さん……?」
彼の指先が何かに触れた瞬間、ぱっと驚きに染まった。
「──これってよぉ……まさか、サンダーじゃねぇか!!」
取り出されたのは、見慣れない──けれど、どこか迫力のある“銀色の円盤がついた工具”。
それは、修平さんがこの国に来る前に使っていた──携帯性と応用力に優れた、“頼れる相棒”みたいな道具だった。
「……レナ、その短剣、貸してみな。ちょっと研いでやるよ」
「え? あ、はい……!」
修平さんの口調がやけに頼もしくて、思わず素直に短剣を渡してしまった。
腰袋から、例の“サンダー”と呼ばれる工具を取り出す彼の手つきは、どこか懐かしさと高揚が入り混じっているようで──その姿に、私はしばし見とれていた。
「さて……通電は、してるか……?」
修平さんがぼそっと呟いた次の瞬間──
「グウィィィィィンッ!!」
乾いた空気を裂くような鋭い音と、オレンジ色の火花が散る。
「ひゃっ……!?」
思わず身体が跳ね上がる。
でも修平さんは落ち着き払って、その金属の塊を短剣の刃に当てていた。
──ギィィィ……
──チッ、チチッ……!
火花がリズムを刻む。
音はけたたましく、でもどこか規則的で、まるで“何か”が形になっていく音のようだった。
修平さんの横顔は真剣そのもの。
余計な言葉も、動きのブレも、一切ない。
(……かっこいい、かも)
気づけば、私はじっとその姿を見つめていた。
「よし……っと、できたぞ」
そう言って差し出された短剣は──刃の部分がほんのり輝いていた。
「うわぁ……なんか、違う武器みたいです」
「だろ? じゃあこれで、試し切りしてみな」
そう言って彼が渡してきたのは、小さな木片。
さっき腰袋から適当に出したらしいけど──きっと、彼の世界のどこかにあったものなんだろう。
私は短剣を両手で構えて、恐る恐る木片に刃を滑らせた。
──すっ。
「……えっ?」
ほんの撫でるように触れただけなのに。
木片の表面がスッと割れて、断面がまるで紙みたいに滑らかだった。
もう一度、今度は少し力を入れて縦に切ってみる。
──サクッ。
「うそ……」
本当に、豆腐みたい。
木の繊維を感じるどころか、まるで刃が吸い込まれていくみたいだった。
「修平さん……これ……魔道具並みの切れ味かも……」
「だろ? こいつは“電動グラインダー”ってやつでな。あっちじゃサンダーって呼んでた。
刃物だけじゃなく、金属とか、配管のバリ取りにも使えるんだ」
「ば、バリ……?」
「ま、細かい説明は置いといて。
とにかく、異世界補正がかかるなら──それも当然強化されるわけで……」
修平さんは短剣を持ち上げながら、ふぅと息を吐いた。
「この腰袋、“道具入れ”って意味じゃもう次元が違うな。
向こうの工具と資材が揃ってるなら、ある程度の設備作りもできちまうかもしれない……」
その目は、どこか遠くを見つめているようだった。
自分が持ち込んだものが、この国の未来にどう作用するのか──そんなことを、彼なりに考えているのかもしれない。
「……それで、レナ。そっちの武器も研いでおこうか?」
「え?」
「あの腰の、ちょっと変わったやつ」
あ──鞭剣のことだ。
「はい! ぜひっ!」
思わず声が弾む。
この武器を褒められることって、ほとんどなかったから。
「先端の部分だけ、お願いします!」
腰のホルダーから剣を抜いて、修平さんに渡す。
見慣れない形のはずだけど、彼は一応ざっと目を通したあとで聞いてきた。
「これは……鞭剣って言うのか?」
「はいっ。
刃の部分が柔らかくて、振るとしなって伸びるんです。
取り回しは難しいけど、動きの遅い相手とか、複数相手には意外と効くんですよ」
そう言いながら、私は軽く一振りしてみせた。
風を切るような音と共に、刃がふわりと弧を描いてしなる。
先端がちょっとだけ木片の端をかすめて、ふわりと裂けた。
「……なるほど。鞭と剣の中間、みたいな?」
「そーですそーですっ。
でも、切れ味が良すぎると振ったときに自分に当たるかもなんで……今日は先端の5センチだけで……」
「そーゆーことなら、任せとけって」
再びサンダーを起動。
火花と音が、また空気を裂いた。
──グィィィンッ!
刃先が少し光を宿して、わずかに色が変わる。
その変化に、私は息を呑んだ。
「はいよ、完成。無理に振るなよ。思ってる以上に斬れるぞ、これ」
「……は、はいっ!」
手渡された鞭剣を、そっとホルスターに戻す。
(修平さん……すごい。ほんとに“職人さん”なんだ)
目の前の彼が、少しだけ遠く見えた。
私の知らない世界で、きっと多くの人と、モノと関わってきたんだ。
──でも、そんな彼が、今はここにいる。
「ありがとう、修平さん」
「おう。……じゃあ、そろそろ行くか?」
「はいっ!」
私は腰の装備を整えて、修平さんと並んで歩き出した。
太陽はすっかり高くなっていて、照りつける光が、これからの旅路を照らしてくれているようだった──。
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