第12話 修平、夜を越えて──村の夜と、ふたりの秘密
夜の帳が降りる頃──
私はまた、あの二人を自分の家に迎えていた。
決起の集会が終わったあと、修平さんとレナさんは「少し仮眠を取ってから明日に備えたい」と言ってくれて、今夜も泊まってくれることになったのだ。
私は、戦うことはできない。
けれど、だからこそ。
(せめて……せめて、力の出るご飯を作ってあげたい)
トカゲ肉──きっと強い個体だった。
がっしりした骨と、厚みのある肉を、火で炙りながらじっくり煮込む。
そこに村でとっておきの、あの木の実をたっぷり入れて。
「よいしょ……! “米青の実”、ね。これなら……きっと、力がつくはず」
米青の実は、うちの村の誇りだ。
ごつごつした皮を剥いて、しっかり火を通すと──
甘みと香ばしさが広がって、ほんのりとした苦みも、体に効く感じがする。
水不足で収穫も危ぶまれていたけど……
修平さんのおかげで、水場が復活した。
なら、今日は贅沢してもいいよね。
そう思って鍋を煮込んでいると、表戸のほうから、パタパタと足音が。
「あっ、リーナ! お邪魔しまーす!」
扉を開けた瞬間、姉の元気な声が飛び込んできた。
「昨日は妹を救っていただき、本当にありがとうございました!」
ぺこりと深々頭を下げた姉に、修平さんがいつものあの渋い声で応じる。
「いやいや、構わないよ。でも礼は……」
そう言って、にやっと笑う。
「しっかり受け取ったよ」
「そーですよっ!」と、レナさんが明るく口を挟んだ。
「私たちも、食事と寝床を提供していただきましたし、持ちつ持たれつです!」
この人たち、強くて、優しくて、爽やかで──
そして芯がある。
なんというか、ちゃんと“信じてついていける背中”をしてる。
(レナさんとは……もう、そういう関係なのかな。だって、ずっと一緒に旅してるんだもんね)
そんな私の横で、姉の旦那さん──義理の兄が、大きな笑い声を上げた。
「はーっはっはっはっ!! 俺からも言わせてください! リーナちゃんを助けてくれてありがとうございます!明日は俺も戦いますからね!」
がっしりした体格と、笑い声のデカさ。
修平さんとはまったくタイプが違うけど、この人もまた、頼れる背中だった。
(この人たち……どっちもカッコいいよね……。あぁ、羨ましいなぁ)
そして、義理兄さんの鼻が、ふと鍋の香りに反応した。
「おっ!? リーナちゃん!? これは……米青の実の煮込みじゃないか!!」
鍋を覗き込んだ目が、一気にキラキラと輝く。
「男はこれを食べると、力が漲るってな! 肉もたっぷりで美味そうだ! はーっはっはっは!」
みんなで囲んだ卓の上に、香ばしい香りが広がっていく。
そう──今日は、大盤振る舞い。
明日は戦い。生死がかかる日。
だからこそ、私は全力で作ったんだ。
「こう見えて俺はね、この村でも“力持ち”って言われてましてね」
そう言って、義理兄さんは上腕をドンと叩く。
「明日は力の限り、あの蟻どもをぶっ飛ばしてやりますよ! あーっはっはっはっ!」
「もう、また始まった……」
姉が苦笑しながらも、ちゃんと微笑んでいる。
「でも、怪我は心配……私も精一杯支えるから。帰ったら、大木槌の手入れは私がやるからねっ」
そんなふたりを見ながら、私もふっと笑ってしまう。
(ほんと、いい夫婦だなぁ……)
レナさんは、義理兄の豪快さに目を丸くしていたけれど、すぐににっこり笑ってくれた。
食卓は温かくて、明るくて、でもどこか少し切なくて。
この時間が、ずっと続けばいいのにって──
そう、思ってしまうくらいに。
食後の余韻が漂う食卓で、姉の旦那さん──義理兄がぐいっと椅子を引いた。
「ご馳走様! リーナちゃん、最高だったぞ! 青米もたっぷり食べたし……今夜も、前祝いに一発がんばるぞぉ!」
そして──隣に座っていた姉の肩を、ぐっと引き寄せた。
「きゃっ……もう、やだぁ♡」
姉が赤くなりながらも身を預ける。
ふたりの空気が、甘くて、少しだけ眩しい。
「お前が作った大木槌、柄がすり減るくらい振り回してやるからな! そのあとは……俺の槌も、存分に──」
「はいはいっ♡ ちゃんと磨いておいてあげるから♡」
「孕ったら……修平さんかレナちゃんの名前をもらうのもいいな! “シュウ”と“レナ”! あーっはっはっはっ!」
「……バカ♡」
──はぁぁぁあぁっ……!
私は思わず、湯呑みを口元に当てたままうつむく。
(こ、こっちが恥ずかしくなるわ……っ)
顔が熱い。耳まで真っ赤なのが、自分でもわかる。
それでも、胸の奥はほんのりと温かくて。
ああ、いいなって思った。
明日を、笑って迎える準備をしてる、ふたりの姿が。
「お先に失礼しますね~! レナちゃん、修平さん、明日もよろしくお願いします!」
「任せてください! 朝イチから気合い入れてきますよー!」
「ああ。ゆっくり休んでくれ。……大切な人のためにもな」
修平さんのその一言に、姉の顔がぽっと赤くなって。
義理兄は、真っ赤な顔のまま大声で笑っていた。
「そういうの! 照れるじゃないですかぁああ!」
「もう、ほんとバカ……♡」
肩を並べて歩いていく二人の背中を見送りながら、私はふぅ、と静かに息を吐いた。
そして──片付けの手を、そっと動かし始める。
湯呑みを重ね、鍋を布で拭き、食器を丁寧に洗って。
何かに集中していないと、落ち着かないような気がして。
(……怖くない、って言ったらウソだ)
でも、誰かの背中に隠れて震えるだけなんて──
もう、したくなかった。
あの時、私を背に戦ってくれた修平さん。
自分の身を張って、あの蟻を引きつけてくれたレナさん。
あの人たちは、ただ戦うんじゃない。
“誰かの暮らし”のために戦う。
(……だから、私も。せめて、祈るよ)
誰も死なないでほしい。
誰も傷つかないでほしい。
でも──もし、何かを賭けるとしたら。
私は、あの人たちの勝利に、希望を預ける。
勝ってほしい。
みんな、帰ってきて。
誰かの名前を呼びながら、笑って──また、ご飯を食べよう。
そう願いながら、私は最後の布巾を手に取った。
明日の朝が、少しでもあたたかい光で包まれますように。
この村に、もう一度、平穏な水の流れが戻ってきますように。
──────
夜の静けさが、村を包んでいた。
修平とレナは、一つの部屋で、別々の布団にくるまっていた。
背を向け合い、互いの気配を感じながらも──言葉は交わしていない。
ごとん、と壁の木材がわずかに軋む音。
夜風が、どこかの隙間を通ってすすり泣くような音を立てた。
「……ぐっ、なんだこれ……?」
不意に、布団の中からくぐもった声が聞こえる。
低く、抑えたような独り言。けれど妙に生々しく、レナの耳に届いた。
(修平さん……?)
レナはまどろみの中、ぼんやりと目を細めた。
脳裏に浮かぶのは、昼間の修平の姿──
“頼れる男の人”として、皆の前に立ち、誰よりも堂々と振る舞っていたその背中。
(……でも、今はなんだか……子供みたい)
布団の向こうの気配は落ち着きなく、小さく動いていた。
ごそごそと、何かを探すような音。
落ち着きのない寝返り。時折、吐息のような呻き。
「ダ、ダメだ……もう我慢ならん……」
再び聞こえたその声に、レナはぴくりと肩を揺らした。
──そして、
「レナ? 起きてるか?」
背中越しに、問いかけられた。
その瞬間、レナの意識ははっきりと覚醒した。
けれど──返事はしなかった。
(起きてる……けど……)
鼓動が、ひとつ跳ねた。
彼の声音はどこか切羽詰まっていて、いつもの無骨で頼りがいのあるそれではなかった。
(……なんか、面白いかも)
あえて黙ったまま、レナは目を閉じたふりを続ける。
胸の奥がくすぐったくて、でも少しだけ──
妙な期待感が混ざっていた。
静かな寝室のなか、夜はまだ、終わらない。
※この夜の修平とレナの「続き」は、なろう系列の別サイトにて執筆しています。
本編(R15)だけでも物語の流れは追えるようにしてありますので、未読でも支障はありません。
もし興味がありましたら、系列サイト内で「玉葱緑」と検索していただければ幸いです。
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