第四話:アイデンティティ・クライシス
登場人物
•夏目 圭介:巨デブ専門の飼育員(26歳)
•大井川 狸吉:同僚の飼育員(30歳)
•神田 ヘキサ:ペットショップの店長(40歳)
•巨デブ:人語を解する珍獣
ペットショップ 事務室
(夏目と大井川、パソコンとスマホを片手にエゴサ中)
大井川 狸吉 「えーっと、『巨デブ』で検索っと……」
夏目 圭介 「『巨デブ 販売』で調べてみるか……」
(しばらくして、二人の手が止まる)
大井川 狸吉 「……あれ?」
夏目 圭介 「……なんか、売れない理由が明確になってきたな」
神田 ヘキサ(店長) 「どういうことだ?」
大井川 狸吉 「どうやら、去勢済みの巨デブは愛好家の間では人気がないらしいっす」
神田 ヘキサ 「は? 何でだ?」
夏目 圭介 「……こいつらのアイデンティティは”きんたま”にあるらしい」
(場が静まり返る)
神田 ヘキサ 「…………」
大井川 狸吉 「…………」
夏目 圭介 「……いや、マジで」
(夏目、SNSの投稿を見せる)
SNS投稿① 「やっぱ巨デブは、あの巨大なきんたまがあるからこそ良いんだよなぁ~」
SNS投稿② 「去勢済みの巨デブとか……存在する意味ある?(辛辣)」
SNS投稿③ 「モフモフしたくても、きんたま無いと魅力半減でしょ」
(神田、無言で顔を覆う)
神田 ヘキサ 「……おい、これ、マジで詰んでないか?」
夏目 圭介 「ええ、そうですね」
大井川 狸吉 「むしろ、何で去勢しちゃったんですかね……?」
神田 ヘキサ 「こっちが聞きたいわ!」
(そこへ、ケージで寝ていた巨デブが近づいてくる)
巨デブ 「ぶひぃ……なに、はなしてるのぉ?」
(夏目と大井川、一瞬言葉に詰まるが、何となく察した巨デブが不安げに聞く)
巨デブ 「……まさかぁ……また、ぼくのぉ……きんたまぁ……?」
(神田、動揺して目をそらす)
神田 ヘキサ 「……あー、いや、その、だな……」
(夏目、開き直って事実を告げる)
夏目 圭介 「お前、去勢されてるから売れないらしいぞ」
(沈黙)
巨デブ 「…………」
(巨デブ、震え始める)
巨デブ 「ぶ、ぶひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
(突然、号泣)
巨デブ 「うそぉぉぉぉぉぉぉ!!! ぶひぃぃぃ!!! そんなのぉ、やだぁぁぁぁぁ!!!」
大井川 狸吉 「うわっ、やばい!」
夏目 圭介 「はいはい、落ち着け」
(巨デブ、床に転がりながら泣き続ける)
巨デブ 「ぼくのぉ……きんたまぁ……ぼくのぉ……アイデンティティぃ……ぶひぃぃぃ……」
神田 ヘキサ 「やめろ! 店の前通ってる客が引いてるぞ!」
(ガラス越しに通行人がギョッとした顔で見ている)
巨デブ 「ぶひぃぃぃぃぃぃぃ!!!!(泣きながらケージに激突)」
大井川 狸吉 「これ、どうすんの?」
夏目 圭介 「どうすんのって言われてもなぁ……」
(店内に巨デブの泣き声が響き渡る)
巨デブ 「ぼくのぉ……きんたまぁ……かえしてぇぇぇぇぇ……」
(スタッフ一同、頭を抱えるのであった――)