第六話 駆け引き
薄暗い室内で賑やかな雰囲気の中、俺は息を潜めながら周囲にの気配を探っていた。
なかなかの手練が揃っているが、真に警戒すべきは中央に構える男と、全体を見渡せる場所に陣取った男の二人だ。
他の奴らが手を出す中で、俺とこの二人だけが動かずにいる。わかっているのだ。
この勝負は先に動いた方が負ける。
だが、ずっと動かずにいるわけにもいかない。タイムリミットはあるし、何より現状維持しているだけでは何の進展もない。
どうする? あの二人の戦闘能力は不明だが、こちらから仕掛けてみるか?
いや、それは余りにもリスクが大きい。やっぱりここは静観するしかないか。
「次はどうする?」
くっ……俺のタイムリミットが来てしまった。まずい。このままでは俺は何の成果も出せずに敗北となる。やむを得ないな。ここは先手必勝! 先に動く!
「……シリュース」
「えっ……?」
「シリュースのゴールドで!」
「本当に!? ありがとう! すいませーん! シリュースのゴールドお願いします!」
シラヒメちゃんが元気な声で黒服にオーダーを入れる。それをきっかけに開戦の火蓋は切って落とされた。
「すいません。こっちもシリュースの白黒で」
「僕はリーゲル三原色で」
あの二人、やはり動いたか!
この店の今の相場ならシリュースの白は10万、黒は30万で合計40万エドル。
リーゲルの三原色は赤、緑、青のセットで60万エドルのはず。
俺のシリュースの金は50万。
今のところ大きな差はないが、今日はアンドロイドキャバクラ【電影姫】の3周年記念祭だ。
初参加とはいえ負けるわけにはいかない!
No. 1太客に、俺はなる!
「はーい! ステラちゃんからシリュースのゴールドいただきました!」
ボトルを持ったシラヒメちゃんが可愛くコールをあげる。なんて可愛いんだ。よし、追撃だ!
「シラヒメちゃん! シリュースのコンプリートも追加で頼むよ!」
「えぇえええ! あ、ありがとうございます! はーい、黒服さん! シリュースのコンプ、お願いします!」
俺の追加に明らかに周りからどよめきが起こる。コンプリートは白、ピンク、黒、金、白金のセットで200万もするんだから当然だ。さぁ、二人はどう出る?
「……シリュースのピンクで」
どうやら中央の男は戦線離脱したようだな。くくくっ、普通のヒューマンにはそこが限界だろう。
もう一人のヒューマノイドの男はどうかな?
「僕はリーゲルプレミアムを5本追加で」
な、なにっ! リーゲルプレミアムは一本50万、5本で250万だぞ? 奴はまだやる気だな!
しかし、今日の俺はその程度では怯まないぞ!
「はい! ステラちゃんからシリュースのコンプリートいただきました! ねぇ、ステラちゃん? 嬉しいんだけど、もうそろそろ……」
「心配しないで。それで次だけど」
「う、うん……次は何にするの? そろそろお水とかの方が……」
「アルクのセットを」
「えっ……ア、アルク? アルクトールスのこと? あれのコンプリートセットは300万するんだよ?」
「うん。大丈夫だよ、ほら」
俺が携帯端末の口座記録を見せると、シラヒメちゃんの目の色が変わった。
正確には口座情報が本当か調べてるんだろうけどね。
そして問題ないとわかった途端、シラヒメちゃんが最大ボリュームの声を発した。
「黒服さーん! 最優先! アルクトールスのコンプリートセットお願いしまーす!」
シラヒメちゃんのこの店で一番高いオーダーに店内は騒然となった。あのヒューマノイドの男も今回は諦めてくれたのか、座りながらも拍手をしてくれている。今日は勝たせてもらったぜ。
「はーい! ステラちゃんからシリュースのコンプリートセットからのアルクトールスのコンプリートセットいただきました! もう本当にありがとう! ステラちゃんが今日のNo. 1太客、極太だよ! もう大好き!」
うひょおおおお! シラヒメちゃんからの熱烈なハグ! マシュマロシリコンボディが俺を優しく、それでいてしっかりと包み込んでくれた。なんと素晴らしい抱き心地だ。まるで安心感が具現化したような感触……決めた。俺が死んだら棺桶はこんな感じにしよう。
「よっしゃあ! 今夜は派手に飲むぞぉおおお!」
電影姫の3周年イベントは大盛況のうちに終わった……と思う。
なんせ目が覚めたら、そこはいつものゴミ捨て場だったからだ。
「うっ、あぁぁ……気持ち悪い。やべぇな。流石に昨日はやり過ぎた。途中から記憶もないしなぁ。ちゃんと会計は出来たかな?」
携帯端末で確認すると550万エドル引かれていた。どうやらセット代とか指名料はサービスしてくれたみたいだな。
しかし、今まで貯めてた分を使い果たしちゃったよ。
なんか割の良い仕事見つけないといけないんだけど……
「うぇっ! やばい。とにかくこの頭の中の突貫工事と胃袋に入った錘をどうにかしないと。しゃあない。バァさんに頼るか」
俺は軽くなった貯金とは正反対の重たくなった足で、帰路に着いた。
幸いなことに今日はトラブルがなかったおかげで無事に家に帰ることができた。
「また朝帰りか。まぁ、宇宙警察に捕まっとらんだけマシじゃが……ぐぬっ! な、なんじゃ、この臭いは!?」
「悪ぃ、アレくれ」
「お前また高純度オイル飲んだな!? あれはアンドロイド用じゃといつも言っとるじゃろうが!」
「いや、質の良いやつはまあまあイケるぜ?」
「そんなもんお前だけじゃ! 普通のヒューマンが飲んだら死んどるわい! ったく、このアホが! ほれ!」
ぶつくさと文句言いながらも、バァさんはカプセルを俺に投げ寄越した。
口に含んで飲み込むと、一瞬の内に頭の中の突貫工事は終わり、胃の中の錘は消え去った。
「ふぅ、さすがバァさんのアルコール分解薬はよく効くな。助かったぞ」
「ふん! 煽ててももう何もやらんぞ」
「はいはい。わかってますよ。それより何か依頼はない? 昨日使い過ぎてスッカラカンになっちゃったんだよ」
「あるぞ。しかも報酬は200万じゃ」
に、200万!? これは大きい!
でもヒューマン絡みだろうなぁ、なるべくならやりたくないんだけど、今は背に腹はかえられないしなぁ。
「どんな仕事だ?」
「それについては俺から話そう。ステラ・バラクーダ」