第五話 天国から地獄
「き、貴様は何者だ? 宇宙警察か? それとも軍かっ!」
頭目が冷静を装いながら怒声をあげる。
だが、そんな事はどうでも良い。
アイちゃんの頭に銃口を向けるとは、こいつもロボ娘の魅力がわからない愚者か。
「おい、お前……」
「動くな! 周りを見ろ!」
見ろと言われて見ると宙賊の生き残りが全員アイちゃんに向けて銃口を向けていた。
いくら何でもやり過ぎだろ?
「さっきの動きでお前がただ者でない事はわかっている! だが、ここに来たという事はこいつを助けに来たんだろ!? こいつの蜂の巣になった姿を見たくなかったら武器を捨てて投降しろ!」
おっと、この頭目は意外と洞察力があるみたいだ。紛争地域のマズード育ちってのは伊達じゃないらしい。
うーん、この距離だと流石に全員は間に合わないか。もうちょっと近づかないとな。
「お、おいっ! 止まれ! 止まらないとこのガラクタを……」
「アイちゃんはガラクタじゃねぇよ。お前こそ汚い格好でアイちゃんに近づくんじゃない! くせぇ臭いが移るだろうが。まぁ、それでも俺はアイちゃんを抱きしめるのに何の躊躇ないけどな」
アイちゃんの視線が冷たい事は気にせず、俺は更に距離を詰める。
「だまれ! この変態野郎が! それ以上近づくんじゃねぇ! 本当に撃つぞ!」
全員のトリガーに指がかかり、アイちゃんが縛られた身体を必死に動かしながら首を大きく横に振り始めた。
音声発信妨害マスクのせいで喋れないからあれが精一杯なんだろう。
大丈夫、わかってるよ。それにあと一歩だからね。
「こ、この野郎……舐めやがって! お望みどおりこいつを正真正銘のガラクタにしてやらぁああああああ!」
頭目の喚き声で男達が一斉にアイちゃんに向かってトリガーを引こうとした。
けど、遅い。もう間に合っているんだよ!
ブラスター銃の発射音が工場内に響いた後で男達が一斉に悲鳴を上げた。
「ぎゃああああ! お、俺の腕がぁああああああ!」
「な、ない! 俺の……俺の手がないっ! うわぁぁああああああ!」
「痛え! 痛えよ! 痛えよぉおおおお!」
なんて不協和音の大合唱だ。聞くに堪えないし、不様に転げ回る姿は見るにも堪えない。宙賊なら腕の一本や二本でガタガタ言うなよ。
「て、てめぇ……汚いぞ! 仲間を隠してやがったな!」
「いや、俺一人だぞ?」
「嘘をつくな! 十人を一斉に撃つなんて芸当、一人で出来るわけないだろうがっ!」
「そう言われても困る。それと十人じゃなくて十一人な?」
俺が指差した先に視線を向けた頭目は眼をひん剥いた。
そこには震えながらアイちゃんが立っていた。
「ひ、ひどいです! いくら拘束を外すためでもレーザー銃よりも高火力のブラスター銃で撃つなんてっ!」
「ごめんごめん。これしか持ってないんだよ。それにマスクも似合ってたし、縛られた姿も唆るんだけど、やっぱりいつものアイちゃんが最高だから一秒でも早く解放してあげたくて」
「縛られた姿が唆るって……さ、最低です!」
ドン引かれてしまった。
でも、しょうがないじゃん! あのムッチムチのメタリックボディが縄で縛られてたんだよ? 普段なら絶対にないシチュエーションだから興奮するでしょ!
特に後ろ手に縛られて突き出された胸パーツに掛かる縄なんて……ホログラフィー撮っておけばよかった、ちくしょー!
「ば、馬鹿な……俺達全員が撃つ前に全員を撃って、更に人質の縄とマスクを正確に撃ち抜いたって言うのか……?」
「あっ、それは違うぞ。一番最初にアイちゃんの拘束を外したんだ。その後で近いやつから順に撃っただけ。まぁ、アイちゃんの近くの奴らは誤射の危険もあるからしっかり狙って撃ったけど、それ以外の奴らは結構雑に撃っちゃったけどね」
流石に全員の利き腕だけを潰すのは面倒だったから、遠くにいた何人かは胴体に当てた。死ぬほど痛いだろうけど、死んでないだけマシだと思って欲しい。
本当なら全員殺してもよかったんだけど、アイちゃんが必死にお願いするから殺さなかったんだ。
マジでアイちゃんの優しさに感謝しろよ? そしてロボ娘を崇めろ。
「お、おい! お前にいい話がある! 俺達はマズードから来たんだ! 良い働き口を知っている! お前のその腕ならいくらでも稼げるぞ! どうだ? 俺と組まないか!? 俺達が組めば金はいくらでも……」
「うん、興味ないわ」
俺は頭目の話を遮って断った。
こっちはそんな話は聞き飽きてるんだよ。ったく、どいつもこいつも。
「ま、待て! 考えてみろ! 紛争地域は金になるんだ! 敵だったら何人ぶっ殺しても罪にならねぇし、地位も名誉も金も全てが手に入るんだぞ! 悪い事は言わねぇ! お前も俺と一緒に……うっ」
「いい加減にしろ。俺はお前みたいに戦争を利用して儲けようとする奴が一番嫌いなんだよ。地位だ? 名誉だ? 金だ? 虫唾が走るんだよ!」
「ヒッ……わ、わかった……もう言わねぇ、か、勘弁してくれ」
「俺の国にこんな言葉がある。『吐いた唾は飲めない』ってな。お前の体に戦争の悲惨さをリアルに叩き込んでやろうか?」
「あ、あ……ぁあああああ……あぁあああああああああっ!」
俺の圧に頭目は失禁して白眼を剥いて倒れた。いや、頭目だけじゃない。その場にいた俺とアイちゃん以外の全員が気を失った。ちょっと強めの殺気をぶつけただけなのに。軟弱者、それでも男かっ!
「こ、殺しちゃったんですか?」
アイちゃんが可愛い顔に悲しさを滲ませながら聞いてきた。こんな奴等の身まで案じてあげるなんて優し過ぎる! 天使か?
「大丈夫。死んでないよ。ちょっと殺気を強く当てたから怖くなって意識を手放しちゃっただけ。俺がアイちゃんの前で血生臭い事するわけないじゃん」
「そ、そうですか。良かった。でも、知りませんでした。ステラさんが戦争を経験してたなんて……」
「……へっ?」
アイちゃんが何か誤解をしているようだ。もしかして、さっきので俺が戦争経験者だと思っちゃった?
「私、今までステラさんはいい加減でアンドロイドに固執する異常性癖のろくでなしだと思ってました」
酷い言われようである。
俺がもう少し子どもだったら泣いているぞ?
「でも、さっきの話でわかりました。ステラさんはきっと過酷な戦場で心身が疲弊して、それがストレスになってアンドロイドに性的な眼を向けるようになっちゃったんですね。私、私そんな辛い過去をステラさんが背負ってたなんて知らなくて……ううぅ」
すいません、戦争なんか行ってません。
さっきのはテレビやネットから得た知識です。間違った知識ではないと思いますが、体験談ではありません。
だから視覚センサーから冷却水を流すのはやめてください。
「ステラさん!」
「うおっ! え、えぇえええええ!」
急にアイちゃんが俺を抱きしめたっ!?
もしかして俺を憐れんで……ご、誤解だけど今は解きたくない! アイちゃんのこの感触を手放したく……な、なにっ!? なんて事だ……この胸パーツ! 見た目にはわからないが極薄の高性能シリコンで覆われていて柔らかいぞ! 万が一、衝突した際の緩衝のためか?
いや、何にしても設計してくれた人ありがとう! うへへ、やっぱりロボ娘は最高だ! 俺はアイちゃんの気の済むまで天国を味わった
後日、毛むくじゃらの犬のせいで嘘がバレて、アイちゃんが一週間も口をきいてくれない地獄の日々を味わう羽目になった。