第一話 ステラ
目を開けるとゴミ捨て場だった。
生ゴミなんて貴重な資源はないけれど、錆びた機械の部品や使い古されたオイルの酷い臭いが充満していて臭い。
我ながらよくこんな所で寝ていられたものだ。
「うーん、昨日は飲みすぎたな。途中から記憶がない……のはいつも通りか。さて帰るか」
脳みそが酒に浸かっているようで思考が上手くまとまらないけど、何とか足を進める。
それにしても毎回酔ったらあのゴミ捨て場で寝るのは何故なんだ? もしかして誰かに捨てられてるんじゃないだろうか。
まぁ、酔っぱらいなんて真面目に働いてる人達からすれば迷惑なもんだ。捨てられても文句は言えないだろう。
「うぅ、今日も賑やかだなぁ」
路地裏から大通りに出ると、人工陽光が市街を照らしている。肌の色が違う人間や異形の者達が生活するこの宇宙都市の光景にもすっかり慣れた。
俺は六合恒星。
日本でサラリーマンをしているロボ娘しか愛せないごくごく普通のアラサーだった。
半年前のある日、仕事を終えて日課の神絵師達のロボ娘の絵を堪能していた俺は、気がついたらこのSF異世界にいた。
もちろん最初はパニックを起こしたけど、女性型アンドロイド達が楽しそうにおしゃべりしているのが見えた瞬間、頭ではなく心がこの世界を受け入れた。
何故かって? 決まっている!
俺の愛するロボ娘が現実に存在しているんだ! 日本では二次元の世界でしか存在しなかったロボ娘達が当たり前に生活しているんだ!
そうとわかれば迷いなどない!
父よ、母よ、ごめんなさい!
俺はこの世界で生きて行きます!
そう決めた俺は【恒星】から【ステラ】と名前を変えて、この世界で生きていく事にした。
「あれからもう半年か」
懐かしさに少し感傷的になりながらも、その場を後にして、さっきとは違う路地裏に入って奥へと進んで行く。
そこには市街の人工陽光のおこぼれで僅かに照らされているだけの鬱々としたスラム街が広がっていた。
まあ、スラム街とは言っても政府が区画整理出来ていないからそう呼ばれているだけで、普通の街と何も変わらない街だけどね。
食料品店や雑貨屋もあるし、武器屋に酒場、娼館だってたくさん建ち並んでいる。元気な奴等があちこちで喧嘩していて、粗雑なビル裏では闇取引が行われている。
至って普通の街だ。
「何しやがるんだ! このポンコツが!」
酒に酔った馬鹿が騒いで店員と揉めるのだって日常茶飯事だ。別に驚く程の事じゃな……あっ! あのくそ野郎がっ! 絶対に許さないぞ!
「や、やめてくださいっ!」
「うるせぇ! このポンコツ給仕ロボがっ! 俺様に酒をかけるとはいい度胸だ!」
「そ、それはあなたが急にぶつかってきたから……」
「言い訳すんじゃねぇ! 愛玩用にも出来ねえ旧式のポンコツ風情が俺様に意見してんじゃねぇぞ! てめえみたいな使いもんにならねぇクズロボはバラしてパーツ屋に売り飛ばして……な、な、なんだっ!?」
「ス、ステラさんっ!?」
愛しのアンドロイド、アイちゃんに詰め寄っていた男を背後から首根っこを掴んで強引に持ち上げた。
酔っ払い男は短い手足をバタバタとさせていて、まるで捕まえられた虫のようだ。
それにしてもこの害虫、見た目はヒューマンっぽいけどちょっと重いな。
サイボーグか? だったら加減はいらないな。
「お前、アイちゃんに何してんの?」
「な、何だ! てめえはっ!?」
男は踠きながら精一杯の怒声を上げた。どうやら俺を知らないらしい。って事はこの街の奴じゃないから知らなかったんだろうけど、アイちゃんの腕を掴んで引っ張り回した罪は知らないでは済まされない。
「おい、酔っぱらい。お前が何処から来たのかなんて知らないし、喧嘩しようが闇取引しようが知った事じゃない。だけどな、アイちゃんのぽちゃぽちゃムチムチボディをベタベタ触りやがった事は見過ごせないんだよ!」
「ぽ、ぽちゃぽちゃムチムチって……」
アイちゃんが身体を隠すように両腕で自身の身体を包み込むような仕草をした。
ア、アイちゃん! エ、エッチすぎる! そのポーズはエッチ過ぎるよ!
「ふ、ふざけんな! こんなヒューマノイドでも無いただの旧式のポンコツアンドロイドが何だって言うんだっ!」
「てめぇ……その役に立たない目ん玉をくり抜いて、戯言しかたたけない口を引き裂いてやろうか?」
「ひぃ……か、勘弁してくれ……俺の負けだ」
少し力を込めると首パーツに指が食い込んだ。酔っぱらい男は酔いが醒めたのか顔を蒼白にして謝り始めた。
しかし、今更謝っても遅い!
こいつは何もわかっちゃいない!
わかっちゃいないんだ!
「お前にはアイちゃんの素晴らしさがわからないのか!? ポニーテール型のメカヘアーにキリッとしたデュアルアイのマスクフェイス! 丸みを帯びたL寸の豊満なムチムチボディと、それを繋ぐ艶やかな球体関節! しかも、こんなエロエロむちむちボディでありながらエプロン姿で健気に働くアイちゃんの素晴らしさが、貴様にはわからんと言うのかぁあああああっ!」
「ひぎゃぁああああ!」
「あ、あの……ステラさん? は、恥ずかしいからもうそのへんで……」
酔っぱらいのけたたましい悲鳴の中、アイちゃんが小さく言った言葉を俺の聴覚は聞き逃さなかった。
はずかしい。
こ、こいつ……まさか、アイちゃんに辱めをっ!!!!! こ、殺すっ!
「き、貴様……よくもアイちゃんに辱めを! 絶対に許さん! このまま貴様の首を捻じ切って、身体をバラバラにしてから箱に詰めて宇宙の彼方に放り出してやる! 先ずは喰らえ! 正義の鉄拳を!」
「ぎゃぁあああああ! た、助けてくれ!」
「そこ! 何をやっているか! あっ! またお前か! ステラ!」
酔っぱらいをボコボコにしていると、誰かが通報したのか宇宙警察がやって来て何故か俺も捕まった。
だけど悔いは無い。
ロボ娘をいじめる者は俺が許さない!