Ⅱ.宮沢。もしくは宮澤。
今を生きろ。
―宮沢は地方の小さな高校から、その知識が認められてかこの上川高校に来た。
確か高校三年の夏休み明けのことだった。
宮沢の親は、幼少期から中学卒業くらいまで普通だったのだが、高校1年くらいから金銭トラブルで、会社を首 になり、借金を背負わされ、そこから壊れていった。
父親は、母に暴力を振り、宮沢に勉強をさせ、名門大学に入れと言うようになっていき、残り少ない金で酒と女 に溺れ、金が底を尽きると彼にアルバイトをするよう強いれた。
そして、高校3年の夏頃には、バイトを三つ掛け持ちしてたそうだ。そうしないと自分だけでなく、母もぶたれ るからだろう。
その頃から、母は毎日レイプされ、ぶたれ、それをただ見て、次は自分の番だと怖気ついて、父が寝ついた頃には勉強をして。毎日そんな生活。
きつかったろう。
だがそんな生活もある日突然にして終わる。
3年のちょうど冬至の日だった。バイトが終わって23:30、1人で歩く暗黒。家が近くなるとサイレンの音が響くようになり、それが父によるものだと分かった時にはもう遅かった。
父は母を何度も包丁で刺して、殺した。そんなことは警察に言われなくても分かったそうだ。
父はその後裁判で、精神疾患はあったものの、この殺害を正当化できないとして死刑に処した。 それを知った時宮沢はなにを思ったのだろう。
このことを話してくれたのは、今年の冬至の日。
この学校に転校してきた彼は、最初の自己紹介?挨拶?で、、、
「千城高校から転校してきました。」
「名前は?」
「、 、 、 」
「、、、えーっと、宮澤幸海くんです」
あたりは静まり返っていた。
「じゃあ、宮澤くん、真木の隣の席に座って。」
そう東先生が雰囲気を和ませようと言った。
「はい、今日転校してきた宮澤くんです。みんな、仲良くしろよーしないとまた転校するって言ってるから」
いつもは大ウケするはずの東先生のギャグも、焦っていたせいか、逆に空気を悪くした。
なんだあの転校生?
確かに 転校初日にして、名前を言わず、無言で、東先生のギャグをスベらした人間は、誰であろうと軽蔑されるだろう。
そこまでは特に問題なかったのだが、昼になると、この高校では珍しい暴走族らが彼の周りに集まり、
「お前、どこからきたんだ?あ?」
「、 、 、 」
「千城高校だろぉ。あの馬鹿学校の。」
「お前、あんな所からきたのか。部外者が。さっさと消え去れよ。」
「、 、 、 」
「おい、 聞こえなかったか?こっから消えろっつってんだよぉ。」
「、 、 、 。 」
教室内には人数は少ないものの、強烈な緊張感に覆われていた。
それもそう。この暴力団らは一回学校の窓を半分割り、最初はバレてなかったものの、教室内、学校内、そして最後にはネットで自分達が窓を破った犯人だ と言いバラしたらしく、あっさり見つかってしまった。
そんな経歴のある彼らがここ暴れるとなると、大惨事になり得ない。
おい!返事くらいしろぉーー! そう言って1人が殴りかかろうとした瞬間、
「おい!なにやってんだ!」
と東先生。この時間に珍しく教室に戻ってきた先生は、宮澤の席の方を見るなり、そう叫んだ。すると、暴走族らはあっという間に消えていった。
「大丈夫か?宮澤。 怪我はないか?」
「、 、 、 はい、、、」久しぶりに喋ったので、クラスには再びざわざわ感で賑わった。
放課後、足の調子が悪かったことで一日中教室の中にいたため、この「暴走族ら暴力未遂事件」の一部始終を目撃し、友だち達も気づいたらもういなかったので、1人、このことが頭から離れず一人下校していた。
私は、1人ぼっちの子、いじめられてる子は見てられない。助けたい。でもその勇気が自分の中にあるのか。
そんなことにアタマを悩ませながらふと、目黒川を眺める。すると、1人階段に座っている学生服を着た人物、間違いない、宮澤くんだろう。
気づいたらそっちに向かっていた。
「宮澤くん、かな?」
「、 、 、 ?」
「あ、覚えてないか。宮澤くんの隣の隣にいた人だよ。」
「、 、 (会釈)」
「宮澤くん、悩みとか、ない?どんな話でもいいし、誰にもバラさないから、気を楽にして言ってごらん」
少しびっくりしたような、安心したような表情を見せた。
「、 、 あ、のぅ、 、 」
「全然、焦らないでいいから。ゆっくりと−」
そう言うと、ゆっくり と話してくれた。
「 “ 僕、は、、自分の過去を 今までを忘れたい、、、」
「そっか、、、何かできることはない?」
「名前を変えたい。」
宮澤幸海、この名前を変えたいと彼は言った。
私は少し驚くも、それが表情に出てしまってることを宮澤くんのまなざしから直感した。
「そうか。」
「自分の名前を書くたびに、聞くたびに、見るたびに、過去を思い出す。」
「その時見たモノや感じたものを思い出すたびに、、、」
俺はその言葉を聞き、自分親に伝え、こども安全介護センターなどに問い合わせて、そしてやっと、名前を変えることを許可された。
付けた名前は、「宮沢秦䒳」。
「秦」には“新しい”という意味と、中国の初めて中華を統一した国「秦」という、“今までにないことを成し遂げる”という意味を込めている。
「䒳」には、木の枝、花の咲いた枝という意味があり、“木の枝のようにたくさんの夢と希望を咲かせて”などという意味がある。
どれも2人で考えたものだ。その時に初めて笑った宮沢の表情は、これまでと違って、とても楽しそうに思えた。
―そして学校。東先生と上野先生のハイテクなトーク力でこれまであったことを簡潔に、周りくどくみんなに伝えた。最初のうちはみんなも気が動転しているようで、静かだったが、時が経つにつれてみんなが宮沢の元に向かった。その時に宮沢が一人一人に「宮沢秦䒳です。よろしくお願いします。」と言ったことは謎のツボである。おそらく、いまだにこのクラスで話しかけていないのは暴走族どもだけだろう。
俺達はそいつらが喧嘩を仕掛けてこないか一時期警戒していたものの、川﨑の兄たち、いわゆる「暴力団」らがいたおかげで事態は免れることができた。
そして俺らはみんなで同じ大学に入った。
その高校には大学専門コースというものがあり、そこの先生がめっちゃすごい人だった。堀が深い顔立ちで、裏社会感が半端なかったが、めっちゃすごかったのか。まぁ、とにかくすごい。
そして時が経ち、俺と宮沢、下山、柴又、大平、川﨑は何故か大学2年の蓮加らに「宮沢歌劇団」と呼ばれるようになったのである。
俺の予想では、宮沢の過去を噂で聞いた蓮加らの誰かが、「映画みたいな話やなぁ」となって、知っている、リズムの良い言葉に当てはめた結果「宮沢歌劇団」になったという。
―それからというものの、段々と元気を取り戻していった宮沢はこのように大はしゃぎできるようになったのだ。 すごい回復力。
年越し5分前。気づけば15分が過ぎ、美波たちは奥のほうへ言ってしまった。
「どこ行くんかーい」と思ったものの、あっという間に見えなくなってしまった。足だけあ速いのが彼女らの特徴だと今確信した。
信号渡ってすぐそこにニュース記者がいるので、おそらくそっちの方へ行ったのだろう。
すると下山から順に彼女らを追うも、かなり人が混んでおり、なかなか進めず、ついに諦
た。やはり足だけは負けた。
いきなり冷え込んできた。なんと今の気温は−7℃らしい。驚いたな。体感だとそこまで低くないと思っていたのだが。おそらく汗をかいているから、風が吹き始めて寒く感じたのだろう。
そして気づけばあと1分!30分前と比べても、人の増加数は尋常じゃない。1、5倍は増えたろう。美波達も見えなくなり、宮沢達も興奮している。
10!カウントダウンが始まる。
9!俺たちも一斉にカウントする。
8!この時だけは世界が一つにまとまったような、不思議な気分になった。
7!
6!
5!
4!
3!
2!
1!女性の叫び声がした。
0!ハッピーニューヤー。 その声は明らかに小さくなっていた。
一気に前の人が後ろに下がってくるので、なにがあったのかと思った。だが、その瞬間、
バーン‼︎‼︎
という大きな爆発音と同時に辺りの人は眩しさに目を塞いだ。
前列から聞こえる叫び声と車の音だけが辺りに響き渡っていた。
と思うと次は何か大きな物の落下音とグシャッという何とも言えない音で耳を塞いだ。
今回のカウントダウンは過去最高の参加者数で、前から後ろを、後ろから前を見ることは不可能だ。
何も状況がわからない中、ボク達は呆然と硬直していた。数秒間固まったが、ふっと見上げたタワマンの、カウントダウン表の上方が飛び散っていた。
そして宮沢たちと顔を見合わせた。みんなも何が起きてるか、状況がわかっていないようだ。
キャーッ
今度は背後から女性の叫び声が聞こえた。そこには白塗りの顔に唇と目の周りを黒く染って、赤いスーツをきていた。ピエロの様な姿だった。
そのピエロはサバイバルナイフで女性を刺していた。
そして引っこ抜くと今度は隣にいた男性に刺した。また、その隣にいた女性も刺した。
アタマが真っ白になるも宮沢たちに呼掛け、その場を離れようとした。すると、
「あれ、美波じゃね⁈」
美波達の方にピエロが向かっている。
「美波ぃー‼︎」
びっくりした様にこっちを向く。
「危ない‼︎」
そういうとピエロがこっちに向かってきた。ピエロの唇は黒じゃない。赤だ。
大和田さん、宮沢、危ない!戻って来い! そう呼びかけた時にはもう遅かった。大和田がピエロに刺された。
「大和田!」 御調が走り出す。
「待って 御調さん‼︎」
何故警察は来ない⁉︎ もう5分前にはすぐ近くにいたのに!
「くそっ」
「待て宮沢!お前まで行くな!―」
「誰かが行かないと次は御調先輩が、、、後で後悔してからでは遅いんだ!」
なんとか宮沢と御調でピエロを拘束するも、すぐに投げ飛ばされた。宮沢は勢よく壁に打撲してしまい、動けないようだ。御調は、ピエロに襲われている。
どうすれば良いかわからない。
だから、宮沢に声をかけた時以上に勇気を振り絞って足を踏み入れる。柴又、下山、松川さん、そこで待ってて。
「おい!待て!」
その時、警察が駆けつけ、ピエロを完全に拘束した。
「離れてください!みなさん!近づかないでください!」
俺は、硬直して離れない美波たちの所へ駆け寄り、倒れた宮沢たちをどうしてあげることも出来ず警察の案内で近くの建物に避難した。
To be continued.
年越しだからって、吉だけだと思うな。
地獄は、絶頂に達した時だ。