【西洋・ハイファン】無能料理人に魔王討伐は荷が重い 後半
宣伝欄
●2025年10月1日全編書き下ろし7巻&8巻発売
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従業員を雇い始めてから三ヶ月が経過した。もう、転移魔法は怖くない。
熾しても熾しても足りない火は倍の火力をカーネスが出してくれるし、汲んでも汲んでも終わらない水汲みはシェリーシャさんがパッと水を出してくれるし、切っても切っても終わらない野菜の下処理はギルダが一瞬にして終わらせる。
憎かったこの世から消してしまいたかった転移魔法も今は恐ろしくない。だって従業員がいるんだもの。だから行列なんて関係ない。一瞬で捌くことが出来る。
そう、思っていた。
麗らかな午後、炒め物に味をつけていると、後ろからギルダがやってくる。
「私の女神、あの男のことなんだが」
臭みの強い食材も、じっくり漬けてから焼くと、劇的に味が変わったりする。
けれど。
半月で、ここまで人間が豹変するなんてことは、本当にあるのだろうか。
「女神じゃないです。店長です」
「貴女が店の主なわけがないだろう」
屈託のない瞳で全否定され、脱力する。
ギルダを雇って半月。彼女は完全に化け物に変わった。
『化け物のような私を受け入れてくれた。人間の優しさとは思えない。どうしてか考え、気付いたんだ。貴女は女神様、なのだろう?』
なんて結論を出し、違うと否定してもそれからずっと私を女神設定のままごとに巻き込んでくる。迷惑極まりないが、「私は人間です」と言えば、カーネスが「そうです、店長は人間なので催淫魔法も効くし媚薬も効くし身体で堕ちる可能性もあるし分からせられたりすることもあるので守らなきゃいけないんですよ」と最悪な援護射撃が飛んでくるし、シェリーシャさんは「人間じゃなくなれば、死ななくなるわね」と意味深に笑う。
さらに常連客たちは「精霊王に頼んで精霊にすれば長寿になる」だったり、「龍神に仇をなし呪いを受ければ、その呪いを解くまで死ねなくなる。それを利用すれば」なんて道徳皆無の効率馬鹿助言お披露目会をしては盛り上がる。最悪でしかない。
「それで、あの男の話に戻すが、炎の少年は、女神を何度も見た人間は女神に襲い掛かると言う。神に背く者は死をもって償うべきだ」
「うん、襲い掛からないから大丈夫だよ。あと女神じゃないです」
思えばカーネスもシェリーシャさんも「最初とはだいぶ性格違くない?」みたいな、変化があった。
カーネスは痛い根暗から痛くて明るい変態に、シェリーシャさんも陰鬱とした痛い感じからほんわか妖艶お姉さん兼倫理観皆無幼女に変わった。
そしてギルダは、このありさま。
私はそばにいたカーネスを睨む。
「おい、そこの火力係」
「どうしました? 籍入れます?」
「今度病院行こうか」
「はは、嬉しいなあ。女の子と男の子、どっちでしょうね」
駄目だ。頭おかしい奴の思考回路どうにかなってるわ。相手にしない、というのが最大の自己防衛だった。
「ギルダに変なこと教えただろ」
「何がですか」
「私を二回見たら襲い掛かるとか何か言っただろ」
「あー、言いましたねえ」
悪びれもせずに認めるカーネスを小突くと、カーネスは半笑いで話を続けた。
「だって、来店注文退店以外で店長を何度も見るって、むしろ邪念と好意しかないですよね? 犯罪じゃないですか? 俺はそこの哀れな騎士様に社会を教えたまでですよ」
なんだろう、カーネスの学んだ司法って、私が学んだ司法とだいぶ違うのかな。
「それに、あの騎士様が女神だのなんだの言いだしたのは俺が干渉する前です。つまり、あれがあいつの性癖ってことです。汚してはならない存在を汚したい、それも自分より上位で清廉な存在を快楽でぐちゃぐちゃにして堕としたい、正しさに囚われていたからこそ、背徳感に惹かれるわけです。気持ちは分からなくもないですが、俺はあくまで両想い、もしくは両片思いあってのものなので、俺の騎士道とは違います。目を見て分かります。あいつは、思い余る」
「その極端物騒発言本当に直さないとその口に芋詰めるからね」
「店長の口移しなら歓迎です」
頭が痛い。カーネスを放置して料理にまた取り掛かろうとすると、シェリーシャちゃんが嬉々として客を凍らせようとしているのが視界に入った。
その後ろではギルダがいる。
「すみませんお客様! うちの従業員が大変な失礼を!」
全力の低姿勢で凍りかけているお客様に近付いていく。すると「うちの」と言ったところでシェリーシャさんとギルダは口元に笑みを浮かべた。
何だろう、私には威厳が無いのだろうか。店長なのに。後で従業員たちには、威厳を見せなければ。どうやって見せていいかいまいちわからないけど。
いや、今はこんなこと考えている場合じゃない。
私はお客様に誠心誠意頭を下げながら、どう許してもらおうか考えた。
「接客担当を雇おうと思う」
営業終了後、人気の無さそうな森に入りテントを立てたところで、私は皆に言った。
「半分くらい客燃やします? そうしたら今までの半分の量になりますよ」
「静かにして」
野宿の準備をしながら、カーネスが明るい調子で声をかけてくる。カーネスに疲労の概念は無いのか。
「あの、一生に六百度くらいのお願いなので、声出しちゃだめだからね……って上目遣いで言ってくれません?」
私はカーネスを無視した。無視は良くないけど許してほしい。
「もういっそ、店を開かず討伐に専念するのはどうかしら」
「駄目だ天啓に聞こえる」
シェリーシャさんの殺意衝動による思考すら、救いに感じてきた。落ち着かないと。
「すまない、私は何も思いつかない……」
「ありがとう、ギルダ。一人くらい平和主義がいないと収集つかないからね。そのままでいて」
「女神の御心のままに」
最後の一言を聞かなければ、安心だった。女神ままごとさえしなければ、ギルダは一番まともだけどその「さえしなければ」の部分があまりに濃い。
「でも、どうして接客担当が欲しいの? 魔法はいらないのに」
シェリーシャさんが聞いてくる。確かにその通りだった。接客に魔法はいらない。魔法で運ぶにせよ、店を構えているわけでもないから、客席はそう多くない。持ち帰りのお客さんも多い。接客ももちろん大切だけど、拡充を考えるなら調理だ。でも、
「損害賠償がものすごく多いんだわ」
カーネス、シェリーシャさん、ギルダ。
三人とも、客を殺しかける接客しかしない。
たまに普通に接客するときもあるけど、子供とお年寄りに対してだけだ。ゆりかごから墓場までではなく、ゆりかごと墓場のみ正常な接客になる。
あとはもう、戦闘になり周囲に迷惑をかけお金で解決をして結果赤字だ。だから、接客担当がほしい。魔法は、三人を止められればなんでもいい。どんな属性でも。
しかし、三人はいい顔をしない。「え……」と嫌そうにこちらを見ている。
「なに」
「普通の人間をご希望なら無理だと思いますよ」
「そうね。耐えられないと思うわ」
「二人に同意する。客とも合わないだろう」
自称化け物設定で勝手なことを言ってくるけど、普通の人間相手の商売をしているのだから普通の人間でいいんだ。最近は「もふもふ」が流行り、もふついた接客係が流行っているけど、ただ普通に何かあったときお客様を攻撃しないだけでいい。
「すみませーん、今お時間って空いてますか?」
「すみません、お店もう閉めちゃったんですよ」
人影は、落ち着いた雰囲気を持った、私より二歳か三歳くらい年上の青年だった。
見るからに「信頼にたる人物です」という雰囲気をまとっている。優しそうで、子供やお年寄りに好かれそう。
とはいえ、もうお店は閉めてしまった。残り物もないし、近くに町もある。そちらはまだ開いているはずだ。
「近くにお店があるので……」
「あ、違います。ここじゃなきゃダメで」
「え……?」
「ここで、働きたいんです」
「申し遅れました。私の名はローグと申します」
急遽店で使用している椅子を二つ取り出し、ローグさんと向かい合って座る。
カーネスやシェリーシャさん、ギルダが同席したいと言っていたけど、いわばこれは面接。四対一で圧迫するのも気が引けるし、何より三人はまともじゃないから、まともな私が正確な判断をしなければいけない。
だけど、やや右側の木の陰から三つ頭が見える。
「えっと、店長のクロエです」
私は三人を認識しつつ、ローグさんに顔を向けた。
どこからどう見ても、まともそう。爽やかでありながら物腰も落ち着いているし、その柔和な面持ちから客の増加も見込めそう。
でも、カーネスもシェリーシャさんもギルダも、黙ってさえいればまともそうに見える。
今回は接客担当、本当に正気の人間を採用しなければいけない。
「……どうして、この屋台で働きたいと?」
「はい、一度このお店の料理を食べたことがあって、感銘を受けまして……」
照れ笑いを浮かべるローグさん。
どうしよう、見覚えがない。
持ち帰りのお客さん経由か、私が転移魔法でおかしくなってた時のお客さん、かもしれない。
普段なら、お客さんの顔と、誰が何を注文したか、大体の苦手なものは覚えてる。
でもそれは通常営業の時だけだ。転移魔法によって精神を摩耗し、料理とお会計の往復をしていた頃は、もはや記憶がない。思い出そうとすると頭痛と吐き気に襲われる。
「えっと、魔法の適性はどんな感じに……」
「私は土属性の魔法を多少……という形ですね」
土属性の魔法……って、何が出来るんだっけ。
「例えば……」
「泥人形を、多少」
「泥人形……ああ、ゴーレムとかですか?」
魔力を込めて動かす土で出来た人形を、ゴーレムという。ゴーレムは三種類あり、人間や魔物が魔法で作ったゴーレムと、周囲にめちゃくちゃ強い魔力を持つ木とか魔道具があり、その影響を受け自然に出来たゴーレムと、見た目がゴーレムっぽいからというだけでゴーレムと呼ばれている良くわからない何かだ。
いろいろ難しい名称がついていた気がするけど、誰かが作ったゴーレム、天然もののゴーレム、便宜上ゴーレムと呼ばれてる何かで区分され、強さから何からまちまちで、どれがいいとかもない。
そのため学者以外は何を見ても「ゴーレムだ」としか言わないけど、ゴーレムを専門的に研究している学者は何でもかんでものゴーレム呼びをめちゃくちゃ怒る。
ただ、ゴーレムを偏愛している人間は多い。ゴーレム目当てのお客さんの来店増員も見込める。
「接客業の経験は?」
「はい、もともと飲食業に興味はあったのですが、家業として代々公爵家に仕えており、そこで執事兼秘書として十六歳の頃から四年、夢をあきらめきれず公爵家の口利きにより、王宮の給仕として五年働いておりました」
「では、現在二十五歳……」
「はい。将来を考え、本格的に飲食業の世界で働けたらと考え志望いたしました」
いや完璧じゃない? この経歴、完璧じゃない? まさに接客特化。足りない場所を埋める存在だ。
間違いなく我が屋台を救う救世主。絶対に欲しい。
「えっと、この屋台移動式でして、流浪することになるんですけど、その、ご家族とかに説明とかされてますか?」
「はい。許可は得ています。もともと、私が十六歳から働いていたのは、父が一時期体調を崩し、その代理です。弟がいるのですが、丁度彼が一人前になった頃合いに王宮の給士に転職したんです」
「なるほど……」
「なので、即日でも雇ってもらえるよう、準備は終わっています」
夢? 夢でも見てる?
こんな素敵な人材、本当にいるの? 現実?
振り返って三人を見てみると、何だか警戒した目をこちらに向けている。
「では、えっと、とりあえず……次の街まであと少しなので、そこに滞在している間、試用期間として働いていただけたら……うれしいです」
完璧な人材だけど、完璧すぎるがゆえに詐欺の可能性もある。私は今すぐ正式採用したい気持ちを抑えながらそう言った。しかし彼は意外そうな顔をする。
「正式採用ではないのですね」
「ええ、まぁ……」
「僕じゃ……駄目ですか?」
じっと見つめるローグさん。なんか恋愛劇に出てくる男みたいな見方だ。言葉もそうだし。カーネスが過剰反応しそう、と思って一瞬振り返るけれど、カーネスは騒いだりせず怪訝な表情をしていた。
カーネスの判定がわからない。これが大丈夫なら普段も暴れださないでほしい。
「まぁ、ほかの従業員たち、ちょっと……独特の雰囲気があるので、一度ローグさんのほうでもこの職場が合っているか……ご判断いただくのがいいと思います」
「……分かりました」
ローグさんはなんだか変なものをみるように私を見る。
「どうかされましたか……?」
「いえ、ありがとうございます。よろしくお願いします!」
私の言葉に、ローグさんが快活そうな笑みを浮かべる。しかし一瞬だけその笑顔が、疲れ切った接客業特有の「もう客など信用できるか」という世捨て人の無機質な笑みに感じた。けれどまた、穏やかな笑みに戻る。
私は不思議に思いつつ、彼に店や従業員の紹介を始めることにした。
「なんかさー道間違えてる感じしない?」
荷台を引っ張りながら、後方で荷台を押す皆に尋ねる。ローグさんが来て五日。歩けども見渡す景色は木、岩、木、岩の繰り返し、全くもって次の街が見えてこない。
「何も間違えてないですよ、地図の通りちゃんと進んでます」
「あとどれくらいでつきそう?」
「三日くらいじゃないですか……? 楽しいですねっ! 人気のない道はっ! えへへへへ」
カーネスの答えに気が遠くなる。朝起きて荷台引いて寝る生活は嫌だ。街で料理作りたい。というか「試用期間として~」なんて話をしたにもかかわらず、ローグさんが来てまだ一度も店を開いていない。新人研修じゃなく新人野営研修になってしまっている。
「何か近道とか裏道無いかなあ……何かさあ、建物とかでもいいよ、生命が存在する場所に行きたい」
「クロエ、あそこに城がある」
ギルダが至って冷静に指を差す方向を見ると、至って冷静になれない建造物がそびえ立っていた。
「城だぁ……」
城。どう見ても、城。黒い鉄材か何かで建築されたその建物は全てが黒く、何だか禍々しいオーラを放っているように見える。これ、あれだ。いわくつきの城だ。絶対痴情の縺れとかで一族死んだ感じで、夜な夜な幽霊が出てくるタイプの城だ。
「……、うん、あれ絶対関わっちゃいけないやつ。お化けとか出るって、逃げよ逃げよ、あれ絶対何人か死んでるタイプの城だから、中にある肖像画の目とか、深夜動くタイプの城だよ。あそこに生きてる人はいない。私には分かる」
そう言って一歩下がろうとすると、皆はさして興味も危機感も抱かず、ぼーっと城を見ている。何? このいわくつき感が目に入らないの?
「ほら、行くよ、夜中鏡から何かお化けとか出て来ても嫌でしょ、ほら、下がって下がって」
とりあえず全員撤退と手を大きく広げ、全員まとめて下がらせようとすると、城の窓からびゅんっと黒い玉が放たれた。
咄嗟に皆を庇おうとすると、ギルダが何かを振り払うような動作をした。黒い球は、ふわっと紙吹雪が舞うように霧散する。
「は? え、ギルダ? 何した?」
「あれくらいのもの、剣を使わなくても斬ることは出来る」
「ほあ……」
返事をすると、ギルダは神妙な面持ちで私を見ていた。
ん? っていうか何であんなこと出来るって申告しない? あんなの出来るなら果物のジュースとか、刻む皮むき以外にも、削るとかすり潰す調理法が可能では。何で言わない? 給料の賃上げ交渉の時の為に隠しておいたとか?
「ギルダ、何で今まで黙ってたの」
「これ以上引かれたくはなかった」
「何引くって、賃金? なんで出来ることが多くなって賃金引くの? 意味が分からない」
「え」
「いくらでも何でも出来る、果物の飾り切りだってなんだって!」
そう言って、ギルダの手を握り興奮のままにぶんぶん振ってふと気づく。新しい料理を考案しても、こんな場所にいては意味がない。
早く街へ辿りつかないと客に売れない。ギルダを見ると、なんだか安心した表情で私を見ていた。
「なに」
「なんでもない」
「はぁ……なにかあったら言いなよ。女神がどうこう以外なら引かないから」
「それは不可能だ。より一層、出来なくなった」
ギルダは満足そうに言う。いい加減にしてほしい。
「はぁ……何だか獣臭くって目障りだわ。凍らせてしまいましょうね」
「え?」
シェリーシャさんが前に出たと思えば、そびえ建っていた城は完全に凍り付いていた。何これ。完全に氷城と化している。絵本でしか許されないやつ。氷の城じゃん。
「ふふふ、これで獣臭くないわ。もう安心ね」
「いや凍りつかせてどうするんですか? 人の屋敷ですよ? 林檎じゃないんですよ!?」
いわくつきだろとか思ったけど、最悪魔法とかで魔王城風にしてるだけで、国の所有物とか、人が住んでいたらどうしよう。完全に殺人だ。
「中に人いたらどうするんですか?」
「人間はいないから安心して」
「ならいいですけど……」
「本当にいいの?」
え、なにこの質問。私の人間の定義とシェリーシャさんの人間の定義が違ってたりする?
「命を奪って捕まる生命は中にいますか……?」
「いないわ」
即答に安堵した。本当に良かった。一瞬、意味が通じると怖い話になるかと思った。
「なら、大丈夫」
「そうなの? 可哀そうに」
「え」
シェリーシャさんはちょっと嬉しそうだ。駄目だ。やっぱり人間がいるのかもしれない。
「俺が何とかしますよ、ほら」
そう言って、カーネスが私の前に出た。ゴォ! と城の全てを炎で包み込み、一瞬にして黒こげにして霧散させるカーネス。唖然とする私に、穏やかに笑みを浮かべた。
「溶けました」
「いや溶けましたじゃなくない? 溶かしましただし燃やしましたでしょ? むしろ火葬してない? 証拠隠滅じゃん! どうすんの? バカなの? ふざけてるの?」
「人間はいません。安心してください」
「じゃっじゃっじゃあ、歴史的に何かある城かもしれないってこと? それ危なくない? 文化財凍らせて燃やしたってことでしょ? 最悪じゃん。捕まるよ間違いなく。はやく逃げなきゃ」
誰か殺してなかったにせよ、法的に国に殺される。
ただでさえ住居を定めない暮らしをしているのだ。移動式犯罪集団扱いでも受けて、お尋ね者にされたらたまったものじゃ無い。
「何から逃げたいんですか」
カーネスが問う。
「ここからじゃバカ!」
「俺からじゃなくていいんですか」
「なんでカーネスから逃げるの? 何?」
「ふふ」
カーネスが意味深な笑みを浮かべた、何この集団。狂ってる。
「ほら逃げるよ、見つかったら捕まるから、はよ」
そう言って皆を急かすと、ローグさんが周りを見ながら「大丈夫です」と首を横に振った。
「この辺り一帯に、店長以外の人間はいません。私の魔力の探知に引っかかってないから平気ですよ」
「ほあ、べ、便利……」
そんな便利なものがあったのかと感心していると、ふとあることに気付く。
「え、じゃあローグさんの魔法で、効率良い場所に店出せるんじゃないですか?」
「ええ、そうですね。そうなりますね」
ローグさんを見ると、彼は目に見えて困惑した顔を浮かべた。またこの顔だ。接客業特有の疲弊顔。
そして他の皆は、生ぬるい目でこちらを見たあと、ローグさんを警戒するように見た。
「何この空気」
店長を阻害するな。そして新人いびりをするな。
「……はいはい、分かった、もう行くよほら、城燃やしてんだから、さっさと行こ」
あんまりこの雰囲気長く続けると、ローグさんが出て行ってしまいそうだ。
私は、他の三人が変なことをしないよう注意深く見ておきながら、また荷台を引き始めた。
「街だ、街についた!」
ローグさんを雇い一週間。ようやく街にたどり着いた。本当にうれしい。ローグさんに「次の街で試しに働いてみて~」なんて言ったにもかかわらず街に辿り着けず、どうしようかと思っていた。これで営業が出来る。でもとりあえず市場かどこかへ行って生活用品とかを買いそろえないと。
そう決意して街の中心に向かって歩いて行くと、立派な闘技場がそびえ立っていた。
景観になかなか自信がなかったり、観光名所として勧めづらい土地では、闘技場を建てて定期的に大会を開き町おこしをする。けれど、この闘技場は歴史を感じるし、何より大きい。経営のためではなく、もともとあったものを闘技場にした気がする。
「大きい……」
「へへ」
カーネスが暗く笑う。絶対に今、変なことを考えていた。
「なに」
「いや、言われたいなと思って」
「カーネス大きくないじゃん。小さい」
「あ……それもいいですね」
どうしよう、ローグさんという正気な従業員が仮加入したからか、もともと正気じゃなかった従業員ととうとう意思疎通が取れなくなった。
「闘技場か……近々、大会があるみたいだな」
ギルダが言う。これだけ大きいのだから闘技場の周りで商売をすれば儲かるに違いない。
「あら、殺し合いの大会?」
「シェリーシャさん違います。一対一で魔法を使って戦っていき、一番強い人を決めるんです。観客もいると思うので……お店が出せたらいいんですけど……」
私はそばにあった張り紙を示す。
「なら、これから闘技場に行ってみませんか? 出店の許可をとりに」
ローグさんが言う。そうだ。お店を出すには出店許可が必要だ。
「そうですね、行きましょう」
私の言葉にローグさんが続く。そうして私たちはコロシアムへと歩みを進めた。
「さ、受け付けは……っと」
あれからしばらく歩いて、私たちは闘技場に辿り着いた。
早速受付に向かい、カウンターで対応しているおじさんに声をかける。
「すみません。直近の大会で、屋台の営業の許可を頂きたいのですが……」
総合カウンターに立つ、支配人と腕章をつけたおじさんに問いかける。するとおじさんは柔和な笑みを浮かべた。
「第6262回、聖女降臨記念魔法魔導具兼剣術混合武闘大会ですね。承知いたしました。この用紙に必要事項の記入をお願いいたします」
おじさんの差し出す紙に記名して、店員の名前や店についての詳細、いつからいつまで出店するかを記していく。
私の記入項目を見ながらおじさんは手持ちの書類に記入し、手元の水晶で照合を始める。私は魔力がないから仕組みが良く分からないけど、魔力がとんでもなく入っている水晶に、人間の戸籍や前科前歴がないか、食べ物や道具を作って売っていいかの許可を国からとっているかなどの情報を記憶させるらしい。
そして水晶はあらゆる地方の水晶とつながっており、昼夜問わず情報共有がされている。
たとえば今いる場所とは別の場所で誰かを殺し指名手配されるようになれば、こうして照合にかけた瞬間、「人殺しだ!」と、捕まる。
「おや」
記入していると、おじさんが眉間にしわを寄せた。私と水晶を交互に見ている。なんでだ。指名手配犯じゃないのに。
「どうしました?」
「クロエ様は、選手として参加登録がされているので、該当時間に出店することは出来ませんよ」
「……え?」
「こちらにしっかりとお名前が書かれていますから」
そう言って支配人が差し出した水晶には、私の顔、名前が浮かんでいる。そしてその上には、第6262回、聖女降臨記念魔法魔導具兼剣術混合武闘大会、選手登録済みと記されていた。
「俺はこの武闘大会に出場し、数多の猛者と戦って、そして魔王を打ち倒す! 混沌とした世界を、俺が終わらせる。」
冒険者の衣装に身を包んだ男が、この街で一番有名とされている食堂の、最も目立つ中央の座席で杯をあおっている。毛先が少し肩にかかる黒髪に黒目、黒を基調とした冒険者服。周りには彼とより少し若い、年上、そして同世代くらいの女性3人。
一目で分かる。異世界人だ。それも、チートだのスキルだのを持った、神に祝福されてる典型的な異世界人。
どんなに修練を重ねた騎士団長も、軍を容易く屠る龍も叶わない、強い武器も加護も使役している動物も色々てんこもりの恵まれ人種。
「終わらせてくれないかな大会ごと」
私は食堂の隅の席から冒険者を一瞥した後、机に顔を突っ伏した。
闘技場で身に覚えのない選手登録について知った後、何度も、「登録した覚えは無い」「というか今この街に入ったばかりだから、誰かの悪戯のはず」「それか名前間違えてる」と訴えた。
しかしおじさんは、「闘技場はトーナメント制ですので、敗退後すみやかに出店できるよう手配しておきます」と、訳の分からない配慮をしたあと、「辞退も可能ですが辞退金のお支払いをお願いさせていただくことになりますがよろしいですか」と、よろしいわけがない金額の請求書を出してきた。
休憩時、自分で飲み物やお菓子を作っているけど、もう何もかもやっていられない気持ちになり、みんなを連れ食堂に入り──そこで大会の参加者を目撃し、今に至る。
というかもう、店の中は大会の参加者しかいない。
「絶対死ぬじゃん。無理じゃんもう最悪だよ。辞退金って何あれ、罰金じゃん! 頭おかしいの……?」
「遊び半分の申請や、取り消しがされないようにですね。不戦勝の多い試合が起きてしまっては、大会の威厳にかかわるので」
「不戦勝なんて早々起きなくない? 大会の収益芳しくないからそこで帳尻合わせようとしてない?」
「どうでしょうね」
私の言葉にローグさんは苦笑をする。辛い。目の前に置かれたこの街で最も美味しいと言われる食堂の料理を食べる。美味しい。
異世界で有名な「お子様ランチ」という料理らしい。小さな「ハンバーグ」「エビフライ」「チキンライス」が同じ皿に盛り付けられている。
異世界人判別方法あるある、揚げ芋のことを「ポテト」と呼ぶ、料理が何品か一度にまとめて出される様式を「セット」、それを昼に格安で出すことを「ランチセット」と呼ぶ、なんて前に常連客と言い合ってたな……と現実逃避をし、改めて私は皆に向き直った。
「とにかくここは一回戦敗退を狙う」
「敗退? クロエは負けたいの?」
「そうだよ、一回戦敗退を狙う。そして店を開く。っていってもどうせ勝てないしね。」
シェリーシャさんは私の言葉に首を傾げた。どうせ勝てない試合。ならば一回戦即時敗退を決めて一儲けの夢を見るしかない。
「あー怪我したくない。治癒魔法とか馬鹿みたいに高くつくし」
「私には治癒魔法を施すよう手配してくれたけれど?」
シェリーシャさんは首をかしげる。彼女を奴隷商人から泥棒したあと、治癒士に診てもらい、ひととおり検査もしてもらった。栄養失調とされ他は問題なしだったけど、それとこれとはわけが違う。
「だってそうしなきゃ危ないじゃないですか、不衛生な環境に居たんだから当然です。でも今回は違うじゃないですか。怪我したら終わりですよ」
「大丈夫、クロエは怪我なんてしないわ」
シェリーシャさんは笑みを浮かべる。魔力がないのだから怪我しないわけがない。魔法でズタズタにされて終わりだ。そして大会で怪我をした場合の費用は自己責任。自分を犠牲に強力な魔法を使われても困るから、らしい。
「怪我するに決まってるじゃないですか。あぁ〜もう自分で転んで昏倒しましたって感じに出来ないかなあ」
本当に憂鬱だ。今すぐ闘技場の建築基準が実は危ないなんて分かって、大会中止になって欲しい。
「本当に負けるんですか?」
カーネスが真面目に聞いてくる。正気なカーネス、あまりにも久しぶりでちょっと戸惑った。
「当たり前じゃん、っていうか勝てないし。私魔法使えないからね。剣とか買っても秒で折られるから買う意味ないし」
拳で戦う時も、剣で戦う時も弓で戦う時も、いかなる戦いにおいて、人はその武器に魔力を込め、攻撃力や防御力、いわゆる耐久性を上げるのだ。
そのため、魔力が豊富であれば剣も武器も防具も必要がない。それこそ化け物じみた魔力があれば、服なし全裸で氷山日帰り登山、火山の溶岩の中で水泳ならぬ溶泳も可能だ。
一方、私が巨万の富をはたいて剣を買ったところで、普通に赤ちゃんの哺乳瓶のほうが丈夫だし、防具だって紙と同じだ。
赤ちゃんに変な気起こされたら、秒殺される。生まれつき人権が無い。
「なら、対戦相手のあの子を痛めつけておく? ある程度弱らせておけば、クロエ主導で戦って、そのまま抜けられるんじゃないかしら」
そう言って、シェリーシャさんは中央座席の冒険者を見る。
「え」
「一回戦、クロエと戦うのはあの男だ」
ギルダが男を見据える。
え、あのてんこもり異世界人が、私の相手?
「あの男、名前はユウヤと言う」
完全だ。異世界人確定。重傷確定。
「っていうかギルダ……なんで知ってるの?」
「無宗教の冒険者の顔と名前は一通り頭の中に入れているからな」
「な、なぜ」
「貴女を敬い共に貴女の教えを広める同胞を、随時探しているんだ。ああ、心配しないでほしい。活動を営業時間に行う気はない。営業時間は従業員として働き、私的な時間に、私は信徒としての活動を行う」
心配しかない。私は思わず絶句した。
「ちなみにあの男は入店から一度もクロエを視界に入れていない。神々しいあまりならば合格だが、そうでなければ信徒として不適合だ。さらに店員の女性の胸を、俯くふりをして見る習性がある。入信により邪悪な心の持ち方を清めるかもしれないが、どうだろうか。ああ、クロエの神力や、哀れな道化を導く采配を疑うわけではないぞ」
「いや神力とかないし哀れな道化も導けないよ」
どこから否定していいか分からない。そしてカーネスが胸という単語に反応し「店長を見る前に焼きましょうか」と立ち上がろうとする。もう駄目だ。全部駄目。カーネスを押さえていると、冒険者御用達革靴の音が聞こえてきた。これは……、
「お、君が一回戦の対戦相手か! 俺の名はユウヤ! ってトーナメント表を見て分かってるよな、クロエ! よろしく」
そう言って、てんこもり冒険者がやってきて、手を差し出してきた。
「ああ、どうも、よろしくお願いします」
握手をしようとすると、カーネスが「あ、接触厳禁なので」と、私の前に立とうとした。
「カーネス、やめて」
「何でですか? なにした手か分からないんですよ?」
「さっきまで食べてたんだから綺麗でしょ」
「分からないですよ。食事後に手洗い行って今こいつ自分の席に戻る途中だったんですよ。なにした手か分からない」
「洗ってるだろうし行く前より綺麗でしょ」
「綺麗だとしてもですよ。そういう性癖の可能性あるじゃないですか。へへ、俺二分前は……みたいな性癖の可能性往々にしてあるじゃないですかむしろその性癖じゃないことを証明する方法なんてどこにもなくないですか⁉」
耳元でひっそり言ってくるけど量が量で疲れる。もう相手にしないほうがいいと呆れていれば、ふいにてんこもり冒険者がこちらをじっと見渡していた。
「炎、水、風、そして……土? そして君自身の魔法適性は……分からないな。それにしても随分、ふふ、面白い偽装スキルだ。いくら何でも……ふふ丸わかりじゃないか! ぜ、ゼロだなんて……」
てんこもり冒険者が私の魔力なし扱いのステータスを見ているらしい。分かりやすく馬鹿にするな。気を使ってほしい。怪訝な顔をすると、彼は半笑いを微笑みに昇華させてきた。
「ああ、失礼。僕は普段、魔王を倒す勇者として活動していてね。君はいつも何をしてるの?」
まるで「僕普段慈善活動の団体に参加してるんだ」とでも言うように、平然と勇者を自称してきた。普通に怖い。この世界に魔王がいて、絵本では魔王と戦うのは勇者、みたいな感じになっているけど、勇者は別に国であれこれ定められた試験に合格するとか、実績を認められたりして認定してもらうものではない。
だから勇者はいくらでも名乗れる。魔王や魔物と戦いたければ普通に冒険者の肩書で十分だし、固定給がほしければ国に仕えればいい。ゆえにわざわざ「勇者です」と名乗るのは普通に怖い人だ。
「料理人です」
「料理人? ああ、退役軍人かなにかかな」
「いえ、戦いは一切……」
嘘をつけば経歴詐称。
正直に否定すれば自称勇者様が、訝し気な目をこちらに向けた。
「こんなに属性に溢れた仲間を連れているのに料理人なんてもったいないな、冒険者になればいいのに」
「ハハハ」
私は愛想笑いをする。こういうこと、よくある。冒険者至上主義。強くないと冒険者になれない。お金を稼ぐならば冒険者になるのが一番。
だから、冒険者になれないことは可哀そう。
みんな普通に頑張って生きてるだけなのに、ほかの人から勝手に哀れみの目を向けられて、楽しいこと幸せなことを、自覚ない気遣いでうっすら、否定される。
私は私で幸せだけど、この人の世界の中ではもうだめなんだろうな。
まぁ、見てるものも何もかも違うし。
少しだけ感傷に浸っていると、なんだか寒気がして振り返る。
カーネスもシェリーシャさんもギルダも、ユウヤを見ていた。冷ややかでも、怒りを示すわけでもなく、普通の目。感情が一切、読めない。
だからこそ、恐怖を感じた。このままだと絶対何かする。
「まぁ、大会ではお手柔らかに頼むよ。料理人は腕が命だろ? 気を付けるから。俺もまぁ、最もしなければいけないことは魔王の討伐だからね。肩慣らし程度でいきたいし」
「本当にお願いします。骨が折れただけで治癒魔法、打撲料金から倍に跳ね上がるので」
私はさっていく自称勇者様を見送りながら、従業員三名の進行方向をさえぎるようにして、接客用の笑顔を浮かべた。
大会の参加者は、近隣の宿に参加者の関係者含め無償で宿泊できる。怪我前提で宿に泊まるのか、怪我をせず野営か、どちらが得だろう。
そんなことを考えながら夜道を散歩し、何となく近くの切り株に腰を下ろす。
宿には「温泉」があり、色々効果効能をうたっていたけど、男子の時間、女子の時間の区分があり、今は男子の時間だ。今頃カーネスが入っているだろう。というか温泉どこにあるんだろう。地図を見ずに散歩に出てしまった。温泉の匂いはするから、もしかしたら結構近くにあるのかもしれない──、
「あーあ、店長と入りたいなぁ! 混浴だったら良かったのに」
あるな近くに。カーネスの声が聞こえる。しかもわりとはっきり。
「クロエさん……?」
移動すべく立ち上がると、丁度後ろにローグさんが立っていた。
「あれ、ローグさんお風呂は……今男湯の時間では」
「店長の護衛をと思って」
そう言ってローグさんは私の隣にあった切り株に座った。あれ、切り株は二つもあったっけ……? 一つじゃなかったっけ……? 何か余計頭がぼーっとしてきた。
「クロエさん。少し私とお話してくれませんか?」
「え、あぁ、はい」
答えると、ぼーっとしていた感覚が、ふわふわするような、とても心地のいい感覚に変わっていく。ローグさんは私をじっと見つめた後、口を開いた。
「……クロエさんは、この世界に生まれ落ちた邪神の話をご存知ですか」
「邪神……? ああ、絵本とかに出てますよね。魔物とも私たち生き物とか、神様とも違う第三勢力、みたいな感じで」
この世界には、聖なる感じの勢力と、闇の勢力があって、邪神はどこにも属さない、属せないらしい。理由は簡単、二つの勢力を食べたり出来るからだ。
でも、あくまで空想の存在だ。
「まぁ、そうですね。はい」
私の答えがあまり良くなかったらしい。ローグさんは少しひきつった笑みを浮かべ、薪をくべる。
「クロエさんは邪神についてどう思われますか」
「え……すごく、強いとか?」
「まぁ、そうですね。はい」
やはり私の答えがあまり良くなかったらしい。ローグさんは先ほどと同じ相槌だった。
「邪神は、文字通り神なのです。当然強大な力を持っている。そして何より彼らの恐ろしいところは人の身を持っているということなのですよ」
「はぁ」
「恐ろしいでしょう? もしかしたら今貴女の隣にいるかもしれないんですよ。もしかしたら僕がそうかもしれない」
「だとしたら、安心じゃないですか」
「え」
ローグさんが眉間にしわをよせた。
「どうして安心なんて言えるんですか?」
「だって……全裸で話通じるおじさんと、服着て話通じないおじさんだったら、全裸のおじさんのほうがいいから」
「……まぁ、そうですね。はい」
私の答えはとうとうどうにもならない領域にまで達しているらしい。ローグさんは顔を背け頷いている。というか、ローグさんは何でこんな邪神について熱く語っているんだろう。
「……カーネスという少年、シェリーシャ、ギルダと名乗る女性……どう見ても使用できる魔力がおかしいと思いませんか」
「ああ、そうなんですよね。それ私も思ってました。無制限にいけるよとか言ってますけど絶対大嘘なんですよね。だから休憩取らせるようにしてるんですよ。私が魔法使えてたらステータス! とかかっこよく唱えて大嘘暴いてやるつもりだったんですけど」
「……まぁ、そうですね。はい」
私駄目かもしれない。ローグさんの求めている答えからことごとく外れたことを言っていることだけは分かるけど、どう返事をしていいか全くわからない。
「……もし彼らが邪神であったらどうします」
「どうもしませんよ」
「邪神はすべてを食らう存在なのに?」
「まぁ、絵本ではそんな感じにのってますけど、実際どうか分からなくないですか?」
「え?」
「そもそも第三勢力なら、こう、どちらにもつかない、第三者としての立ち位置なわけで、対立する二つを繋げる存在になる可能性もあるわけじゃないですか。だから、まぁ……邪神は恐ろしいもの、と判断するのもよくないというか、それでもし邪神だった場合……あの三人だったら……まぁ、どうなんでしょうね、というか」
もしカーネスたちが邪神であったら。
対立する聖なる感じの種族と闇の種族の懸け橋になれそうだけど、それ以前に私は反乱を起こされるだろう。
給料が安い。こき使いすぎ、野宿させるな。
思いつく沸点はいくらでもある。
でも神と名がつくのであれば、もう少しかしこい気がする。だって──、
「今からでも、辞退なさったらいかがですか」
「どういう意味だ?」
「バカにした料理人に屈するさまを観客に見られたい性癖でもない限り、完全敗北が目に見えてる試合に参加するのはバカだって言いたいんですよ」
どうやらカーネスが自称勇者に喧嘩を売っているらしい。買われたら困る。異世界人の冒険者に喧嘩を売って現地人が勝ったところを見たことがない。
「ハッ、矮小な子供が何を言っているのやら」
自称勇者が鼻で笑った。良かった。喧嘩を買う気はないらしい。本当に良かった。異世界人はあらゆる「チート?」がてんこもりだから、カーネスは勝てない。
「矮小な子供?」
聞き捨てならないと言った調子でカーネスが聞き返す。本当にやめてほしい。喧嘩を売るな、と外から祈るが男湯の時間のため止められないし、外から声をかけるのも犯罪だから出来ない。
「どっちの意味ですか」
「どちらでもだ。世間を知らないという意味でもな。まだ自分の殻を破らず、大海を知らぬ未熟な子供に心配される道理などない」
ふっ、と自称勇者は笑う。
聞いたことある笑い声だ。よく氷属性の魔法を使う、あんまり笑わない騎士がそういう笑い方をしている。だからか婚約者の令嬢がいたりすると「自分の前ではあまり楽しそうじゃない」と、不安そうにしているのを目にする。「絶対好きですよ」と励ます。何百回励ましたか分からず、途中で自称賢者からもらった「お互いの想いがないと効かないが想いがあった場合効果絶大のご都合媚薬」でもあげようかと思ったけど、自主的になんとかなり、この春に無事、結婚していた。
結婚式用のケーキ作るの、大変だったな。
思い返していれば、カーネスが「くだらないですね」と、冷ややかに一蹴する声が聞こえてきた。
「贈り物、たいていは包装しますよね? 紙で包んであったり、箱に入ってる。だからこそ、その包みをむいた瞬間に、心がときめく。むき出しのまま渡されても、ねえ」
「あ?」
「まだ理解できませんか? ようするに、大切なものは守られているべきなんですよ。大切な人の手に届くその瞬間まで」
カーネスはあたかも哲学を論ずるように話す。でも、全単語、なんの問題もないはずなのに、ものすごく嫌な予感がしてならない。
「そして大切な人に、暴かれるわけです。至らない中身かもしれませんけど、それでも受け入れてもらえたらそんなに幸せなことはない。それに……ふふ」
「……それに、なんだ」
「上位、優位な立場を喜ぶ人間は多いですが、ねぇ、見上げることで得られる幸福もありますから。まぁ、物理的に見下ろして? でも精神的には主導権を握られ……ふっ……これ駄目だな駄目かもしれない……はは、はは、ふふっ」
カーネスが途中で笑い出した。
「まぁ、突き詰めて言えば、優位に立たれているのが一番なんですよ。それに、俺にはどんなに恵まれたスキルでも決してかなわない特権があるんですよ……私がいっぱい教えてあげるね、一緒に頑張ろ、あはは、かわいいとか、言ってもらえる。自然と主導権を相手にゆだねることが出来るんです。その特権を俺は持ってる。生まれつきね? 異世界人の言葉で言えば、まさにレディーファーストだ。これをギフトと呼ばずになんと呼ぶのでしょう? 勇者様?」
「ぐ……」
喧嘩に発展する前に、終わってほしいと思ったやり取りだけど、普通になんか、邪悪なやり取りな気がしてきた。私はローグさんに止めてもらうかと、彼に振り返る。
「……そろそろ、眠りましょうか」
ローグさんは関わりたくないらしい。やはり、良くないやり取りなのだろう。
私はそっと切り株から立ち上がる。するとふっと身体が軽くなったような感覚がした。めっちゃ眠い。さっさと寝よ。
「ローグさん……」
おやすみなさいと声をかけようとすれば、さっきまで隣にいたローグさんの姿が消えていた。もしかしたら止めに行ってくれたのかもしれない。私はお礼を言わなければと思いつつ、自分の部屋に戻った。
武闘大会前日のこと。私は部屋でカーネス、シェリーシャさん、ギルダが一生懸命手を握りながら祈りを捧げる様子を眺めていた。
遠目から見れば、完全に宗教の集いである。
でもただ、魔法石を作ってもらっているだけだ。大会を無傷で乗り切る、最高の魔法石を。
なぜなら会場では、観客席で魔法の使用は禁じられている。それは、気に入らない人間を試合中にどうにかしようとしたりとか、自分が応援する人間を勝たせようと加勢したりすることを禁じる為だ。観客席で「カーネスたちに魔法をかけてもらって怪我無く負けよう大作戦!」は封殺されてしまった。
しかし昨晩、ローグさんが私に助言をくれたのだ。魔力を込めた道具の貸し出しは禁じられていないこと。そして魔法石を用いてしまえばいいことを。
でも、正直なところ記憶に自信がない。昨日、なんとなく散歩をし始めたような気がするけれど、その後から就寝にいたるまでの記憶が一切ないのだ。
多分今日の大会が怖すぎるあまり、精神が不安定だったのかもしれない。だって怪我は怖いし治療代が高くつくことも、普通に怖い。
そして魔法石というものは、文字通り魔力を込めて作った石である。
恋人同士でお互いの魔法石を作って交換しあい、身に着けたりする、いわば恋愛特化型アイテムであり、独身にとってはなんの役にも立たない無関係の品物だ。
だからローグさんに魔法石を持てばいいと言われた時、「は?」と言い返してしまった気がするけれど、記憶がない。
むしろ昨晩、よりによってカーネスの夢を見た、気がする。とんでもない猥褻言語でてんこもり勇者と戦っていた気がするけど、追求したくないし話題にもしたくない。
「これで、店長を守れるはず」
ギルダが手を開くと、緑色の首輪が現れた。
魔力の扱い方によっては、こうして魔法石の装飾品を作れるらしい。仕組みはよくわからない。
前に自称竜神が、人の子の金はないので鱗で支払うなどと言い食い逃げしようとした時、衛兵に突き出そうとしたらそばにいた職人が驚いた顔をして立て替えてくれたことがあったけど、その時職人はささっと鱗で立派な盾を作っていたから、なんか魔法で盾とか出来るんだと思う。
でも「神具が手に入るとは」と言っていた。食い逃げが神なわけない。寝具と聞き間違えたのかもしれない。盾形の枕とかありそうだし。
話が脱線してしまったけれど、近年魔法石は、「これを持つ者を守れ」と祈れば守るように、「これを持つ者に力を」と祈りながら魔法石を作れば、その通りになるらしい。
ということで、私は早速カーネス、シェリーシャさん、ギルダに「これを持つ者が無傷で負ける」魔法石を作ってもらい、身に着けて戦いに挑むことにしたのであった。
作戦はこうだ。石により、カーネスの魔法で中央に炎を設置、相手をこちらに近付けないようにしている間にギルダの風魔法で私を後方に吹っ飛ばし、シェリーシャさんの水魔法によって泡で受け止めてもらう。
そして必ず起きる細やかな失敗を、ローグさんの土魔法でカバーしてもらう。
完璧な作戦だと思う。これで完璧に無傷敗退が決められる。
「はい、出来ました店長!」
カーネスがぱっと手元から顔を上げる。何かめちゃくちゃやる気出していたし、力作だろうとカーネスの手元どころががっしりと両手で掴んでいる赤い岩を見て絶句する。
「いやこれ鈍器じゃん。これで後ろから殴って殺すタイプじゃん」
「想いがはじけちゃって……ちゃんとこうして運べるようにしますから安心してください。ほら」
カーネスがそう言うと手元の岩が輝き、小ぶりな指輪に変わった。岩じゃない。良かった。きらきらと炎のように輝く魔法石はカーネスの瞳の色によく似ている。
「ありがとうカーネス。何かカーネスの目の色に似てるね」
「俺が作ったものですからね! いわば俺の分身です! えへへお風呂に連れていってあげてくださいね!」
「怖い怖い怖い怖い怖い。なに持って行ってじゃなくて連れて行ってなの超怖い。今ぞわっとした。本気で。なにこれ、意志あるの」
「石だけに? 照れちゃってかーわいい!」
この世界で一番恐ろしいもの、絶対話通じないやつだろ。
ローグさんが恐ろしくないんですか? なんて質問をしてきたことがあったけど、この世界で一番恐ろしいものは間違いなく話の通じない同族だ。
あれ、でもなにが恐ろしくないんだっけ……?
思い出そうとしていれば、シェリーシャさん……もとい幼児体のシェリーシャちゃんこちらに向かってくる。
「あげる」
透けるような青が美しいシェリーシャさんの腕輪のように変形し、私の腕に装着された。
「え、すごい、形が変わった! ありがとうございます!」
「クロエに攻撃をしようとしたら、氷んこになって死ぬ」
氷んこ、どんな状態か分からないけど楽に死ねなさそうなことだけは絶対に分かる。だって死ぬって言ってるもん。
「いや待ってくださいもうこれ暗器じゃないですか! 殺すのはなしでお願いします!」
「冗談」
「ああ、良かった……」
「時間で、決まる。三回のうち、一回は死なない。二回死ぬ」
「待って! 待ってシェリーシャちゃん!? それ運次第ってこと?」
「んふふ」
思いなおして! と縋りつくとシェリーシャさんは笑うばかりで返事をしない。やがて、ローグさんがやってきた。
「すみません、遅れましたこちらになります」
そう言ってローグさんが差し出して来たのは、茶色の石がはめこまれたイヤリングだ。けれどどことなく……紫がかかっているような。
「皆さんアクセサリーの形状にされていたので、合せてみました」
「そうなんですね。ありがとうございます」
ローグさんから受け取ったイヤリングを早速つける。
これで何の憂いもない。皆と力を合せて、というか皆に力を合せてもらって私がボコボコになっていくさまを演出してもらい、無傷の敗北を飾る!
「緊張して眠れない」
夜も深まり就寝したと言うのに、何でかさっぱり眠れず、私はまた散歩に出ることにした。
いや、またなのだろうか。散歩なんて、いつしたのだろう。不思議に思っていれば目の前に切り株が現れた。突然現れた気もするし、もとからあった気もする。
「おや、クロエさん、眠れないんですか?」
後ろからローグさんがやってきた。あれ、こんなこと、前にもあったような気が。
「ローグさんもですか?」
「ええ、まぁ、そんなところです」
ローグさんは私の隣に座った。いつの間にか切り株が二つになっている。いや、元からあったような?
「明日の緊張で眠れないんですか?」
「はい、ハハハ、皆の事は信じられるんですけど、私がちゃんと動けるかなって不安がままあるんですよね。ハハハ」
武闘大会。皆の魔法は信頼してる。でも武闘大会だ。相手は私を倒しに来ている。接客で人と触れ合う機会があると言っても相手は食べに来ているのだ。料理を。たまに難癖つけに来るのが目的の化け物もいるけれど、私を殺しに来ているわけではない。
でもこの武闘大会では違う。相手が私を倒しに来る。普通に緊張するしこの緊張で大失敗をやらかしたら怖い。
「……私は、相手の五感を支配することが出来るんです。それがどういうことか分かりますか」
「辛いのを食べているのに甘く感じるとかですか」
「……」
ローグさんは無言で私を見た。駄目だったようだ。
「例えば、店長の視覚や聴覚を支配して、同じものを見たり聞いたり……ああ、記憶を操作することも可能なんです。そして、その心を思うままに操って……こうして、外に誘き出したり。さらにこうした僕の告白に、疑問を抱かないようにさせることが出来るんですよ」
「へー」
「どうして僕がそんなことが出来るのか分かります? 思考支配を緩めるので、お答えください?」
「分かんないですね。魔法の仕組みは……ちょっと、疎くて」
「……邪神だからです」
また失敗したらしい。ローグさんが私を見て困惑している。
「僕は、気まぐれに魔王軍についていたんです。でも、退屈だった。理想がないんですよ。魔族は。強ければいい、強さがほしい。しかしその強さをどう使うかを考えない。思考力のない獣と変わらない。どうしたものかと思いきや、人の子が邪神を率いて、魔王軍の幹部を討伐しているではないですか。これは何か思想や目的があってのことと思いましたが……貴女はなんの思想も理想もなく、自らとは次元の異なる邪神を使役している。気まぐれに魔王幹部の拠点に向かわせ戦わせてみれば、邪神の力を目の当たりにしているにも関わらず、貴女は態度一つ変えない。不思議でならないのですよ」
「拠点?」
「城があったでしょう?」
ああ。カーネスが焼いた城……?
「貴女の心にあるのは、なんなのでしょうか」
ローグさんがイヤリングをこちらに差し出しながら問いかけてくる。あれ、貰ったはずだけど、いつの間にローグさんのもとに。
というか私の心にあるもの?
「……質問とか?」
「何が気になるのでしょう」
「支配できるとか聞きましたけど、私の目にごみ入ったりしたら、目痒いとかローグさんも思うんですか」
「はい?」
ローグさんが、私を馬鹿を見る目で見てくる。「え、そんなのも分からんの!?」みたいな、完全に馬鹿を見る目だ。ステータス! などという個人情報大公開魔法で私を見てきたやつが全員この目で見てくるからよくわかる。
「すみません、バカみたいな質問して」
「違うんです。どうして……そういったことが気になるのだろうと……思いまして」
「え……だって明日の大会、感覚が共有したままなら痛いでしょ。その間遮断しなきゃいけないし、だとしたらイヤリングは外したほうがいいかなって」
「ああ、ご心配には及びません。相手の痛みや傷などの感覚は共有しませんよ」
「なら安心ですね、良かったー。よろしくお願いします」
感謝を伝えてそのイヤリングを受け取った私は、自分の耳にさっとつけた。
「……それつけるんですね」
「え、お世辞的な意味合いですすめた感じですか……? 今めちゃくちゃ無礼なことして……」
「いえ、そういう訳ではないんです。ただ、驚きというか、生まれて初めての感動、といいましょうか」
「はぁ」
なんか、ローグさんと話すの良くないかもしれない。馬鹿がバレる。知能指数の差が浮き彫りになる。このまま話し続けると幻滅されるのでは。店長が馬鹿って職場としては本当にきついだろうし。
「逆ですけどね」
「? 何が逆なんですか?」
「何でもないです。では」
「はい、おやすみなさい」
こちらに背を向けるローグさんを見つめる。まずいな。完全に軽蔑された。
武闘大会当日。私は選手控室にて、皆を前に大きく頷く。
「頼りにしてるからね、皆!」
しかし、皆はとんでもなく悪そうな表情でこちらを見ていた。
例えるなら、いかにも何か企んでます、といった表情だ。
「ねえやめて、その笑顔本当にやめて!? 不安になるから! 何でそんな顔するの!? 人の気持ち考えて!? 任せてくださいって言って!」
「ええ、大丈夫ですよ、任せてください。店長は、ただあの場に立っているだけでいいんです。そうしたら、勝手に終わりますから」
カーネスがあやす様に私の肩を叩く。完全に立場が逆転している。
「そうよ、一瞬で終わってる。そうしてまたここに無傷で戻って来られるわ」
「安心してくれ、クロエの身は無傷だ。傷一つつけさせない」
「大丈夫ですよ、きっと楽しい時間を過ごせると思います」
周りを見ると、シェリーシャさんもギルダもローグさんも頷いている。でも、不安が拭えない。
「クロエ様、お時間です」
扉が叩かれた。もう時間だ。行かねば。私はしっかり予選敗退を決めて、決勝戦前に観客席で一儲けすることを考えながら試合の会場へと歩み出した。
「第一試合、クロエ対ユウヤ、両者構えて!」
審判の声掛けに、お飾りの剣を握りしめる。
剣は武闘大会で貸し出しをしてもらった簡易のものだ。だって魔力のない私が何を装備したところで、赤ちゃんの哺乳瓶より耐久性が死ぬ。買ったところで意味がない。
そして武闘大会で道具を貸し出してもらう人間なんて殆どいないらしく、係の人に何度も「壊れやすいけど大丈夫ですか⁉」と確認された。
ようするに私は今、おしまいの剣におしまいの防具で、チートてんこもり勇者に立ちはだかっている。
周りを見れば、闘技場の観客席は観客がみっちり詰まっていて、雄たけびの様な唸り声がそこかしこから響いている。
いいな、このお客さんたちを相手に商売が出来たらよかったのに。
そしてこんな状態で特定の誰かを探すのは無理だけど、幸い関係者席というものがある。カーネスたちの姿を見つけることは簡単だ。不安を誤魔化すようにそちらの方を見ると、相変わらずみんなは何だかとてもぎこちない笑顔をしている。
見なきゃよかった。不安倍増した。
「安心しなよ、意識を失わせるだけで済ませてあげるからね」
向かいに立つてんこもり勇者が笑みを浮かべてきた。
彼が握りしめている剣は、龍のあしらいが刻まれ、おどろおどろしい色の刃文が波打っている。完全に「大人用」だ。
「では、始め!」
審判の開始の合図に、一斉に闘技場の観客が沸き立つ。その声に怯んでいると、てんこもり勇者が突然足元に呪文を唱え始める。
まずい、こっちに加速で近づいてくる気だ。異世界人よくやる。店先で異世界人対現地人の戦いを繰り広げられたとき、めちゃくちゃ見た。
「え」
逃げようとすれば、私の腕は紫色の粒子に包まれ、勝手にてんこもり勇者に向かって手をかざしていた。
戸惑っている間に、人差し指につけていたカーネスの指輪が赤く光る。
これ、左の薬指につけろとかふざけたこと言われていたから、右の人差し指につけたけど誤作動……⁉
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
突然爆炎に包み込まれるてんこもり勇者。
そのまま私の手が剣を握り込む。すると剣は燃え盛る炎に包み込まれた。
「何これ何これ何これ……」
負けるって言ったよね?
勝ちに行こうぜ!
なんて一言も言ってないよね? 何でこの剣こんなやる気に満ち溢れてるの? 頭おかしいのかこの剣、ていうかカーネス何考えてんの?
「ふ、やるな……料理人は仮の姿ってところか、君に興味が出て来たよ! クロエ」
呼び捨て馴れ馴れしいな。こっちは今とんでもない状況になってるのに。
そう思うと今度は腕輪が青く輝き始め、こちらに向かって加速をして走り込んでくるてんこもり勇者の進行方向に次々と氷の柱が現れ始めた。
ああ、これ間違いない。シェリーシャさんの凶行だ。どうしよう。
てんこもり勇者は氷の柱や水弾により装備を次々と削られて行くが、決定打になる攻撃は与えられていない。
さすがてんこもり勇者──なんかいっぱいチートがあるのだろう。よくわからないけれど──いや、多分、手加減されてる。だって特等席にいるシェリーシャさんめっちゃ笑ってる!
「これでどうだっ! 天の意志よ我に力を授けよ! 切り裂け!」
透明な無数の刃がこちらに向かってくる。
けれど首につけている首輪がふわっと暖かくなり、視界に緑色の光がちらついた。
「なにっ⁉」
てんこもり勇者が驚いている。ギルダの魔法だ。てんこもり勇者の刃全て、無効化している。良かった。もうこのままギルダの魔法で転んで──、
「うわああああああああああああああああっ」
突然足元に突風が吹きあがり、私はそのまま飛び上がっていった。助けてほしい。切実に助けてほしい。誰か止めてくれ。私を失格にしてくれ。だっておかしいもんこれ。落ちることを覚悟すると、視界に紫色の光が舞い、土で出来た滑り台が現れた。
駄目だ、多分これ、ローグさんも絡んでるんだ。だって土だもん。止めてくれる人間、いないや。終わりだもう。
あきらめているうちに私の足首は紫色の光を帯び、軽やかに滑り台に着地し、速度を上げながら一直線にてんこもり勇者へと向かっていく。
腕はいつの間にか剣を大きく振りかぶっていた。加速が止まらない。助けてほしい。剣はいつのまにか炎を纏い燃え盛る一方だし、多分、ギルダの風で加速がついている。転べば止まるけど、このまま転んだら骨が砕けて死ぬ。このまま突っ込んでも死ぬ。どうしたって死ぬ。どんどん加速していく。
「うわああああああああ」
私は物凄い勢いでてんこもり勇者に接近すると、私の腕がそのまま剣を思い切り振り下ろした。
てんこもり勇者が剣を構え受け止める、爆発するように周囲が閃光に包まれた後、ガラスが砕けるような音がした。
駄目だ。てんこもり勇者の剣が、砕けてる。そして勇者はそのまま吹っ飛んでいった。
私はといえば、紫色の光に包まれ、なんとかその場にとどまっている。
一応、無傷。でも、それ以外、全部最悪だ。
てんこもり勇者が観客席まで打ち付けられた跡には、氷柱と炎が転々とし豪風が吹きあれている。そして観客たちは「勝者クロエ!」と絶対に望んでいなかった結果に大きく湧いていた。
「こんのうらぎりものああああああああああああああああああああああああああ!」
私は、選手控室に戻ると絶叫した。四人のかつての従業員たち、そして現在は裏切者たちに向かって。
「負けようって言ったじゃん! 負けようって言ったじゃん! 何で!? どうして!? 勝っちゃったよ!?」
「考えていたのです。貴女に負けを授けてしまうのは、心もとないなと」
「何が!? 何が心もとないの!?」
カーネスを問い詰める。
するとシェリーシャさんが穏やかに微笑む。
「あんな脆い人間に私の認めた人の子が馬鹿にされるのはねえ」
「神は絶対であるべきだ。あんな存在に穢されるべきではない」
シェリーシャさんにギルダが続く。呆然としているとローグさんが「それに」と口を開いた。
「敗北より勝利したほうが、民衆に認められるでしょう? 結果的にこちらの方が良かったのではないでしょうか」
「いや勝ち負けも、民衆なんてどうでもいいんです。くっそどうでもいいんですよ。サッと敗退して、サッと大会終わらせて、さささーっと店構えて、屋台成功させることが一番だったんですよ、他の人間なんてめちゃくちゃにどうでもいいんです! よ!」
当たり散らしていくと、カーネス、シェリーシャさん、ギルダが顔を見合わせた後、柔らかい雰囲気を醸し出して来た。ふざけないでほしい。
「もう本当どうするの、二回戦進出だよ。どうすんの。今度こそ死ぬ! なぜなら私には! 魔力がないから! 赤ちゃんと一緒! なのに! どうしてこんな!」
「私たちにとっては魔力がある人間だって、塵と変わらないわ」
「だとしてもやっていいことと悪いことがあるでしょうがあああああああああああああああああ!」
もう本当に辛い。何も考えたくない。控室にある椅子に腰かけ顔を伏せながら、「もう闘技場なんて潰れてしまえ……違法建築であれ……神様……」と呟く。
すると、爆音が響いた。
「は?」
ミシミシと音を立て、上から砂や土が降ってくる。地面が、揺れている。
「みんな、はやく、机の下に隠れて! はよ!」
声をかけても四人はぼーっとしたままだ。
「バカバカバカバカ、こういう時ぼーっとするんじゃないの! 机の下! 頭打ったら死んじゃうでしょうが!」
私は四人の腕を掴み、じゃがいもを転がすように机の下に転がしていく。
全員詰め終わり私も同じように机の下に潜り込みしばらく待っていると、揺れが収まった。
「なに? 何か爆発した? 火事とかでどっか爆発した感じ? 扉開く?」
私は早速扉のドアノブを掴み回そうとする。しかしびくともしない。
「それは私が」
ギルダが手をかざし、扉を切り裂いた。
「ありがとうギルダ!」
「礼には及ばない」
切り裂かれた扉から出ると、廊下が崩落していた。ところどころ火が出ている。
「ここは任せて」
私の前にシェリーシャさんが立った。指を軽く振ると一瞬にして消火されていった。
「シェリーシャさんすごい」
「クロエが望むなら、ここを氷の神殿にしてあげようかしら」
「それは間に合ってます」
さすがにそこまではいいと首を振ると、カーネスが目に見えてむくれていた。
「俺は一瞬にして火の海に出来ますよ」
「それ放火だから、落ち着いて。カーネスも気持ちだけでいいよ」
「俺は身体も捧げたいですけど」
カーネスを無視してローグさんに目を向けると、彼は遠くを見て微笑んでいた。
「どうしました」
「いや、何か鳴き声が聴こえると思って」
そう言って耳を澄ませると、確かに鳴き声が聴こえる。それも、何かとんでもなく大きい、化け物みたいな声が。
「まぁ気になるけど、さっさと逃げよう。今は避難優先だから。救出はその手の人がやります。私たち一般市民に出来ることは、そういう人を手間取らせないよう、自分で逃げることです」
よし行くぞと出口目指して皆で走っていくと、さっきまで戦っていた試合会場の壁が完全に崩れ落ちていた。
最早そこから出て行けそうな勢い。そこから外にでて、ギルダに飛ばしてもらうのがいいだろう。壁があった場所を抜けると、何だかとてつもなく黒い塊が中央に蠢いていた。
「マゾクノキンコウヲユルガスモノ……ユルサヌ……」
ばりばりと黒い塊……真っ黒なドラゴンがこちらを睨みつけている。
でも、何を言っているか良くわからない。
「魔族の均衡を揺るがすもの、許さないと言っています」
「魔族の均衡?」
「幹部を次々討伐していったので、それですね」
「完全に濡れ衣じゃないですか⁉」
「はは」
ローグさんは薄ら笑いを浮かべた。これはもしや、てんこもり勇者が魔王軍の幹部を倒していて、そのてんこもりに勝った私に……向かってきた……。
ドラゴンは空に向かって雄たけびを上げると、空から雷が落ちてきてドラゴンの周りから無数の黒い軍勢が現れた。
人数の度合いがもう勝てる勝てないのレベルではない。
早く逃げるべきだ。
「逃げよう、皆、ここにいたら死ぬ」
「あれくらいどうってことないですよ。ゴミみたいなものです。貴女の付き纏いより弱いですし」
「常連さんのこと付き纏いっていうのやめろ」
「じゃあ店長も所かまわずたらしこむのやめてくださいよ!」
そう言って手をかざして火柱を次々と上げていくカーネス。
「少年に同意だ。貴女は無防備すぎる。精霊に幻獣にと、種族問わず信徒を集めるのは仕方ないことだが……狂信者は時に貴女に刃をむけるかもしれない。気を付けてほしい」
ギルダが大きく跳躍し、軍勢に突っ込んでいく。するとギルダが飛び込んだ辺りの軍勢が、すぐに霧散した。
「それに、単純に面白くないわよね。貴女がほかのものに構ってばかりなのは」
シェリーシャさんは気怠げに手を振ると、軍勢たちの足元に青い魔法陣が展開され、そこか矢を模した氷が降り注いでいき 次々に軍勢を消し去る。
待ってこれ、私への不満暴露大会になってない?
「マダ、マダダマダダマダダ マダオマエラノクルシムコエヲキイテイナイ、オマエラノチニクヲクラッテイナイオマエラニイノチゴイヲサレテイナイ! オマエラヲジゴクニオトスマデ!! マケナイ!」
そしてドラゴンは人語を話しているようだけど、何を言っているか分からない。
「まだ、まだだまだだまだだ、まだお前らの苦しむ声を聞いていない、お前らの血肉を食らっていない。お前らに命乞いをされていない、お前らを地獄に堕とすまで負けない、そうですよ」
ローグさんが言う。前に感覚を支配できると言っていたけど、これなら変なお客さんが来た時、声を発さず対応できるのでは。
「ふふ、支配されているというのに、恐れないどころか利用しようとしてくるなんて。案外、人は見かけによらない、ということかな。普通に見えるのに、君は君で狂っているところがあるみたいだ」
ローグさんは笑う。何がおかしいのか。抽象的すぎて本気で理解できない。駄目だ高度すぎる。馬鹿がバレる。っていうかもうバレてるかもしれない。薄々勘付いてるなら出来ればもう少し優しい説明が欲しい。
「退屈すぎて……いっそすべて終わらせてしまおうかと思っていたけれど……決めた。君の成し遂げることを、僕はそばで見届けることにするよ」
そう言ってローグさんは手を空にかざす。すると崩落していたコロシアムの瓦礫が這うように集まっていき、強大な渦を描いたかと思えば、一瞬にして空にも届かんとするゴーレムが現れた。
でも本当にゴーレムだろうか。ゴーレムのわりには体が黒いし、接客で出せない雰囲気がある。
「察しがいいね。ゴーレムじゃないよ。外界の神だ。すべてを深淵に堕とすモノ……そして、見た者すべてを狂わせる。ああ、安心して? 君の視覚を調整して、君が狂わないようにしてる」
「太陽直視しちゃいけない感じですか」
「ああ。それに近いね。君は愚かだと思っていたけど、部分的には察しがいい。好きだよ」
「どうも」
何だろう、ローグさん、口調変わってない?
ゴーレム操ってると性格変わるタイプなのだろうか。というかこれ、ゴーレムもどきか。
巨大なゴーレムもどきはドラゴンの首を掴むと片手で締め上げ、もう片方の手で雑巾を絞るようにねじり上げていく。
何か想像してた戦い方と全然違う。
もっとかっこよく殴るとか蹴るのを想像してた。
すごい残酷な気がするけど、周りを破壊しないようにって考えると、こういう戦い方になるのかもしれない。
と思ったのも束の間、ゴーレムはねじり上げていた手を止めると、首を絞めながらドラゴンのお腹を拳でえぐり始めた。
武闘家の訓練の道具扱いされてる!
「龍族は愚かだ。不死身だからと、おごりを持って生きているから。こちら側にとっては、龍族も何もかも、ただそこに在るだけだというのに」
ローグさんは再度手をかざすと、ドラゴンの足元に黒い渦が現れた。
ローグさんが指示をすると、ゴーレムもどきがドラゴンをその渦に押し付ける。ドラゴンは沼地に沈むように渦に飲み込まれていく。
「さようなら、暗い深淵の中で、永遠に覚めることのない悪夢をどうぞ」
指揮棒を振う様にローグさんが片腕を振うと、ドラゴンは渦に飲み込まれていく、そしてやがてその渦も霧散した。
「なんですかローグさんあれは一体」
「まぁ、何でものみ込む穴かな。ゴミ箱みたいなものだよ」
「すっごいですねえ! ゴミ出しし放題じゃないですか!」
ばしん、と興奮のあまりローグさんを叩く。便利だ。屋台で野営をすると当然ゴミが出てくる。カーネスに焼いてもらうけどやっぱり匂いは出るし、普通に臭い。
でもローグさんがあの渦を出してくれれば、臭くないし捨て場所を気にしなくていい!
「ローグさん採用です! 採用! ローグさんが良ければですけど! よろしくお願いしますこれから!」
見る感じ皆もローグさんと打ち解けていると言うか、ローグさんによって空気が変わる感じは無い。というかさっき、てんこもり勇者と戦っていたとき、私は裏切られていたけど、ローグさんと皆は結託していた。
ゴーレム操ってる時は人格的にちょっとアレっぽいけど、普段は普通。社会に適合している。やっぱり絶対ほしい!
「本当にいいの?」
私の熱意に引き気味になりながらもローグさんは苦笑する。
「当然です!」
「分かった。これからよろしくね」
「はい! ぜひ!」
ローグさんの加入に喜んでいると、段々とドラゴンの登場で固まっていた観客たちが状況を把握しはじめてきたらしい。会場全体がざわめいている。
「じゃあ、帰ろうクロエ」
「え」
ローグさんは気軽にそう言って笑う。いやでもすんなり帰っていいのこれは? なんか観客の人たちは、歓声上げてるし。
「大丈夫。ここで見たことは全て、忘れるさ。あのタイプのドラゴンは死ぬとき、周りの記憶を消してしまうんだ。あんまりここにいると闘技場を破壊した犯人に仕立て上げられてしまうよ? だから行こう……クロエ」
急かすローグさん。確かに闘技場は半壊しているし、これを弁償するなんて普通に不可能。破壊したと疑われるだけでも危ない。いつの間にか他の皆も私の傍にいて、早く行こうと押してくる。
「じゃあ私も忘れるんですかね。何か勿体ないですね」
とても勿体ない……と俯けば、カーネスやシェリーシャさん、ギルダ、そしてローグさんが足を止めた。
「もったいない?」
「裏切られたけど……何か皆わりと生き生きしてて、すごいなーと思ったから。何か勿体ないなと思って。すごいかっこいい劇みたいだったし」
そういうと、ローグさんは優しく笑った。今回の返答はバカみたいな返しじゃなかったらしい。
「まぁ、きっと大丈夫だよ。僕たちがいたところは、ドラゴンの記憶消去が届かない範囲だ。だから覚えているだろう、今も」
「なるほど、便利ですねえ!」
ならいいかと闘技場の出入り口の方に向かっていく。
するとローグさんは振り返り、観客席に向かってぐるりと、手をかざすような動作をする。一瞬に空が紫色に瞬いた。
「今のは?」
「ちょっとゴーレムの瓦礫、邪魔にならないところに置いておいたんだ」
「そうなんですね。確かに沢山積まれてたら驚きますもんね」
「うん。後にうるさく纏わりついて、邪魔になったら、面倒だからね」
そう言って笑うローグさんは微笑む。その笑みは、接客用ではなく自然な笑みだった。
「はーあ、お疲れー!」
街を出て、テントを設置し乾杯をする。今日は慰労会だ。主に闘技場でのお疲れ様会と、ローグさん歓迎記念をかねて。
正直大会での従業員たちの大裏切りは許せないけど、よくわからない竜の対処は皆がいないと出来なかった。
「ふふふ、お揃いですよ! じゃーん!」
カーネスが私の前に立つ。カーネスが私にくれた魔法石の装飾品と同じものを身に着けていた。
「何魔法石作るの楽しくなった? 屋台で売る?」
「売りません! これは貴女専用です! そして俺自身も貴女のものです。おっそろーい」
「返す」
「だあめ! です!」
こちらにすり寄るカーネス。でも今日は裏切られたと言えどお世話になったし、無下にもできない。
「おや抵抗しない……? これはもしや相思相愛? いちゃら……」
「今日はお世話になったから! ……ありがとう、今日」
「はい、幸せにします。俺子供は何人でもいいです。いなくてもいいです。貴女さえいればいいので、今夜は、ゆっくりしましょうね」
目をとろけさせながら唇を突きだす狂人の頭を押さえながら、他の皆の方を見る。
「シェリーシャさん、ギルダ、ローグさんも、今日ありがとう」
一人ひとりの目を見て感謝の気持ちを伝えると、皆は穏やかに微笑んだ。
なんだか、一人で屋台をやっていたころと比べ、随分賑やかになった。
はじめは雇われることに限界を感じた私が人を雇うとは一体、とか考えてたけど、案外なんとかなった。
カーネスは変態で狂ってるけど頑張りやだし、シェリーシャさんは倫理観狂ってるけど素直だし、ギルダはたまに狂ったこと言うけど誠実だし。
ローグさんは私含め、至らぬ皆の隙間を埋めるごとく、社会に適合してる。
何だかじんわり目頭が熱くなってきた。
「ごめんちょっと手洗い行ってくる」
「俺お世話しましょうか!?」
「するな」
カーネスをさおえ、テントから離れる。そのまま軽く散歩でもするかと伸びをすると、何者かに肩を叩かれた。
「ギャッ」
振り返ると、ローグさんが立っている。完全に衝撃で涙が引っ込んだ。完全に恐怖を主題とした演劇のおばけの出方だった。すごいびっくりした。
「ど、どうしました、お手洗い……?」
驚きのあまり恐る恐る尋ねてしまう。
いやこれで「お手洗い」って答えられても「あ、そうですか」しか答えられないし、なんかカーネスがいつも私にやってくるいやがらせみたいじゃないだろうか。しくじった。
「ううん、君と少し話がしたいと思って」
目を細めるローグさん。思えば闘技場の一件があってから、口調が砕けただけじゃなく、その雰囲気も変わったような気がする。なんだろう。
みんなに慣れてきた、ということだろうか。この短期間であんな劇物の煮凝り三人衆に慣れるなんて、さすが社会性社交性共に問題のない人間は違う。やれ異世界人が「チート」「レベルカンスト」と、もてはやされているけど、彼は完全に社会性カンスト社交性チートだ。
「うん、君は世界が欲しくない?」
……世界が、欲しくない? とは?
「……は?」
「君が欲しいって言ったら、すぐにでも手に入るよ、皆で分けあうのも楽しいかもしれないねえ」
けらけらと笑うローグさんは、楽しそうにしているけれど、限りなく突拍子もないことを言っている。
「いっそ滅ぼして、新しい世界を作ってみる? 創造主になってさ」
うん、これは夢だ。それか酔っているに違いない。酒は人を狂わせる。そしてローグさんは今酒に狂わされているのだ。
ローグさんお酒飲んでたっけ……?
「創造主、とは」
「世界は巡りがある。人間の血脈と変わらない。ほら、人間の血の中にはいくつもの細胞が絶え間なく移動しているだろう。宇宙の惑星で例えることもできるね。あれと同じように、世界はぐるぐると巡っているんだよ。時の流れに合わせて、世界戦の流れに合わせて。でも、細胞や惑星が寿命を迎えるように、世界も失われる。でも細胞が消えれば新しい細胞が生み出されるように、世界も生み出される。そうしたとき、一から世界を作るのは時間がかかってしまうよね。だから、物語の力を借りることもあるんだ。君の世界にもあるだろう。こんな世界で過ごしてみたいと思う物語が。あるんだよ。実際。まぁ、異世界人で言うとコピーにあたるかな。ゲームや漫画、小説の世界、そしてそこで暮らす人間たちを生み出し世界の一つとして加えるんだ。でも、何事も生み出すのには力がいる。君たちが栄養を欲するのと同じように。そして世界は互いに栄養を分配しあってる。その過程で、人を飛ばす。人ほど、繋がりに長けた種はない。適度に弱くて、適度に儚い。だから、たびたび転生や転移が起きるんだ。動物が突然飛んでいくことは稀だろう? 異界のアリなんて見たことがないはずだ。ようは世界の均衡を保つため、転移や転生が起きている。転移はそうした世界の仕組みに近づいている世界や国が、自らの困難に打ち勝つため仕組みを利用していることも多々あるけど、転生はたいてい、輪廻を使用してのものだ。死者の命を、よそにもっていく。転移は相手の生活がある以上、あまり推奨されていないから。さらに……世界の仕組みに近づいている世界や国が、いわゆるこうして魔法文化が発達している場所では、時間に干渉できる天才が出てきてしまったりする。でも本来、それらは推奨されてないし、時間遡行なんてされると、まぁ大変だ。異世界でたとえるなら交通渋滞や逆走が起きる。事故が起きるだろう。だから、時間を巻き戻したりして、交通渋滞や逆走の緩和を起こすんだ。その過程で、色々世界戦の分岐が起きる。たとえば、乙女ゲームのサイドストーリーとか? そういうのを、手配したり管理するのが世界を管理する創造主たちなんだけど、人手不足だからね、適宜人材を募集してるんだ」
あらまぁ思想が途方もないことに。世界は巡りがあるしか分からなかった。巡りはあると思う。暖かくなったり寒くなったりするんだから。
「えっと、ローグさん、酔ってますよね……?」
「全く。君が世界をどうしたいのか、決まったら教えて? 君の思うまま選んでいいから」
ローグさんは私に微笑みかけると、テントへと戻っていく。
私は彼を見送りながら、愕然とした。
冷や汗が止まらない。今まで、社会不適合っぽいメンバーばかり集まってる気はしてた。けれどローグさんが来て、まぁ大体つり合いが取れてまともになったと思った。
平均的には。
いわば狂気3、私とローグさんの正気2で、狂気と正気の比率は半々。
でも、どうしよう。確実にローグさん、従業員たちのアレさに浸食され、染まってしまった。過半数狂気だ。
――――――――
この世界は醜いほどにくだらなくて、退屈だ。
神としてあるならば、人の身を持たず、空の上にでも在れば良かったのに。何故か私たち邪神は地上に、人の身から産み落とされた。
元から種族が異なる化け物であるのだから、誰にも理解されず、避けられるのは当然だろう。なのに何故私たちは人の身から産まれるのか。何度も何度も考えて生きてきた。その果てに、私は創造主として選ばれた。この世界の仕組みについて説かれようと、私が異端であることに変わりはない。
生まれ持った特殊性。そんなもの欲していなかった。
創造主としても、邪神としても半端物。何にもなれない自分が誰かと繋がれるはずもない。
人の心なんて無ければ良かったのに、きちんと私には寂しいという感情があった。
古代の書物には、この世界を司る大きな神が、人々を試す為だと記されていた。強大な力を持つ者におもねることなく、恐怖することなく、しっかりと手と手を取りあい協力し合い、互いに発展を、成長をさせることが出来るようにと。
そんなもの、人間側の都合でしかない。神の都合で同じように神である邪神が人の身として顕現させられた。しかし異端は虐げられる。一方で創造主としての立場で、傷つけることを許されない。
すべて壊してしまいたい。
そうすれば、何にも期待せずに済む。
死ぬことも許されない牢獄の中で、あらゆる手を尽くしたが、結局心を埋めてくれるものはどこにもなかった。なんとなく、魔王軍に入ってもなおだ。ずっと埋まらない。どうにもならない。
しかし、私の計画はある一人の、何の力もない人間によっていとも簡単に狂わされてしまった。
炎の邪神を一夜で懐柔し、水、風と異種族を自分に従えていく人間。
邪神には、その核に互いを呼び寄せる機能を備えている。それが何らかに作用したものだと考え、しばらく様子を見ていたが、どうにもその機能とは関わっていないような気がしてならなかった
だから私に備わる闇の力を用いて、人間が私を引き入れるように仕向け、私自ら人間へと近づいてやった。人間や他の邪神たちには、自分は土の属性を持っていると伝えた。実際、私は大地を自在に操ることが出来る。闇を隠すことも容易い。簡単に奴らは私を信じた。
そうして人間へと近づき、人間の精神の深層部を覗いた。今まで数多の人間の心根を見てきたが、そのどれとも似ていない。ただただ漠然としていて、見たものを見たまま感じ取る様な、単純な、そして簡単な精神構造をしていた。
人間は、邪神たちの人から外れた魔力を目にしても、「便利そう」「うらやましい」「すごい」しか思わない。恐怖を一切感じず、邪神に対する疑いも抱かない。見たもの、在るものをそのまま受け入れていく。
この人間は、馬鹿なのか。本気でそう思った。けれど同時に期待を持った。この人間は、もしや本当に見どころのある人間ではないのかと。
次に私は、人間と邪神らを世界の裏側、魔界を統治する魔王率いる四天王の一匹と引き合わせてみた。
私や邪神らにとっては脅威でもなんでもない屑同然の存在だが、人間からすれば十分な脅威になる。そんな脅威と邪神が戦うところを見ればいささか心を乱すのでは。そう思った。水や風の邪神が加入したとき、四天王のもう一匹と邪神が戦うところを人間は見ていたが、どうやら人間はその四天王を、愚かな人間の一種と認識していた。だから、きっと邪神らが四天王と戦うところを見れば何かしら心を動かし、その単純な精神構造も複雑になるのだろうと。
結果は、私の敗北に終わった。
人間は、基本的に自身の脅威に対して、恐怖をしない。というか、おそらく考えやものの見方が下等種や神ともズレている。明らかに変だ。人間の中でも変な部類に入る。絶対的にあの人間はおかしい。
極めつけは、自分の五感を操作される装飾品も平気で受け取った時だ。見どころがあるなんてものじゃない。あの人間、本気で頭がおかしい。
私はその価値観を人間らしいものに正してやろうと思った。だから四天王の幹部が魔界の果てにある、入ったものの魂を喰らい力を与える呪海に沈み、邪竜へと姿を変え、人間の前に現れた時、力を貸した。
到底人の身では扱えないような土人形を従え、崇高な深淵を見せてやった。自信があった。こんなものを見せつけられれば、確実に人間は私を恐れると。
しかし人間は目を輝かせ、廃棄物の処理に使用できると飛び跳ねた。
正気を疑った。
その渦に何かが飲み込まれるのを見ただけで、人は恐れをなして逃げ惑う。人間に魔力が存在せず、この力を感じ取れないからとも思ったが、おそらくあの様子だと魔力を感じ取っていたところで同じ反応をしていただろう。
断言できる。あの人間は、かなり頭がおかしい。馬鹿だった。
もっと崇高な魔力を見せいつか恐怖を与えてやりたい。人間の言葉で言えば、「ぎゃふん」と言わせてやりたい。あの頭のおかしな人間が私をしっかりと強者であると認識するさまを見たい。そして私を恐怖し屈服するさまを存分に楽しんだあと、その礼に世界を分け与えてやろう。
そう思うのに、なぜか私の口から出てきたのはただあの人間に世界をやろうとする甘言ばかり。自分の身だというのに全くもって度しがたい。なんなんだ奴は。絶対に許してなるものか。
「……くっ」
でも、そんな愚かさが愛おしかった。
この感情は異界でたとえるならば、ペットを見るようなものだと思う。世話のかかる生き物を、面倒な散歩に連れていき、どうしてそんなことになるのかという失敗をされてもなお、愛おしく思うそれ。
ペットにしたい。
クロエをペットにしたい。
しかしながら、クロエを許したくない。許したくないが痛めつけるのは虐待だ。なぜなら種族も違う。復讐には至れない。
私は複雑な感慨を抱きながら、拠点に戻っていった。
闘技場での騒動から二週間後。
我が屋台は、前回と異なる様相に包まれていた。
「店長と俺が一緒に作った料理って、最早俺たちの子供といっても差し支えないんじゃないですか?」
「告訴します」
「ものすごく悲しいですが籍を入れてないことが機能しましたね。離婚裁判は出来ませんよ」
相変わらず、距離感が死んでるカーネスは私の右側にぴったりとくっついている。そのせいで常に生暖かいし、お客さんも若干引いている。
「いっぱいいるから、少し減ってもわかんないかな」
「わかるわかるわかるわかるわかるわかる」
「えぇ」
シェリーシャちゃんがお客さんに向けそうになっている指を慌てて確保すると、彼女は反省せずに笑う。
「今お客さん暴れたりとか何もしてませんでしたよねお客さん」
「だってあんまり多くてもクロエが大変になっちゃうもん」
「もんじゃないんですよ! それ物理的にですよね? 大変とかじゃなくて物理的に命をどうこうしようとしてますよね」
「だめなの?」
「絶対駄目に決まってるでしょう!」
シェリーシャちゃんに厳重注意をしていると、つん、と肩をつつかれる。振り返ればギルダがなにやら本を抱えて私の裾を掴んだ。
「どうしたの」
「クロエの聖典を作った屋台で頒布しようと思う」
「しないで、これお願い」
下処理前の芋の入った籠をギルダに渡す。まだしなくてもいいけど、やることがないと余計なことをし始める。下処理しておいてもらおう。
「わかった」
そう言って芋に魔法をかけ始めるギルダ。他の二人にも指示をするとカーネスも火力調整を始め、シェリーシャちゃんも食材を冷やし始める。それらを見て一息つくと、ローグさんがいつの間にか隣に立っていた。
「やあ、大変そうだね。そろそろおつりが危うくなって来たけどどうする?」
「あ、じゃあその下の籠から補充お願いします」
「分かった。あと、そろそろ世界滅ぼしたくなってない?」
何気なくローグさんに放り込まれた爆弾に戦慄する。出た。世界についての問いかけ。
「いや全然ないですけど」
「そう?」
返事をするとローグさんは不服そうに持ち場へ戻っていく。
本当に原因が何なのか分からないが、あれ以降ローグさんは定期的に私に世界情勢……というか、「世界滅ぼさない?」という世界滅亡のお誘いや、「世界分け合わない?」という世界分割のお誘いをしてくるようになった。
普通に狂ってると思うし、痛い。いかれてるとしか思えない。ローグさん、本当に初めは普通であったのに、どうしてこうなってしまったんだろうか。カーネスもシェリーシャさんもギルダも痛いのが治ってちょっと変な感じになったけど、まさか普通の人が痛くなる現象に見舞われるパターンと遭遇するとは思わなかった。
接客時は、本当に普通な分、私が痛さに慣れればいいだけなのかもしれないけれど、痛さに慣れたら終わりだと思うし、慣れきってもし痛い言動を繰り返すようになったら目も当てられない。怖い。
でもまぁ、そんなことくよくよ考えていられないわけだ。今日もクソ転移魔法のせいで、行列は形成されてきている。本当にそろそろ誰かに呪いかけてもらって、転移魔法使えないようにしてもらおう。
「今日も一日頑張らなきゃなあ……」
声に出すと、カーネス、シェリーシャさん、ギルダ、そしてローグさんがこっちを見て笑ってくる。私はしっかりと頷いて、調理を再開した。
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