第一章 月光花 高原都市へ
鬱蒼と茂る森の中。
疾走する軍用車両。
山賊をまいたその足で、ブラッドは車を飛ばしていた。ガタガタと走行音が鳴り響き、視界は縦に揺れている。
助手席の黒い相棒に溜息をひとつついてから、ブラッドはその頭を小突いた。
「おい、起きろよッ、ご主人様」
「ううん……」
少し強く打たれた額をさすりながら、デヴィルは目を覚ました。その手で目をこすると、未だ完全に姿を現さない瞳で周囲を見回した。そしてまだ完全に目覚めていない声で、返す。
「あれ? ここどこ?」
「寝ぼけてんじゃねえよ……」
「あ、ブラッド。おはよう」
「真っ昼間だけどな。ところでデヴィルくん、『ハイリア』にはこの道であってんのか?」
薄目だったデヴィルの眼が徐々に開く。意識がはっきりしてきたようだ。
こうなるといよいよ本領発揮だ。それまでとは違い、いつもの精悍な顔つきに変わるデヴィル。
「ああ。このまま道なりに進んでくれ、下僕くん」
「聞いてやがった……」
軽く舌を打ちつつ、ハンドルを捌くブラッド。
ブラッド。
長く垂らした、血のような赤い髪。赤のレザージャケット。インディゴのジーンズ。ルビーでもあしらったような瞳。
全身のほとんどを赤に整えた彼は、男でありながらも、恐ろしい程の美貌を持っていた。それはたくましくもあるが、華やかさも兼ね備えるもののように思える。
「しかしまぁそれに比べ――」
ブラッドはちらりと助手席に視線をやる。
そこには、まっすぐ道の先を見やる相棒の姿があった。
黒い――
あまりにも黒い、彼の姿が。
おとなしめの髪が、丸く光る瞳が、流す黒のロングコートが、長く伸びる脚が。
それらは全て、見とれるような黒に染め抜かれていた。
純白の対義語があるのなら、まさにその色だろう。
純なる黒。
純なる闇。
途轍もなく澄んでいる。
途方もなく澄んでいる。
「はぁ……」
「ん? なんだ、ブラッド。溜息なんか――」
「なんでもねえよ」
そうこうしている内に、もうずいぶん走った。しかしなぜだろうか、一向に辿り着く気配がない。
「おいおい。マジでこんな山奥に人なんかいるのかよ?」
「さっきいただろ」
「あの移住生活者は例外だろうが。定住している人間がや真ん中にいたら、そいつはもう天狗か仙人か……はたまた、ただの類人猿だろ」
「まあ、そうだな」
話が途切れる。
二人に沈黙が生まれ、ジープの走行音が主音声となる寸前だったが、そこで口を開いたのは、黒いロングコートの青年――デヴィルだった。
「ところで、ブラッド。お前、さっきなんか言いかけてなかったか? 純粋だのなんだのって」
「それ、一番最初に俺が振った話だろ……」
「悪いね。あの時は、アレス《主人公》とコレ《ヒロイン》との恋の行方が気になってね」
「お前が読んでた本の内容なんか知らねーよ」
「アレスを知らないのか? 思った通りの無学なんだな」
「あえて強調せんでもいいだろうが。アレスくらいは知ってるよ。神話の中の神だろ? 確か……戦争、そう、戦争の神だったか」
「アレスくらいしか……か」
「いや。なぜお前は他人の回答にひと手間加えるんだ? アレスの他にだって、まあ、そうだな、いろいろ、知っているぞ」
「コレだって神話の神だよ。古い言い伝えだと、処女神としての見られ方が大きい」
「へえ。ああそう」
いかにも、そうでもよさそうな顔をするブラッドだった。
「しかし、俺はやっぱエロスが好きだね。神としても現代の意味としても。愛を表し、最も美しい女神として知られているだろ。うん、一度、落としてみたいもんだぜ。その絶世の美しき女神様をよ」
酔いしれるように謳うブラッドを、デヴィルは「ただのエロガッパだな」と棄てた。
いやしかし、彼らは忘れている。
元はと言えば、ブラッドの話を蒸し返したところから始まったのだが、まったくの路線変更を実行していることを。
相も変わらぬ森林の中。
一様の風景にも飽きが来ていたところに、
「抜けるぞ」
一言、デヴィルがそう言った。
彼が言った数秒後、たった数秒後に、森は抜けた。
それまで走っていた森の視界が開けた。
陽の光が注ぎこみ、ブラッドは一瞬、眼が眩みかけたが、だが眼の前に広がる風景を見てしまい、閉じることをしなかった。
そこは、広大な面積を誇る大草原だった。
小高い山の麓を縁取った大きさ、と言っても過言ではない程の広さを有している。
中央には石造りの家が建ち並ぶ市街がある。そして、それを囲むように、覆うように、緑の草が一面を埋め尽くしている。草原の縁からは森が始まり、放射状にどこまでも続いていた。
「あ、あれが――」
口を大きく開けるブラッド。デヴィルから、話しのみは聞いていたのだが、まさかこれほどの壮大なものだとは、夢にも思わなかったのだ。
「あれが、草原都市……」
いや。
と、そこで彼は思い出した。ここまで苦労して登って来た山道を。
そう。
ここは、だいぶ標高のある地点なのだ。
「いや、違う――」
ブラッドが心の中で訂正したまさにそのとおり、デヴィルは続けた。
そこは草原と言うよりもむしろ――
「――あれが高原都市『ハイリア』だ」
NOTEです。
本日二話目、更新しました。
この話は、まぁ、暇潰しと言えば暇潰しなのですが、それでもそれなりに真面目に作っているものです。
読んでいただけたらありがたいし、その上で感想やら評価やらをくれたら感謝・感激・感涙の至りです。
これからもこの二人を、私共々よろしくです。
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