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寂寥なき街の王 ~一億円強奪 狂乱の宴と自愛の果てに~  作者: yaasan


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甘く見ている

「分かりました。片山(かたやま)さんは可能な限り、俺があの人たちのところに行く日を伸ばして下さい」


「伸ばせても……二、三日ですね。どうするつもりですか?」


「取り敢えずはどこかの地方に。隙を見て海外に行きます。また片山さんを頼ることになりますが」


 直樹(なおき)の言葉を聞いて片山は大きく溜息をついた。


「何もかも投げ出すぐらいに惚れているんですね」


 それを聞いて直樹はどうなのだろうかと思う。もちろん、若菜(わかな)に対して愛情があるのは間違いない。片山が言うように惚れているのだろうと思う。


 だが、客観的に考えれば、たかだか数日前に出会っただけの女なのだ。愛情も、惚れているもないだろうとも思う。


 たとえ愛情があっても、状況は四面楚歌で、命がかかっているのだ。そんな女など、切り捨てるべきなのだろう。


 今、実父の田上巌(たうえいわお)に若菜とリストを差し出せば、叱責は免れないにしても、命までは取られないはずだ。


 若菜を差し出せば命は助かる。頭では分かっているのに、そう考えると喉の奥がカラカラに乾いてくる。


 今この瞬間、自分は何を選ぼうとしているのか?


 結局、自分の感情がそれを許さないのだ。それが愛情で、惚れているということなのか。

 そこまで考えて直樹は片山に深々と頭を下げた。


「その小指……片山さんには本当に申し訳なく思っています。今の俺には、こうして頭を下げるぐらいしかできません」


「いえ、悪い目が出ればこうなることは分かっていましたからね。覚悟していたことだ。気にする必要はないです。それに、この家業を続けていれば、いつかはこうなるものですよ」


 片山の目は静かで迷いなどは微塵もなかった。それが逆に、直樹の中で片山に対する申し訳なさが募ってしまう。


 しかし、どれだけ片山に対して申し訳なく思っていても、言葉にしたように今の直樹には頭を下げる以外に方法はなかった。


「直樹さん、頭を上げて下さい。それより今後のことです。いずれは海外に逃げるにしても、まずは誰にも知られずに身を隠さなくてはいけません」


 どのみち逃げるしかないのだ。まとまった金も必要だ。となれば、若菜が奪った一億円が必須になる。


「金は若菜を頼るしかないですね。当座は何とかなるにしても、俺の金なんてすぐに底をつく」


 直樹の言葉に片山は軽く頷いた。


「まとまった金を用意したいところですが、このご時世、この世界もかつかつでして。私が動かせる金もたかがしれています。申し訳ない」


 頭を下げようとする片山を直樹は片手で止めた。


「勘弁して下さい。これ以上は片山さんに迷惑はかけられない」


「いえ、迷惑とは思っていませんよ。それにこれは直樹さんのためというよりも、私の中では姐さん、杏果(きょうか)さんのためなので」


 そう言って片山は直樹の母親の名前を出した。母親と片山の間で何があったのかは知る由もない。


 だが、冷静に考えれば、片山がここまで付き合ってくれる理由はないはずだった。ましてや片山はこの一件で小指を失っている。もう十分に尽くしてくれたといっていい。


「身を隠すのなら早い方がいい。二日以内にして下さい。さっきも言いましたが、それ以上はオヤジたちを抑えるのは無理です」


「……オヤジたち」


 直樹は呟くように言う。片山のこの言い方だと、自分たちの身柄を欲しているのは父親の田上巌だけではなくて、腹違いで二歳年上の兄である田上敬一(けいいち)も絡んでいるということになるようだった。


 そうやって呟いた直樹に向けて片山が目を細めた。


「直樹さん、どうやら少し敬一さんを甘く見ているかもしれませんね」


「……どういうことです?」


「この件に関してはオヤジよりも、あの人の方がきっと怖い」


 片山はそこまで言うと、少しだけ溜息をついてみせた。そして、気持ちを入れ替えるようにして再び口を開く。


「身を隠せる場所なら、私にもいくつか心当たりがあります。受け入れられる段取りができたら、すぐに連絡しますよ」


「何から何まで、本当に感謝しています」


「後は直樹さんがあの女を説得できるかですね」


 片山はそう言って、少しだけ考える素振りを見せた後で再び口を開いた。


「もしあの女を説得できなかったら、直樹さんはどうするつもりですか?」


 その可能性も頭の隅では既に考えていた。だが、逃げ場なんてない八方塞がりの状況なのだ。今さら、自分の金がどうのとはさすがに言い出さないだろう。既に自分たちの命がかかっているのだから。

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