見知らぬ土地
西日が眩しい下校中、バスの中、反応すらできない速度でバスが落ちる──
脳に直接響く不快な音、乗客の悲鳴が響き渡る
「ドンッ、ガシャン、バコンッ」
一瞬とも数十秒とも思えるような回転と衝撃が終わり一瞬の静寂────
次の瞬間には、乗客のうめき声、声にならない声がした
バスの乗客とおっさんの下っ腹の狭間で私は助かった。不幸中の幸いだ。
有難うあなたの前に出ている腹は無駄ではなかったと感謝を伝えたい。もう死んでいるだろうから、無理なことだけど……。
一息つきたいと思ったが、バスのありとあらゆる隙間から水が入ってきたのでそうもいかない。私は逃げようとするがおっさんの下っ腹に体が埋もれてしまい自力ではもうどうしようもない。
「助けてください!」必死で放ったその言葉は、誰にも届かない。もうどうしようもないと感じ、私は一息つくことにした。
スゥゥハァァ、、スーハー、、深呼吸をする。
さっきは数センチだった水かさが、もう首まできた。
水の冷ややかな感触が、喉仏を撫でる。
首を上へ上へと伸ばそうとするが、伸びるわけもなく、「助けてくれ!」もう一度放ったSOSにも反応はない。
せめて、1秒でもいいから長生きしたいと強く思い、水に呑まれる間際に、大きく息を吸い、肺にめいいっぱい空気を入れ、私は目を閉じた。
溺死か、嫌な死に方だ。
死ぬのかぁ……。
おっさんの下っ腹に挟まれて動けない。
水に呑まれ、息ができないその恐怖でパニックになりそうだ。
もう、何も考えられず、息をしたい、空気がほしい衝動に駆られる。もういっそのこと息をしてしまおうか、水を吸った方が楽になれると、訴えかける本能を、わずかに残った理性で食い止める。つらい。
突如、体にかかっていたおっさんの腹の圧が消えた。
あれ、おっさん?あれ、あれれ?おっさん消えた?
目を開ける、ほとんど見えない。だが、光を感じた、近づいている。
光は明るさを増していき────プハッッ──ハァ─ハァ──水面だ。
空気がある!息ができる。!
助かった。脳に肺に、体に酸素がめぐる──
ああ!最高!空気がうまい!アドレナリンがでる。今、人生で一番生きてる!
復活した五感が感じる、潮の匂い、波の音、海だ。
夕日が、空が赤く染まっている。
夕日の反対には浜。そこまで50mもない、でも遠い。
水を含み重くなった制服のブレザーを脱ぎ、最後の力を振り絞って泳ぐ。何もかもを忘れ、それだけを考え、死に物狂いで泳いだ。なんとか足がつくところまできた。地面をつかみ、歩き、砂浜にたどり着いた私は肩で息をしながら、仰向けになり、生き残った喜びをひたすらに感じた。
「生きてる!」
夕日が私を祝福してくれているようだった。
1分くらい休憩して、呼吸もアドレナリンも落ち着いてきたので、少し冷静になりあたりを見渡した。
ビーチだ、砂浜だった。こんな綺麗な場所だったら、人で賑わっていそうだったが、誰もいない。異常だ。
周りはとても静かで、人の気配がない。ここはどこか、いずこへ来てしまったのか。
家に帰ることはできるのか。私のほかに人はいないのか。
喉が渇き、腹は減り、びしょぬれで肌寒い。
生きてはいても、また生命の危機だ。嫌になる、ちょっと泣きそうだ。