百合の間に挟まる男は絶対許さないマンな俺が、百合の間に挟まろうとしてる男に喧嘩を売ったら、男じゃなくて男装してる女の子だった!?
「ふぅ……」
駅前にある、シアトル系コーヒーショップのテラス席。
今日もそこで俺は放課後に一人、キャラメルマキアートを飲みながら、とある二人組を待っていた。
「でさぁ、さっきガチャ10連回したら、なんと5枚もSSR出たんだぜアタシ!」
「うふふ、本当アカリちゃんは昔から、運いいよね」
――!
キタッ!
駅前の高校の制服に身を包んだ女子高生二人組が、定位置である俺の隣の席に腰を下ろした。
期間限定のフラペチーノを持っている、茶髪ショートカットの元気っ娘がアカリちゃん。
抹茶クリームフラペチーノを持っている、黒髪ロングの清楚系美少女がユイちゃんだ。
この二人は最近偶然この店で見付けた――俺が今一番推している百合ップルなのである――!
もちろんこの二人はあくまでただの友達で、本物の百合ップルではないことくらい俺だってわかっている。
――だが、俺のような生粋の百合大好き男子にとっては、女の子同士がキャッキャウフフしている光景を間近で眺められるだけで、乾いた大地に恵みの雨が降り注ぐが如く、無限のエネルギーを享受することができるのだッ!
「あっ、アカリちゃん、ほっぺにクリーム付いちゃってるよ」
「んあ? どこどこ?」
「ここだよここ。ふふ、本当アカリちゃんはそそっかしいんだから」
「へへ、サンキュー、ユイ」
尊ーーーー!!!!!!
尊ーダビッドソンじゃん今のッ!!!
危ない危ない……。
思わず大声を出してしまうところだった。
男である俺は、あくまで風景の一部。
二人だけの百合ワールドに干渉することなど、絶対にあってはならぬこと。
もしも万が一俺が二人に接触してしまうようなことがあった暁には、俺と冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します。
「おっ、アカリとユイじゃん。何してんのここで」
――!!
その時だった。
二人と同じ学校の制服を着た男子生徒が、不躾に二人に声を掛けてきた。
こ、こいつ――!?
その男は金髪でピアスを付けて制服を着崩した、いかにもなチャラ男だった。
その上女性かと見紛うほどのキラキラしたイケメンであり、普段から相当女の子にモテているであろうことが、雰囲気からも容易に想像できた……。
「あぁ、シノブ! 何って、見りゃわかるだろ。ユイとデートだよ、デート」
「も、もう! アカリちゃんたら……」
「へえ、いいねー。じゃあオレも交ぜてよ。今から三人でデートしよーぜ」
……なっ!?
はあああああああああ!?!?!?
フザけんなよシノブテメェエエエエエエエ!!!!!!
俺はなぁ、百合の間に挟まる男が宇宙一嫌いなんだよおおおおおおおお!!!!!!
今まで何度百合の本の表紙に騙され、中を開いてみたら男との恋愛シーンが出てきて血の涙を流したことか……!!
百歩譲ってお前が女だったらまだ許せたよッ!
むしろ百合の間に挟まる女は、アリよりのアリよりのアリよりのアリだよ!?
でも男が百合の間に挟まるのだけは、たとえ世界政府が許したとしても、俺が死んでも許さないッ!!
「えー、どーしよっかなー。ユイはどうする?」
「え? う、うん、私は……」
ホラァ!!!
ユイちゃんは嫌そうな顔してるじゃねえかああああ!!!!
だってユイちゃんはアカリちゃんのことだけが好きなんだからッ!(憶測)
アカリちゃんと二人きりで過ごすこの時間を、何よりも大切な宝物にしているのだからッ!(願望)
「まあまあダイジョブダイジョブ。さっ、行こーぜ」
――!!!
あろうことかシノブは、二人の肩に気安く腕を回した――。
この瞬間、俺の中で何かがブツンと切れた――。
「オイ、やめろよッ! 嫌がってるだろッ!!」
「「「っ!!」」」
気が付くと俺は、シノブの肩を掴んで怒鳴っていた。
…………あ、やっちまったああああああ!!!!
絶対に百合ワールドに干渉してはならないと、百合の神に誓っていたというのに……!!
ごめんなさい冨岡さん。
俺のせいであなたは俺と二人で、腹を切ってもらうことになりそうです……。
「えーと、誰、キミ?」
シノブがキョトンとした顔で、俺に問い掛けてくる。
……うん、まあ、当然の疑問だよな。
――だがこうなった以上、俺も後には引けない。
「俺が誰かなんて、この際どうでもいいだろう。それよりも嫌がっている人を無理矢理誘うなんて、男として最低の行為だ。そんなこともわからないのか?」
何よりも百合の間に挟まろうとするのは、万死に値するッ!!
「いや、アタシは別に……。それにこいつは――」
「シッ! アカリちゃん、面白そうだから暫くこのまま見守ってようよ!」
「ん? ああ、そうだな!」
面白そう?
なるほど、二人にとっては百合の間に挟まるシノブを、赤の他人である俺が排除しようとしているこの展開は、都合がいいってことだな?
そういうことなら、尚更何としてもコイツだけは抹殺しねぇとなぁ!
「プッ! アハハハハハッ!! そういうことか! いやぁ、おもしれー男だね、キミ」
「っ!?」
おもむろにシノブは、俺に顎クイしてきたのである――。
最早凶器とも言えるレベルの、顔面兵器が目と鼻の先に――!
「オォイ!? や、やめろよッ!」
堪らず後退る。
俺にそっちの趣味はねぇ!
それにお前から「おもしれー男」認定されても、嬉しくも何ともねーよッ!!
「まあまあ、いいじゃんいいじゃん。オレ、俄然キミに興味湧いてきちゃった。今から二人で遊び行こーぜ!」
「ハァ!?」
シノブは馴れ馴れしくも、俺に肩を組んできた。
なんでそういう展開になるんだよ???
「そういう訳だから。また明日な、アカリ、ユイ」
「オウ、頑張れよシノブ!」
「結婚式には呼んでねー!」
結婚はしねーよッ!?
ま、まあ、でも、これで二人の前から百合の間に挟まる男を排除できたと考えれば、一応最低限の仕事は果たせたと言えるのかもしれない……。
「なあなあ、どこ行く!?」
「べ、別にどこでもいいよ……」
依然肩を組んで人気のない裏路地を歩きながら、キラキラスマイルを超至近距離で浴びせてくるシノブ。
しかも何だか凄くいい匂いもする……。
……クッ、しっかりしろ俺!
俺にそっちの趣味はないはずだろうッ!?
「そうだなー、じゃあ……うわッ!?」
「っ!?」
その時だった。
落ちていた空き缶を踏んでしまったシノブが、足を滑らせて後方に倒れそうになった。
あ、危ない――!!
「大丈夫か!?」
咄嗟にシノブをガバリと抱きかかえる。
フー、セフセフ。
「あ、ありがと……」
「いや、いいけど。意外とおっちょこちょいだな、お前。……ん?」
俺の胸の辺りに当たる、ふにゅんとした柔らかい感覚――。
こ、これは――!?
「アハハ、もうバレちったか」
「……お前、女だったのか――!」
慌てて一歩下がり、シノブと距離を取る。
『女の子には決して干渉せず、風景の一部として見守るべし』が信条だった俺が、不可抗力とはいえ女の子を抱きしめてしまったという事実に、視界がグラグラする。
シノブのマシュマロクッションの感触がまだ残っている……。
「そう、オレは女だよ。オレさぁ、男の格好をして、百合の間に挟まるのが趣味なんだよねー」
「随分先鋭的な趣味だな???」
そんなヤツおる???
「でも、キミだって人のことは言えないだろ? ――キミからはオレと同じ匂いを感じたよ。キミは生粋の百合スキーだ! そうだろ?」
「――!」
シノブは恍惚とした表情を浮かべながら、俺に右手を差し出してきた。
シ、シノブ……!
「だがそのことを誰にも言えず、一人で悶々とした日々を過ごしてきた。――本当は百合の尊さを、誰かと共有したくてしたくて堪らなかったのに!」
「――!!」
嗚呼、その通りだ……。
俺だって本当は、同じく百合に人生を捧げた同志と、百合の尊さについて朝まで語り合いたかった――!
……でも、コミュ障な俺には、とてもそんな勇気はなかった。
「なあ、オレたち友達になろうぜ。これから二人でカラオケボックスでも行って、心行くまで好きな百合漫画について語り合おうじゃないかッ!」
「……」
シノブは真っ直ぐ俺の目を見つめながら、この間、一度も差し出した右手を下げることはなかった。
――そんなシノブの誠意を無下にすることなど、俺にはできなかった。
「――ああ、いいな、それ」
俺はシノブの右手を、強く握った。
シノブの手は細く柔らかくて、紛れもない女の子の手だった。
「へへ、よーし、これからよろしくな、相棒!」
「相棒って」
距離感の詰め方エグいなこいつ。
――だが、確かにこの日俺は、人生の相棒とも言える相手に、遂に出逢ったのであった。
「そろそろ時間になります。音楽が鳴り出したら私が扉を開けますので、ゆっくりと前に歩いてください」
「あ、はい」
結婚式場のスタッフさんが、朗らかな笑顔で俺に指示してくれた。
昔の思い出に浸っていたら、いつの間にか時間になっていたらしい。
教会の扉の前に立つと、中から参列者の人たちのざわつきが聞こえてきて、一気に緊張が高まる。
着慣れていないタキシードのせいで若干動きづらく、首回りが少し苦しい。
「どうぞ」
大仰な音楽と共に扉が開かれ、盛大な拍手で出迎えられながら、俺は一人で教会の中へと入った。
「うおお、タキシード姿似合ってるじゃねーか!」
「ホントおめでとー!」
ああ、明梨ちゃんと由伊ちゃんも、満面の笑みで俺に拍手を贈ってくれている。
二人から俺の結婚を祝福してもらえる日がくるなんて……。
ヤバッ、既に泣きそう……!
一番前まで進んだ俺は、回れ右をして、静かに深呼吸をする。
――程なくして、俺の時より派手な音楽に包まれながら、お義父さんにエスコートされた新婦が入場してきた。
「うおおおお、今日の詩延は一段とイケメンだな!」
「キャー、詩延ちゃん素敵ー!」
二人がそう言いたくなるのも当然だ。
何せ今日の詩延は、俺と同じく白のタキシード姿だからだ。
間違いなく俺より遥か上のイケメンだ。
女性の参列者たちから黄色い悲鳴が上がっている。
やれやれ、これじゃどっちが新郎かわかったもんじゃないな。
俺の前まで来た詩延はお義父さんから手を離し、俺の差し出した手を取る。
「フフ、やっぱタキシード似合ってるよ」
「――!」
恋する乙女のような顔で詩延にそう言われ、心臓がドクンと大きく跳ねる。
「……お前のほうが似合ってるよ」
「それは当然だろ」
悪びれもせずニカッと笑う詩延に、こいつとなら一生笑って過ごせそうだなと、改めて思ったのであった。
拙作、『塩対応の結婚相手の本音らしきものを、従者さんがスケッチブックで暴露してきます』が、一迅社アイリス編集部様主催の「アイリスIF2大賞」で審査員特別賞を受賞いたしました。
2023年10月3日にアイリスNEO様より発売した、『ノベルアンソロジー◆訳あり婚編 訳あり婚なのに愛されモードに突入しました』に収録されております。
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