当たり前
「探さないでください。今までありがとう。 涼也」
朝登校すると、僕の机の上に丁寧な字で書かれた一枚の置き手紙あった。その置き手紙の存在を確認し、自然とため息が出てきた。そしてまた、丁寧な字で書かれた文章を読みため息をついた。なぜ丁寧な字で書かれているのか。なぜ机の上に綺麗に置いてあるのか。なぜ探して欲しくないのか……。考えれば考えるほど馬鹿らしく思えてくる。とりあえず置き手紙を机にしまい教室を後にした。
「涼也?特に見てないけど……。何、今度は祐が涼也を追いかけ回してるの?」
違う。そんな訳がない。仮にそうだとしても言える訳がない。確かに涼也は明るくて誰からも好かれるような人間だ。そして何故か僕に執着している。友達なんてたくさんいるはずなのに、僕と共に行動し、時には嫉妬するような素振りを見せることもある。僕はこれを行き過ぎた友情だと思っている(そう思いたい)が、涼也ははっきりとした答えを述べたことはなかった。勿論その答えに一喜一憂することはないし、答えによって何か変わる訳ではない。ただ、はっきりしないということに少しもやもやすることも事実だ。何を考えているのだろう。涼也は。
「とにかく!涼也がどうなったか知らないけど、もうすぐホームルーム始まるよ?教室戻んないの?」
ここでいつもの僕なら素直に教室に戻るだろう。ただ、今は涼也の事で頭がいっぱいになっていた。丁寧な字。綺麗に置かれた一枚の手紙。簡素な文章。親の真似を何でもしたがる子供のようにどこへ行くにも着いてきたこと。明るい声。よく見せる笑い顔。何もかもが涼也でいっぱいになっていた。何故かは分からない。ただ、ただ無性に心が寂しくなった。廊下を早歩きで歩く。一歩踏み出す度に、涼也と歩いた一歩が蘇る。ひたすら探し回り、残すは屋上だけになった。
キーンコーンカーンコーン
屋上のドアを開けると、涼也が奥の方に立っていた。僕は鳴り響くチャイムの音を聞きながら涼也の元に歩いた。
「探さないでって言ったのに。何で来たの?」
涼也は背を向けたまま僕に問いかけてきた。いつもの涼也とは少し違う、落ち着いた声だった。
「何でって……。わざわざ『探さないで』なんて書いてあったら探せって言ってるようなもんだろ」
少し冗談混じりで問いに答えてみた。だが納得のいく回答じゃなかったらしい。涼也は僕に背を向けたまま黙ってしまった。しばらくして。静寂を切り裂くかの如く涼也が口を開いた。
「いつも当たり前のように隣にいて。いつも何をするのにも僕が君のそばにいて。僕はこんなにも君を想っているんだ!なのに……。全然気付いても振り向いてもくれない。このままじゃダメだって思ったんだよ。だから、一回離れてみたんだ。君にとって僕のことがどうでもいいなら探しにこないだろうって。そしたら君は来てくれた。チャイムも鳴ったのに。少し息を切らしながら。君は確かに来てくれた。この意味、分かる?」
涼也は振り向いて、僕の眼を真っ直ぐ見つめながら言った。普段は気の抜けたような可愛らしいキャラクターなのに、見たことない程の真剣な表情に全てを吸い取られるような気持ちになった。そして、涼也にここに来るまでの事を全て話した。とにかく涼也がいなくて寂しい思いをしたことも含めて。
「……それって!『恋』なんじゃない!?」
涼也が僕の話を全て聞いた後こう言い放った。僕は一瞬言葉の意味が理解できなかった。恋?誰が?誰に?それってどれのこと?
「裕は鈍感だから、自分の気持ちにすら気付かないんだよ。裕は、僕のことが好きなの!」
僕は、涼也のことが好き……?この言葉は何故か自然に受け取れた。勿論意味は理解できてないけど。短時間に起こる急展開に、僕は空を見上げこう呟いた。
「僕は……。涼也のことが好き……なのかもね」
すると涼也の目は一段と輝いた。それを見て、不覚にも可愛いと思ってしまった自分が嫌だった。
「今は分からなくてもいいから。二人で恋って何か見つけてみない?僕は裕のことが大好きだよ」
なんかもう。なんかもう分からなくなってしまった。だけど、これもいいのかなって。確かに涼也のことを気にかけて探し回ったし。僕は首を縦に振った。その瞬間の涼也の顔は何年経っても忘れないだろう。
あれから何ヶ月か経った。涼也との距離は今までと変わらないし、特に何か大きな変化があったわけではない。あるとしたら、
「裕。好きだよ♡」
二人きりだろうが人がいようが、所構わず想いを伝えてくるようになったくらいだ。
ありがとうございました。