【番外編】役目を終えた第三王子を婚約破棄したら、第一王子が溺愛してきて困ってます。どうせなにか企んでいるのでしょう?
前作、「婚約破棄とかなにふざけたこと言ってんの?『お飾り』なのはあなたのほうですから」の番外編になります。よかったら読んでいってください。
「僕は君を心から、好きになってしまった。結婚してほしい」
とある夜会会場。私、リリアーナ・エヴァンハートはこのアルスティン王国で最も高い地位・優れた容姿を持つこの国の第一王子、ヴィクター・アルスティンに求婚され、非常に困っていた。
「……はい??」
間の抜けた少し大きめの声を出してしまい、周りの着飾った貴族たちからヘンな視線を浴びてしまう。
なんか私、この独身王族を満喫するイケメン第一王子を虜にするフェロモンでも出していたのかしら?
「……なに企んでんのよ?どうせ貴方の策略でしょ……!!」
「違うよ、リリアーナ侯爵令嬢……いや、リリアーナ。僕はただ、本当に君を愛してしまっただけなんだ」
急に手を握られ、ヴィクターの整った尊顔と筋の通った綺麗な鼻先が、私の鼻先に触れるか触れないかの距離まで近づかれる。ここまでストレートに愛を語られ、急速に距離を縮められると、さすがの私でも戸惑いを隠しきれない。たぶんだけど、顔も紅くなっていると思う。
「なっ!ち、ちょっとヴィクター!近い近い!」
「僕は少々目が悪くてね。君のその深淵を臨むような昏く、深い魅力的な大きな瞳をしっかり確認するためには、この距離で見ないといけないかなって思ってね」
はにかむヴィクター。この間までとは自信が違う。余裕さえ感じる。なにか、私たちの関係を動かす重大な出来事が、前回の夜会から今日に至るまでの間であったのかもしれない。
「リリアーナ義姉様ぁ~!」
貴族の群れをかき分け、遠くから小走りで近づく1人の女性を確認した。
「サ、サマンサ。なに、どうしたの?」
ヴィクターの手を急いで振り払い、平静を装う私。サマンサは当然、この光景を見ていたのだろう。擦り寄る態度だが、顔は若干強張っていた。私とヴィクターの怪しい雰囲気を察知して近づいてきたのかかな。まだヴィクター狙ってるのかしら?
サマンサは私の義妹だ。前回の夜会で手懐け、いまでは立派な私の専属スパイとして隣国の情報集めに奔走してもらっている。
「……(隣国の有力名士、レオン・バランハルト公爵と縁ができました。また夜会が終わりましたらご指示くださいませ)」
耳打ちしてくるサマンサ。国家機密だ。周りに聞かれるわけにはいかない。
「……(バランハルト公は一筋縄ではいかないわ。じっくりいきましょう)」
私も耳打ちで返す。サマンサは本当に優秀だ。この間はほんとむかついたけど、今は結構信頼している。私の見立て通りだ。さすが私。
「ひそひそ話は良くないんじゃないかなぁ。僕にも教えてよ」
私とサマンサの間に入り込み、夫々の肩に両手を回すヴィクター。
「ちょ、触んないでよ!ヴィクター!」
「あ……ヴィクター様。いい香りですわぁ」
すごく馴れ馴れしい。……でも、サマンサが言う通りいい匂いだった。
……ていうか、サマンサ。もしかして、私たちが陰で得ている機密情報、ヴィクターに漏らしてるんじゃないでしょうね?彼だったらサマンサ落とすなんて楽勝でしょう。あとで詰めよう。まぁ同じ国を思う王家と公爵家同士だから別に漏れててもいいんだけどね。
「じ、じゃあ義姉様。あとでね」
「ええ、サマンサ。ありがとう」
そう言って、そそくさと夜会の場から静かに去っていくサマンサ。隠密行動も板についてきたわね。
「で、リリアーナ。話の続きだけど」
「ええ。サマンサが来て、ちょっと落ち着いたわ」
そして、きっぱり、はっきりとヴィクターを指さしながら言ってやった。
「お断りよ!私はまだ、貴方を信用していない!」
「ああ、そうだね。そう言うと思ったよ、リリアーナ」
少し悲しそうな表情になるヴィクター。この男、本当は人生で一度も女性関係で失敗したことはないだろう。そのくらい、非の打ち所がない男だ。きっと、私がただ幸せだけを求めて生きる普通の女性であれば、このプロポーズにノーを突き付ける理由なんてない。
でも、私はダメなの。この国の未来のため、私はこの身を犠牲にしてでも陰で暗躍し続けなければいけないの。それがエヴァンハート公爵家の令嬢として生まれた私の宿命であり、死んだお母さんとの約束。恋なんて、してる余裕はないのよ。
「でも、ダメなんだ、リリアーナ。君は僕との結婚を断れない」
「へっ?」
……どういうことかしら?……ああ、やっぱり。この男、すでに仕掛けていたのか!
「お二人とも、そろそろ入ってきていただけますか?」
少し大きめの声を出し、ヴィクターが誰かを呼んだ。会場奥の最も大きな扉がゆっくりと開く。
「なっ!?」
視界に入った人物。大物だ。しかも、そのうちの一人は私がとてもよく知る人物。すらっと伸びた長い脚と年齢に似合わず、引き締まった肉体。恐らく一度も角度を変えたことがない非常に整った口ひげを携えた老紳士。
アレは私の父、ルドルフ・エヴァンハート公爵だ。王家を陰で支えるエヴァンハート家当主。私も様々な任務を経て、能力的には父を超えている自負はあるが、あの圧倒的威圧感は出せない。国家間を渡り歩くうえで必須の絶対的力。現れただけで、貴族が吸っている空気すら重そうだ。普段は出てこないので、今初めて見たものもいるだろう。
「このような些末な場にお越しいただき感謝いたします。ルドルフ・エヴァンハート公。そして、わが父ロベルト・アルスティン国王陛下」
ざわめきなどなかった。ただ、会場にいた貴族の群れは、我先にと片膝をつき、王の御膳と化したこの場を少しも乱さぬよう、最大限の忖度を働かせるのだった。
「ヴィクターよ」
「はい、父上」
「私は待たされるのが嫌いだ。わかるな?」
「申し訳ございません。父上」
「さっさと儀式を終わらせろ。茶番はいらぬ。それでよいな、ルドルフよ」
「はい、陛下。依存などあるはずもありません」
流れるように会話する王と父、そしてヴィクター。話が見えない。どういうこと?
「では、誓いの接吻を」
誓いの……接吻?接吻ってキス、だよね?誰がするの、え?わたし??誓いのって、まさか結婚ーーーー!!!???
「すまないね、リリアーナ。君は嫌かもしれないけれど、これも政治なんだ」
静かに近づくヴィクターと距離を取ろうとするが、なんか、体がいうことを聞かない。あ、さっき肩に腕を回された時……やられた!油断した!これが、狙いだったのか!ヴィクター!
「おっと、危ない」
力の入らない身体を支えられ、再びヴィクターの綺麗な顔が近づく、そして……
「------!!!???」
こうして、私のファーストキスはこの国の第一王子ヴィクターにより強制的に奪われ、よくわからないうちに彼と結婚する運びとなった。
初めてのキスは頭がホワホワ、胸がキュンキュン。全身がしびれ、自分だけど自分じゃない、でも心地よいわけのわからない感覚にすべてを奪われながらも、私は残っている理性でこんなことを考えていた。
「ウィンストン、辺境に飛ばさなきゃよかったかな」
終
読んでいただき、ありがとうございました。
また色々がんばって書いてみたいと思います。
今後とも、よろしくお願いいたします。