第九話 竜の逆鱗に触れるトキ!
ロータスドラゴンを目の前にして、ミミは怯えを隠せない。
巨大なドラゴンを見るのは初めてだ。まして長寿ながらも美しさを感じさせる存在は、別の世界の生き物のようですらある。
そして何より、ロータスドラゴンから発せられる気高き雰囲気。彼はモンスターより賢者という言葉が似合いそうだ。彼の目は知性を感じさせ、何の敵意も感じられなかった。
それどころかミミたちを好機のまなざしで見ている。そんな相手の心臓を奪うなんて、とても考えられない。
彼は穏やかな顔をしているが、その風貌から力強さが溢れており、爆発したらどうなるか容易に想像がつく。もしこの巨体が暴れ出したら、勝てる見込みはない。巨大な生き物をこうして目の当たりにすると、それまで考えていた戦略も全部児戯にしかならない。腕の一振りでミミのようなちっぽけな存在は消し飛ぶだろう。実力の差が嫌でもわかるというものだ。
だが、ミミはやらなければならない。
ロータスドラゴンの心臓は魔力があり、強い武器が今のミミたちに必要だ。
傍らのロロを見る。彼はやはり足が震えており、ドラゴンへの恐れを隠せていない。だがその目は、諦めの色を浮かべてはいない。
ミミも覚悟を決めた。
ここで心臓を手に入れなければ、事態はより悪い方に向かう。密猟者たちに心臓を奪われてしまう。
「君たちは、何のために来た……?」
ドラゴンが問いかける。
低く威圧感のある声だが、包むような優しさも同時に感じられた。
「私は君たちに興味がある。このしゃれこうべ山に来た人間はいつぶりだろうか。私は何でも知っている。何が欲しい? 君たちは私に何を求める?」
「し、心臓を……」
ミミは震える声で続ける。
そして、ドラゴンをきっと睨みつけた。
「心臓をよこせっ!」
ミミは横っ飛びに跳躍し、マジックシューターから弾を地面に向け発射する。
弾は地面に魔法陣を描き、五芒星の絵柄は光り輝いた。
「ロロ!」
「うわあああっ!」
ロロは剣を抜いて、無我夢中で魔法陣に飛び込む。
剣に炎のオーラが纏われる。炎は激しく燃え、ぽつぽつと降る雨を蒸発させ白い蒸気を発した。
ロロは敢然とドラゴンに立ち向かう。太く大地を踏みしめる足に斬撃を浴びせた。
だが、硬い鱗と分厚い皮膚は正面からの攻撃を受け付けない。
炎の剣は皮膚に食い込みすらせず、その表面でしゅうと消えていく。
ミミとロロは開いた口が塞がらなかった。
「……どういうつもりだ?」
ドラゴンがもう一度問いかける。その声には微かな怒りが含まれ、ミミたちはぞっとした。
同時に今の攻撃が、蚊に刺されるほども効いていない証拠でもあった。
「……私の心臓が欲しいか。求めるものはそれか」
「そうだ! 貴様を倒し、いただく!」
ミミは恐怖心を隠すため、大声で言い返す。
ロータスドラゴンはため息をついた。
「浅ましい大人と同じ考えか……そんなに小さな子どもなのに、哀れな。ならば容赦はしない。子ども相手とはいえ、殺されてやるほど私は親切ではない」
ロータスドラゴンの花弁が光り輝く。
しゅわっと表面で粒子が弾け、何かをためているようだ。そして喉元に光が移っていく。
ミミは総毛立つ。全身が危険を予知する。
「ロロ、逃げろっ!」
その声を発した瞬間。
ロータスドラゴンの口から光線が発射された。
花弁で空気から荷電粒子を生成し、口に集中させて放つ。生物の常識を遥かに超えた機能。
突如滝が出現したような、打ち据える音が響く。
オレンジ色の光が束になって襲いかかり、地面を捲り上げる。大地は蹂躙され、白い土が光線の軌跡に大きく削り取られた。
ミミとロロに獣人から遺伝した俊敏性がなければ、逃げ遅れて炭となっていただろう。二人は跳躍して後方に逃げたものの、余波で吹っ飛ばされ、地面を転がる。全身を擦りむき、土で顔や衣服が汚れた。
花弁の光が完全に消えると、ロータスドラゴンは口を閉じる。だが、力を使い果たしたような疲れは見受けられない。
「……これでもまだ、私を倒そうとするか?」
ロータスドラゴンは諭すように言う。
今のはただの威嚇。逃げられるように撃った。次は本当に殺される……。
ミミは頑張って起き上がったものの、それきり立ちすくんだ。
勝てない。
勝てるはずがない。
そんなことはわかっていた。
それでも。
「……ロータスドラゴン。予は……戦わねばならぬのだ」
「ふむ」
ロータスドラゴンがミミを見下ろす。
「聞き分けのない子どもに付き合う義理はない。消し飛んでもらおうか」
再び花弁に光が集まっていく。
ミミはロロのもとに走り、彼を助け起こす。ロロは吹き飛ばされた拍子に肩を痛めたらしく、剣を持つ手がだらんと垂れ下がっていた。
ミミは涙を目尻にため、奥歯を噛み締める。諦めてたまるものか。
ロータスドラゴンの開けた口に光が集中していく……。
その時、視界の外から飛んでくるものがあった。
何かがロータスドラゴンの首めがけて飛んできたが、ロータスドラゴンは即座に振り向き、首の花弁を閉じて頭をガードする。
がぁん、と金属が打ち付けられる音を発し、どすんと鉄の矢が落ちてきた。
ミミたちは一斉にそれが飛んできた方を見やる。
鎧を着た密猟者集団。先頭の一人が巨大なボウガンを手にしている。
「さすがに簡単には仕留めさせてくれませんねぇ〜」
ボウガンの鎧が、そんな軽口まで叩いた。
隊長らしい中心に立った鎧が、手を上げ指示を出す。
「ちっさいガキがいるが、蝿みたいなもんだ。無視しておけ。ハンティングを開始する」
その合図で四人の鎧たちは、ロータスドラゴンを取り囲んだ。
ロータスドラゴンは怒りに打ち震え、大気を揺るがす咆哮を発した。
ミミとロロは寄り添い合い、吹き飛ばされないよう必死に堪えるのだった。