第八話 頂上に聳える蓮のリュウ!
鎧の男たちは背負っていたオーニソプターを傘のように畳み、ざっざっと斜面を上っていく。
ミミとロロはしばらく彼らの背中を見ていた。
ミミは茂みの中でうずくまる。彼女は打ちのめされていた。思ったほど事は簡単ではない。鎧たちの話からして、父は暗殺されたと考えるのが妥当だった。
父は単に行方不明になったとばかり思っていた。飛行船の故障、それなら生きているはずだと。あの父が簡単に死ぬはずがないと。
だが大人の世界は甘くない。権力者の間では常に争いが絶えない。父は隣国カニーンヒェンの陰謀で死んだ。おそらくマジックシューターの利権か、元からハトゥールに攻め込んでくる関係で抹殺されたのだ。
そして自分も王となった。であれば、自分も父のように、大人たちの仄暗い世界に肩まで浸かっているも同然なのだ……。
ミミの目の前がぐるぐる回る。
先代の王はもはや生きていまい。
殺された。
獣人とエルフの差をなくそうと奔走した、父のような偉大な男でも殺された。
父のような力もなく、王になったばかりの自分もいずれ……。
「ミミさま……ミミさまっ!」
肩を揺さぶられて、ミミは我に返る。ロロが泣きそうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「ミミさま……大丈夫ですか?」
「ロロ……」
ミミは痛む頭を押さえてロロを見る。ロロは目尻の涙を拭って、ミミに言う。
「僕たちがやらなくちゃいけないのは、生きてるかもしれない先代の王を探しに行くことでしょう? そのためにここまで来たんです。あの鎧たちにロータスドラゴンの心臓を取られてもいいんですか?」
ミミは思い出す。
自分が城から飛び出してきたのは、父を見つけるため。そして家族の笑顔を取り戻すためだ。
ロロの言う通り、父が死んだと決まったわけではない。遺体も見つかっておらず、どこかで助けを待っている可能性もあった。
ロータスドラゴンの心臓。それは、兵器に乏しいハトゥール国の新たな武器となるかもしれない。カニーンヒェン国は魔導を兵器として使う国だ。少しでも戦力がほしい。
ここで密猟者などに遅れをとるわけにはいかない。強い武器を手に入れ、父を探すべきだ。ここで城に戻っても、あの私利私欲しか考えていない大臣たちはミミの言葉を聞かないだろう。父を見つけ出し、父が隣国への対策を宣言するべきだ。
「よくはない。よくないから……行かねばなるまいな」
ミミは上体を起こし、ロロに目配せする。
「すまないな、ロロ。予は自分を見失いかけていた。ここからはホッパーでは行けない。音がしたら気づかれてしまうからな。できるだけ気配を消して先回りするのだ」
ミミとロロは獣のように四つん這いになり、たっと走る。歩行するよりこの方が速い。
やや回り道をとり、鎧の男たちの視界に入らないようにして斜面を駆けた。速さだけならミミたちは身軽なぶん、獣人特有の敏捷性を発揮できた。
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しゃれこうべの鼻にあたる頂上。そこには木の一本も生えていない、白い土に覆われた不毛な場所だ。
そのてっぺんに立てられた墓標のように『彼』は聳え立っていた。
真っ黒な鱗を持ち、首から上は蓮の蕾のようになっている。薄桃色の花弁は上品な色合いで、『彼』自身が一種の前衛芸術のようでもあった。
しばらくすると雨が降り始めた。水滴がぽつりぽつりと鱗に、蕾にかかり、石のように動かなかった『彼』に変化が訪れる。
蕾の花弁が回るようにゆっくりと解かれ、広がっていった。まさしく蓮の花の開花を思わせた。そして花の中央には、目をつむり老成した雰囲気を放つ竜の頭が現れる。
『彼』はぱらぱらと降る雨を感じていたいようだ。鱗にみずみずしさが戻り、三百年以上生きている『彼』は自分の命に思いを馳せる。計り知れない力を持つ自分に寄ってくるものもおらず、わずかなリンとカリウムのみを摂取して生きる『彼』は頂上から動く必要がない。孤独という牢獄に閉じ込められた存在だ。
だがこうして雨に打たれているときは、まるで水を受ける植物のような満ち足りた気分になれる。天にいる誰かが与えてくれる恵みだと『彼』は思っていた。
しかし、『彼』は周囲に二つの気配を感じた。
うっすらと目を開けると、視界の隅で動くものがある。
『彼』は首をもたげた。気配のするほうに目を向けると、こちらを見上げているものがいる。
フードを取った二人の獣人の子どもは『彼』の姿に畏怖しているようだった。猫の耳と犬の耳をした少年少女たち。
「……おぬしがロータスドラゴンか」
猫耳の少女が言う。
『彼』は……ロータスドラゴンは感動した。
この山に棲む自分に、子どもが会いに来てくれたのだ。
子どもたちの目が大きく若々しい顔を見るだけで、彼は宝物を見つけたような気分になった。生きる活力に満ち溢れた子どもは、年老いてほとんど動かない彼と対になっていると言っても過言ではない。
だからこそ彼には子どもの姿が鮮烈な刺激として受け取れる。
「獣人の……子どもか……?」
彼の声は低く、洞穴から響いてくるようだ。
子どもたちはびくっと肩を震わせたが、彼はそんな様子も愛らしいと思えた。