第四話 使うべきは魔導のブキ!
ロータスドラゴン。
蓮の花弁のような首飾りを持った黒き竜。
大人に対しては絶対に心を開かず、逆に子どもであれば知恵を授けてくれるという。バベルの塔崩壊が起こった三百年前から生きているという、ハトゥール島に伝わる伝説の存在。
しかし一度怒らせれば島が沈むとも言われている。だから彼の根城に近づくものはいない。
「そんな奴の心臓を取ってこいと申すのか?」
「逆にお前たちにしかできないことだ。大人だったら絶対にそいつには関わろうとしないからな」
「む、無理ですよ!」
ロロは涙ぐんで、ぶんぶんと首を横に振る。
「大人たちが勝てない相手に、僕たちがどうやって勝つんですか!」
「案ずるでないロロ。予たちにもマジックシューターがある。これさえあればドラゴンの一匹や二匹など蜥蜴も同様よ」
「ところで使い方は知ってるのか?」
ヴォールクが訊くと、ミミは自信満々に答える。
「引き金を引けばクリスタルの力を使えるのだろう?」
「それ以外は?」
「知らん!」
やれやれ、とヴォールクは肩をすくめる。そして自分の腕にもはめられたガントレット型機械を見せた。鋼鉄の鎧のようなその武器には、側面にいくつかのスイッチがついている。
「マジックシューターは狙撃モードと強化モードの二つがある。前者はシューターの銃口を相手に向け、トリガーを引くと、クリスタルに入っている属性の魔導弾が発射される。後者はスイッチを押して、剣や拳にクリスタルから抽出したオーラを纏わせるものだ。そうすれば斬撃や格闘に上乗せして属性攻撃を行えるようになる。クリスタルの種類で色んな技が使えるようになるんだ。本来であれば魔導は修行した魔導師しか使えないが、これは蒸気機関、ディファレンス・エンジンでクリスタルの力を引き出せるようにする機械。早い話が素人でも魔導が使えるってわけさ」
そう言って、ヴォールクはミミの持っているシューターを見やった。
「お嬢ちゃんたちはどこでそれを手に入れた?」
ミミは答える。
「このマジックシューターは城の倉庫にあった、民間にも普及しているタイプだ。スキルクリスタルもいくつか持ってきたが、兵士の基本的な武装しかない。とりわけ強いものは別の倉庫にあったらしいが、そこまで行く時間がなかったのだ」
「なるほど。急いで家出してきたわけか」
ふんとヴォールクは鼻を鳴らす。
ミミが懐に入れてきたクリスタルをいくつか彼に見せると、ふぅむとヴォールクは言って、返した。
「炎と氷のクリスタル、それも初心者が使うものと大差ない。強力なものではないが、逆に言えば、汎用のクリスタルから使い方を学べる機会でもある。最初から強い力を使おうとすると、絶対に怪我するぜ」
ほれ、とヴォールクは自分の腰の短刀を鞘ごとロロに投げてよこす。
「ぼっちゃん。それ抜いて、俺を斬ってみろ」
ロロがおそるおそる剣を抜くと、濡れたような刀身が姿を現した。研ぎ澄まされた剣を見て、ロロはがくがくと震える。
「ぼっ、僕、先端恐怖症で。一応剣技は習っていたんですけど、本当に剣で斬るなんてとても……」
ほらみろ、と言わんばかりにヴォールクはため息を付いた。
「剣すらまともに使えないお前たちが、いきなり強い魔術を使いこなせると思ったのか? まずは基礎的なクエストをこなして……と言いたいところだが、そうも言ってられないよな」
ミミはしばらく無言になったが、意志のこもった目でヴォールクを見返した。
「予たちはすぐに行かなければならない。そうしないと探し人が死んでいるかもしれないのだ」
「ロータスドラゴンのいるしゃれこうべ山には弱いモンスターから強いモンスターまでいる。戦いながら機械の使い方を身につけるべきだな。加えてロータスドラゴンは単なる竜じゃない。奴自身も魔導を使える賢者って話だ」
ヴォールクは腰を上げ、二人に来るよう促す。
「ついてこい。見せたいもんがある」
ヴォールクに連れられて、ギルド裏の倉庫にミミとロロは歩いていく。海の近くにそこそこの大きさのガレージがあり、
埃臭く雑多なものが散らばる倉庫内をかきわけ、ヴォールクはバイクのようなものを引っ張り出してきた。
それは鋼鉄のバッタだった。丸っこい胴体は人間二人を乗せられる大きさで、大きなくりっとした目が頭部についている。後ろ脚は力強いバネでできていた。
「蒸気飛蝗、スチームホッパー。どんな悪路も飛び越えて進める機械だ。もしヤベー敵が出てきたら、こいつに乗って逃げろ」
「ありがとうございます!」
ロロはミミの代わりにぺこぺことお辞儀をする。
むぅ、とミミは腕組みをして、無機質な目を持つバッタとにらめっこした。
「もちろんこいつの代金は頂くぜ。お嬢ちゃんの有り金の半分でどうだ」
ミミは躊躇いもなく巾着袋から、金貨を四枚出して渡す。ヴォールクはそれを見て舌なめずりをした。
「くくっ……ありがたく貰うぜ。釣りは出せないが紹介料だと思ってくれ。スチームホッパーの燃料は自動車と変わらない。基本的な動作もバイクとおんなじだ」
「……なぜおぬしはそこまで親切なのだ?」
ミミに訊かれ、ヴォールクはふっと笑う。
「王族に媚を売っといたほうがいい、というのは嘘だ。俺は無力なくせに文句ばかり言うガキは嫌いだが、困難を自分で何とかしようとする子どもは好きなんだ。そうした奴はだいたい大成する。そして俺のところに恩恵が回ってくる可能性もあるのさ」
「そういうものなのか」
「そういうもんだ。大人になればわかる」
ふむ、とミミは納得行ったような行かないような顔をした。
ミミはスチームホッパーに跨る。ハンドル操作は感覚でアクセル、ブレーキがわかるような作りになっていたので、使い方を訊くまでもなさそうだ。
「予が城に戻った暁には、褒美をとらせようぞ!」
ミミが高らかに言うと、ヴォールクは苦笑いする。そして、剣を鞘に戻して彼に返そうとするロロに向かって言った。
「その短剣はお前さんにやる。マジックシューターと合わせて使えば強い武器になる。お前も男なら、女の子を守ってやれ」
「は、はい……!」
「予は守られるような女ではないぞ!」
今にもスチームホッパーを発進させたがるミミに、ヴォールクはまた苦笑して、ロロの肩を叩いた。
「お前さんは小さい頃の俺にそっくりだ。早くしないと置いていかれるぜ。行って来い」
「重ね重ね、ありがとうございます!」
ロロは深々とお辞儀をして、ミミの後ろに乗った。
「心臓を手に入れたら戻ってこい! クリスタルに精製できる業者を教えてやる!」
「何度もすまぬ! 恩に着るぞ!」
ミミはヴォールクから、山に向けて視線を変える。
「ゆくぞ!」
ミミがアクセルをふかすと、スチームホッパーの後部から蒸気が噴き出し、ばねになった後ろ脚がびよんと跳ねた。
目指すはハトゥール島で一番高い山、しゃれこうべ山だ。




