第二十五話 友情の連鎖と続くヒビ!
オズワルドは従軍時代、いじけた性格を内側にため込むこととなった。
獣人である自分が汚らわしくて仕方なかった。鏡を見るだけで気持ち悪くなる。差別を受けるのはこの肌のせいに他ならなかった。ドブネズミと罵られ、彼は誰とも付き合う気がなく孤立していた。
かつて路地裏でエルフの同僚たちに殴られ、血まみれの顔でフェンスにもたれかかっていたとき。
騒ぎを聞きつけた巨漢が、暴漢共を叩きのめした。
そして、瞼が腫れあがって前が見えづらいオズワルドに手を差し出す。
「……お前、はみ出しもののオズワルドだな。俺と友達になろう」
逆光で相手の顔が良く見えない。しかし相手の顔を直視できないのは、それだけが理由ではないだろう。
どこまでも眩しい、アディルネッガーとの出会い。出会ったときから、オズワルドはアディルネッガーを見上げる関係だった。
アディルネッガーが光であれば、オズワルドは影に他ならない。アディルネッガーの恵まれた肉体による、純血種の栄光を思わせる目覚ましい活躍の数々。オズワルドと彼は友人であり、同時に師弟関係にあった。アディルネッガーから練習の空き時間に格闘術を習ったオズワルドは、彼に次いで軍で二番手の地位を手にし、虐められることはなくなった。
しかし、すぐそばで輝く友に比べ、オズワルドは毛むくじゃらの身体が忌々しく思えてならない。
オズワルドの家族は貧しく、栄養失調で両親は死んだ。残飯を漁って生き延びた彼は実力主義の軍隊に運よく入隊し、厳しい鍛錬に耐えてきた。
それでもうまく行かなかったのが、アディルネッガーの虎の威を借る狐のような形で成り上がった。幸運だったと誰もが言うだろう。しかしオズワルドはそうは思わなかった。アディルネッガーはきっと彼を哀れんでいたのだろう。侮蔑より同情のほうが心に痛い。
もしバベルの塔が崩壊しなかったら。まともな肌に生まれていたら。彼の鬱屈した心と世界の間には険しい壁が聳え立つようになっていた。
やがて王が死に、彼の遺言でアディルネッガーとオズワルドはそれぞれ国を任された。差別階級をなくそうと先代の王は尽力してきたが、それには限界がある。二つの島にそれぞれの人種が移り住むことで、争いを回避する方向に持って行った。
国王としての業務は簡単ではなかったが、自分と同じ獣人が正しく生きられる社会を作りたい、との思いから仕事は苦ではなかった。魔導文明の遺跡が島から発掘され、国は栄えた。
今でも彼は思う。誰もが争いなく健康な生活を送るにはどうすればいいのか。機械による市民の制御という形で彼は自分の理想郷を造り上げた。大臣がやるべき仕事は全てコンピュータに任せている。誰も信用していないからだ。
そして彼に娘が生まれたとき、彼は確信した。
自分と同じ毛むくじゃらの娘は、この先世界に出ていく中で純血種の感じえない苦労をするだろう。人種によりカーストのある世の中。オズワルドは自分が受けてきた仕打ちを考えると、胸に針が刺さるような気持ちになった。
この世界は間違っている。神のせいで文明が壊され、その結果人同士の争いが絶えない世界となった。であれば、神への復讐こそが人類のなすべきこと。その事実は、遺跡から出土した文献に記されていた。
娘は他人に侮られてはならない。そんな人生を歩ませたくない。その一心で、オズワルドは突き進んできた。そんな彼を支える人間は誰もいなかった。
「オズワルド。辛かったのはわかる。そのうえで、お前は間違っている」
オズワルドの心情風景が、その場にいた全員に共有されている。床に伏せるオズワルドに、アディルネッガーは言った。
「光であるお前に何がわかる、影で暮らしてきた私のことなど……!」
「お前が哀れだからだとか、そんな気持ちは持ったことがない。ダチになりたいっていうのは、理由が必要なのか?」
オズワルドは沈黙する。
「お父様……」
拘束衣のベルトをロロに外されたナナがヘルメットを取り、父に顔を見せる。兎のつんとした鼻がある、端正な顔立ちだった。
「お父様が私のことを考えてくださったのは理解しています。それに……」
ナナはうなだれる父を優しくなでる。
「度重なる魔導の研究、その実験体に自分の身を使ったせいで、あなたはもう長くない……。自分が生きているうちに、できることはしたかったんですよね」
オズワルドは小さくすすり泣いた。
「ナナ……」
ナナとオズワルドの姿に、ミミは自分と父とは違った親子の愛を感じた。
ここにいる誰かが悪者ということは決してない。ただ、運命がどこかでおかしくなったのだ。
ロータスステッキから光が消え、精神世界共有がなくなったことを示す。
戦艦はゆっくり高度を落としていく。そして小島にずずん、と不時着した。
その島には鍾乳洞があり、地面から巨人の歯が生えているようだ。
戦艦のモニターから外の様子がわかる。ミミはぽつりと言った。
「ナナ、と言ったか。予と友達にならないか?」
「ええ。私からもよろしくね」
ナナは柔らかい笑顔で言った。ミミは元気いっぱいの笑顔で返す。
「では、友情の証としてこの島を冒険するぞ! ロロ、ついてこい!」
「ミミさま、待ってください!」
外に向かって先陣を切るミミに必死で追いすがるロロ、ナナはくすくすと笑いながら彼女たちについていった。
「うむ。子どもは元気でなきゃな。よかったじゃないか、」
「しかし……彼らはこの先、どう生きていくのだろうか。純血種に近い人種の獣人差別はまだ続いている……」
「相変わらず心配性で過保護な奴だな。親が子どもを信じないでどうする。見ろ。子どもたちはあんなに逞しく生きている。あいつらなら、やっていけるさ」
二人の父親は子供たちの背中を、ずっと見つめていた。




