第二十四話 心の暗闇から届くコエ!
浮き上がった戦艦は進路をハトゥールに向ける。つるりとした流線型の船体は、蒸気機関を主とする現代の文明とは異質なものを思わせた。
失われた技術、反重力装置リパルサーリフトが船体を支え、ごおっと後部ブースターが竜の咆哮のような声を発した。そして動き出す。
ミミたちに襲い掛かってきたロボットたちはバランスを崩し、次々に戦艦から滑り落ちていく。ミミはスチームホッパーを小刻みに動かし、安定した足場から足場へと飛び移った。
「なんだなんだ、このデカブツは……」
ミミは逆に感嘆してしまった。カニーンヒェンが、こんなものを隠し持っていたとは。こんな兵器に立ち向かえるものはハトゥールには存在しない。
しかしこの船が動き出したということは、国王オズワルドは生きていると考えていい。であれば、父は負けたのだろうか?
「ロータスステッキ、頼む! 父上の居場所を教えてくれ!」
ミミはステッキをかざす。黒い太陽が輝き、あたりにいる命の光をミミの全身に感じさせる。
父を助け出し、戦艦から脱出しなければ。そしてハトゥールに帰り、住民の退避と軍備を整える必要がある。
戦艦内の命の数は少なかった。自分たち以外に突入した三人と、オズワルドのものと思しきもの、そして正体不明のものが一つずつ。
そのうち、椅子に座っている若い命が虚空に向かって吐き出すように言った。
『助けて……』
はっとミミは我に返る。
「今の、誰の声だ?」
ロロが心配そうに後ろからミミを見ていた。
「ミミさま、何を聞いたんです?」
「わからぬ……が、ロボットに追いつかれる前に父上たちを救出するぞ!」
ミミはホッパーを駆り、宮殿内部に向かう。
宮殿の天井からぱらぱらと埃が落ちてくる中、ホッパーはがしゃんがしゃんと跳ねていった。内部のロボットたちは、この事態に対応しきれていないらしい。セキュリティが発動してもうまく行かず、挙動がぎくしゃくしていた。ロロの剣で振り切れる程度の戦力しか内部には残されていなかった。
そうして最深部に来た時、オズワルドとミミは初めて対面した。
オズワルドはアディルネッガーの首を掴んで掲げ、父は死んではいないながらも苦しそうな呻きを漏らしている。ギザード、アシナスは力なく倒れているばかりだ。
ミミの心に絶望が押し寄せてくる。この三人をもってしてもオズワルドは止められなかった。
こちらに気づいたオズワルドの目がミミを見据える。その目は深淵の黒を湛えていた。
「ミミさま、下がって!」
ロロがホッパーから飛び降り、光の剣をオズワルドに向ける。それから震える奥歯を噛みしめ、立ち向かった。
「国王を離してください!」
ロロは剣でオズワルドの腕を狙う。オズワルドは「ふん」と笑って、自分のマジックシューターに光の刃を出現させる。
きぃんと、魔導の刃同士がぶつかり合う。光の粒子が火花のように散った。
「君の太刀筋は悪くない。が、いかんせん未成熟!」
オズワルドが薙ぎ払うと、ロロは「うあっ」と呻いて、べしゃっと床に叩きつけられた。
「もし平和ボケしていない世の中なら、良い剣士になれたかもしれないな」
オズワルドはロロの身体を蹴飛ばし、ロロは「ううっ」とまた呻く。
「やめろーっ!」
ミミはロータスステッキを手に、オズワルドを睨みつける。オズワルドはいたって余裕ある表情でミミに向き直った。彼女に気づかなかったのではない。いつでも倒せるので無視していたのだ。
「これはこれは、元国王のミミさん。お初にお目にかかる。アディルネッガーに娘ができたと聞いていたが、なかなか利発そうなお嬢さんじゃないか」
「父上を離すのだ!」
勇気を出して叫ぶミミを、オズワルドは冷笑する。
「大人同士の喧嘩に子どもが首を突っ込まないでいただきたい」
オズワルドの全身から邪悪なオーラが発せられる。それだけでミミは立ちすくみそうになったが、歯を食いしばってミミは耐えた。
「おぬしの凶行、このロータスドラゴンの鱗が許さぬ!」
「ほう……あのドラゴンの鱗ですか。珍しいものをお持ちですね。できればそれも手に入れたい」
オズワルドはちらりと後ろに目をやる。
「ではここで一興。国王の娘同士の対決と行こうじゃないですか」
そこでミミは、天井から伸びる配線と、その先に繋がれているナナに気づいた。
ナナの姿は痛々しく、父親の操り人形そのものに思える。
「いいでしょう。ナナ。この子どもたちに永遠の安らぎを与えなさい」
椅子に座る少女、ナナは痙攣して、魔法陣を作り出す。魔法陣の輪郭は禍々しく、ナナの魔力が無理やり引き出されているようだ。
「オズワルド、貴様……」
倒れているアディルネッガーが呻く。娘の危機に、彼は指一本も動かす余力は残されていない。
だが、ナナから絞り出されるような声も発された。
「お父様……私、こんなことしたくない……」
ミミはその声を聞いて愕然とした。
「おぬしだったのか……あの助けを求める声は……」
次の瞬間、ぶぉんと魔法陣が現れ、真っ黒な波が押し寄せてきた。
・
どれくらい眠っていただろう。
べしっ、べしっと何かを叩く音でミミは目を覚ました。
起き上がると、座ったままのナナをオズワルドが折檻していた。
「なぜ……わたしの言うことが聞けなかったのだ。必ず殺せと言ったはずだ。それなのになぜ……」
ナナの肌を何度も平手打ちが襲う。ナナは悲鳴を上げることにも疲れたのか、ぐったりとしたままだ。
「お父様。私、わかっています。お父様は本当は優しい人。でも、妄執に囚われている。これ以上、誰かを傷つけないで……」
蚊の鳴くような声で言うナナに、オズワルドは顔を歪ませて、平手打ちを続けた。
自分たちをそっちのけで娘を殴るオズワルドに、ミミはどうしようもなさを覚えた。オズワルドの横顔にミミはある種の悲痛さを感じ取っていた。
「予は今まで何のために頑張っていたのだ……」
ミミの目が遠くを見つめる。
「こんな邪悪の塊のような奴に、勝てるわけがないではないか」
きっと運命の歯車が狂ったせいで、彼はこのようになってしまった。偉大な父と肩を並べるほどの男が、なぜ。
結局はオズワルドも被害者なのだ。大人たちの一枚岩ではない世界の仕組みは、人を苦しめる。そして人から人へ、毒は流れていく。
こんな世界で頑張ったところで、何があるというのか。
ロロは力なく起き上がり、ミミに言った。
「ミミさま、何を言ってるんです……」
ロロはもう、剣を持つ余力もないようだ。しかし
「僕はミミさまの真っすぐな瞳が好きです。ミミさまが正面を向いて、ひたすら突き進んでくれるから、僕もミミさまと一緒に行こうと思ったんです。それがこんなところで諦めないでください……僕の慕うミミさまは、ここで挫けるような人じゃない。オズワルドをこのままにしていいと、ミミさまも思わないはずです。だから、戦って……戦ってください!」
ミミはその言葉に覚醒する。
そうだ。立ち止まってはいられない。ミミは身勝手な子どもではない。国王である彼女の双肩には、国の運命がのしかかっている。
「助けて……」
ナナは絞り出すような声でミミに訴えかけた。
「お父様を、助けて!」
そうか。あの声の意味は、そうだったのか。ミミの中でかちっとパズルが合わさる。
我知らずミミはステッキを掲げていた。
「ロータスドラゴン、力を貸せ!」
ミミのロータスステッキが光輝を放つ。
「ここにいる誰もが、わかり合える力を!」
そして、鱗の放つフィールドがあたりを包み込み、目も眩むばかりの光の中に人々は飲み込まれた。




