第二十三話 凄まじき老いたるヘイ!
一瞬痙攣したナナは首を絞められた兎のように叫び、周囲の空間に魔法陣を出現させた。六つの魔法陣はそれぞれ、意思を持っているかのように宙に浮く。
魔法陣からビームが発射される。アディルネッガーたちは瞬時に危険を察知し、その場から飛び退った。ビームの光が床を、天井を焼く。
間髪入れずオズワルドがその腕のマジックシューターを向け、アディルネッガーに殺意の目を向け突進してきた。
アディルネッガーは身構えたものの、オズワルドから放たれた光の矢をもろに食らう。
アディルネッガーのマジックシューターから自動的に防御壁が展開され、致命傷は避けられたものの、その威力は彼に血反吐を吐かせるに十分だった。
アディルネッガーはもんどりうち、床に転がって動けなくなる。
「野郎っ!」
ギザードがナパーム砲のようなマジックシューターを向けるも、先手を打ちオズワルドはビームの刃にしたマジックシューターで、ナパーム砲の先端を切り落とす。
呆気にとられるギザードの横っ腹を、オズワルドは老いた身体に見合わない俊敏さで蹴りつけた。
ギザードは壁際まで吹っ飛ばされ、背中をしたたかに打ち、かはっと息をついて倒れる。
「アタシがいるぞぉぉ!」
アシナスがマジックシューターから出現させた雷の刃で、オズワルドの背中を狙う。
だがオズワルドは、振り向きざまに自分のマジックシューターから光弾を発した。訓練を受けた元兵士にしかできない、迅速な身のこなしだ。
アシナスは光弾を食らい、魔法の盾でガードしたものの、激しい光に目の前が見えなくなる。その隙をついてオズワルドは回り込み、彼女の首筋に手刀を見舞った。アシナスは全身の力が抜け、へなへなと床に倒れる。
アディルネッガーの陣営は、瞬く間に全滅したのだった。
オズワルドはくっくっと笑い、アディルネッガーのところまで歩いて行って、見下ろした。その顔には優越感がにじみ出ている。
「アディルネッガー、悔しいか?」
オズワルドは絡みつくように言って、アディルネッガーを踏みにじった。
「私はずっと悔しかったんだよ……屈辱だったと言っていい。文献に記された純血種に近いエルフのお前と、私が同格なんてね」
くっとアディルネッガーはオズワルドをねめつける。オズワルドは、戦友だった頃の情を感じさせない人間になっていた。
「だが、それも終わりだ。私が世界を変える」
オズワルドは今まで累積した恨みを込めた口調で続ける。
「私の娘を見ろ。彼女には試験管ベビーの頃から遺伝子改造を施し、この世で最も優れた人間にさせた。魔導だってマジックシューターなしで使えるし、身体能力だって優れている。人体そのものを魔導クラウドの末端にした……これも魔導次元システムのちょっとした応用だよ。いずれこの国を背負って、神に立ち向かうことになるだろう。それは人類の悲願。私の娘以上に幸せな人間は、この世に存在しないよ」
「貴様は狂っている……」
アディルネッガーは苦しそうに返す。
「貴様の理想があの機械化された人々か! 貴様の言いなりになった娘か! 貴様の目には、自分の歪んだ理想しか見えていない!」
「黙れ! 神によって純血種とは程遠い、この毛むくじゃらの忌々しい身体にされた我々の苦しみがわからんのか! わからんだろうな……エルフである貴様には! 純血種に近い見た目でありながら、私と対等に接しようなどとした貴様にはなぁ!」
オズワルドの語気には怒りが伴っていた。アディルネッガーは、彼の気持ちが痛いほどわかる。その身から彼が劣等感を抱いていたのは、兵士時代に何度も気づかされた。オズワルドは自分も他人も嫌っている。だからこそ生身の人間ではなくロボットに身辺警護を任せている。だが。
「そんなものが世界を壊す理由になるか……!」
アディルネッガーは身をよじり、踏みつける足から脱出する。そして自分のマジックシューターを起動し、光の矢を見舞った。
だがオズワルドは、こともなげに防護壁を纏って矢をはじき返した。オズワルドのマジックシューターには制御弁がついていない。常に最大出力。先程の矢の威力からアディルネッガーは悟っていた。しかしそんなことをすれば、魔導による反動に肉体が耐えきれるわけがない。
否。それほどの覚悟がオズワルドにはあるのだろう。吹っ切れた人間は、自分の破滅をも意に介しない。であれば、我々にオズワルドを止めることはできない。無念の想いをアディルネッガーは抱いた。
「宮殿の外で暴れている娘たちも、ここに連れてくる。いや……この宮殿を浮上させ、貴様の国に向ける方が早いかな?」
オズワルドは、ぱちんと指を鳴らした。
地鳴りのような振動があたりを包む。
オズワルドの全身に巡らせた配線が、彼の一挙一動を宮殿全体に反映するのだった。
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宮殿の外で戦っていたミミたちは違和感に気づく。
「ロロ……ここは落ち着け。何かおかしい」
ロロはミミに言われて、今まで叫びながら戦っていたのがぴたっと剣を振り回すのをやめる。
ごごごっっと地面がせり上がり、宮殿の地下から何かが土をはねのけて現れる。地面をめくり上げ、巨大な機械が浮上した。
宮殿自体が空中に浮かぶ巨大戦艦だった。魔導文明の遺産。かつて戦争で使われていた巨大兵器がここに復活したのだった。




