第二十一話 覚悟を決めたら進むノミ!
スチームホッパーで街中を移動するミミとロロは、街がいやに静かだと思った。がしゃん、がしゃんとホッパーの跳ねる音だけが響く。
ハトゥールであれば、物音ひとつしない街中など考えられない。泣く子どもの声すら聞こえないのはおかしい。
「皆眠っておるのか……?」
「さっき港が襲われたから、戒厳令でも出てるんじゃないでしょうか?」
「しかし、この静けさは異様だぞ……」
家々のどの扉も閉まっており、窓にはレースがかけられている。中で得体のしれないものが息をひそめているような不気味さがあった。
夕刻に差し掛かり、住宅地の一角にある、塔の上にあるベルが鳴る。
がぁん、がぁんとやかましく鳴る鐘の音に、一斉に家々の扉が開く。
そうして出てきたのは、誰もが獣人。カニーンヒェンは獣人の国。しかし彼らの目には生気がない。
彼らの首元には、魔導の器具のようなものがついていた。その器具は妖しく輝き、人々の鼓動を反映するように明滅している。
市民たちはそれぞれの仕事を始めた。大工や八百屋、彼らの姿だけ見れば、見た目は普通の街と変わらない。だが、統制された規則的な動きは不気味の谷を眺めているような違和感をぬぐえなかった。
「どういうことだ? この国の市民はまるで、ロボットのようではないか」
「おそらく……首にあるあの機械が、市民の行動を管理しているようです」
「なぜだ? 何のために?」
「国力の効率化、あたりでしょう」
ロロは淡々と言う。彼は臆病だが、その分一歩引いた目線で考えることができた。
ミミは肩を震わせる。これが、進んだ文明のはずの魔導を導入した国なのか。
「それでは、誰のための国なのだ。国民が皆笑顔で暮らせる国を造るのが政治ではないのか。これでは、楽園の皮を被った地獄だぞ……」
市民はミミたちに目もくれない。淡々と、自分のなすべきことだけをしている。無駄のない動きは、確かに効率だけで言えば普通の生活よりも上だろう。
それが生き物にとって正しい行動なのだろうか? 違う、とミミは思う。父の言っていた、国王オズワルドの歪んだ思想がこの街に表れているようだった。
ミミはひたすらホッパーを、手元のカーナビに表示されたルートに沿って動かしていった。
オズワルド。どんなおぞましい相手なのだろうとミミは顔に出さないが戦慄していた。
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宮殿はロボットたちが警戒にあたっているが、その数は普段より多い。緊急事態に、倉庫で待機していた個体もすべて動員されていた。
宮殿奥のコントロール・ルームの壁際にある蒸気コンピュータ群。壁一面に敷き詰められ、無数の歯車が絶え間なく動き、演算を行っている。
そんな広い部屋に座る、王のローブを纏った男。
その手元のパネルに、ロボットたちからの情報が絶え間なく送られてくる。港には侵入者の影も形もない。さらにはセキュリティが破壊され、港の機能は完全に麻痺していた。治安部隊のロボットを派遣したが、一足遅かったようだ。
老成した、垂れ下がった耳を持つ兎の獣人。肩幅の広い威厳ある風貌は、彼の歩んできた人生経験を物語っている。肌には灰色の毛が生え、がさがさとしていた。小さな眼鏡の奥の瞳は、穏やかではあるが、同時にどす黒い何かをはらんでいるようでもあった。
「ふむ……。この周到さ、奴が生きていたか?」
あの程度で死ぬようなタマでもないな、とオズワルドは思った。
かつての戦友アディルネッガー。奴は幾多の死地を駆け抜け、機関銃で暴れまわった。共に苦難を乗り越え、同じ釜の飯を食い、共に笑い、泣いた仲。
彼を暗殺しようと思ったのは、オズワルドの理想の世界に彼が癌となると思ったからだ。彼はオズワルドの精神をかき乱す。それが友であったがゆえに、もし世界にオズワルドを止められる人間がいるとしたら、アディルネッガー以外にいない。非情なまでの政策に乗り出すには彼を排除せねばならなかった。
「我々は魔導文明に回帰せねばならない。神によってバラバラの人種に分けられ、地に這いつくばる生活を余儀なくされた。人類は神に復讐し、かつての栄光を取り戻さねばならぬ。そして純血種の肌を取り戻し、再び宇宙に羽ばたくべきなのだ」
オズワルドは顔を上げた。そして傍らの席を見る。
「ナナよ。お前もそう思わないか?」
オズワルドは自分の娘に問いかけた。
ナナと呼ばれた娘は拘束衣のような服を着て、被ったヘルメットからは配線が血管のように伸び、天井に繋がっている。ヘルメットからはみ出す長い耳が、オズワルドと同じ兎の獣人であると示していた。その幼さの残った体つきから、年齢は十四歳くらいだろう。
無表情のナナは何も返事しなかった。父に対して、ただ沈黙だけで応えた。
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宮殿の警戒網に差し掛かるころだ。ホッパーを駆るミミは、できるだけ侵入しやすい道を探した。
ドーム状の屋根を持つ宮殿は、高い生垣に囲まれ、さらにその周囲を魔導ロボットたちがうろついている。
ここは強行突破しかない。厳重な警戒網を前に、ミミはそれを選ぶしかなかった。
「ロロ。予がおぬしをロータスステッキで強化する。そしてホッパーで走り回る。おぬしはただ、向かってくる敵を蹴散らていればよい」
「……ミミさま」
ロロは急にぐずり始めた。しかしすぐに、彼は涙をぬぐう。
「すみません、感情が昂って。でも、泣いたらちょっと落ち着きました」
彼の気持ちはミミにもわかる。
ロロも怖いのだ。これは実質戦争だ。
自分たちは囮で、父にそう命じられた。自分の子どもを囮にする親は、考えれば異様だろう。
しかしミミは、それが父からの信頼なのだと受け取っていた。今まで自分をしっかり育ててきた。そして頼るべき味方として、子ども扱いせずに任務を任せてくれる。ミミは父の想いに応えたかった。
「皆で生きて帰れるなら、それでいいではないかっ! 派手に暴れるぞ!」
ミミの手のロータスステッキが輝く。
ホッパーの目の前に魔法陣が現出した。




