第二話 助けるべきは筋肉ムキムキのパパ!
ミミはアイドル王女を演じつつも、煮え切らない気分だった。
ロロもそれは察しているようで、控室で五回目のライブを終えたミミを慮る目で見る。
「なーんか、これはよろしくない気がするのだ」
ミミはフリフリの衣装のまま不機嫌そうに言う。頬杖を突き、机の上でぶすっとした顔を浮かべていた。
大臣たちの言いなりになって、形だけの王を演じているのは自分でもわかっている。だが他に、子どもの自分に何ができるのか。
ロロは気まずそうにしながらもミミに進言する。
「ミミさま、王妃さまは弱ってらっしゃいます。日に一度はお顔をお見せになっては……」
「母上のことも心配なのだ。父上がいなくなってから病気がちなのだ。予もできるだけのことはしてあげたいのだが……」
ミミはうーむと悩む。
先代王妃の体調は思わしくない。王と王妃はそれはもうラブラブな仲で有名だった。エルフと獣人という身分の差がありながらも結ばれた二人は、強い絆で結ばれていた。だからこそ、王が行方不明になってからは王妃も元気をなくしてしまったのだ。
少し前に母に会いに行った。その時は、母はベッドから起き上がれず咳ばかりしていた。
『あなた……私、あなたがいないと……』
うわごとのようにその言葉を繰り返す。そんな弱弱しい母は、ミミも見るに堪えなかった。
「父上がいなくなって、予も寂しい……あの筋肉親父は本当に楽しかったでな……」
ミミは回想する。
『パパ、どうやったら予もパパみたいに筋肉ムキムキになれるのだー?』
『毎日腕立てと腹筋を頑張ることさ。そして信念を持ち、貫き通す!』
無邪気に言うミミに、上腕二頭筋モリモリ腹筋バキバキのマッチョマンな王は優しく答えたのだった。耳が尖った、細身が多いエルフ族の中でも筋トレを極め、ひ弱さを全く感じさせない男だった。パレードの際、必ずその上半身をあらわにし、国民にマッスルボディを見せつけていたのである。
『そうすれば私のように裸の王様! 肩に玉座乗せてんのかい! ナイスバルク! と称えられるようになる。ミミもパパ目指して頑張るんだぞ!』
『予も頑張る! ばるくばるく!』
力こぶしを作ろうとするミミを、王は微笑みながら肩に乗せていた。
そんな親子を母である王妃は困り顔で見守る。
微笑ましかった親子三人の日常。それが遠くなってから、数か月が経つ。家族がバラバラになって、嫌でも自立しなければならない。ミミは今までのように、ただ与えられるだけの子どもではいられない自分を意識していた。
ミミは十四歳。子どもではある。が、半分は大人だ。
であれば、ミミは働かなければならない。何のために? 大臣たちが体面を保ち、私腹を肥やすためだろうか。
否。
家族が安心して暮らすため。大切な人たちが笑って暮らすため。
ミミはあの筋肉ムキムキの父がそう簡単に死ぬはずがないと思っていた。彼は従軍経験があり、その腕を買われて王の地位に就いた。たとえ海に投げ出されても泳いで帰ってきそうなものだ。それが今の今まで姿を現さないのは、何か理由があるに違いない。
誰も父を探さないなら、自分が探しに行かねばならない。
ミミは今、家族のために動かなければならないと自覚するのだった。
・
翌朝。
ミミは忍び足でロロの寝室に向かった。先代から住み込みで働いているロロの部屋は、ミミにとっては知り合いの家のように勝手を知っている。
ベッドで眠りこけているロロの頬を、ミミはとんとんと叩く。
飛び起きたロロは仰天し、大声を上げそうになる。
「ミミさま? 一体何の用で……」
「しーっ」
ミミは口元に人差し指を当てる。ロロはその意味を察し、すぐに押し黙った。
「父上を助けに行くのだ」
「王様を? ですが捜索班も見つけられなかったって……」
「それはきっと大臣たちの陰謀なのだ。パパがいなけば、あの連中は好き勝手出来る。だから本気で探してなどいなかったのだ。予とおぬしで何とかする以外にないのだ!」
ロロはうっと言葉に詰まる。ミミは不敵な笑みを浮かべた。
「だから、予とおぬしで父上を探しに行くのだ。きっと大冒険が待っておるぞ。ロロ、おぬしは予が信頼する唯一の人間だ。予の道連れとなりサポートしろ。これは王の命令だぞ」
ロロの犬耳はぺちゃっとなり、不安げな様子が見て取れる。しかし、やおら彼は言った。
「……わかりました。ミミさまの手助けになるなら、僕は頑張ります!」
「うむ!」
そうして二人は旅の準備に取り掛かった。
ポーチに一切れのパン、ナイフ、ランプを詰め込む。そしてミミは密かに、二つの武器を倉庫からちょろまかしていた。
マジックシューター。ガントレット型の、父が入れ込んでいた道具だ。今は滅びた技術である魔導エンジンと、スチーム駆動のディファレンス・エンジンを組み合わせた、一般人でも魔法を使えるようになる武器。魔法の情報が詰まったスキルクリスタルを装填することで、その技を放つことができる。
父はこの武器を隣国カニーンヒェンと共に開発していた。それに関する交渉に向かう途中で事故に遭ったのだ。
目指すは飛行船が爆発した海域。外の世界には魔物がうようよしていると聞く。が、ミミとロロは戦わねばならない。ミミは腕にマジックシューターを装着し、その重さと自分の使命を重ね合わせていた。
・
ミミとロロはフードを目深にかぶり、ミミはミニスカ、ロロは短パンという身軽な服装で港へと向かった。
途中で中央ジェネレータとすれ違った。巨大な歯車が動き、蒸気機関が動かしている町の心臓。その周辺には西洋の町並みに似た建物が立ち並んでいる。心臓部から供給されるエネルギーで町は生きている。
港町にはギルドがある。海の魔物と戦うには戦力が必要だ。ギルドであれば強いスキルクリスタルを得る方法がわかるはず。スキルクリスタルを得るためのクエストが定期的に開催されているとの情報も事前に掴んでいた。
二人の持つマジックシューターには何のスキルも装填されていない。ミミは金貨を数枚持ってきたため、基礎的な武装も揃えられるだろう。
ギルドのある建物はそこそこ大きかった。ただならぬ雰囲気が建物から醸し出されており、ロロはびくっとする。
「ミミさま、考え直した方が……」
「たのもー!」
そんなロロに構わず、ギルドの扉をミミはバァンと開けた。
酒の席にたむろしている荒くれたちが一斉に二人を睨みつけた。




